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パリサイド 作者:奈備 光

3章

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23 五〇一

 隊員達が三々五々、すれ違っていく。
 誰もが、寝不足の赤い目をしていた。
 スジーウォンは隊長としてねぎらい、ンドペキやイコマは親として彼らに礼を言った。
 バルトアベニューには、数人の隊員が所在無げに待っていた。

「コリネルス! アヤちゃんは?」
 隊の参謀コリネルスであっても、パリサイドに救出されてからというもの、精彩を欠く。
 未知の世界で、彼のクリアな頭脳も雑多なことを吸収することだけで精いっぱいだ。
「自分の部屋に。三人ほど、隊員に同行させている」

 オオカミのような風貌のいかつい男、髭もじゃらの巨漢、一級のモデルのような美女、しかも、ほとんどが武装している。
 そんな隊員達に囲まれて、質問攻めにあい、さすがのアヤも恐怖を感じ始めたらしい。
 ついて来ないででください、と逃げるように去ったという。

「それに白昼堂々、往来で大勢の兵士が女性を取り囲んでいる図は、どうみても通報もの」
「そうだな」
「妙な連中が出動してくる前に、とりあえずは解散ということだ。じゃ、行こうか」
 コリネルスに案内されて、一同はアヤの部屋というところに向かった。


 アヤはやはり名を変えていた。
 フミユ。
 もうイコマは愕然とはしなかった。
 覚悟していたことだ。
 重いものを大量に飲み込んで動けなくなったかのように、言い表すことのできない悲しみだけが胸を支配するのを感じただけだ。

 アヤは聞き耳頭巾を持って出かけて行ったことも覚えていない。
 それどころか、自分はパリサイドとしてずっとここで暮らしてきたという。
 ある会社の事務員として働いているとまで言ったそうだ。
 イコマはふと思った。
 フミユと名乗る女性がアヤではないことを。
 しかし、大勢の隊員が、それに一時は上官だったコリネルスが見て、そして話までしているのだ。
 間違いようはない。
 それでもイコマは、人違いという結末に一縷の望みをつないだ。

「プリンシパルポーションの五十九番を買ったそうだ」
 アヤは薬を買いに出たところだったらしい。
「聞き出せたのはそれだけさ。すまない」
「こちらこそ、すまなかった。連日、疲れたろう。ありがとう」
「いや」
 コリネルスが微妙に笑ってみせた。
「いい、運動になったさ」
 救出されてからというもの、ただの一度も隊としての作戦行動はない。
 倦怠感が生まれている中で、隊員達にとってもいい刺激になった。
 コリネルスの目がそう言っていた。


「ほとんどの隊員は休息に回したが、アヤちゃんには精鋭を付けている」
「うむ」
「それにしても、いったい、どうなっているのか、妙な話だ」
「どんな服装だった?」
 スゥの問いに、コリネルスは首をひねった。
「薄いピンクのシャツを着ていた。頭から被るやつ。パンツは濃紺で、履物は、そうだな、白っぽい普段履きの靴だったな」
「そう……」
 スゥの反応の意味はわからなかったが、イコマはあえて、それが出かけて行った時のアヤの服装なのかどうかは聞かなかった。

 寂れた街だった。
 人通りも少なく、店らしきものもない。街路も徐々に狭くなっている。
「ここだ」
 細い街路の入り込んだところに、隊員が一人立っていた。
「普通の住宅用ビル、かな」
 建物が纏っている表層は黄色がかった金属板だが、例によって、薄汚れている。
 窓がないので階数は分からないが、七層程度だろう。
 なんの看板もない。小さな出入り口が建物の隅に開いていた。

 侘しい路地だった。
 宇宙船の中にも、こういう街がある。
 エリアREFほどではもちろんないが、どことなく不潔で、陰鬱な臭いがしている。
 社会の大通りから外れかけた人々が住んでいるのだろうか。
 宇宙船の先端部だろうか。路地はいくらも行かないうちに突き当りになっている。
 空は低く、もう空というより天井と言ってもよかった。
 しかも、薄暗い。


「どうだ?」
「はい。アヤちゃんは五階の奥の左側の部屋です。五〇一という番号です」
 部屋の前に一人、エレベーターの前に一人、隊員がついているという。
「呼びかけたりはしていません。彼女、我々がついてきていることに気づいていますが、完全に無視されています」
「うむ」
「なんだか仲間を監視しているみたいで、気がすすまなかったのですが……」
「いや、ありがとう。俺たちが一旦、交代するよ」
 ンドペキとスゥ、イコマとユウ、そしてレイチェルは建物の中に入っていった。

「階段で行こう。どんな建物か、見ておきたい」
 作戦があるわけではない。
 アヤの記憶が本当に失われているのか。それとも、何らかの事情で名を変え、他人の振りをすることになったのか。
 手がかりさえないのであれば、まずは話しかけてみるしか方法はない。

「ユウ、例のウイルスにやられたら、こういうことも起こりうるのか」
「そうね。それほどたくさんの事例を見たわけじゃないけど……」
 ユウは口ごもっているが、さっき聞いた「ウイルスに乗っ取られる」とは、こういうことではないのか。
「他人になって、それからどうなるんだ?」
 イコマは聞かずにはおれなかった。

 もし、ウイルスに負けたとして、その後、その人はどうなっていくのだろう。
 ユウは、気がふれてしまう、と言っていたが、それはどういうことなのだろう。
 記憶を無くしてしまうことを指してそう言ったのか、それともこれからもっと悲惨なことになるのだろうか。

 悪い方に考えても仕方がないかもしれないが、ことは急ぐ必要があるのかどうか。
 あるいは、ゆっくり時間をかけて記憶を取り戻させてやればいいのか。
「気がふれてしまうのは、かなり月日が経ってから、って聞いたことがあるわ。でも、確かなことは分からない。個人差はかなりあるみたいだから」


 建物の中は予想していたより、整然としていた。
「案外、きれいね」
 廊下も階段にも、ゴミひとつ落ちていない。
 明かりは煌々と灯され、空気も循環している。
 ただ、かすかな機械音がするばかりで、人が住んでいることを示す物音も声も聞こえなかった。

「さあ、どうする」
 隊員に、一旦下に降りていてくれ、と帰してから、イコマは改めて周りを見回した。
 樹脂製の白いタイルが敷き詰められた廊下。ブラケット照明も十分な光を発している。
 突き当りには絵が掛けてある。それなりに設えられてある住宅用ビルだ。
 五階には十ばかりのドアが並んでいた。

 アヤが入ったという部屋には、確かに五〇一というプレートが張り付けてあり、その下にはどこででも見かけるインタフォン。
 青く塗られた金属製の扉には不釣り合いなほど大きなドアノブ。センサーが仕込んである一般的なものだ。
 扉の枠にも、こちらも明らかにそれと分かるスキャナーが組み込まれてあった。

 なんの物音もしない。
 もともとどんな部屋でも、完全に防音され、電波の類も遮断されているものだが。
 静けさが痛いほど鼓膜に伝わってきた。
「呼び掛けてみるしかないな」
 ンドペキがインタフォンに手を伸ばした。
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