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パリサイド 作者:奈備 光

4章

37/82

36 嘘を言いました!

 イコマは聞き耳頭巾を撫でながら、最前列でサワンドーレを待った。
 もうほとんど諦めているが、アヤは来ていないかとつい見回してしまう。
 特に今日のように、講義がなかなか始まらない日は。
 講義の予定は、着陸船の搭乗手続きの説明と本人確認、そして細々とした内容だと聞いている。
 これからは連日行われるらしい。

 人々はざわついていた。
 隣に座ったチョットマも考え事をしているようで、始終無言だ。
「それ、見せに行く?」
 スゥがンドペキに聞いている。
「見てくれたらの話やけどな」


 ドアが開き、ひとりの若い女性が入ってきた。
 誰だ?という視線を浴びながら、すらりとした足を元気よく動かして、女性は演壇に立った。
 切れ長の目に、右は琥珀色、左は桃色の瞳。赤みが差したふくよかな頬。
 細身だが、グラマラスな肢体。

「初めまして」
 甲高いが奥行きのある声をしている。
「私、キャンティと申します。父に急用ができまして、私が代理で皆さんにお話をさせていただきます」
 室内のざわめきが大きくなった。
 好意的なざわめきだ。
 ささやきが聞こえてくる。可愛い人だね、と。

 卵色の大小様々な布を繋ぎ合わせて、形の不揃いなフリルで覆われたようなドレスを着ている。
 とても楽そうだが、人目を引く衣装だ。
 素足にサンダル履き。これはパリサイドに一般的な履物だ。
「十五歳になりますが、まだ半人前です」
 まだ十五歳……、という呟きが聞こえてきた。

「再生されたことがありませんので、知らないことも多いと思います」
 再生されたことがない、つまり新しく生まれた命ということだ。
 子供が講師だからといって、ブーイングが起きる気配はない。
 それほど、キャンティという娘は人を惹きつけるものを持っていた。
「よろしくい願いします!」
 目の覚めるような金髪が艶やかに輝かせ、ぺこりと頭を下げた。
 あのサワンドーレにこんなに可愛い娘がいたなんてね、という声が聞こえた。

 頭を上げた時、イコマと目があった。
 あっという顔をして、軽く会釈をしてくれる。
 そして、小声で「アヤさんによろしく」と、微笑んだ。
 今度はイコマが驚く番だった。
 えっ、ということは、さっきの?
 慌てて頭を下げると、キャンティーはまた微笑み、その口元がより一層可愛らしく見えた。


「手続きの話は後に回して、まず私の好きなもののお話から始めます」
 キャンティの少し甲高い声が、透き通るように会場を流れていく。
 落ち着いて、ゆったりと話し出した。
「今、一番のお気に入りは、マグロのカルパッチョなんです」
 笑い声がおきた。

 マグロのカルパッチョ、とおうむ返しにチョットマが呟いた。
 それが何なのか、分からないのだ。
 今思えば、地球の食事は貧しく、単調なものだった。
 資源は枯渇し、アンドロの提供するものだけで成り立っていたのだから、当然だろう。
 海洋生物はかなり回復してきていたが、それを漁るという文化が絶えていたのだ。

「実は、海のものが入手できるようになったのは、最近のことだそうです」
 三十年ほど前までは、その味に近づけた合成食料で、なんとなく海鮮の気分を味わっていただけだったと、キャンティは少し困った時のような表情をした。
「私は知らないんですけど、元々地球を旅立ったときに、家畜たちはそのまま連れてきたそうなんです」
 分子レベルで持ち出したものや遺伝子レベルで持ち出したものはさらにたくさんあって、それらは宇宙船の中で増殖させて口にすることができた。
 植物であれば、ほとんど何の問題もなく、食材として利用できた。
 しかし水産物は、生産コストがかかりすぎて出来なかったそうだ。

「私が生まれる前、パリサイドの星にある五つの大きな海はすべて淡水だったそうです。それが不思議なことに、いつの間にか少しづつ海水に変わったそうです。それで私もマグロのカルパッチョを食べられるようになりました」
 私達の海が、地球の海と全く同じかどうか、私にはわかりませんけど、とキャンティはとぼけた顔を見せた。
「それ以外に好きな食べ物といえば、青カビの生えたチーズでしょ、辛みを抜いた唐辛子を炒めたものでしょ、それから薄い薄い皮のオムレツ。そうそう、おうどんも大好き」と、指を折っていく。

 そんな調子で、キャンティは次々に食べるものの話を挙げていった。
 レイチェルがアイーナに出した希望に沿う話だ。
 キャンティが何か言うたびに、笑い声があがった。


 それが少しだけ感嘆符の付くトーンに変わったのは、ただの一度だけ。
「皆さんの中には、私たちがみんな空を飛んで、宇宙線や光や、様々な粒子からエネルギーを得ることができるとお考えの方もおられるとか。全然、違うんですよ」
 半数くらいでしょうか。
 どうでしょう、イコマさん。アイーナ市長にはできるでしょうか。
 突然振られて、イコマは応えに窮した。
 あの身体で……。
「答はノーです。私にもできません。空を飛ぶことはかろうじてできますけど、それで食事代わりにすることはおろか、宇宙空間に出ていくこともできません。高度一万メートルがやっとです」

 質問の手が挙がった。
「さっき、再生されたことがないって言ってたけど、それはつまり、父親と母親の遺伝子を持っているってこと?」
 質問の主、中年の男性に女性たちから激しいブーイングが起きた。
「なんて失礼な!」
「恥知らず!」
「いやよね。デリカシーのない人って」
 男性は構わず質問を続けた。
「サワンドーレがお父さん。で、お母さんもいるんだよね」

 キャンティーが応えようとする。
「えっと、父と母の生殖行為によって、いわゆる……」
「応える必要なんかないんだよ! そんな質問に!」と女性たちが口々に叫び、キャンティは笑ってごまかすことに成功した。
「ちょっと、焦りましたよ」と。

「母ももちろんいます。会うことはあまりありませんけどね」
 女性たちのブーイングが、同情の溜息に変わった。
「離婚でもしたのかい」
 また、先ほどの男性だ。
「いい加減にしな!」

 これにはキャンティは、きっぱりと答えた。
「違います! というか……」
 とたんに口ごもってしまう。
「あの……、なんていうか、地球での風習と違って、パリサイドでは結婚という概念がないので……」
 地球にはまだ結婚の概念は残っているが、かなり薄れてきていることも事実だ。
 それに、異性を好きになるということ自体に関心がない者が多い。
 そういう意味では、パリサイドの方が健康な思考を持っているということなのだろう。

「あ、でも父は、子供は私だけっていって、とっても大切にしてくれます」
「そりゃそうだよ!」
「一夫多妻制とか?」と、また男。
「ふざけるんじゃないよ!」と、女性陣。

「いいえ、あの、私はよく分からないのですが、誰もがとても長く生きているので、その都度好きになった人と一緒になるというか……」
「もう、無視しなさい!」
「いいんだよ。そんなに頑張って話さなくても」
「あいつを摘み出せ!」
 女性たちの剣幕に、とうとう質問者も黙ってしまった。


 笑っている者が多い。
 特に男性たちの目はキャンティに釘づけだ。
 楽しいハプニングというのだろう。
 和やかなムードが満ちていた。
 キャンティは、楽しそうに次々と話を繰り出す。
 季節なんてないはずなのに、私の住む大陸では最近になって高温続きで、まるで熱帯地方になったみたいだとか。
 最近見たコンサートがどうだったとか。
 サッカーの選手で誰がお気に入りだとか。

「あっ、すみません。私の仕事のことを話しますね。自己紹介の時にしなくちゃいけなかったのに」
 また感嘆の声が上がった。
「まだ十五歳なのに」
「偉いわねえ!」
 この時ばかりは、キャンティも少し自慢そうな顔をした。
「仮想装置で遊ばれたことがありますよね。ここでいうと、オペラ座がそうなんですが。私、そのプログラムを作っているんです」
「へえ!」
「すごいわね!」

「今ちょっと、嘘を言いました!」と、キャンティが笑った。
 まるで、人を好きになる魔法の粉を振りまくように。
「たくさんのコンピュータが自分で勝手に作ってくれるんです。私はそれを実際に体験して、チェックするだけ」

 十八基の巨大なコンピュータが、人類の歴史が始まって以来の膨大で様々なシーンや物語などから、人々が喜びそうなものをアトラクションとして組み立てるらしい。
 複数のコンピュータにやらせるのは、思想的に偏ったものにならないようにするためだという。
「大昔から、そういう方法で作られていたみたいです。だから私はそれを体験してみて、楽しいかどうか、おかしな点がないかどうか、あまりに長すぎたり短すぎたりしないかとチェックするんです」
「ほおお!」
「キャンティ、すごいね!」

 ふと隣を見ると、チョットマの目じりに小さな涙が光っていた。
 イコマは何も言わずに、チョットマの腕に自分の腕をからませた。
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