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パリサイド 作者:奈備 光

3章

19/82

18 椅子の背と話して

 ひとしきりチョットマを励ました後、レイチェルは改まった口調で言った。
「スジーウォン、報告が遅くなったわ」
「あ、それは」と、スジーウォンが慌てて止めようとしたが、レイチェルはその名を口にしてしまっていた。
 今のチョットマに聞かせることではないのに。

「プリブのことだけど、調べてきたことを話そ」
 と、言ったとき、チョットマの様子に変化が起きた。
「あっ、無理するな」
 チョットマが体を起こそうとしていた。
「まだ、横になってなくちゃ」

 チョットマはベッドの上で横向きになり、手をついて体を支えようとしている。
「……手伝って……」
 イコマはチョットマを支えながら、
「寝ながらでも話は聞けるだろ」と、寝かしつけようとした。

「……ダメ……、プリブのことだもの」
 腕の力を緩めようとしない。
「私は……もう大丈夫」
「でも」
 もう大丈夫、と繰り返し、とうとう体を起こしてしまった。

「さあ、レイチェル、話して」
「え、うん」
 体を起こしただけでなく、チョットマはベッドの下に足を下ろして座る態勢になった。
 と同時に、声に力が漲っていた。
「私たちのプリブ。何としてでも取り返さなくちゃ」
 チョットマの声に、誰もが、先ほどまでのチョットマとは全く違うことを感じ取っていた。
「そうでしょ。隊長!」
 スジーウォンに向き直ったチョットマの瞳には生気が溢れていた。

 スジーウォンがチョットマの頬に手を触れた。
「良くなったみたいだね。よかった。そう。私は、仲間をどんなことがあっても取り戻す」
 チョットマが微笑んだ。
「たとえ、パリサイド全員を敵に回すことになっても、でしょ」
「そう。プリブもアヤちゃんも。さ、レイチェル、話して。どうだった?」


 プリブの一件が起きてから、レイチェルはその捜索に奔走していた。
「プリブのことはもちろん、この船の社会的組織やそれを動かしている中心人物のこと。それも知っておいて欲しいから少し長い話になるけど、いい?」
「もちろん。チョットマの身体に障りさえしなければ」
「じゃ、チョットマ、休憩したくなったら言ってね」
「もう、大丈夫だって。でも、了解。ありがとう」
 チョットマが快活に答えた。

「まず会ったのは、この母船の船長、ブランジールという男」
 あけぼの丸の船長から紹介してもらったという。
 この男を最初に選んだのは、船長という立場が中立的な位置ではないかと考えたからだし、宇宙船の中で起きたことに対して、公平な目で見ているのではないかと考

えたからだ。
 そんな前置きをしてレイチェルが語り始めた。
「なかなか妙な男でね。三日前……」

 レイチェルは母船の、つまり街の中央部にそびえる柱の中にいた。
 宇宙船の構造を支える柱は街の至る所に立っているが、中央のそれはことさらに巨大で、直径はゆうに百メートルを超えていた。
 構造柱であると当時に、宇宙船を動かす組織のオフィスも兼ねていた。

 あけぼの丸の船長、オーシマンに連れられ、その柱の中にある特別なエレベーターで数百メートル登って行った先には、街を見渡す展望デッキがあった。
 街の天井に張り付いているような格好で、いつもの街がまるで箱庭のように見えた。
 ここで待つように言われて、レイチェルは手近なスツールに腰を下ろした。
 誰もが入れる場所ではない。
 いたることろに監視員が立っている。デッキ内ではなく、街を監視している。
 彼らの目が自分にも注がれているのを感じて、居心地はよくない。


 ただ、それほど待たされることはなかった。
 音もなく、部屋の中央部から螺旋階段がくるくる回りながら降りてきた。
 階段に立ったオーシマンが、メリーゴーランドのように回っている。

「お待たせした。こちらへ」
 レイチェルがオーシマンの横に立つと、階段はすぐさま上昇を始め、やがて天井内に収まって止まった。
 先には短い通路があり、明らかにセキュリティーチェックをするのであろうゲートが物々しく並んでいる。
 突き当りには、無表情な係員がこちらを見つめている。

 気後れする様子もなく先を行くオーシマンについて、レイチェルもゲートをくぐっていった。
 母船の船長に尋ねたいことはただひとつ。
 プリブを拉致した連中の心当たりがないかどうか。
 事前に少しだけ調べてきてある。
 この街の警察や治安維持組織、あるいは武装集団などの存在と目的、規模など。
 ただ、それらの掌握範囲や住み分け、連携についてはわからないことも多かった。

 この母船にも武装した部隊というものがある。
 宇宙船の機関部や中枢部を守るための組織だというが、その実態は明らかにはなっていない。
 警察や治安維持部隊では、その目的が達せられないということなのだろうか。
 あるいは、街の住人の中に、危険な人物や組織が紛れ込んでいるとでもいうのだろうか。
 それとも、外部から攻撃を受ける可能性があるというのだろうか。
 そんなことも聞いておきたかった。


 ゲートをくぐり終えると、すぐさま正面の扉が開き始めた。
 係員はかつて地球で流行った敬礼をしている。
「シップ十六号キャプテン、オーシマン様ならびに、ニューキーツ長官レイチェル様がお見えになりました!」
 扉の先はには、また違う展望室が広がっていた。
 窓の外には、七色の光が渦巻いている。
 なんとなく、不気味な液体の中にいるような気分だった。

 数歩進んだところで、オーシマンが立ち止った。
 部屋の中央部に、ぽつんとひとつ、椅子が置かれてあるだけ。
 椅子の背だけが見えていて、そこに座っているのであろうこの部屋の主の姿は見えない。
 母船の船長ブランジールは常に司令室にいるというのだが、ここがそうだろうか。
 機器らしきものも、デスクも何もない。
 毛足の長い絨毯が敷き詰められてあるだけの空虚な部屋。


 オーシマンに促されてレイチェルは椅子に歩み寄っていった。
 ん?
 誰も座っていないのでは?
 そう感じながら、レイチェルは椅子の手前で立ち止まった。
 声を掛けてもらう前に、正面に回るのは失礼というものだろう。

 やはりそれでよかった。
 声の主は、開口一番、「お見せするほどの姿をしていないので、このままで失礼します」
 と言ったのだった。
 まるで、椅子の背が話しているような感じだったが、きっととても小さな人物なのだろう。

「レイチェルと申します」
「またの名を、タールツー、そしてまたの名をキャリー。ようこそ、このサンライズ展望台へ。ニューキーツ長官」
 誰もが入れる場所でもないのに展望台とは、嫌味とも受け取れる言葉だったが、声は柔らかく、宇宙船の最高責任者とは思えないトーンだった。
「何のおもてなしもできませんが」
「いえ、お気遣いなく」

 そんな通り一遍の挨拶を交わした後、レイチェルは単刀直入に聞いた。
 プリブを連行した組織に心当たりはないかと。
 もちろん、先ほど垣間見たこの船の武装した乗組員によって連行された可能性は否定できない。
 ただ、そう聞くわけにもいかない。
 心当たりはないかと問えば、何らかの反応はあるだろうと思ってのことだった。

 ブランジールの表情が見えないのは辛かった。
 まるで椅子の背に話しかけているようなものだ。
 しかし、ブランジールはすぐに声を返してきた。
 レイチェルが期待、あるいは想像していた言葉とは全く違う内容の言葉を。
「レイチェル長官、あなたには特別な情報を」
 と、含み笑いを漏らしたのだった。
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