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パリサイド 作者:奈備 光

3章

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21 転がり落ちたリンゴ

 イコマはアヤのことを思うといてもたってもいられなくなってきた。
 探してくれている隊員隊からまだ何の連絡もない。
 プリブと同じように連れ去られたのか、チョットマと同じようなウイルスに苛まれているのかもしれない。
 連れ去られたのなら、プリブの行方を追えばアヤも見つかるだろう。
 しかし、ウイルスと闘っているのなら、どこで? 誰と?

 ンドペキも同じ気持ちなのか、いつの間にかレイチェルの話に倦んで、下を向いている。
 チョットマがそれに気づいて、ちらちらと目をやっている。
 たくさんの人が入るには狭いンドペキとスゥの部屋は、ただ重苦しいというより、倦怠感と焦りが熱を発しているように蒸し暑くなっていた。


「そろそろ、終わりにしないとね」
 レイチェルも場の空気を感じたのだろう。
「それに、もうすぐアイーナが指定した面会時刻。遅れたら、今度こそ大目玉じゃすまないかもしれないしね」
「よろしくお願いします。疲れているのに、悪いけど」

 レイチェルの顔には疲れが見えていた。
 ここ数日の間に、ブランジールキャプテン、アイーナ市長を皮切りに、軍の総指揮官、警察省長官、治安省長官、市民代表議員数人と会ってきたのだ。
 気疲れもしただろうし、アポイントを取るために人伝に多くの人とコンタクトをとったことだろう。
 そしてその間、彼女が日課としている地球人類の各グループ長との面会をこなしているし、不安がっている市民に直接会って励ましたり、助言したりもしているのだ。

「スジーウォン、気にしてくれてありがとう。でも、これは私の仕事だから」
 気丈に振る舞っているが、かなりこたえたはずだ。今の、丁寧な報告をすることも。
 いつの間にか目が充血している。
 震えだした指先を、レイチェルはもう一方の手でそっと隠した。
「ごめん、気が利かなくて。うちの隊からも、誰か秘書役や使い役を出せばよかったね」
「大丈夫。マリーリがいるから」

 マリーリは地球から離れ、この船に乗船してからもレイチェルのSPとして活動している。
 ニューキーツの混乱の中で姿を消した者、アンドロの次元に残った者が多い中で、アンドロ、マリーリだけはレイチェルと最後まで行動を共にしている。
「彼女、元気にしている?」
「うん。元気よ」
 娘をアンドロ次元のエネルギー安定装置カイロスに残し、心中には堪え切れないほどの寂しさが沈殿しているだろうが、献身的と言えるほどに職務をこなしているという。
 ただ職業柄か、あるいはレイチェルの方針か、マリーリの心情がそれを許さないのか、ほとんど表には出てこない。


 レイチェルはチョットマに微笑みかけ、ンドペキと目を合わせ、そしてもう泡の消えたソーダー水を口に含んでから、
「ほかの人の話もあるけど、それは簡単にするわね」
 と、早口に話しだした。
「軍の総指揮官、トゥルワドゥルーという男性。ユウの上官にあたるから、人物像はさておき」
 と、ここで隊員が飛び込んできた。
「報告します。アヤちゃんを発見しました」

 全員が飛び上がるように立ち上がった。
「よかった!」
「よし!」
「迎えに行こう!」
「どんな様子?」
「怪我とかしていない?」
「レイチェル、ごめん。話は後でまた」
 イコマは胸騒ぎがした。
 隊員の顔にも声にも、喜びはなかったからだ。


 隊員が口ごもった。
「それが……」
「具合でも悪いのか?」
「動けないのか?」
「こっちに向かっているんじゃないの?」
 もう、ンドペキは外に飛び出している。
「どうしたんだ! 早く案内してくれ!」

「それが……、ここには来ません」
「えっ! なぜ! だから、どうしたんだ!」
「落ち着いて! ンドペキ!」
 部屋に戻ったンドペキが乱暴に扉を閉めた。
「いったい、どういうことなんだ」

「はい……」
 隊員が顔を曇らせた。
「言いにくいことなのか?」
 詰め寄るンドペキを諭して、スジーウォンが声を掛けた。
「構わない。話して」


 一瞬の間があった。
 隊員はまた、「それが……」と言ったきり、ンドペキとスゥの顔を窺うように見た。
「さあ、報告してくれ」
 ンドペキに促されて、ようやく隊員が話し出した。
「発見するにはしたんですが……」

 イコマの胸騒ぎが現実のものとなりつつあった。
 アヤの身に異変が起きたのだ。
 連行されたわけではないようだった。
 アヤはあっさり、普通にしていたと言ったそうだ。元気ですよとも。
「実際、アヤちゃんは元気そうでした」
 ンドペキが探した街区より、さらに先の街で発見したという。
「なにか用事でもあるのか、急ぎ足で歩いているところを見つけたんですが、颯爽としていて何となく嬉しそうでした」

 しかし、隊員の言葉が部屋の中を、砕氷機の中身をぶちまけたかのように凍りつかせた。
「一緒に帰ろうというと、私の家はそっちじゃないというんです」
「はあ?」
「それに、私の顔も覚えていないようでして……」
「まさか」
 隊員が生唾を飲み込む音が聞こえた。
「……ンドペキ隊長のことも……」
「なんだと!」


 隊員は、一人ひとりの名を挙げたという。
 スゥ、イコマ、レイチェル、スジーウォン、チョットマ、コリネルス……。
 そして首を振った。
「誰も……」
「そんな……」

 イコマは膝が震えてきて、眩暈がした。
 思わず椅子の背を掴んで体を支えた。
 ユウの腕が腰に回され、それを握って落ち着こうとした。
 ンドペキも声が出せずに、隊員を睨みつけている。

 隊員は申し訳なさそうに、うな垂れている。
 自分の腕を強く抱きしめたスゥの指先が白くなっていた。
 レイチェルは赤くなった目を見開き、言葉を失った唇を震わせていた。
「覚えてないの……」
 チョットマの呟きが沈黙の中に消えていき、テーブルに置いてあったリンゴが一つ、転がり落ちた。


 暗然とした思いの中で、イコマの記憶が甦ってきた。
 また、あの時代に戻るのか……、と。
 数百年もの間、アヤが記憶を失っていた、あの時代に……。
 イコマはたった一人ぼっちで、思い出だけを心の支えにしてアギとして生きてきた、あの永い永い年月に。

 あの頃の苦しみが一気に押し寄せてきて、涙が滲み出すのを止めようがなかった。
 三人で過ごした日々のなんと短いことか。
 いや、しかし、今はユウがいる。
 ユウなら。
 パリサイドのユウなら。
 ユウなら、なにか手だてを。

 そう考えて、イコマは涙を何とか食い止めると、滲む目をしっかりと見開いた。
 そして聞いた。
「アヤは、自分のことをどう言っているんです?」
 そう。あの時代、アヤは自分の名さえ忘れて、バードと名乗っていたのだ。
「というと?」
「アヤは、自分はアヤだと?」
「話は途中でも聞ける! 早く行こう!」
 と、ンドペキが引きちぎるように扉を開けた。
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