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パリサイド 作者:奈備 光

4章

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32 愚弄するな!

 イコマとレイチェルはそれぞれ椅子に座って、ブランジールの椅子の背を見つめている。
 部屋はシンとして、聞こえてくるのはブランジールの声だけだ。
 かすかな振動もなければ、空気の流れもない。
 この宇宙船がとてつもないスピードで飛んでいることを示すものは、窓に踊る多彩な光の帯だけ。

 イコマはブランジールにこちらの姿が見えているのか、という不審が拭えなかった。
 そもそも目の前の椅子に座っているのかどうかさえ怪しいものだ。
 どう見ても椅子だけが置いてあるように見える。
 これだけ話しているのだ。ちらりと姿を、せめて足先でも見せてよさそうなものではないか。

「イコマさん、その体、いかがなもんです?」
「まあ、正直にいうと、あまり居心地がいいとは言えませんね」
「そうですか」
 とブランジールは言ったが、気分を害したわけではない証拠に、「人間が作る肉体は、そんなもんでしょう」と笑った。
「アギだった、わけですよね」
「そうです」
「しかし、数百年も体を動かすという意識を持たずに生きて来ても、肉体を得た途端に大抵のことはできてしまう。人間とは、なかなか高度な生物だとも言えるわけですな」
「ごもっとも」
 微妙に大阪イントネーションになってきてはいるが、大阪弁べらべらというわけにはいかない。


「さて、これからお話しすることは、他言無用でお願いしたい」
 と、ブランジールが改まって話しかけてきた。
「もちろん、お二方が信頼のおける方にお話しするのはいいのですが、市民の間に広まってしまうと、収拾がつかなくなる恐れがあります。よろしいですかな?」
 レイチェルもイコマも頷いた。
「では」と、早口で語り始めた。
「今お座りの椅子に、目や耳があり、お二方の体内の様子を盗み取る機能が備わっているとしたら、どんなお気持ちです?」
「えっ」
 腰を浮かしかけたイコマに、ブランジールは「いやいや、冗談ですよ」と笑い声をたてた。
「しかし、パリサイドでの生活はそういうものだと考えてください」

 市民の誰もがそう思っているわけではないという。
 そう考えたり、なんとなくそう感じているのはほんの一握りの人間だけだが、ブランジールは自分はそう考えていると言った。
「そうでなければ、辻褄の合わないことがあるのでね」

 イコマは思わず生唾を飲み込んだ。
 なんと、窮屈で恐ろしい世界だろうか。
「そんなことが明らかになると、市民はパニックになるでしょう。くれぐれも頼みますよ」
「それをなぜ、私達に?」
 レイチェルの問いかけに、ブランジールは優しい声を掛けた。
「その問いに応える代りに、ひとつお願いがあるのです」

 落ち着かない話だ。
 どんな願いかと身構えたものの、ブランジールの願いは他愛もないことのように思えた。
 市民を守りたい、というのだった。
 あの星で、豊かにとはいかないまでも、幸せに暮らしていけるように力を貸して欲しいというのだった。
「やっとのことで辿り着いた地面なのです。少々不便なことがあっても、気に食わないこととでも申しましょうかな、かけがえのないところなのです」
「具体的に、私は何をすればよろしいのでしょう」
「なに、難しいことではないのです。超常的な現象があっても、不思議な出来事があるものだというように鷹揚に構えていただきたいのです」

 地球から来た人にとって理解しがたい出来事があれば、どうしてもそれに気を取られてしまうだろう。
「それに食いつかず、知らぬ顔をしておれと、端的に言うと、そういうことですか?」
「その通りです。幹部である皆さんがそうしないと、市民の気持ちに揺らぎが発生します。それが命取りになると思うのです」
 イコマは唸ってしまった。
 理解できなくもないが、その不思議な出来事を目の当たりにしていない現時点では、了解するともしないとも言えるものではない。
「経験もしていないうちから、そう言われても、というお顔ですな。ですが、あえてそう申し上げているのです。今のうちにと」

 一体、パリサイドの星ではどんなことが起きているというのだろう。
 こういうことなら、ユウの話をもっと積極的に聞いておくべきだった。

 レイチェルは黙り込んだまま、難しい横顔を見せている。
 何が起きようと、どうってことないよとドンと構えておくようにと言われても、はい分かりましたと言えるはずもない。
 見過ごせないことも、見ない振りをしておけと言われても。

 黙っていることを了解とみなしたのか、ブランジールは朗らかに言った。
「さて、私の話はここまでです。ですが、もう少しここにいてくださいよ。そうだ。質問タイムと参りましょうか」
 それをきっかけに、イコマは懸案の話題を持ち出すことにした。


 まずは、プリブの一件。
「あなたは自分の配下がやったのではない、とおっしゃいましたが、私には腑に落ちない点があります。不躾だとは思いますが、質問をさせていただきます」
「どうぞ、どうぞ」
「警察の調べによると、プリブが拉致された街角からさほど離れていない地点で、犯人達の姿が消えた」
「ふむ」
 イコマは犯人という言葉を使って、これは犯罪であるということを伝えたつもりだった。
 講義の時に騒ぎ出した女性を連行したことも含めて。
「それなのに、その後ずいぶん離れた北の端、バルトアベニュー付近で目撃されたという」
「それで?」
「つまり、犯人達は街の中を走ったわけではなく、一時的に地下を通ったのではないか、と考えられるわけです」
「地下ですか」
「ここは宇宙船オオサカの中。街中からは見えないが、そんな通路はいくらでもあるはず。むしろ、街として設えられてある客室フロアは、ごく一部のはず」

 言いたいことは分かるはずだ。
 宇宙船機関部ないし倉庫やバックヤードや諸々の部屋や通路を通行できるのは、その構造を知っている者のみ。
 ブランジール配下の乗組員、ないし許可された者だけではないのか。
 先日の例もある。

 反応を待った。
 顔が見えないのがもどかしい。
 レイチェルは無表情に椅子の背を見つめている。
 長官として聞いておきたいこともあるだろう。
 この話題は早めに切り上げなければ。

 しかし、返ってきた声は期待外れだった。
「イコマさん。私は粘り強いですよ」
「……」
「さっきも言ったように、あなた方を信頼していますよ」
「それではお答えになっていませんね」
「たとえ私を信頼していただけなくても」
「ですから……」

 はぐらかそうとしているのだろうが、ここは声を荒げて応酬する場合ではない。
 レイチェルに上手くバトンを渡さなければ。
「私の考えは間違っていますか? 間違っているなら、ヒントを下さい」
「これだけは言えます。私の配下ではないし、誰かに通行許可を出したこともない。それにその時間帯、侵入者はいない。加えて申し上げると、侵入されるほどこのオオサカ、軟な宇宙船ではないということです」

「しかし……」
 思わず食い下がったイコマに、ブランジールは意外なことを言った。
「もっと大きく捉えた方がいいですよ。社会の動きの中では様々な出来事が起こります。プリブというあなた方の仲間のことも、その大きなうねりの中で、たまたま目に見える形で現れたさざ波のひとつだということです」
 あんたに説教される覚えはない。怒りが沸き起こったが、それを抑えてイコマは穏やかに言った。
「とるに足らないこと、とでも?」
「そうじゃありません。彼を追いかけても真実は見えてこないだろう。これが、私が差し上げるヒントです」


 イコマは顔が火照るのを感じた。
 バカにされたように感じた。
 しかも、ブランジールは声だけ聞かせるという態度を変えようとしない。
 そしてこう言ったのだ。
「イコマさん。まあ、機嫌を直してくださいよ。もうすぐ来ます。かわいこちゃんを呼んでいますから」
 なんだと!
 愚弄するにもほどがある!

 ブランジールの声が怒りに被さってきた。
「あなた方には、人々が安心して暮らせるよう、治めていただきたいのです」
「は?」
 ブランジールの言葉が終わるか終らないうちに、係員のアナウンスが聞こえた
「アイーナ市長様、東部方面攻撃隊隊員チョットマ様がお見えになりました!」
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