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パリサイド 作者:奈備 光

4章

39/82

38 厚かましい頼み

前作「ニューキーツ」と「サントノーレ」の場面が追想として出てきますが、お読みでない方は読み飛ばしてくださっても結構です。
「おう! 早かったな! がはははは!」
 イエロータドがグラスを磨く手を止めた。
 チョットマはこの男にいい印象を持っていない。
 ベータディメンジョンでこの男から聞いた話が本当なら、歴代ニューキーツ長官の諜報活動のボスだったいうことになる。
 レイチェル騎士団がたてこもっていたシャルタでの混乱のさなか、ロクモン将軍を亡き者にしたアンドロである。
 ただ、もちろんロクモンも許せる奴ではない。
 東部方面隊の名誉を貶め、ンドペキを窮地に陥れたことは、まだ記憶に新しい。
 しかし、ロクモンをそそのかし、あの事件を引き起こしたのが、この男である。

 あの話が事実だったのか、チョットマはレイチェルに確かめてはいない。
 もしロクモン殺しがレイチェルの指示だったのなら、レイチェルの冷血さが際立つことになる。
 たとえそれが、人類の滅亡がまさに現実のことになろうとしている時にやむなく下された判断であろうと、寛容できるものではないと思うからだった。
 そしてもし、それが事実と少し違うのなら、また別の、レイチェルにとってあまり人には言えない事情があるような気もして、胸にしまい込んでおくことにしたのだった。

 それに、レイチェルがまたイエロータドをスパイとして使っているのなら、レイチェルに嘘をつかせることになる。
 チョットマはそんなレイチェルを見たくなかった。


「突っ立ってないで、そこに座ってくれ」
 店が開くにはまだ少々早い。
「どうだ。なかなかのもんだろ。がはははは!」
 確かに、開店一か月も経たないというのに、バー「ヘルシード」は、エリアREFにあった時のような趣を醸し出しつつある。
「このランプはな」
 イエロータドの自慢話を制して、ライラがきつい口調で言った。
「話とは」

「まあ、そんなに焦りなさんな。飲み物を出すから」
 あの日のことが思い出された。
 昼も夜もない地下のスラム、エリアREFで、まだ右も左もわからない頃、チョットマはニューキーツ一番の物知り、サキュバスの庭の女帝と呼ばれるライラを訪ねて、バー「ヘルシード」に赴いたのだった。
 あの時と同じように、イエロータドがレモン水を出そうとしている。
「じゃ、コーヒーを」
「ああん? コーヒーとな!」
 あの苦い飲み物が気分を高揚してくれることをチョットマは知っていた。
 疲れもとれるかもしれない。


 まもなくいい香り店内に漂い、イエロータドが話し出した。
「ここにはパリサイドの連中も何人か、やって来るんでな。そいつらから耳にした話だ」

 パリサイドの連中の体ってのは、借り物らしい。
 なんでも、消費期限ってものがあって、時期が来ると乗り移るんだそうだ。
 ということは、記憶や思考は肉体と別のものということだよな。
 どうも、我々も、つまりホメムやマトもメルキトも、俺たちアンドロも、そしてアギもそうなるらしい。

 まあ、なんだな。
 元々、地球でも同じようにして命を繋いできたから、特別に嫌だっていう気はないけどな。
 ただ、その期間がとても短いらしい。なにしろ、絶対零度に近い宇宙空間にでも浮かんでいられる体だ。
 頑丈にできてはいても、すぐにいかれてしまうってことなんだろ。

「それにだ」と、イエロータドが身を乗り出した。
 その肉体ってのは、パターンがない。
 大量生産の汎用品。
「チョットマ、どういうことか、分るか?」
「さあ」
「俺はやっと、合点がいったぞ」

 パリサイドの肉体に、個人としての差異はないということだ。
 地球では肉体は再生された。個人の特徴を持ったまま。
 ここでは違う。
 肉体はみんな一緒。
 いわば、既製品ってこと。選べるのは、サイズだけ。


「なるほど! そうなんだ!」
 チョットマが思わずそう言うと、「そう来ると思ったぜ」とイエロータドが満足げに頷いた。
「だから、見分けがつかないんだ」
「体を使いこなしてくると、表情によって顔の肉付きに差が出てくるらしいけどな」
 チョットマは、未だにパパの顔もスミソの顔も見分けがつかないことを恥じていたが、少し肩の荷が下りた気がした。
「人の記憶や思考をどのようにして保管してあるのか、あるいはしていないのか、知らないけどな」


 ライラがいらついた声をあげ、グラスの氷を乱暴にかき混ぜた。
「そんな話をするために呼んだのか。それに何だい、このスコッチは」
「いいや、大事な話はここからだ。まあ、それに、酒の味は言いっこなしだ。地球のものじゃない。これでも手に入れるのに苦労したんだぞ。がはははは!」

 連中の社会に早く溶け込むように、ってよく言われてるよな。
 レイチェルも本心かどうかはさておき、そう口にしている。
 しかしだ。
 それはつまり、俺たちもいずれあの体に乗り移らなくちゃいけないってことじゃないか。
 この体が消耗して使い物にならなくなった時点、あるいはもっと早く。
 場合によっちゃ、向こうに着いてすぐ。

「キャンティーって子が言ってたこと。有頂天になってる奴がいたが、信じられるものか。奴隷にされるって言ってた婆さんがいたが、俺はそっちに一票だな」
 子供だから嘘はつかないってか?
 まさか、そんな呑気なことを考えてる奴はいないだろ。
 俺たちだって再生された時、何かの拍子で子供の姿で再生されることもままあったことだしな。

「俺はごめんだ。パリサイドの星に行くなんざ!」
 ライラ、あんたはどうだい。
 イエロータドがライラを睨みつけた。
 あの体が欲しいかい?
「言っちゃ悪いが、あれはお世辞にも素敵だとは言えないな」

 ライラは返事をしなかった。
 チョットマは想像してみた。あの身体を得た自分の姿を。
 うれしくはない。
 この緑の長い髪を失うなんて。
 パパもンドペキも私を見分けられなくなるなんて……。
 でも、しかたがないのなら……。
 奴隷にされるのは嫌だけど、まさかそんなことはないはず……。
 少なくとも、アイーナ市長と話している限り、そんな気配は微塵もないし……。


「俺はここに残ろうと思う!」
「えっ」
「いい考えだと思わないか! がはははは!」
「残るって言ったって……」
 イエロータドはこの母船の街で、バーをするという。

「聞いてみたんだ。色々とな。客に。そしたらどうだ。パリサイドの星に降りずに、この街に残る者もいるってんだ。たいがいは乗組員だろうが、それ以外にもな。そいつら相手に、俺は店をやっていく」
 そんなことが許されるのだろうか。
 今度もライラは鼻を鳴らしただけだ。
「そこでだ。ライラとチョットマに相談だ」
 ドライフルーツを皿に盛りながら、イエロータドが切り出した。
「レイチェルに頼んで欲しい。彼女が残れば、多くの市民もきっと同調するだろう? 商売も上手くいくってもんだ」
 と、あの笑い声をたてた。


「厚かましいことを言うんじゃないよ!」
 そろそろと思っていたが、ここでライラの怒りが爆発したようだ。
「ふざけるんじゃない! お前の商売なんざ、知ったこっちゃないよ!」
 ライラは空になったグラスを乱暴にカウンターに置くと、イエロータドの方へ押しやった。

 イエロータドはそのグラスに液体が残っていないか、透かして見ながら、待ってましたとばかりに言った。
「もちろん、ただでとは言わない」
「ふん! この店の永久フリーパスをもらっても、嫌だね!」
「違うさ。こういうことだ」

 このところ、失踪した者や記憶を無くした者が何人かいるが、その消息や原因について、思い当たる節があるという。
「どうだい? その情報と引き換えにってことで」
 完全にライラは頭に来たようで、ガバッとスツールから降りると、それを思い切り蹴とばした。
 スツールがみっともなく倒れ、鈍い音を立てて床を転げた。
「チョットマ! 帰るよ! 付き合ってられない! こんな男だったとは、このライラの目もいかれてしまったもんだ!」


 その時、入ってきた者がある。
「おはようございます……」
 物音に怖気づいたように、顔を覗かせた者を見て、チョットマは目を丸くした。

 サリ……?

 かつては東部方面攻撃隊の隊員であり、無二の親友……だった。
 自分と同じレイチェルのクローン。
 アンドロに操られ、レイチェルを殺そうとしたサリ……。
 宇宙船に移乗してから彼女に似た女性を何度も見かけ、会えば立ち話程度はするようになっていた、その人。

 名前は聞いていないし、向こうも名乗ろうとはしなかった。
 もし、彼女がサリと名乗った時、自分の反応に自信が持てなかったのだ。
 彼女の気持ちは痛いほどよくわかるが、だからといって許せるものでもなかった。
 たとえ、レイチェルが許したのだとしても……。


 イエロータドが顎をしゃくって、消えろと指示した。
 女性は、おずおずと入ってきて、小部屋に消えた。

 なに?
 まさか、ここの従業員?

 女性の目がチョットマと合ったとき、浮かべた微笑が困惑の色を帯びていた。
 まさか……。そういうこと?
 サリ?


 イエロータドがライラをなだめようとしている。
「わかったよ! 婆さん、悪かった! さっきの話はなかったことにしてくれ!」
「アンドロ風情に婆さん呼ばわりされる筋合いはないね! さ、チョットマ、行くよ」
「あ、うん……」
「待ってくれ。大事な話じゃないのか! 聞きたくないのか!」
「早くそれを言いな! このでくの坊が!」

 チョットマはサリのことを考えていた。
 まだ、サリだと決まったわけではないが、困ったときのあの表情は、まさしくサリのもの……。
 でも、いったいどうして。
 そういや、一つ目のお姉さんは?


 イエロータドとライラが早口でまくしたてていた。
「店に来るパリサイドが話しているのを、小耳に挟んだだけなんだが」
「ふん! それで!」
「ある団体があるらしい。どうも秘密結社みたいな……」
「で!」
「そいつが言うに、ああいう乱暴なやり方は反対だ、とかなんとか」


 チョットマはサリのことを思い出していた。
 ニューキーツで過ごした、あの楽しかった時代を。
 ンドペキに連れられて、毎日のように狩に行った頃のことを。
 二人とも半人前だったけど、サリの腕前の上達は早くて、私、焦ってたよなあ。
 ンドペキのことをどう思う?なんて話もよくしたっけ。

 それにしても、ンドペキはなぜサリを食事に誘ったのだろう。
 それは恐ろしい企みだったけど、殺すのなら私でもよかったのに。どうしてサリを選んだのだろう。

 ンドペキはやっぱり偉いよね。
 自分がサリを殺そうとしていたことを、あんなふうに話せるなんて。

 イエロータドとライラの話も興味はもちろんあったし、聞いておかなければいけないことだった。
 上の空というほどではないが、チョットマの気持ちの半分はサリのこと、ンドペキのことが占めていた。


「やつら、何か、企んでいやがるんだ。スミソという男のことも、アヤという女のことも、俺は奴らが原因じゃないか、と」
「ふん! それで!」
「それでって、そういうことだ!」
「お前、本当にバカだね! で、どんな組織なんだい! 名称は! お前はスパイだろ! それくらいのこと、調べてあるんだろうね!」
「いやスパイって、それはもう昔のことで……」
「昔だって! よく言うよ! つい、ふた月ほど前のことじゃないか! レイチェルのシェルタでお前がやったこと、誰が忘れるもんか!」
 イエロータドが慌てて両手を振った。
 更衣室に入った新人には聞かせたくはないだろう。
「待ってくれ! その話は!」
「で、どうなんだい!」
「あ、また奴らが来たら……」
「待ってても、来なかったら!」
「ん……」


 あっ!
 いけない!
 今回のは、厳しいかも!

 眩暈がした。
 また、あれが襲ってきた。
 チョットマは、目の前がぐらりと揺れるのを感じた。

 やめて! 今は!
 大事な話を聞いているときなのに!

 目の前にあるイエロータドの顔が歪んで、ぼやけた。
 くそ! ウイルスめ!
 楽しいことを考えなくちゃ!

 自分を失うわけにはいか……。
 意識が薄れていく。
 だめ!
 しっかりしなくち……。

 イエロータドの太い腕が伸びてきた。
 両肩を掴まれなければ、危うくあおむけに倒れるところだった。
「チョットマ! しっかりするんだよ!」
 ライラが背中を支えてくれた。


 何も見えなくなった、聞こえなくなったかと思うと、またライラの声が聞こえる。
 早く呼んできておくれ!
 誰かがバタンと扉を開ける音。

 あ、私、ソファに寝かされている……。
 その間の記憶がない……。

 声が聞こえてくる。
 何を言っているのかわからない……。
 ライラでもなく、イエロータドでもない、誰かの声が……。
 木霊のように、何度も脳をかき乱していく……。
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