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パリサイド 作者:奈備 光

4章

36/82

35 赤いリボンのお正月

 ハッピーニューイヤー。
 講義の前に、元旦の祝祭でも覗いていこうということになった。
 気分転換も必要ということだ。

 街の中央広場では持ち寄りバザーが開かれていた。
 パリサイド到着を前に、不用品を処分しておこうということらしい。
 求めたい人がいるかどうかも怪しいものだが、それなりに人出はあった。
 いたるところに赤いリボンがはためいている。パリサイドの元旦の飾りつけは、赤いリボンが定番だという。
 歌や寸劇のパフォーマンスも開かれるらしい。

「初めてやな」
「なにが?」
「パリサイドをこんなにいっぺんに見るのん」
「そういやそうやな」

 昨夜、家族だけでいるときは、大阪弁もいいじゃないか、ということになった。
 イコマとンドペキ、スゥの三人連れである。
「シリー川の会談の時以来やな」
 パリサイド達は、そこかしこにシートを敷いて、いろいろな品を並べている。
 品数の少ないものは、手に持って見せていたりしている。


 昨日、アヤは例によって、全くの無反応を決め込んでいた。
 ンドペキ曰く、
「アヤちゃんの子供の時の話なんか、嫌がるんと違うか」
「そうやな」
「大人になってから、自分の小さい時のことなんか親から聞かされて、嬉しい奴はおらんやろ」
「そうなんやろうけど」
 実際、イコマにとってアヤとの思い出は、しかも楽しい思い出となると、どうしても子供の頃のことに遡ってしまう。
 イコマがアギとなってからは、一緒に食事をすることさえなかったのだから。
 しかも再会後は、事件に次ぐ事件に振り回され、楽しい思い出を作ることなど思いもしなかった。
「最近のことやとなると、レイチェルの出番なんやけどな」
 そのレイチェルも何度となく足を運んでくれているが、やはりアヤの記憶は戻らない。
 溜息ばかりが出る。

「それはそうと、昨日チョットマが言ってたステージフォーってのは、どう思う?」
 昨夜、ユウを除いた四人で話し合ったこと。
 ほとんどがチョットマの報告だったが、プリブの行方を追う糸口やアヤの記憶を戻すきっかけとなるような情報はなかった。
 いずれもパリサイドの世界を垣間見るという程度のことばかり。

 それでも、イコマはありがたいと思った。
 ここは知らない社会。
 プリブの件もアヤの件も謎というものではないかもしれないが、ひとつひとつ情報を積み上げていくしか解決の道はないのだ。

「ステージフォー、ねえ」
 治安省のミタカライネン長官から聞いてきた話だ。
 宗教団体らしい活動をしているというが、パリサイド政府も実態はほとんど掴んでいないという。
 ミタカライネンの話によれば、最近になって台頭してきた団体で、かなり危険な思想を持つらしい。
 ちょっとした噂でも耳にしたら教えて欲しいと言われたと、チョットマは少し自慢げな顔をしたものだ。

「この船にもおるらしいな」
「排除できんかったんかいな」
「そりゃ、団体の規模もわからんし、首謀者さえ特定できてないんや。防ぎようがなかったんやろ」
「いつまでたっても、人間の心なんて、弱いもんやな」
「そう。そんなもんに頼ってしまう」
「宗教かテロか、新手の過激派か知らんけど、人に迷惑かけんといて欲しいよな」


 ミタカライネンは、この船がパリサイドを離陸してから何の兆候も見受けられなかったが、このところ急に活動を活発化させているように見える、と言っていた。
 プリブの件にそれが現れているとまでは明言しなかったが、チョットマはそう受け取ったという。

 もちろんプリブは、そんな団体に何の関係もないはず。
 もしステージフォーという団体が関係しているとすれば、プリブはどす黒い思惑の犠牲になったと言えるだろう。
 チョットマの報告によれば、治安省及び警察が血眼になって、紛れ込んだ団体構成員を探しているらしい。
 公にはされていないが、既に数人を拘束したそうだ。

 ただ、それはプリブの件に端を発してのことではない。
 あくまで不良分子の摘発としてである。
 プリブの件についてのミタカライネンの反応は、チョットマが期待していたものとはかなり違った。
 それは警察の仕事だ、と言ったそうだ。


 それからもうひとつ。
 アイーナが語ったという話が心に残っている。
 この宇宙線オオサカはパリサイド星に着陸はしない。これまで着陸したのは三百年前の一度きり。
 通常は宇宙空間に留まっているという。

 それに伴い大半の乗組員、そして特別な任務のある者もオオサカに留まる。
 プリブがオオサカから降りないとすれば、そんな任務があるのかもしれないね、とアイーナは言った。
 もちろん、そんな任務は聞いたことがないけど、とも。
 チョットマは冗談と受け取ったという。
 あるいは、私を慰めようという気持ちがあったのかもしれないと。

「最高責任者であるアイーナが知らない任務ってのが、あるんかいな」
「さあ。なにしろ、不思議なことが起きる超常現象の国だからな」


 バザーはそれなりに活況を呈していて、見たこともない道具なども陳列されている。
 安い値段で売られているところを見ると、パリサイドの世界では一般的に使われているものなのだろう。
 パリサイド達は静かにそれらを品定めしている。
 人は多いが、どことなく退屈なムードが漂っていた。

 イコマたちには、これといって欲しいものはなかったが、物珍しさが手伝って店を順番に見ていった。
 素人の店に混じって正規の店も出ていて、見飽きることはなかった。
 と、スゥがンドペキの袖を引いた。
「あれ、見て」


 パリサイドがひとり、少し離れた街角に立っていた。
 ヌード姿だが、片方の肩から布を掛けている。
「書いてある文字」
 なるほど、そのパリサイドは小さな手作りのプラカードを掲げている。
「遠くて読めへんな。それがどうしたんや?」

 スゥがその文字を読んでくれた。
 持ち主を探しています。
「ふうん」
「よく見て、あの布。ショールみたいな」
「ん?」

 あっ。
 イコマは小さな叫び声をあげていた。
「おい! まさか、あれ!」
「聞き耳頭巾!」
 もうンドペキとスゥは駆け出していた。


 まさにそれは、アヤの聞き耳頭巾に違いなかった。
 古びて原型を成さなくなった聞き耳頭巾の繊維から作ったショール。
 金属的な光沢をもつ灰紫の布。
 数日前、これを持ち出してアヤは街の北部をうろついたに違いないのだ。

「ちょっと、すみません。それを見せてもらえませんか」
 頼んでおきながら、既にンドペキの手はショールに伸びていた。
 パリサイドは臆する風もなく、「どうぞ」と肩から布を下ろした。
「これをどこで」
 もう手に取るまでもなく、アヤの聞き耳頭巾だった。


 聞き耳頭巾、それは京都の山奥の村に伝わってきた妖しの品。
 木々や鳥の声、そして岩の言葉さえ聞き分けることのできるもの。
 それを使えるのは、限られた能力者のみ。
 村の年老いた巫女から託された頭巾を、六百年以上にわたって守り抜いてきたアヤ。
 今や美しい、しかし怪しげな光を発する一枚の布に姿を変えている。

 見紛うことはない。
 イコマも、そしてンドペキもその力は身に染みて分かっている。
 今も、触れれば間違いなく聞き耳頭巾。
 眩暈がした。


 女性は、ンドペキの問いに答える前に、問いかけてきた。
「これは、あなた方のものではないですね。私はこの布を持ち主に返したいと、ここで探しています。この布に興味を持たれた理由はなんですか?」
「そう! 私達のものではない。しかし、私の娘のものだ!」
 イコマとンドペキは、同時に叫ぶように言った。
「理由なんてない! アヤのものだから!」

 女性は余り疑っていないのかもしれない。
 それでも、念のためにもう一つ聞こうとするようだ。
「娘、とおっしゃましたね。では、その女性のことを話してください」
 女性は、パリサイドの身体を持ったイコマにだけ話しかけてくる。
 横からンドペキが自分の娘だ、と言うのを聞いて、イコマは答え方に困った。
 父親が二人いてはおかしい。義父というのは嘘になるが、それとてこのパリサイドに通用するだろうか。
 しかも、イコマはパリサイドの身体を持ち、ンドペキは地球からの避難民そのものなのだ。


 ンドペキと目が合った。
 任せろと言っている。
「アヤというのです。その持ち主は。ところが、数日前から姿が見えなくなりましてね。ようやく見つけたものの、記憶がなくなっているようで……」
 ンドペキが丁寧に説明を始めた。
「ここにいるパリサイド、実はパリサイドじゃありません。ご存じかどうかわかりませんが、地球ではアギという記憶だけの人格がありまして、この度救出されるにあたってこの身体を得たわけです」
「アギ? ああ、なるほど。初めてです。実際にお目にかかるのは」
 パリサイドが知っていてよかった。話はかなり短縮される。
「それで、話は長くなりますが、このアギも私も、そのアヤという娘の父親なのです。あっ、申し遅れました。私はニューキーツの住民ンドペキと申します。こちらはイコマ。そしてこちらは私の妻、スゥと申します」


 経緯を説明し、アヤの容姿やその時の服装を説明し、聞き耳頭巾の何たるかを説明し、その女性はようやく安心してショールを渡してくれた。
「どうりで。これを身に付けると、どうしようもないくらいに胸騒ぎがしてたんですよ。何千年も前からある、不思議な品物なんですね」
 女性はもう聞き耳頭巾に触れようとはしなかった。

「本当にありがとうございます」
 イコマは心底から、このパリサイドの女性に感謝した。
 これまで、聞き耳頭巾はアヤが持っているものとばかり思っていた。
「アヤさんとおっしゃるんですね。お返しできてよかった」
 イコマは何度も礼を言った。
 これを失ったことと、アヤの記憶が失われたことは関係ないとは思うが、記憶を取り戻すひとつの有力な道具を手に入れたことになるかもしれない。

 スゥが口を開いた。
「ありがとうございました。ところで、私たちは事情が分からず困っています。アヤの記憶が失われた理由が分からないのです。なにかご存知のことがあれば、教えてくださいませんか」
 どうして手に入れたのか、とは聞かず、上手い聞き方だ。
 どうしても知りたい点だ。

 しかしパリサイドは、怪訝な顔をした。
「そうなんですか。アヤさんとお会いになっているようなので、てっきり事情はご存じなのかと」
「いいえ。これを持って家を出てからのことは何も知らないのです。本人は私達のことさえ忘れているようなので、なにも話してくれませんし」
「それはお気の毒に……」


 女性から聞いた話。
 それは、イコマを暗然とさせた。
 アヤが出かけた翌朝未明のこと。
 女性が街を歩いていると、急ぎ足で一心に南に向かって歩いていくアヤとすれ違ったという。

 すれ違った直後、小さな悲鳴が聞こえた。
 咄嗟に振り返ってみると、数人のパリサイドの姿があった。
 武装はしていなかったが、たちまちアヤはフィルムに巻き取られ、あっという間に連れ去られたという。
 現場に残されたもの。それがこのショール。

 女性は警察にショールを持ち込み、持ち主に返して欲しいと言ったそうだ。
 しかし警察では、そんな女性を捕えた経緯はないと、受け取ってはもらえなかった。
 しかたなく、持ち主が現れる確率は低いと思いながらも、こうして探していたのだと言った。
 そして、肩の荷が下りたと言って微笑んだ。
 だって、地球から来られた人のものを、もらっておくわけにはいかないから、と。
 女性が手にしているプラカードに張り付けられた、赤いリボンがはためいた。 
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