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パリサイド 作者:奈備 光

4章

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34 イルカの少年

 展望室に降りて来て、急ぐというレイチェルを見送った後、イコマはチョットマと少しだけ話をした。
 眼下に広がる街並みだけでもこの宇宙船の巨大さを思い知らされるが、この作られた舞台ともいうべき客室フロア以外の空間の大きさを考えると、気が遠くなるような気がした。
「チョットマ。最近、大活躍だね」
「ううん、全然」
 チョットマは市民の様子をアイーナに伝える役を、しっかりこなしている。
 彼女の信頼がチョットマに厚いことを目の当たりにして、イコマはうれしかった。

「これから、治安省長官のミタカライネンっていう人に会ってくるの。市長が紹介状を書いてくれたから」
「へえ! どんな話をするんだい」
「プリブのこと、アヤちゃんのこと」
 ミタカライネンにはレイチェルが既に会っている。
 何の情報もないと言われて帰ってきているが、あれから数日経った。新しい情報があるのではないかと、チョットマは期待している。

「なんだか、よく分からないことばかり」
 チョットマは大きく溜息をつき、唇を尖らせた。
「なにか、こう……」
 いい言葉が見つからないのか、両手を頭の上に持っていった。
「苛ついたらだめなんだろうけど……」


 イコマはマスカレードのことは言わないでおこうと思っていた。
 チョットマが受けた心の傷がどの程度のものであれ、あえて問いただしてその傷を大きくする危険を冒す必要はない。
「ねえ、パパ」
「ん?」
「運命って、どういうことを言うのかな」

 びっくりした。
 そんな言葉を持ち出すとは。
 チョットマのそんな意識は、きっぱり絶っておかねばならない。
「使い古された言葉だね。大昔、人は死ぬのが当たり前だった。その頃は、人はいずれは死ぬ、それが運命だ、なんて言い方をしたな。でも、死んでも再生されるのが当たり前になって、運命なんて言葉も流行らなくなったな」
「そうなんだ……」
「そもそも、運命なんて言葉は、負のイメージがあるよ。素晴らしくいい出来事があって、それが運命だなんて言い方はあまりしない。むしろとんでもないことがあって、それを受け入れろ、というような時に使う」
「そういうことなんだ」
「宗教的な意味合いがあったり、権力を持つ者が持たない者に向かって、お前の運命はこれなんだから我慢しろ、文句を言うな、というようなニュアンスがあるね。少なくとも僕は、運命なんてものを信じたことは全くないし、使いたくない言葉のひとつだね」
「……わかったわ」

 少し熱を入れて話し過ぎてしまったかもしれない。
 なぜ、チョットマがそんな言葉を出してきたのか、聞いておかなければいけない。
「どうして?」
「うん、私の運命を知ってる、みたいなことを言う人がいたから」
「誰だ? そんなことを言うやつは」

 無性に腹が立った。
 人を不安に陥れるだけの言葉を、よりによって自分の娘にひけらかしたやつ。ただでは済まさない。
「許せんな!」


「今度、教えるね。私、もう行かなくちゃ」
「ああ、気をつけてな」
「うん。あ、パパ。私、みんなと話したいことがあるの。市長に聞いた話とか、いろいろ」
「ああ。聞かせて欲しいよ」
「今日の夜とか。みんな、集まれるかな」
「みんなって?」
「パパとンドペキとママとスゥ」

 ママ!
「ママって、ユウのこと?」
「そうよ」
 チョットマの口からママという言葉が出てきたのは初めてのことだ。
 なにか、心境の変化でもあるのだろうか。
 嬉しさと同時に不安も湧いたが、チョットマ自身は、「パパはパパなんだから、ユウお姉さんはママって呼ぶのがいいかなと思って」と、笑った。


 街に降りてチョットマと別れ、イコマはバルトアベニューに向かった。
 この時間帯はンドペキがアヤに話しかける順番だが、居ても立っても居られなかった。
 返事をしてくれなくても、そばにいなければ、という気持ちだった。

 結局、アヤの名がパリサイドへの着陸船の名簿にあるかどうか、分からずじまいだった。
 アヤの名があることでひとまずは安心したい、そんな親心が分からないのか、何度声を枯らそうとも、ブランジールはあれから一言も発しなかったのだ。
 今頃、アイーナとふたりになって、楽しくお喋りしているのかもしれないが。
 くそ、とイコマは舌打ちし、足を急がせた。


「どうした」
 と、ンドペキが追いついてきた。
「僕の番だが、一緒に行くのか?」
「ああ、一緒に行こう。歩きながら話そう」
 アヤの部屋まで、後もう少しだ。

 イコマは、チョットマが話し合いたいと言っていること、そしてブランジールの部屋で見聞きしたことを話した。
 だが、プリブの名前が名簿にないことを聞いても、ンドペキは顔色一つ変えなかった。
 ある程度は覚悟していたことなのかもしれない。
 あるいは、断片的な情報に一喜一憂していても始まらない、ということなのかもしれない。


「それで、パリサイドに着いてから、我々はどうなることになった?」
「アイーナが言うに、着陸後一年程度は缶詰にされるらしい」
「まさか、あの身体を授与されるわけじゃないだろうな」
「そういうことじゃない。星の環境に順応するための最低の期間だということだ」
 世界の見かけは地球と似通っているが、大気や重力や宇宙線の種類、時間の観念や光など、地球上で当然と思っているあらゆるものが異なっているという。

「その間、地球人類の代表を決め、どのようにパリサイドで暮らしていくのかを決めろ、ということだった」
「なんらかの制約はあるのか?」
「アイーナは、地球から来た人のことはすべて、自分たちで決めたらいいと言っていた」
「収入もなく、知らない街に放り出されたら、路頭に迷うことになるぞ。なにしろ、誰もが命からがら逃げてきた。着の身着のまま、一文無しだ」
「一年の間に、自分で何とかしろ、ということだな。その間、必要なものは支給されるらしい」


「一年間か……。本当にそれだけか?」
「疑り深いな」
「当たり前だろ」
「実はな」
 ンドペキが疑ったとおり、その間に選別作業が行われるという。
「その選別というのが、何なのかは、教えてくれなかった」
「なんだ?」
「ただ、自分達もその選別を受けているし、あそこで暮らしていくために不可欠なものだ。アイーナはあっさりそう言った」

 そのときのニュアンスでは、問い質したレイチェルに驚いた風だった。
 何でもない普通のことなのに、というように。
 ただアイーナは、「このことは一般市民には伏せておくように」とも言ったのだった。
 余計な不安を与えても仕方ないから、と。

「イコマは一般市民じゃないってことか」
「アイーナの表現で言えば、レイチェルが信頼する人々の内のひとり、ってことになるんだろうな」
「ま、いい。分からないことだらけだが、向こうに着けば見えてくるものがあるってことだろう」


 そんなことを話していると、後ろから声を掛けられた。
「あの、もし」
 極端に背丈の小さいパリサイドだった。イコマと同様、ヌード姿だ。
「ああん?」
 不機嫌そうに立ち止まったンドペキに、そのパリサイドは丁寧に頭を下げた。

「ンドペキさんでしょうか?」
「そうだが」
「フイグナーと申します。いつぞやは失礼なことをしました」
 と、パリサイドはまた頭を下げた。

 パリサイドらしく無表情だが、その眼にはどこか人を見下しているようなところがあった。
 ンドペキが反応しないことを見て、パリサイドはバカにしたような口ぶりで言った。
「ほら、海の中で」
「は?」
「もう忘れましたか。イルカの少年と言えば、どうです?」
「なっ、お前は!」
「ハハ!」

 イコマも思い出した。
 ニューキーツの政府建物に突入したとき、ンドペキの隊が迷い込んだ部屋での出来事だ。
 そこは出口のない海中。
 散々、愚弄された特殊なアギだ。

 ああいうやつも、パリサイドに救われたのか。
 こいつら、世を捨てたと言っていたのではなかったのか。

 フイグナーと名乗ったパリサイドは、まだ声をあげて笑っている。
 あの時のように。
 こいつ、相当頭がおかしくなっている。そう感じて、ンドペキの袖を引いた。
 関わらないでおこう、と。

 背を向けた後ろから、声が追いかけてきた。
「あれ、もう話は終わりですか。私、昔の名はミズカワヒロシといいますが、もう少しお話が……」
 その名前に引っかかるものがあったが、イコマはンドペキを引っ張るようにその場を離れた。
「ちくしょう。どいつもこいつも」
 そんな言葉が何度も口から出てきた。
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