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パリサイド 作者:奈備 光

3章

29/82

28 船長の権限

 部屋の中に、アナウンスが流れた。
「こちら、ブランジール船長! 乗船者の皆さんに、緊急の連絡があります!」
「ほう!」
 イコマがちょっと驚いた声をあげた。
「確かに、ここは宇宙船の中だ」
 船長直々のアナウンスは、船内の隅々にまで流れる仕組みだったが、実際に聞くのは初めてだ。

「当船オオサカは、一月五日深夜にパリサイド星の重力圏に到達予定!」
 レイチェルが聞いてきたとおりだ。
 続けて、
「一月六日未明には、着陸の予定です! 残り少ない空の旅ですが、存分にお楽しみください!」と、朗らかすぎるような声が流れてくる。
「では、今後のことについて、アイーナ市長からメッセージがあります!」

 ブランジールに代わって、アイーナのハスキーな声が流れてきた。
 ンドペキは巨大な丸いクッションを思い浮かべながら、そのメッセージを聞いた。
 市長のメッセージは非常に短いものだった。

 注意事項。
 重力圏到達に先立つこと二十四時間前を、チェックインタイムとする。
 その時刻をもって、一切の市民活動は停止される。
 外出禁止。
 チェックインタイムまでに、すべての個人的荷物を所定の場所に持ち込むこと。
 その期限、すなわち市民活動の停止時刻、外出禁止令発令時刻については、確定次第連絡する。

 持ち込まれない荷物が、手元に戻ることはない。
 また、外出禁止令発令後にそれぞれの部屋にいなかった場合、生命の保証はないことを申し添えておく。
 地球から避難してきた乗船者には、着陸に向けての各種手配の方法及び手続き、手順について、担当の講師から説明がある。
 また、パリサイド到達後の予定については、後日連絡する。
 以上。


「荷物って、何もないけどな」
「ある人もいるんじゃない」
「こっちはそれどころじゃないぞ」
「どこから放送してるんだ?」
「外出禁止か」
「そりゃ、船内でうろちょろされたら困るんじゃない?」
 そんなことを言い合いながら、五人は立ち上がった。

「さあ、行くか」
 まさしく、今日は講義の日。
「行かなくちゃいけないか」
 ンドペキは全く気がすすまなかったが、欠席には重いペナルティがあるという。
 しかも、アイーナのメッセージにあったとおり、今日は特別な講義になることだろう。
「ここで悶々としていても、仕方がないな」
 出席する必要のないユウは、再度アヤの元へ向かうことになり、四人は講義のある部屋に向かった。

 部屋はいつものように、物憂げな雰囲気が漂っていたが、それでもいつもより熱気が感じられる。
 いよいよ、パリサイドの星に近づいているのだ。
 これまでの講義は、パリサイドの社会で暮らしていく基本的知識を学ぶのが主な内容だった。
 これからそこで生活していくのだから、必ず必要なことばかりなのだが、今までは誰の顔にも、知りたいという気持ちがそれほどあるわけではなかった。
 ンドペキとて、同じ気持ちがあった。
 なんとなく、ここまま同じメンバーで暮らしていく、という気があり、新しい社会に飛び込んでいくという実感がなかったのだ。

 ざわついた部屋に入ってきたのは、いつもの通り、講師役サワンドーレ。
 紳士然として、分かり良い説明をしてくれる。
 いつものようにパリサイドの姿のままだ。
「今までは、生活に必須であるお金や配給など、たちまち必要となる日々のこまごまとしたことを語ってきましたが、先ほどアナウンスがあった通り、いよいよパリサイドへ到着しますので、今日はその準備のことについても言及します」
 こうして、講義は始まった。


 サンドーレは淡々と、それまでに準備しておくことを話していく。
 まず、パリサイドの地を踏むための手続き。
 特別な手続きは必要ない。ただ、結婚したとか子供が生まれたという人は、詳しく説明しますので、講義後に残ってください。
 この宇宙船に移乗された時に付与されたアイディーとペソナチップ。これは今まで以上に必要となるものですから、かならず身につけておいてください。
 身に着けているもの以外に、個人的に持ち込みたい荷物のある人、及びその可能性のある人も、講義後に残ってください。

 一切の市民生活が停止されるということは、金融システム、健康維持システム、情報システムをはじめ、すべての機能が停止するということです。
 部屋に入って、ただ、じっとしているだけです。
 インタフォンさえ鳴らない、ということだとご認識ください。

 外出禁止ということは、部屋にいさえすればよいということではありません。
 必ずご自分の部屋にいてください。
 なお、これまではブランジール船長の方針で、各部屋のプライバシーは完全に守られていましたが、外出禁止令の発令と同時に、部屋の中も宇宙船の諜報システム及び治安省の監視下に置かれます。
 この点は注意してください。

 さて、皆さんにはチェックインタイム後、ボーディング手続きをしてもらうことになります。
 この講義を聞いておられる皆さんの着陸用シップは、S十六号です。船長はオーシマン。
 では、次に重力圏突入後の身体的変化及び注意事項を説明していきます。


 というような説明がサワンドーレの口から発せられる毎に、ンドペキ達の顔にも変化が現れた。
 いよいよ、という気持ちがいやでも高まり、メモを取る音まで聞こえてきた。


 その時、部屋の後ろから声が聞こえた。
「いやだよ! パリサイドの星に行くなんて! 地球に戻してくれ!」
 歳とった女の声だった。
「絶対に行かないからね! 勘弁しておくれ! みんなもそうだろ!」

 振り返ったンドペキの目に映ったものは、その声の主であろう女に突進していくひとりのパリサイドだった。
「おい! やめろ!」
 部屋の中は騒然となった。
「ふざけるな! 私は行かないよ!」
 浮足立った人々がパリサイドから逃れようとしている。
 スジーウォンや数人の隊員が押し合う人々を掻き分けて、女の元へ向かおうとしている。
「やめろ!」
 女はなおも叫んでいた。
「きっと私達は、奴隷にされるんだ!」

 ンドペキもその女の元へ突進しようとしたが、数歩も行かないうちに、女の声は消えた。
 パリサイドが放ったフィルムに瞬時に巻き取られ、あっという間に連れ去られてしまったのだ。
「おい! 待て! どういうことだ!」
 ンドペキはパリサイドを追って部屋を出たが、もうそこには誰もいなかった。
「なんだ! これは!」


 部屋に戻ると、サワンドーレに詰め寄る人々がいた。
「説明しろ!」
「どこへ連れて行った!」
「これがパリサイドのやり方か!」
「ふざけるな! 俺達をなんだと思っている!」

 しかし、サワンドーレ自身が驚いているようで、まともに返事もできないようだった。
「サワンドーレ!」
 レイチェルの声が響いた。
「サワンドーレ! よく聞きなさい! あなたが答えられないのであれば、答えられる人に伝えなさい!」
 レイチェルの声に、人々の声が少し収まった。
「こういう扱いしかできないパリサイドを、私達は今後、友人だとは思わない! 明快、かつ私たちが納得できる説明がない限り、あなた方に従うことはないと!」

 サワンドーレが、大きく息を吐いた。
 そして、額に手をやると、瞳を閉じた。
「レイチェル……」
「なんです! あなたに説明できることがあるのですか!」
「レイチェル長官。私自身、驚いています。こんなことが起きるなんて……」
 そしてサワンドーレは、人々に席につくように身振りで示した。
「皆さん、落ち着きましょう」
 そんなサワンドーレの声に、浮足立った人々の心にも少し余裕ができた。
「講義は中止します。でも、これだけは聞いてください」


 まだ詰め寄る人もあったが、サワンドーレは静かで穏やかな様子で席につくように促し、レイチェルもそれに従った。
「皆さんに申し上げます。これが私達の流儀かということですが、断じて違います」
「それなら、今の件、どう説明する気だ!」
「あの女性を連れ去ったのは、他でもない、この宇宙船の乗組員だと思います」
「船の? ブランジールの部下ということか!」
「私の目にはそう映りました。ああいうことを言われて、きっと、神経質になったのでしょう。パリサイドへの帰還が迫っている時期ですから」

「どこに連れて行った!」
 ンドペキは叫んだ。
 神経質になっているで済まされてはかなわない。
「それは存じません。ですが、無事に着陸すれば解放されるのだと思います」
「解放だと!」
「言葉が不適切であったのなら謝ります。あの女性がどのような扱いを受けるのか、私にはわかりませんが、万一、宇宙船の航行に支障があってはいけないということだと思います」
「ここでは、反対意見をあのような形で封じ込める風土があるのか!」
「それは違います。実は、今日お話ししようとしていた講義内容は、我々の社会における意思決定機関であるパリサイド中央議会の仕組みについてでした。現在の地球よりはるかに民主的なシステムです」
「それなら、この宇宙船の中はその例外だということか!」
「それも違います。ただ、船長には船長としての責任があり、それに見合う権限が認められている、ということです」
「なんだと!一般市民を問答無用で連れ去る権限もあるというのか!」


 ンドペキにもレイチェルにも、部屋にいた人々すべてに、やり場のない怒りが渦巻いていた。
 あの女性が何をしたというのだ。
 彼女はああいう方法で、正直に自分の、そして大方の人々の気持ちかもしれないものを表現しただけではなかったのか。
 確かに、行き過ぎた表現はあったにせよ。

 渦巻いた怒りは、サワンドーレの人柄で、なんとか大きくならずに済んではいるが、早い時期にきちんとした説明をしてもらわなければ。
 ンドペキは心からそう願った。
 そうしなければ、今の女性のような行動に出る人が続出するかもしれない。あるいはもっと危険な行動に。

 サワンドーレも、それを察したのだろう。
「今から私は戻って、今あった出来事を市長に伝えます。そして、状況が分かろうが分かるまいが、ここに戻ってきて、皆さんにご報告します」
 立ち去りかけたサワンドーレは、立ち止まり、
「講義後に残ってくださいと申し上げた対象の皆さん。いや、全員です。明日同時刻に、急ではありますが、補講をします」と、言って額の汗を手の甲で拭った。
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