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パリサイド 作者:奈備 光

4章

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45 少しすっとしたかな

 ミッションベータディーのあらましが語られていく。
 思ってもみなかった内容だが、サーティはあらかじめ練習してきたかのように、短い言葉ながらわかりやすい。
 アイーナの思いというのが気にはなるが、それも決してネガティブなものでないことは、サーティの口ぶりから伝わってくる。

 パリサイドの中に、こんなミッションが存在していたのだ。
 サーティはさらさらと語っていくが、聞き入るイコマ達には、言葉も継げないほどの衝撃があった。
 決して忘れていたわけではない。
 ベータディメンジョンのことも、そこに今もいるであろう人々のことも。
 あの時、なぜユウがベータディメンジョンに入っていったのかも、今は理解できた。

 チョットマだけでなく、ンドペキやスジーウォンや誰の目にも、一種の喜びさえ現れていた。
 パキトポークの巨体をまた拝めるというだけで、嬉しいのだ。
 あの声をまた聴きたいとは、誰しもが思うことだ。
 自分もそのミッションに、端役でいいから参加したいというのは、自然な気持ちだろう。
 イコマはある種の感慨を覚えて、サーティの次の言葉を待った。

 サーティがチョットマに頷いた。
「そうですね。JP01が責任者に選ばれたのもそういう理由です。行ったことがあるから」
 しかし、とサーティは首を振った。
「どんな協力をしていただけるか、私には判断できませんので、それは後日ということにさせていただいて、もう少しミッションの内容について説明します」


 予定が変わって、地球からベータディメンジョンに移動することはできなくなりました。
 しかし、その方法が全てなくなったというわけではありません。
 実は、この宇宙船には、次元の扉を開けるだけの莫大なエネルギーを積んでいるのです。
 そのプラントもシステムも、先日ようやく構築完了となりました。
 エーエージーエスを使ってオーエンが開いていた次元の扉の仕組みは、把握できていましたので。

「ただ、問題があります」
 宇宙船に搭載したエネルギーが、調査期間中もつのかどうか。
 環境調査自体は、短ければ数日程度で済むでしょうが、カイロスという装置を調査したりメンテナンスしたりするには、数か月、あるいは数年単位の日数が必要かもしれません。
「これは私の推測です」
 あそこに残された人々を、一旦はこちらに来てもらわねばならないと思います。
 救出という意味もありますし、彼らの心身の状態も調べてみたいという意味もあります。
 もちろん、彼らの意思次第ですけど。
「その移動に、どれほどの時間がかかるのか、これも不安の種なのです」
 エネルギー切れになって、途中で次元の扉が閉じてしまっては、とんでもないことになります。

 正直なところ、このミッションをパリサイドに着いてから準備をして実行するという考えもありました。
 しかし、パリサイド到着と同時に、つまり、地球から来られた方やミッションに関係のない人を降ろしてすぐに実行に移すことにしたのです。
 この船において。
 それには理由があります。
 アイーナは、このチャンスを逃したくないようなのです。
 ミッションには、反対者も多いので。
「焦りました。オオサカが思いのほか早くパリサイドに到着するようなので」
 しかしなんとか、プラント構築を間に合わせることができました。


 イコマはサーティの話を聞きながら、ユウのことを思い出した。
 彼女はなぜ、このミッションのことを話してくれなかったのだろう。
 話せばきっと、ンドペキやスジーウォン、コリネルスやチョットマが、パキトポークの救出に向かいたいと言い出すだろうから?
 そしてそれには危険が伴うから?

 しかし、その危険とは何だろう。
 ベータディメンジョンの環境が芳しくないということが分かっている?
 あるいは、エーエージエスが作り出していた次元の扉より、このオオサカのシステムが劣っているから?
 もしかすると、すでにパキトポーク達が生存していないと思うから……。

 いや、反対者の存在……。
 イコマは重要なことに気付いた。
 ヴィーナスが殺された理由。
 さっき、自分が話したばかりではないか。
 政敵か、プロジェクトの反対者という言葉を使って。
 犯人の矛先は、今度はユウに向かうのではないか。

 イコマは大きく息を吸い込み、背中の冷たいものを弾き飛ばすと、快活に言った。
「サーティ。僕にも協力させて欲しい。ユウを守らなくてはいけない」と。
 微笑するサーティの瞳に、一瞬ではあるが強い光が宿るのを見た。
 意味が伝わったのだろう。そう考えて、イコマは奥歯を噛みしめ、人知れず決意を固めた。


 サーティがすぐに話を再開した。
「それに、アイーナはステージフォーの動きにも懸念を持っています」
 というのは、彼らが単に地球人類への布教だけを目的にこの宇宙船に紛れ込んだのではないのでは、と。
 パリサイド着陸後までミッションの開始を遅らせれば、もっと明快な阻止行動に出るのではないかと。

 ヴィーナスはこのミッション遂行の責任者でした。
 ところが彼女は殺された。
 しかも、ソウルハンドという禁断の方法で。
「アイーナはステージフォーを疑っています。そういう意味でも、パリサイド着陸前の今が好機だと考えているのです」

 でも、ご心配には及びません、とサーティは笑顔を作った。
 この宇宙船はパリサイド近郊の宇宙空間に留まりますし、なんら危険はありません。
 皆さんのパリサイド上陸が遅くなるだけで、それまではこれまで通り、この街で過ごしていただくことになると思います。
 今回のミッションは無理をするものではありません。
 あくまで調査が目的です。
 向こうにおられる人々の乗船がスムースに完了しさえすれば、次元の扉も閉じる予定になっています。
「ミッションについては、以上です」


 ここでサーティは口調を変えた。
 小さく息を吐き出すと、イコマに向かって、
「ノブ……」と、囁くように言った。
「ん?」

 驚いた。
 ノブと呼ぶのはユウだけ。そして、たまにスゥ。
 何を言い出すのかと、サーティの顔を見たが、そこに瞳の揺らぎがあるだけで、意図は推し量れなかった。
「なんです?」
 ノブと呼ばれて、別に嫌な気がしたわけではない。
 ただ、当惑は隠せない。
「改まって、いったい……」
 当惑していたのはイコマだけではない。
 言った本人の方に迷いがあった。瞳の揺らぎはますます大きくなり、盛んに瞬きを繰り返している。

 サーティはすっと視線をそらし、ンドペキを見、そしてスゥに視線を当てた。
「少しすっとしたかな」
「ん?」
 サーティははにかむように笑って、再びイコマを見つめた。
「どうしたんです?」
「一度、そう呼んでみたかっただけ」
「はあ」
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