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パリサイド 作者:奈備 光

1章

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2 生暖かい怒り

 すぐに後を追ったが、路地にひっそりと静まり返っていた。
 アヤではない。
 ンドペキの直感はそう告げていた。
 体格が違う。
 影はアヤより、少し細いような……。

 と、背中がざわついて、ンドペキはとっさに振り向いた。
 が、誰もいない。
 チリが光って、ゆっくりと拡散していくだけだった。


 ンドペキは鼻を鳴らし、肩の力を抜いた。
 人影を見て、少しはほっとした面がある。
 魑魅魍魎が行きかう街だとは思っていないが、夜に出歩くなというサワンドーレの言葉が気にはなりかけていたのだ。

 人影は女性だったような気がする。武装もしていなかった。
 パリサイドかどうかまではわからない。
 しかし、そんな誰かが歩いている街なら、切迫した危険はないのだろう。

 しかしもう、部屋に帰った方がいい。
 アヤの能力をもってすれば、しかも聞き耳頭巾を使ったとなれば、声を聞き分けられたことだろう。
 もし不調だったとしても、今夜のところは諦めたはずだ。
 いつもうまくいくわけではないことは、先刻承知なのだから。


 アヤが聞いたという声。
 むろん、ンドペキには何も聞こえなかった。
 アヤは、人の声のような、と表現した。
 とすれば、木の声や鳥の声とは違う種類の声なのだろうか。
 あるいは、ここには木も生えていないし、鳥も棲んでいないから、石ころさえ転がっていないのだから、そう言ったのだろうか。

 そんなことを考えながら、ンドペキは自分たちの住む街区に戻り始めた。
 街路や街並みに、見るべきものはない。しかも、深夜。
 照明は暗く落とされ、チリチリした光が浮遊しているほかは、昼間とさして変わりはない。
 おのずと歩調は速くなるが、一時間余りもあれば帰り着くだろう。
 アヤはもう部屋に帰っているはず。
 その思いは確信になっていた。

 空を見上げた。
 母船の街路の天井を空と呼ぶなら、そう呼べないこともない。
 それほど暗く、突き抜けるような高さが感じられた。
 もうすぐ夜が明ける。
 毎日、夜明けは午前五時と決まっている。
 照明がゆっくりと灯っていき、空は藍色に染まっていくそうだ。


「そういえば、なんとか祭といったな……」
 ンドペキは大切なことを思い出した。
 今日、十二月二十五日は「双戯感謝祭」。
 パリサイドにとって、記念すべき日。

 サワンドーレによれば、パリサイドが劇的な進化を遂げた日だという。
 ただ祭日といっても、特別の行事があるわけではない。
 己の体を慈しみ、身体を横にしてゆっくりと休むのだという。
「街はほぼすべての機能を停止します。あなた方も、ゆっくり休んでください」
 出かけてはいけないのか、という質問に、「奇異な目で見られることは、あなた方にとって得策ではないのでは?」
 と、パリサイドの講師は返したのだった。

「しまったかな」
 サワンドーレの忠告に従わず、アヤとンドペキは双戯感謝祭の日に街をうろついたことになる。
「ふん」
 アヤもンドペキも、マト。
 縛られることのない生を六〇〇年も過ごした身としては、パリサイドの妙なしきたりに不逞な気分になることは仕方のないことだった。

 パリサイドは太陽に縛られない宇宙空間にありながら、依然として太陽暦を使用している。
 一年は三六五日。二四時間で一日が繰り返される。
 地球の時間軸とパリサイドの時間軸は同じだが、この数百年の間に数時間以上のズレが生じているらしい。しかし、地球に戻れない今となっては、どうでもいいことだった。
 もちろん、今日がイエス・キリストが生まれたとされる日であろうがなかろうが。


「それにしても……」
 ンドペキは再び、あてもない思考を弄んだ。
 自分でもわかっている。それが悪い癖であることを。
 かつて、マトの身を恨み、サリを殺して、という妄想に憑りつかれていた日のことは今でも思い出すことがある。
「あの日から、俺たちは……」
 さまざまな出来事があり、今はこうして、思ってもみなかった境遇にある。
 ンドペキは舗装に目を落とし、別のことを考え始めた。

「一体あいつは何をしたんだ……」
 思考はおのずとプリブのことになる。
 連行されるほどの、なにを……。

 最近のプリブは……。
 プリブだけではない。
 地球から救出された誰もが、これといってすることのない日々を送っていた。
 時折、サワンドーレのような講師役のパリサイドから、授業を受けるだけ。

 プリブはスミソと共に、チョットマの付き人気取りで、世話を焼いているだけの毎日ではなかったか。
 そんな男がどうして。
 スジーウォンの悩みは痛いほどよくわかる。
 プリブとは何者かと問われれば、ニューキーツ攻撃隊の隊員である、としか言いようがないのだ。
 今回のことが、攻撃隊と何ら関係のないことだと、言い切れるはずがないのだ。
 陽が昇れば、新たな動きがあるのだろうか。

 そしていつも心から離れないのは、ベータディメンジョンに残してきたパキトポークたちのこと。
 エネルギー渦巻くあの次元で、無事にいるのだろうか。
 相変わらず巨体を揺すって、人々をリードしているのだろうか。


「ん?」
 ンドペキは思わず立ち止まった。
「これは……」
 いつしか、樹脂製の舗装は硬い石に変わっていた。
「ここは!」
 顔を上げた。

 ニューキーツ!

「な!」
 身体に冷たいものが走った。
 ここは!
 己の部屋の前ではないか!


 ンドペキは慎重に辺りを見回した。
 まぎれもないニューキーツの街並み……。
 夜のとばりに沈んでいる陰気な街並み……。
 霧が出ているのか、街灯の光はぼやけているが、懐かしい通り……。

「くっ」
 身体に走った冷たさは、たちまち生暖かい怒りに変わった。
 新手のバーチャルに違いない。
 またしても、こんなふざけた遊びにはめやがって!

 なんでも出てきやがれ!
 イルカの少年でもなんでもいいぞ!
 地面に吸い付くようにピクリとも足を動かさず、全身に力を漲らせた。
 さあ、来い!

 敵意のある仕掛けなのかどうか、そんなことはどうでもいい。
 俺を弄べると思ったら、大間違いだ!


 来やがったな。
 暗い街路を歩いて来る者の姿があった。
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