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パリサイド 作者:奈備 光

4章

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40 何しろ初恋だから

 それは唐突だった。
 チョットマが体を起こしただけでなく、ベッドを軋らせて跳ね回った。
「やった!」
「大丈夫か!」
 聞き耳頭巾のショールを頭に掛けてしばらくは、何の変化もなく不安そうな顔をしていたが、急に瞳を輝かしたかと思うと、飛び上がったのだ。
「なんだ! そういうことだったのか!」
 と、笑い出した。

「あ、ごめんなさい。お行儀が悪いわね」
 チョットマはベッドの端にちょこんと腰かけると、周りの者が不安がる中、朗らかに周りをぐるりと見回すと、ンドペキに目を止めた。
「頭の中で木霊している声が、何を言ってるか、やっと分ったわ!」
「おお! そうか!」
「簡単なことだった! ンドペキのこと!」

「なんだ? 分かるように言え」
 ンドペキが、心底ほっとしたように微笑を見せた。
 イコマの胸にも安堵が訪れ、思わずチョットマの細い体を抱きしめた。
「パパ! やったよ! ウイルスの意図が分かった!」
「みたいだな。聞かせてくれ」
「うん!」


「ンドペキのことをどう思うのか。なんてことを言ってるのよ!」
 お前はンドペキを好きなのか。
 愛しているのか。
 ンドペキのことを想うとき、どんな気持ちになるのか。
 スゥと一緒に暮らしていることをどう思うのか。
 憎くはないのか。ンドペキやスゥを。
 ンドペキに自分の気持ちを伝えたのか。
 伝えていないのなら、どう伝えたいと思うか。
 ンドペキを好きになる前と、今とでは、お前の気持ちはどう変わったのか。
 ンドペキのことを想うとき、身体や精神に変化はあるのか。
 どんな時でもンドペキのことを考えているのか。
 イコマに対しての気持ちと、ンドペキに対する気持ちは違うのか。
 違うのなら、どう違うのか。
 プリブやスミソについてはどうだ。
 ンドペキに対するのと同じように、想っているのか。

 チョットマは次々と言葉を繰り出した。
「質問好きなウイルスみたい」
 ふと考える顔になって、
「もしかして、自分で自分に問いかけている?」と、中指を頬に突き当ててとぼけた顔をした。
「違うよね。そんな声が確かに聞こえたもの」

 そして、チョットマはンドペキを見つめた。
「ん」
 ンドペキがどう応えたものかと思案していたが、
「応えなくていいのよ、ンドペキ。私に対する質問だから」
「ああ、まあ、そういうことみたいだな」
「応えてくれてもいいけど」
 と、チョットマらしいさわやかな笑顔を見せた。


「どうもおかしいと思っていたのよ。ンドペキのことを考えた時に限って、頭が痛くなって眩暈がして、気を失いそうになって、ぼそぼそ声が聞こえるから」
 嬉しそうに、チョットマは聞き耳頭巾のショールに口づけた。
「よし! これでこいつらには、もう悩まされないわ!」
 胸を、そして脳を覆っていたものが取り払われたのだろう。チョットマはすがすがしそうに伸びをした。
「ごめんね、今まで心配かけて」

 ンドペキがイコマに代わってチョットマの頭を自分の腕に抱え込み、本当に良かった、心配かけやがって、と何度も何度も頭を自分の胸にうずめさせた。
「苦しいって。でも、うれしい。ンドペキが抱きしめてくれるなんて」
 見る間にチョットマの目が潤んでくる。
 ずり落ちそうになるショールを、元に戻しながら、チョットマはとうとう泣き出した。

「苦しかったんだろうね」
 ライラがねぎらった。
 よく頑張った、と言いながら、ショールに手を触れた。
「あたしもこの布の力にあやかりたいね」


 その声の問いに応えることはできたのか、などと無粋なことを言う者はいなかった。
「でも、なぜそんなことを聞きたいのかな」
 チョットマは言うが、それがウイルスの問いかけであれ、自分の心の中に溜まった思いが噴出したのであれ、ある程度の決着はついたと考えていいのだろう。
 もしウイルスの仕業だったとしても、問いに対して脳は何らかの反応をしただろうから、チョットマの頭がクリアになったということは、ウイルスにとって満足のいく回答を得たということなのだろう。
 そう信じたい。
 それほど、泣き出したチョットマの顔は屈託がなかった。

 ンドペキはまだチョットマを抱きしめている。
 スゥがイコマの腕を引っ張った。
「しばらく、ふたりきりにしておかない?」
「そうだな」

「ちょっと出かけてくるから、思い切り甘えるのよ」
 と、スゥがライラも促す。
「あっ、スゥ! でも」
「気にしない気にしない。あの大騒動で、ふたりでゆっくり話もしてないでしょ」
「でも」
「遠慮はいらないわ。ンドペキ、先に家に帰ってるわね」


 ンドペキがゆっくりチョットマを離し、その目を覗き込んだ。
 チョットマが慌てて涙をぬぐった。
「ほったらかしですまなかったな」

「さあ」と、スゥに促されてイコマはライラと共に部屋を出た。
 夜が更けて、街は静まり返っている。
 ちらりちらりと、小さな白い光が舞っているほかは、どこにも動きはなかった。
「とんだお正月だったな」
 アヤのことは気がかりなままだが、ひとつ問題が解決したように感じて、イコマも少し晴れ晴れとした気持ちになった。

「それにしても奇妙なウイルスだな。宇宙はまだまだ得体が知れないってことだな」
「ウイルスがそう言ったかどうか分らないけど、これでチョットマも少しはすっとしたんじゃないかな」
「そうだな」
「チョットマは家族だけど、ああいう気持ちを持ったまま、家族として一緒にいるって、彼女も辛かったと思う」
「ああ」
 淡い初恋だったと言ってしまえばそれまでだが、ニューキーツで獅子奮迅の働きをした二人は固い絆で結ばれていると言ってもいい。
 そして、イコマとンドペキが同期していたことを知って、チョットマにとっては、パパが二人になったようなものだった。
 おのずと、自分の恋心を打ち明けるチャンスは、それが冗談めかして言うものであっても、巡ってはこなかったのだ。
 ウイルスの問いであれ、自分の思いであれ、今ああして気持ちをさらけだしたことは、彼女にとってきっといいことに違いない。
 イコマはそう思って、安堵の吐息をついた。


「じゃ、そろそろ行くわね」
 スゥが手を振った。
「ノブはここにいてあげてね」
 久しぶりに、スゥはイコマを、ユウのようにノブと呼んだ。
 もうライラに隠しておく気はなくなったようだった。

 しかし、ライラはそれには反応せず、珍しく嘆息気味に、イコマの思いをそのまま口にした。
「あの子にしてみれば、言い出す暇もなかったんだ。しかも失恋の傷は目の前で何度もほじくり返されるときた。ま、仕方ない。チョットマは賢い子だ。自分で何とかするさ」
「ほじくり返されるって、そうかな。そう感じていたのかな」
「さあね。でも、何しろ初恋だからね。ちょっとやそっとで」
 さて、あたしも帰ろうかね、とにっと笑って背を向けた。そして、
「スゥ、ありがとうよ。あたしにも分るように言ってくれて」と、振り返りざまに言った。


 と、そこへひとりのパリサイドが駆けてきた。
「イコマさん! チョットマさんは、どこに!」
「あっ、そこですよ。でも、今はちょっと」
「緊急のご連絡です! アイーナ市長からの親書をお持ちしました!」
「え!」
 確かにその封書には、アイーナの署名があった。

 スゥとライラが慌てて駆け戻ってきた。
「こちらへ!」
 イコマはパリサイドを案内してノックもせずにドアを開けると、ンドペキとチョットマは向かい合って座って、談笑していた。
 なんとなくほっとしつつ、パリサイドを中に招じ入れた。


 楽しそうにしていたチョットマの顔がみるみる曇っていった。
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