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パリサイド 作者:奈備 光

3章

31/82

30 緑トカゲの次は

 馬車も一週間前と同じ。
 どこかで見ているかもと、ついついきょろきょろしてしまいそうになるが、前回と同じようにしなければ。
 ここで見つけても、声をかけたりしちゃダメ……、のはず。
 はやる気持ちを抑えて、チョットマは規則的に揺れる御者の背中と近づいてくる宮殿だけを見つめた。
 宮殿は壮厳な様相を見せ、多くの明かりが窓や壁を照らし出していた。今夜のパーティの成功を祈る灯のように。

 よかった。
 あのアラビアの姫君の衣装は誰にも貸し出されていなかった。
 ブースも前回と同じ、左側の三階貴賓席。

 少し時間を潰そう。
 先日より今日はまだ時間が早い。
 前回とできるだけ同じようにしなければ、ぼろを着た男、EF16211892が現れないかもしれない。

 チョットマは、今自分がしていることを理解していた。
 EF16211892にもう一度。約束だから。
 会って、踊りたい。いや、踊りなんてどうでもいい。
 会えるだけで。
 そして、先週の別れ際、彼が言ったように、あの人のことを聞いてあげるんだ。

 愛することとは、お互いを理解しようと努力し続けること。
 きっとその通りだと思う。

 私は、ンドペキのことをどれだけ理解しようとしてきただろうか。
 プリブのことも、スミソのことも。
 そして、パパやレイチェルのことを。

 少なくとも、理解しようと意識したことはないように思う。
 ただ一緒にいて、楽しくて頼もしくて、そして憧れて。
 彼らも、私をも守ってくれたり、いろいろなことを教えてくれたり、そして励ましてくれたりはしたけれど、自分のことをもっと理解して欲しいというようなことは一度も言わなかった。

 EF16211892が初めてそんな言葉を私にくれた。


 これが愛?
 この気持ちが?
 仮想的にコンピューターによって、私向けに作られた男性に?

 ばかげている、と自分でも思う。
 でも、これは愛じゃないなんて、言い切れないと思う。
 少なくとも、私には。

 そう思ってしまうのは、私がクローンだから?
 しかも、レイチェルのために、人を愛するために作られた人形だから?

 決して、そうではない。
 私は私。
 普通の人と同じようにちゃんと生きているし、自分の頭で考えている人間だもの。
 自分の感情は自分のものだもの。


 時間を潰そうにも、食べるものはフルーツくらいしかあまり喉を通らない。
 ホールを見下ろしても、初めての時ほど心は躍らない。
 ウイルスに体を蝕まれそうになり、パパや皆に楽しいことを思い出せと言われた時、私の頭の中にはマスカレードのことしかなかった。
 仮面舞踏会というより、EF16211892のことしか。

 さあ、そろそろ出て行く時間。
 チョットマはブースを出て、先日と同じようにまずは右手に向かった。
 突き当りには、やはり大きな茶色のカエルが待っていた。

「やあ、お嬢さん! お久しぶりです!」
 カエルはカエルらしくない大げさな笑顔を見せると、飛びつかんばかりに喜んだ。
「コホン、さて」と、姿勢を正し、もったいぶった口ぶりで話し始めた。
「お伝えしておきたいことがございます」

 きっと、突き当りの暗い階段を登れと言うんだ。
 しかし、今日のカエルは違った。
 カエルにとっては厳粛な顔なのだろう。ますます仏頂面をして、
「何人も、運命は、受け入れねばならない!」と、のたまう。

 先週と同じ応対をしようと思っていたが、若干違う展開のようだ。
 いずれにしてもここは断らなければならない。
「私、あの階段の先には行かないと言ったわよ。たとえそれが運命だと言われてもね」
 と応えると、カエルは今度は渋面を作って、
「それは承知している。前回、聞いたからな」と、砕けた調子になった。

 ここからどんな会話をすればいいのだろう。
 EF16211892が現れるための条件は?
「じゃ、私、そろそろ行くわね」
 カエルにかける言葉が見つからないまま、チョットマが黙っていると、
「お前の運命とは」などと言う。
 いつの間にか、お嬢さんからお前呼ばわりだ。

「聞きたくはないか?」
 しかも、不敵な笑みを浮かべている。
「いいえ、全く」
 切り捨てるように言うと、
「え、そうなのか?」と、自信を失ったのか、急に慌て始めた。
「たいていの連中は、聞きたがるものなんだけど」

「聞きたくもないわ」と、背を向けると、
「あっ、待て」
 また冷静さを取り繕い、「これだけは聞いてゆけ。お前の運命とは」と、大声を張り上げた。
「じゃ、聞いてあげる。この先に行けば、私の運命が変わるの? 夢が叶う方向に?」
「えっ、あ、そうじゃない。階段のことはどうでもいいんだ」
 忙しいカエルだ。また慌て始めた。
「じゃ、なに?」

「お前の心に入ってきたものを受け入れるのだ」と、威厳たっぷり。
「わかったわ」
 チョットマは踵を返した。
 だから、そうしようとしているんじゃないの、パパにも黙って、と心の中で呟きながら。


 ホールに降りると、やはり、むくつけき髭の大男が声をかけてきた。
 前回と全く同じ台詞で、「お嬢さん、一曲、いかがでしょう」と。
 そうそうその調子。
 同時に、緑のトカゲ男。
 なんだけど……、あれ?
 少々、勝手が違う。
 まあいい。
 いよいよ次は……。
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