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パリサイド 作者:奈備 光

3章

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20 わめく巨大クッション

「大丈夫?」
 レイチェルの気遣いに、チョットマは首を振って、続けて、という意思表示をした。

 イコマはユウを振り返った。
 今聞いた話によれば、二十日足らずでパリサイドの星に到着するのだが、ユウは知っていたのだろうか。
 無表情だったが、イコマだにけわかるように目の隅で笑った。
 それが彼女の仕事にどんな影響を及ぼすのかわからないが、後で聞いてみればいい。
 できることなら、もう少し一緒に過ごす時間を持てればいいのに、と思いながらイコマはまたレイチェルに向き直った。

「ブランジールに会っても、プリブの行方についてなにも得られなかった。次の人もそう。でも、彼女のことも知っておいて欲しいから話すわね」
 レイチェルが次に会ったのは、市民代表議員主席、パリサイド中央議会議長アイーナという女性。
「実は私、失敗をしでかしたみたいなの」
 母船に移乗してから、アイーナから面会の申し出が来ていたという。
「落ち着かれたら来て欲しい、って書いてあったから、私、悠長に構えていた。それに、地球人類の代表みたいに書かれてあったたから、それにも抵抗があって」

 レイチェルはニューキーツでの出来事に翻弄され、しかも死にかけたこともあって体調も悪く、長官であり続けることに疲れていた。
 今でこそ、気持ちを奮い立たせているが、つい先日までは、ことあるごとにンドペキやスジーウォンに代表者の役割を替わって欲しいと言っていたのだ。
 そのレイチェルに、アイーナという市長から面会の申し出が来ていたという。
「それにね、こう言うとなんだけど、なんだか高飛車な感じでね」
 そういってレイチェルは、私の失敗、という言葉を繰り返した。
「面会といっても、彼女が一方的に喋るばかりで……」


 レイチェルが市長の執務室のドアを叩いた時、まず目を引いたのは、その部屋の雰囲気だった。
 光沢のある白い猫脚の調度品が整然と並べられていて、大きな花柄のファブリックが大小、いたるところに積み上げてあった。
 天然木らしき床板は磨き上げられ、可憐なデザインの照明器具が天井からぶら下がっていた。
 窓のない部屋だが、明るい雰囲気がして、いい香りがしたが、大量の大きなクッション類のせいで窮屈な印象だった。
 中央には、とてつもなく大きな丸いクッションが一つ。花柄の模様が美しい白いクッション。
 その脇のコンソールテーブルには、クッキーやプチケーキがピラミッド状にきれいに盛り付けてあった。

 秘書官に案内されて部屋に入り、部屋の景色を心に留めるとレイチェルは立ち止まった。
 部屋の主は。
 ここで待てばいいのだろうか。
 秘書官が扉をバタンと閉めて出ていった。


 と、声がした。
「何の、ご用?」
 甲高い声に、濁りの混じった波長。
「面会時間は三分」

 あ、巨大クッションが動いた。
 どちらに向かって話しかければいいのか、レイチェルは迷って、「あの、アイーナ市長ですか」などと、間の向けたことを口にしていた。
 話は、クッションを転がして、アイーナが現れてからだ、と。

「ふん、失敬な」
「あ」
 思わず、レイチェルは驚きの声を漏らしてしまった。
 巨大クッションだとばかり思っていたもの、それがアイーナ本人だった。
 その気で見れば、目もあり口もある。


「初めまして!」
 驚いたことを悟られまいと、レイチェルは努めて明るく声を掛けたが、アイーナは不機嫌な声で「三分しかないよ」と、繰り返した。
「あ、では、早速ですが、ニューキーツの市民にプリブという……」
 行方を捜している、とまで言いかけた時、遮られてしまった。

「あたしの呼び出しに応えなかったのは、どういう了見?」
「あ、すみませんでした」
「あんたのことは、どうでもいいけど」
 アイーナは巨大な身体をこれまた大きなソファに預けて、ふんぞり返っている。

「せっかく意見を聞いてやろうとしたのに!」
 アイーナの声のトーンが一気に上がった。
「もう、つべこべ言っても遅い。パリサイドの望みは、地球に帰還することだった!」
「ええ、それはお聞きして……」
「しかし! もう地球は住める星じゃない! きっと今頃、火の玉さ! 生まれたての星のようにね!」


 気温は急上昇し、海は枯れ果て、膨大な水蒸気が地球を厚く覆っているだろう。
 厚い雲のおかげで、徐々には冷えていくだろうが、また人が住めるようになるのは数万年も先のこと。
 いや、もうそんな姿には戻れないかもしれない。
 巨大な雲の塊となった地球はその軌道を変えることになるかもしれない。太陽に落ちていく方向に。
 わずかでも起動がずれれば、もう地球はおしまい。

 アイーナの恨み節が、連発銃のようにレイチェルの耳朶に突き刺さった。
「そうなったのは誰のせいだい! あんたらが、地球の内部からエネルギーを吸い出し続けたからだ!」
 結果として地球の磁場は弱った。太陽フレアに対抗できないほどに。
「どうしてくれるんだ!」
 どうにも応えようがなかったが、レイチェルはとりあえず謝った。
 実際、そうなのかもしれない。

「いいかい! 我々はパリサイドの星に帰還することにした。その決断をするのに、そんなに時間はかからなかった! 地球があの様子じゃ。」
「はあ……」
「いいかい! 地球はあんたらだけのものじゃないんだ!」
「はあ、すみませんでした……」
「市民も賛成が大多数! パリサイドに引き返すことに! 問題はあんたら! あたしは、市民から選ばれた人間。道理はきちんと通してから行動するのが信条!」
「……」

 地球人類をパリサイドの星に連れていくことになるが、それでよいかどうかをその代表であるレイチェルに確認したかったのだとまくし立てた。
「どうせ、確認したところで、それ以外に方法はないが! どうしても地球近辺の宇宙空間に留まりたいというなら、S16号でも置いていってやろうかと考えていた!」
「そうなんですか。すみませんでした」
「ふん! 遅い! 来るのが!」
 再び、レイチェルは頭を下げて謝った。
「三分!」


 会談は終わりだ。
 秘書官がドアを開いた。
 このままでは帰れない、とレイチェルは思った。
 これでは単に、叱られに来ただけ。
「アイーナ。プリブの件、よろしくお願いするわ。なにか、わか……」
 しかし、その声も怒声に遮られてしまった。
「うるさい! あたしは忙しいんだ!」

 レイチェルは顔に血が昇るのを感じた。
「うるさい?」
「あたしに指示するな!」
「どういう言い方かしら。それに、うるさいのはどっち?」
 クッションの肩の辺りが震えた。
 怒りが爆発する前に、もう一言、付け加えておこう。
「それに私、ニューキーツの行政長官はしていたけど、地球人類全員の代表でも何でもないわ」
「なに!」
「それは、これからみんなで決めるのよ」
「それなら、さっさと決めておけ!」
「私が頼んだプリブの件、これはあなたの仕事でしょ。市民が不当に連行されたのに、何も手を打たないの? 市長として、市民代表議員主席、パリサイド中央議会議長として、いいのかしら? 調べることもしないで」

「だれが、調べないと言った!」
「じゃ、お願いするわ。今度いつ来ればいいかしら。それとも、どなたか寄越してくださる?」
「明後日! 明後日の午後一六時丁度に! 一秒たりとも遅れるな!」
「ありがとう。わかったわ。でも、もう三分四十秒、経ってますよ」


 レイチェルはぶるぶる震えている巨大クッションに背を向けた。
 これ以上、ここで粘っても得るものはない。退散した方が得策。
「お邪魔しました」と、部屋を出て行こうとしたが、声が追いかけてくる。
「あんた、クローンを持っているそうだな! 地球ではまた許されるようになったのか!」
「いいえ」
 振り向きもせずに応えると、
「今度、連れてこい! どの程度の出来栄えか、見てやる!」
「それは光栄ね。でも、それは本人次第ね」
「クローンだろうが!」
 アイーナはまだ怒鳴り声をあげていたが、秘書官が静かにドアを閉め、ニヤリとした。
「ご無事で何より」
「はい。ありがとう」
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