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パリサイド 作者:奈備 光

3章

26/82

25 唾だらけのケーキ

 三分どころか、アイーナはかれこれ一時間近くも喋っている。
 チョットマはもっぱら聞き役だ。
 半ば強制されるように、ケーキを五つも平らげた。
 こんなにおいしいものが世の中にあったとは。
 アイーナは大昔はもっとおいしかったというが、ニューキーツはもちろん、今の地球にはなかったお菓子だ。
 それほど地球の文明や文化は後退してしまったということなのだろう。
 コーヒーは思っていたほどおいしくはなかった。
 ただ、この高揚感は何だろう。
 そんなことを考えながらチョットマは、時々、質問しては相槌だけを打っていた。

 アイーナの口は、止まることを知らない。
 なんだって? パリサイド?
 星の名前に決まってるじゃないか。なにを言ってるんだろうね、この娘は。
 人は自分達のことを何と言う? 人だろ。もっと大きく捉えるときには、人類って言うだろ。
 私達だってそう。
 自分達のことをパリサイドなんて言い方はしない。

 ただ、地球に帰還することにしたとき、元々地球に住み続けている人々と、私達を区別する必要があると思った。
 そこで、パリサイドと名乗ることにしたのさ。
 まさか、神の国巡礼教団の成れの果て、なんて言われたくなかったからね。

 どんな星かって?
 普通さ。全くの普通。
 どう普通かと言えば、地球と同じ。
 平原があって海があって、山がある。
 昼もあれば夜もある。
 空気もある。重力は少し小さいけどね。
 地球より大きいといったって、ただただ、単調なだけさ。
 ペアになった星だからと言って、珍しいものじゃないしね。

 唯一、無いものと言えば、そうだな、雪が降らない。
 季節がないのさ。
 どんなに高い山があっても、そこには氷河もないし、むしろ暑いくらい。
 私の生まれ故郷はね、とっても寒い国。
 バルト海って、知っているかい?
 ああ、あの静かな雪景色をもう一度見てみたい。
 身を切る風が吹きすさぶ、冷たい氷原を走ってみたい。
 それが私の地球に対するノスタルジーなんだよ。


 いつから、パリサイドに住んでるのかって?
 それはいい質問だね。
 じゃ、聞くけど、神の国巡礼教団の話は聞いたことがあるかい?

 ああ、まあだいたいそういうこと。
 それなりに歴史も勉強してるじゃないか。


 もう数百年も前のことだよ。
 教祖が死んだ。
 実際は殺されたんだけどね。
 そこから教団は瓦解していった。
 教団が倒れ、後はろくでもないやつが統治を引き継いでいった。

 政府と名乗るいろんな連中が、入れ代わり立ち代わり、人々をまとめようとした。
 しかし、元々、宗教に狂った連中の寄せ集めなんだよ。
 神なんてものを信じて、親も子も捨て、恋人も捨て、地球という故郷まで捨ててきた連中なんだよ。
 単に舞い上がっていただけの連中なんだよ。
 おバカにも、教祖とやらの口車にやすやすとのせられてしまった連中んなんだよ。
 祈りなんて言って、トランス状態の快感に酔っていただけの連中なんだよ。

 その時に少々高い地位にいたとか、金を持っていたとか、腕力があったとか、人当たりが良かったとか、運が良かったとか、そんな理由で社会を統べていけるはずがない。
 するとどうなる?
 そう、私達の社会は、たちまち立ち行かなくなったのさ。


 差し迫った危機は飢餓だったね。
 船団のエネルギー備蓄は充分にある。しかし、それをうまく引き出し、コントロールし、有効に使えないのさ。
 そのうち、宇宙船も、街も、生産設備も何もかもが老朽化し、経済も文化も破壊されてしまった。
 すべてがお先真っ暗。

 社会は荒れた。
 大勢の市民が飢えに倒れた。
 あるいは殺された。あるいは得体のしれない病気が蔓延した。
 袋の鼠みたいに逃げ場のない宇宙船の中で、人々は明日の何をもを期待できない毎日を送った。

 よくもったものさ。
 百年もの間。


 その間、宇宙船は旅を続けた。
 もちろん、地球に帰るために。

 それは、絶望だけを乗せた旅だった。
 朽ちようとしている宇宙船に、かつてのような航法はとれない。
 図体が持たないのさ。

 低速安全航行。
 地球に帰れる見込みはない。
 光の速度で飛んだとしても、数万年はかかる距離。
 それを、音速程度で飛ぶんじゃね。
 望郷の念は募れど、口にすることさえ憚られる、そんな状態だった。


 ほらほら、可愛いお口が寂しがっているよ。
 そうだ。アイスクリームを出してあげよう。とっておきのがあるんだ。
 好きだろ?
 え、知らない?
 なんてまあ。可哀想に。

 さあ、いくらでもあるからね。
 アイーナは鍋一杯ほどのアイスクリームを抱えて、それでも話は止まらない。


 教祖が死んで百年ほど経ったとき、私達の命も、社会も、宇宙船も、限界に近づいていた。
 人口はわずか七パーセントにまで減少し、沢山の船を星間に遺棄してきた。
 何とか、人の再生装置、そして記憶継承装置だけは稼働させ続けてきたけど、それさえも怪しくなってきた。

 そんなある日、星が見えたんだよ。
 いや、見えてはいたんだ。
 その星の様子が分かってきたんだ。
 着陸できるかもしれないってことがね。
 少なくとも、ガスの塊や、ドロドロに溶けた重金属の海や、プラズマの厚い層に包まれた星じゃない。なにかしら硬い地面のある星だってことがね。

 tだ、もし着陸すれば、もう二度と飛び立つことができないかもしれない。
 そもそも、うまく着陸できるかどうかも、わかりやしない。
 半ば惰性で飛んでいる宇宙船を、誰がどうやって制御するっていうんだい。
 そんな議論が当時の政府にあったかどうか、私は知らない。
 いつしか、その重力圏に捕まってしまっていたんだよ。

 政府の連中は、成り行きで決断したんだろうね。
 重力圏を脱するための操船より、着陸する方を選んだんだ。
 当時、船団を構成していたのはわずかに九艦。
 人々はできるだけ分散して乗ることになった。自分達の命を繋ぐ確率を上げるために。
 それがまた大騒動さ。
 ばかげた話だよ。
 うまく乗り移れなくて、宇宙空間に放り出された命は数知れず。

 多くの犠牲を払ってようやくたどり着いた星。
 それが、パリサイド。
 私達が名づけたんだよ。
 もう瓦礫の山となってしまったヨーロッパの美しい都の名をいただいてね。


 なんだい?
 私も信者だったのかって?
 バカも休み休み言うんだよ。

 聞いてなかったのかい。
 神の国巡礼教団の船団に乗り込んだのは、亡者だけじゃなかったんだよ。
 一口にスパイっていうことになっているけどね。
 神なんて信じていないやつも大勢いたんだ。
 各地から選抜された連中が。

 選抜と言えば聞こえはいいけど、それぞれ追っ払いたかったやつさ。
 私も含めて。
 それぞれに何らかの使命を与えられて。あくまで名目みたいなものさ。
 私の場合は、教祖を殺めて支配者になり、適当に宇宙の名所を見物して戻って来いというものだった。

 残念ながら、その使命は果たせなかったけどね。
 私は昔、ある財閥の総統を暗殺しようとしていた。
 私の事業に邪魔だったから。それに、民衆の支持も得ていたから。
 しかし、失敗した。
 手に余る存在だったのさ。
 それで、スパイ役に抜擢され、神の国巡礼教団の船団に潜り込まされた。
 もちろん、秘密裏にだよ。
 厄介払いさ。
 私は、地球の歴史では、大のつく悪人だったんだよ。

 大勢いたね。そんなやつが。
 狂った連中とは違って、芯が違うからね。大抵は最後まで生き残っていた。
 今も各方面で活躍している。
 そんな素性も、今やオフレコでもなんでもない。
 あえて自分から言うことはなくても、知れたところで不都合はない。
 むしろ、誇らしいくらいさ。


 と、ドアがノックされた。
「なんだ!」
 途端に、アイーナの声音が厳しいものに戻り、口調にも棘が生えた。
「警察省長官、イッジ殿がお見えになりました」
「入れろ!」
 ケーキの山にアイーナの唾が降り注ぐのを、チョットマは複雑な気持ちで見た。
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