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パリサイド 作者:奈備 光

3章

27/82

26 ストラップをいじりながら

 部屋に入ってきたのは、どこの街にでも一人や二人はいそうな女の子だった。
 美しい顔形をしているが、目つきが悪い。不健康そうな顔色を濃い化粧で隠している。
「遅い! 十五秒遅刻! それになんだ! その格好は! 公務の間は制服を着ろと言ってるだろうが!」
 女の子は、ひらひらの派手なスカートに手をやったかと思うと、胸の谷間も露わなキャミソールのストラップの具合を確かめ、そして気がついたのか、慌ててベレー帽を脱いだ。
「だって、ママ」

 ママァ!
 チョットマは口から出かけた声を、すんでのところで飲み込んだ。
 パリサイドには親子というものが存在するんだ!
 いわゆる恋をして、誰かとの間に生まれた子?
 いや、それとも、パパと私のような関係?
 チョットマは、パリサイドの社会に俄然興味が沸いてきた。
 アイーナにも、この派手目な娘にも。

「だって、部屋に入る申請に書くのに手間取ったんだから」
 ベレー帽を弄んでいる手が、今度は髪の毛をいじり始めた。
「お前ごときが市民代表議員に選ばれるなんて、ほとほと嫌になる」
「だって、ママと同じくらい人気があるんだよ」
「やかましい! さっさと報告しろ! それに、ママと呼ぶな! 客人もみえているんだぞ!」

 ここで立ち上がって、挨拶をするべきだろうか。
 秘書官は、確か警察省長官と言った。
 この街のお歴々の一人だ。
 それに、アイーナの娘だとすれば、自分と同年配の娘だとしても、それなりに礼を尽くしておいた方がいいかもしれない。
 しかし、立ち上がろうとしたチョットマの腿にアイーナの手が添えられ、座らされてしまった。



 イッジという警察省長官。
 見かけは少々崩れていても、それなりにできる女性なのかもしれない。
 彼女の報告を聞きながら、チョットマはそう思い始めた。
 言葉遣いは相変わらず甘ったれていて、「ママ」の連発だったが。

「報告しまーす! じゃ、ママ。まず、分かっていることから言うわね」
 警察としても、プリブを一刻も早く見つけ出そうと努力を続けている。
 ただ、レイチェル長官が見えた時にも報告した通り、未だ芳しい成果は上がっていない。
 街中に設置されたカメラやセンサーやスキャンなどに残された、プリブが連行された時の様子を解析したが、その部隊の所属は依然不明のままだ。
 彼らが人型ではなく、ヌードの姿だったからでもあるが、センサーやスキャンを妨害する電波を発していたからでもある。
 従って目視のみの判断になるが、彼らの身体にこれといった特徴はなかった。
 また、フィットスーツを身に着けていたようで、網膜照合も肌紋照合もできなかった。

 ただ、不思議な点もある。
 連行現場から街の中央に向かって、つまり北に向かって行ったが、すぐに姿を消している点。
 街中の全カメラの解析を終えるには、後二十時間ほどかかるが、今のところ、正確な足取りは掴めていない。
 つい先ほど入った情報によれば、街の北端部、バルトアベニューに設置されたカメラの一台に、それらしき集団の姿が認められるということだが、正誤は未確認である。


「分かっていることは、まだそれだけだよ。ここからは、私の想像や議論の中で出た話」
 彼らの所属について想像してみたい。
 まず言えることは、警察省所属の者である可能性は低いということ。
 その理由は、そもそも、その事件以前から非公式にではあるがプリブに目を付けていたから。
 連行するなら、公式な手続きをもってなされるはず。
 引っ張っておいて、そのまま誰の目にも触れずに、省内のどこかに監禁しておくことはできないため。
 それに、そうする理由も見当たらない。
「まさか内部に、私の鼻を明かしてやろうと企てているやつがいる? 考えられないよね」

 次に治安省の連中。
 これも可能性は低い。
 彼らの動きは謎が多いが、プリブという男を調べてみたところ、ニューキーツの東部方面攻撃隊に所属しているというだけで、特段の思想を持っているとは思えない。
 仮装癖があるという情報もあるが、趣味の域を出ていない。
 その証拠に、大事な衣装類をニューキーツに置いてきたことを未だに嘆いているらしい。
 仕事場にする部屋を探しているという情報もあるが、街の不動産業者を訪ね歩いていて、とても秘密にするような探し方ではない。
 従って、治安省が動く理由が見当たらない。
 それに加えて、白昼堂々、往来であのような仕事をするときには、当方へあらかじめ一報あるのが通例。

 そして、軍所属の部隊。
 精鋭はパリサイドに残されているため、このオオサカにはこれといった部隊は配備されていない。
 少なくとも、そういうことになっている。
 それに、どんな理由があって、軍はプリブの身柄を拘束したのか。
 治安省の場合より、理由を探すのが更に難しい。
 そもそも軍は、人類以外の敵を想定した部隊であって、この数百年間、未だ一度も出撃の例はない。

「もしさ、軍だったとしたら、トゥルワドゥルーの親父、血迷ったとしか思えないよね」
「イッジ! そういうものの言い方をするな!」
「だって、そちらのお方、軍の人じゃないみたい。でしょ?」
「先に、すべて報告しろ!」
「はいはい」

 残された可能性は二つ。
 ブランジール船長率いる乗組員達。
 そして、未知の組織。


「まだなんとなくだけど、ブランジールが絡んでいるような気がするのね。ママはどう思う?」
「なぜだ」
「ママは、ブランジールと仲良しだから、聞いてみてくれない? こちらから公式に照会を出すより、その方が効果的だと思うから」
「どういうことだ。ブランジールとプリブという男、どういう関係がある」
「それは、だからまだ分からないわよ。言ったじゃない、なんとなくだって」 
「お前の思い付きで、この私が動くと思うのか!」
「けち」

 思い付きだとは言ったが、、イッジはそれなりに目算があるようだった。
「きっとそのうち、行ってもらうことになると思うわよ」
 アイーナは返事をしなかった。
 ただ、少しはその気になったのか、唸り声をあげただけだった。
「最後に、例の未知の組織。これは治安省の管轄ね。癪だけど」

 イッジがチラチラとケーキに目をやりながら話している。
 欲しいのかと思ったら、違った。
「ママ、いい加減にその毒物の山、執務室に置くの、やめたら? 身体に悪いよ」
「ふん、お前に言われたかないね。自分の体のことは自分で管理できる」
「でもねえ」
 その時初めて、チョットマはイッジと目があった。
 チョットマは押さえつけられた腿に圧力を感じながら会釈した。
「そちらのお嬢さんにも、勧めたんでしょ」
 とは言うが、会釈を返そうとはせず、次の話に入っていった。


「ヴィーナスの件だけど、彼女の死因が解析できたわ」
「それは、私が聞かなくちゃいけないことじゃない!」
「そう?」
「純粋に警察の仕事だ!」

 イッジは半ばバカにしたように口元を歪めて、
「だって、ママのお友達でしょ」と言った。
「市民代表議員の幹事の一人、ママの懐刀であって、中央議会議長の座に最も近い位置にいる敏腕。将来は……」
「うるさい! その話はするな!」
「そういう間柄だから、立ち入るのを避けたいのは分かるけど、死因だけでも聞いたら?」

 返事を待たずに、イッジが早口でまくし立てた。
「死因はソウルハンドによるもの」
 アイーナが驚きの声を上げた。
「なんだって!」
「そう、ソウルハンドよ。間違いない」
「ありえない!」
「この船の中で、そんな死体を見ることになるとはね」

 アイーナが怒声をあげた。
「報告は以上か!」
「以上です!」
 ふざけて口真似をするイッジの目に、チョットマはちらりと感情が見えたような気がした。
 それは、憐れみ、という類の感情のように感じられた。
「では、出て行け! 自分の仕事に戻れ! そして、部下に発破をかけろ! 直ちにプリブを見つけ出せ!」
「かしこまりました!」
 遂に、チョットマはイッジに紹介されることはなかった。
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