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パリサイド 作者:奈備 光

4章

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38/82

37 分かってるよ

 チョットマはなぜ涙が出たのか、分からなかった。
 キャンティは、
「まだ半人前ですね。これを言うのを忘れてました。皆さん! あけましておめでとうございます!」
 と、話を締めくくった。
 拍手が起きた。


 パパとンドペキはキャンティと話している。
 聞き耳頭巾のショールを見せながら。
 スミソが近づいてくる。チョットマは気づかれないように涙を拭った。
 涙が出たわけ。
 マスカレードでEF16211892に会えなかったから?
 ううん。そんなことじゃない。
 もう、心の整理をしたはず。

 キャンティの話に出てきたおいしいお料理や楽しい毎日が羨ましかったから?
 あるいは彼女にやきもちを妬いたから?
 違う。

 プリブを救い出す、そしてアヤちゃんの記憶を取り戻すことができないから?
 そのために自分が何もできていないから?

 わからない……。


 スミソが横に座った。
「最近、疲れてるみたいだよ」
「心配してくれてありがとう。でも、大丈夫」
 スミソの腕が肩に回された。
「気晴らしにこの街の空でも飛んでみるか」
「ううん。今度にする。ありがとう」

 疲れていることは自分でもわかる。
 誰にも言っていないが、ユウが言ったようにはウイルスに完全勝利したわけではなかったのだ。
 時々眩暈がしては、意味の分からない言葉が脳に忍び込んでくる。
 その都度、楽しかったことを思い浮かべては、幻影を見る前になんとか自分を立て直す。
 そんなことが続いていたのだった。

 幸い、楽しいことを思い出すのに、種は尽きない。
 サリと一緒に、ンドペキに連れられて初めて狩に行った日のこと。
 コンフェッションボックスでパパから聞いた話の数々。
 パパとピクニックに行ったことも楽しかった思い出。
 スミソと一緒にニューキーツの北の森を飛び回り、荒地軍を翻弄したとき。
 エリアREFのゴミ焼却場の橋の上で、プリブにおぶわれたこともあった。あの時初めて、人の体に触れたんだった。
 そして恋の照り焼きはどんな味、なんて話をしたんだった。
 ハクシュウに構ってもらって、そして大切な手裏剣をもらったとき。
 今も肌身離さず私の胸元にある……。

 思い出せばいくらでも楽しかったことはある。
 でも……、と、チョットマは思う。
 それらは皆、誰かからもらった幸せ。
 それに比べて、私は何も……。
 そのことに気づいてから、誰もかれも大好きで、愛おしくて。
 心が震えて止まらないほど、恋しくて。


「今日もまた、誰かの話を聞いて、アイーナに伝えるのかい」
 今もこうしてスミソが声を掛けてくれる。
「うん」
 彼の優しさにどう応えればいいのだろう。
「大丈夫。ひとりで行くから」
 なんて言ってしまう私。
 スミソは私を楽しませようと、そして守ろうと懸命になってくれているのに、なにもしてあげれないし、お返しもできない……。


 今から、ヘルシードのマスター、イエロータドと会う約束をしてある。
 イエロータドのバーは大賑わいで、地球から逃れてきた人だけではなく、パリサイドもよく顔を見せるという。
 おかげでイエロータドは、今や地球人類一の物知りかもしれない。
 今日は、彼の方から耳に入れておきたいことがある、と言ってきたのだった。
 アイーナに伝えるべきことかどうかはわからないが、行ってみることにしたのだ。
 ひとつ目のお姉さんに会えることも、気持ちを押したことは間違いない。
 そういえば、先週の歌のお稽古、休んじゃったなあ。


「ねえ、スミソ」
「なんだい」
「ううん。なんでもない」
 何かを伝えたい。
 でも、それが何なのか、よく分からなかった。
「明日、空、飛んでみようか」
「そうこなくちゃ」
「でも、パリサイド、誰も飛んでないよね、そんなことしてもいいのかな」
 そんな他愛もない話をして、よくわからない自分の気持ちを、そしてスミソを騙すしかなかった。


 スミソを部屋に残し、チョットマはヘルシードに向かった。
 イエロータドは元旦から店を開けると言っていたが、さすがにまだ早いかもしれない。
 居てくれていたらいいけど、と思いながら歩いていると、ライラが追いかけてきた。
「一緒に行くよ。あたしも誘われたんだよ」と。

 ライラと話すのが久しぶりのように感じられた。
 プリブが連れ去られてから、まだほんの一週間ほどしか経っていないが、あっという間に毎日が過ぎていく。
「おばあさん。マスターになんて言われたの?」
「チョットマを呼んだから、一緒に聞いて欲しいってさ」
「そうなの……」

 以前はこんなことはなかった。
 意識して会話を繋げていくようなことは。
「なんの話だろうね」
 などと、言わなくてもいいようなことを口にしている。
「他にも誰か、声を掛けているのかな」
「さあね」

 アイーナから聞いた話や、ブランジール船長のこと、治安省長官のミタカライネンのことを話せばいいのだろうか。
 でも、ライラに話すなら、レイチェルの許可がいるような気がする……。
 パパやンドペキやスゥには何でも話すけど……。家族だから……。
 そんなことを考えてしまう自分が嫌だった。


「おばあさん、エリアREFで初めて私がヘルシードに行った時のこと、覚えてる?」
「年寄扱いするんじゃないよ」
 あれも今や、楽しかった思い出のアルバムの一ページだ。
「おばあさんにもたんまり叱られたし」
「ハハハ」
「あのとき、聞き耳頭巾をずっと触ってたでしょ」
「ああ」
「おばあさんは、あれが何だと思った?」
「ん? どういうことだい? ニッポンの伝説の道具だろ」
「信じる?」
「当たり前だろ。お前だって、あれを被って、たくさんの声を聴いたんだろ」
「そうなんだけど」

 遠い昔のことのように思えた。
 信じていないというのではない。
 なんだか恐ろしい。
 でも、恐ろしと感じるのはなぜ?
 理解できないから?
 ああ、もう何もかも分からないことばかり……。


「私ね、あの後思ったの。私、何にも知らないなって」
 ライラの目がめらりと光って、目が合った。
 何か言いたそうだったが、チョットマはもうひとつ付け加えた。
「楽しかったことはたくさんあるけど、どれも人から貰ったもの」
 それでもライラは何も言わない。
「それに比べて私は」
 とまで言ったとき、ぴしりと遮られた。
「いい加減にしな!」

「嫌いなんだよ! そんな女々しい奴は! 思い出話も!」
 チョットマは思わず首をすくめた。
 あの時のように、ひっぱたかれそうな剣幕だった。
「人は誰でも影響しあって生きている。そんなこともわからないのかい!」
 そして、ライラは大きな溜息をついた。
「お前が誰かに与えている影響を考えてごらん」と、諭すように言う。
「ただ、自分が与えている影響を意識し過ぎるのは禁物だよ。人を変にしてしまう。大抵は鼻もちならない奴になってしまう」


 ライラが腕を絡めてきた。
「疲れてるみたいだ」
 と、スミソと同じように言う。
「少しだけね」
「いいや。かなり疲れている」

 誰の目にもそう映っているのだ。
 でも、ウイルスの悪夢のことは、誰にも言わないでおこうと決めていた。
 心配させるだけだから。
「そうかな。自分ではあまりそう感じないけど」
「嘘を言うんじゃないよ。あたしの目をごまかそうたって、百年早い! それに! この期に及んで疲れた顔なんて、してる場合かい!」
「分かってるよ……」
「それなら、チョットマらしくしな!」

 分かってるよ、ライラ。
 私がしなくてはいけないことがあることくらい……。

 涙がこぼれそうになった。
「やれやれ! だらしないね! レイチェル騎士団のシェルタで大演説をぶちかましたチョットマは、どこに行ってしまったんだい!」
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