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パリサイド 作者:奈備 光

3章

20/82

19 船長が話したかったこと

「現在、当船はご承知の通り、ピークサーフ航行中ですが、ハイエッジ状態でありまた、プリミティブエナジーが極大化しています」
 意味が分からない。
「そのため、パリサイドへの到着はかなり早まる予定です」
「そうですか」
 レイチェルはそう応えるしかなかったが、ブランジールはその反応に不満だったようだ。

「おや、嬉しくないのですか」と、聞いてきた。
「太陽フレアから救ってくださっただけで、今は満足していますので」
 それは事実だ。しかし、これからどうなるのかという不安もある。
 そもそも、地球を出てからまだ数週間しか経っていない。
 とりあえず住むところを確保して、日々支給される通貨を利用してその日暮らしを始めたという段階だ。

 中には、生きていくための仕事を見つけようとしたり、商売を始める準備をしている者もいる。
 講師から聞く話には、この先のことについての示唆さえない。
 どこに向かっているのかさえ、明確にされていない。
 地球から来た者にとっては、この宇宙船での暮らしが相当の年月続くのだろうという漠然とした思いがあるだけだ。
 先の見えない不安。
 そんな言葉が人々の口から出ては消え、たいしてすることのない日々を送っているのだ。

「でも、早く到着するのは嬉しいことですね」
 レイチェルはそう返しながら、窓の外を見ていた。
 さまざまな色や光が荒れ狂う嵐のように過ぎ去っていく。
 宇宙船は、単に宇宙の暗闇を粛々と進んでいるのではない。それくらいのことはわかる。
 次元の隙間と一般的に言われているスペースを旅しているのだろう。

「いつごろ、なんですか」
 十五年かかるところが、十二年ほどに縮まったなどということなのだろう。
 しかし、それを教えてもらえば、みんなにひとつの報告ができる。
 そう思って、レイチェルはプリブの件は後回しにしてブランジールに付き合うことにした。
「あの、パリサイドの母星に向かっているんですよね」


 ブランジールはすぐには返事をしなかった。
 レイチェルは椅子の背を見つめた。
 ピクリとも動かないし、なんの変化もない。
 後ろに立っているはずのオーシマンを振り返ろうとした時、やっと声が聞こえた。

「ふむ。何も聞いておられないようですね」
「はい。今後のことについては」
 ブランジールは吐息をつくと、
「いったい、講師どもは何を話しているのだ」と、呟くように言った。
「レイチェル長官。私から言っておきます。地球からのゲストをきちんともてなすようにと」
「あ、それは、ありがとうございます」

 レイチェルは耳が痛かった。
 それは、自分の仕事ではないか。
 食料や住まいだけでなく、人々に明日というものを見せるのは。
 人々の不安を和らげるため、この母船の行政当局に毅然とした申し入れをするのは自分の役割ではなかったか。

「私の計算では、十一日と十九時間後に、パリサイドの重力圏の端部に到達する見込みです」
「えっ」
「地面に立つことができるのは、その後七、八時間というところでしょう」
「そんなに早く……」
「ニューイヤーの祭りには間に合いませんけどね」


 パリサイドの母星とはどんなところだろう。
 レイチェルはもっと聞いてみたいことがたくさんあったが、そろそろ本題に入らなければならない。
「プリブの件ですが」と、促した。
 椅子の背は、また黙り込んだ。

 パリサイド達が住む星、パリサイド。
 過ごしやすいところだとか、地球と似ているといった情報は、それなりに得ている。
 太陽のような恒星を回る惑星のひとつだろうか。
 それなら、地球と同じように光溢れる昼と、夜が交互にやって来るのだろうか。
 多くの人々と同じように、レイチェルも想像を膨らませることはあったが、それよりも目の前のことに対応するだけで精一杯だった。

「なにか、ご存知のことがあれば、教えていただきたいのです」
 ようやくブランジールが何かを言いかけた。
 知らないと言ったように聞こえ、レイチェルは肩を落とした。

 しかし、予想していた回答ではある。
「では、お聞きします。一般市民を連行する権利を持っているのは、どんな組織でしょう」
 これなら答えられるだろうか。
「少なくとも、当船の乗組員ではないと言えます。私が持っている武装部隊は、船の安定的な就航を守るためだけに配備しているものです。市民の生活に、いかなる関わりも持ちません」
 レイチェルは頷いて、次の言葉を待った。

 またしばらく間が空いた。
 どう返答したものか思案しているのか、声にならない方法で船長としての指示を出しているのかもしれない。
 レイチェルは粘り強く待った。


 思えば、プリブが連行された時、相手は武装していたという。
 この船で武装した者を見たことがなかったチョットマもスミソも、それがどこに所属する者か、見当もつかないと言った。
 ただ、フル武装ではあるが、制服らしきものは着ていなかったという。
 車両や飛空艇に乗っていたわけでもない。プリブを抱え込むや否や、特殊なフィルムで包み込み、走り去った。
 終始無言で、行動はあっという間だったという。
 部屋の中に乗り込んできたわけではない。白昼堂々、公道での出来事だったが、あいにく目撃した市民はいない。 


「調べてみました」と、ようやくブランジールが声を上げた。
「おっしゃる日時に、当船の者は誰も当該エリアに居合わせた記録はありません。また、プリブというニューキーツ市民に関わるどんな記録もありません」
「ありがとうございます」
「それで、先ほどのご質問ですが、私からお応えすることは立場上、できません。しかしながら、この街の市民代表議員主席、パリサイド中央議会議長、ありていに言えば市長ですが、彼女ならお応えするでしょう」
「わかりました。ありがとうございます」
 レイチェルは再び礼を言った。

 船長という立場では口を差し挟むことはできないということだ。
 空振りに終わったと言えるが、それでもここに来てよかったと、レイチェルは思った。
 ブランジールの声音に、嘘はついていないという安定した響きを感じたからだった。
 あ。
 いつの間にか、すぐ横に立派な椅子が現れていた。

「会談は終了です」と、後ろからオーシマンの声がした。
「どうぞ、お座りください。今まで、長官に立っていただいたままで、失礼しました」と、椅子の背が言った。
「さあ、これからは座談会ということで」
 奇妙な成り行きだったが、これが船長としての流儀なのだろうと、レイチェルは申し出に従った。


「それはそうと、地球からみえた人の中には、一風変わったご仁もおられるようです」
「はい?」
「まあ、それはそうでしょう。地球もニューキーツの街も、一切の進歩を止めていたわけではないでしょうから」
 ひとつ目の歌のお姉さんのような少し異形を持った人のことを言っているのだろうか。
 それとも、アギのパリサイドや、マトやメルキト、そしてクローンのことを言っているのだろうか。
 しかし、ブランジールは、
「まあ、私は仲間として認めますよ。今のところ、危害を加えられそうでもないので」と、笑うように言った。

「さて、レイチェル長官に聞いていただきたいことがあります」
「ええ」
「地球の方はご存じないでしょう。この船のことを」
 ブランジールは語りたかったようだ。
「プリミティブエナジー、ご存知でしょうか」
 知らないと応えると、打って変わって雄弁になった。


「数百年前、ダークエネルギーと呼ばれていたものです。しかし、それは当時考えられていたものと全く異なっていました」
 宇宙空間を支配し、星をはじめとするすべての物質を動かしているエネルギー、というのがかつての理解だった。
 ビッグバン以降、宇宙の爆発的な膨張を今もなおもたらしているのも、このエネルギーだと言われてきた。
 その一端を掴んだ人類は、宇宙に飛び出すことができたのである。神の国巡礼教団のように。

「しかし、それだけではなかったのです。もっと強大で、この宇宙そのものとも言えるエネルギーだったのです」
 レイチェルは黙っていたが、ブランジールの雄弁は止まらない。
「長官、ではかつてダークマターと呼ばれたものの正体が何であったか、お知りになりたくはないでしょうか」
 ブランジールが言うに、この理解無くしてパリサイドがなぜ真っ暗な宇宙空間で生きていけるか、理解できないという。
「ダークマター、それを私達はシンラと呼んでいます。私がまだ地球に住んでいたころ、宇宙を構成する物質の数パーセントしか人類は知りえていないと言われていたものです」
 人類は探し方を間違っていたのです。
 それは、微細であれ、質量や電荷といったある形質を持つ物質を探していたからなのです。


 レイチェルに興味のある話ではなった。
 しかし、ブランジールの話は分かりやすく、興味をそそる話し方をした。
 それに、パリサイドの秘密に迫る話であると言われれば、聞いておかねばならない。

「シンラとは、いわゆる気であり、意識であり、ルールであるのです。そしてまた、プリミティブエナジーと対をなすものです。その気であり、意識であり、ルールを動かすものがプリミティブエナジーだからです」
 ブランジールが軽く笑った。
「すんなり頭に入るものではありませんよね。それらの只中にいた私たちでさえ、このことを掴むのに数百年もかかったのですから」

 ブランジールは例を挙げた。
 今なお光の速さより速いスピードで膨張を続ける宇宙の果てのことを思うとき、その意識は光の速さをはるかに超えて、宇宙の果てにたちどころに到達することができる。
 長官の意識であっても、三歳の子供の意識であっても。
 ところで、意識とはいったい何でしょう。
 ひとりの人間の意識は、計測することさえできない微細なものだが、何らかの存在であることには違いない。
「ということなのです」


 さて、とブランジールは話題を進めた。
「この船は光速をはるかに超えるスピードで航行しています。神の国巡礼教団の宇宙船の最高速度の数億倍、という速度です」
 ブランジールがまた静かに笑った。
「というと、少し嘘になります。実際は、百倍程度でしょう。しかし今、私達はプリミティブエナジーの実力を知っています」

 宇宙空間に吹き荒れているエネルギー、宇宙を爆発的に膨張させ続けているエネルギー、しかしそれは、海に漂う水の分子のようなもの。
 水という物質を構成する原子、その核、その核を形作っている粒子や電子、それらが内に持つ膨大なエネルギーは水という形では表に現れてはきません。
 水という形を保つことで、その中に閉じ込められているわけです。
「私達は、そのエネルギーに少し目を覚ましてもらうだけでいいわけです」
 かといって、物理的な存在であるこの船や人間の身体が、さまざまな物質や先ほど言ったシンラが浮かんでいる宇宙空間を、光速の数億倍のスペードで移動することはできません。
 たちどころに粉々に分解され、それこそシンラの一部になるでしょう。

「私たちは折り畳まれた空間のひだの頂部を、文字通り滑っているのです。瞬時にしてひとつのひだを越え、次のひだに乗り移ります。それで、数百光年は移動することになります」
 パリサイドの母星は、太陽系からはるか数万光年先にあるという。
 しかもそれは、毎秒数光年づつ遠ざかっているという。
「この航法の元となるエネルギーは、宇宙にいくらでも浮かんでいるシンラに、元々備わっているエネルギーを少し出してもらえばそれで済むということです」


 そういって、ブランジールは話を締めくくった。
「残念です。申し訳ありません。もう少し、いいえ、もっと大切なことをお話ししなければいけないのですが、時間が来てしまいました」
 パリサイドの母星の重力圏に入ってから以降は、もう会えないという。
「ぜひ、お話ししておきたいことがあります。もう一度、お訪ねください」
「ええ、そうします。今日はとても楽しく、有意義な時間をありがとうございました」

 ブランジールが座っている椅子が、床に飲み込まれるように消えていった。
 そこにはもう、何もなかった。
 かろうじて、最後の声だけが聞こえてきた。
「そうそう、この船の名はオオサカといいます。私が生まれ育った街の名です。では、また」
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