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パリサイド 作者:奈備 光

2章

16/82

15 ひとりじゃ怖くて

 イコマはチョットマの瞳を見つめ続けていた。
 相変わらずぎらついてはいるが、一点に静止して、時折瞬きをするだけだ。
 チョットマの歌の先生、一つ目のお姉さんがスタンドバイミーはじめ、教えた歌の数々を唄ってくれている。

「だから今夜だけは~、君を抱いていたい~」
 お。
 チョットマの瞳が揺らいだ。
 と、ゆっくりまぶたを閉じ、そして開いた。

 誰もが固唾を飲んで見守っている。
 瞳が動き、イコマと目が合った。
「……パパ……」
「チョットマ。気がついたみたいだね」

 頬が動き、少しだけ微笑んだ。
「先生……、ありがとう……」
 一つ目のお姉さんが、僕は汽車の中~、と唄いながら唇をチョトマの頬に押し付けた。

「さあ、チョットマ。聞いていただろ」
 チョットマがわずかに頷いた。
「楽しかったことを聞かせてくれ」
「うん……」
 と言ったが、チョットマは苦しそうに顔をゆがめた。
「まだ無理か?」
「ううん……」

 ユウの唇が、大丈夫と動くのを確認して、イコマは続けた。
「最近あった出来事を。そして楽しかったことを思い出すんだ。いいね」
「わかった……」
 チョットマの唇が見る間に赤みを帯びてくる。
「ゆっくりでいいよ。他のことは考えずに、その時のことだけを思い出して」
 今度は少し強く頷いた。


 楽しかったこと……。
 そうね、やっぱり、あれかな……。
 たどたどしい話し方だったし、時折顔を歪めたが、チョットマは話し出した。


 オペラ座の仮面舞踏会、マスカレード。
 パパが、誰かと踊っておいで、と送り出してくれた。

 パパは踊れなさそうだったから、私が先に誰かに踊り方を習って、それからパパに教えてあげようと、勇んで貴賓席を飛び出したわ。
 三階の通路を右に歩いて行った。来た道とは違うけど、その方が面白いものがあるかもしれないと思ったから。
 大抵の席はカーテンを下ろしてあったけど、下ろしてない席はチラチラと見ながらね。
 でもね、奥に行けば行くほど、奇妙な人たちが陣取ってたわ。
 一体全体どうやってブースに入ったのかと思うほど巨大なクマがいたり、死体なんじゃないかと思うほどガリガリに痩せた人がいたり。
 どんどん奇妙になっていくの。
 ブース全体に氷のようなものが詰まっていたり、ドロドロした液体がかろうじて人の形を作っていたり。
 だんだん気味が悪くなってきて、もと来た道を帰ろうかと思ったりしたわ。
 でもね、ここで引き返したら東部方面攻撃隊の名折れ、でしょ。
 階下から聞こえてくる音楽やざわめきもなんとなく遠くになっているようだったけど、ちゃんと現実の世界にいることはわかっていたし。

 でも、長い長い通路だった。
 もう宮殿の外で出てしまってるんじゃないかって思うほど。
 途中から貴賓席の中を見るのはやめて、走ったわ。
 でね、とうとう最後の貴賓席の前まで来たの。
 通路の先は下に降りる階段だとばかり思ってたら、上に登る階段だったの。
 それも、不思議なことに、数段先は暗闇が詰まっているような感じで見えなくなっているのよ。
 さすがにこれはまずい、って思ったわ。
 と、貴賓席のカーテンが開いて、中から顔を出した者は。


「おいおい、チョットマ、それって楽しい話かい?」
 ンドペキが思わず口を挟んだ。
「楽しい話をするんだって、ユウが言ってただろ」
 チョットマは今度ははっきりと笑った。
「ンドペキ……、大丈夫……。あれもこれも……楽しい思い出だから……」


 カーテンから顔を覗かせた者は、それはそれは小さな男性だった。
 えっと、男性だと思う。
 羽根つき帽を被ったカエルだったの。小さな剣を腰に付け、兵隊さんの制服を着た。

「カエル……」
 ンドペキが唸った。
「そうよ……、巨大ガエル……。茶色の……」


 どう見ても、人じゃない。
 仮装でこんな小さな体になるわけない。
 きっとこれは仮想空間のいたずらなんだ、と思ったわ。

 でね、カエルが言うに、
「旅人よ、この先に行こうってのかい」
 その声が何ともかわいらしかったので、ついつい私、先には何があるのかって聞いてしまった。

「勇気ある娘ごよ。この先、気の遠くなるほど登りつめたまたその先には、陽の沈む国への道が続いている」
 帰ってきた者はいない、なんて言うのかな、と思ったら、違ったの。
「陽の沈む国、すなわち全ての望みが叶う国」なんて言うのよ。

「私はその案内をする者」
「はい……」
「ただし」
「ただし?」
「私が案内をするのは選ばれし者のみ。私の出す試練を乗り越えた者だけ」
「どんな?」

 楽しさではち切れそうなときだったから、カエルの相手をするのも楽しくなっていたわ。
 まだ音楽も聞こえている、おいしそうな匂いもしてくる。
 階段を登って行こうとは思わなかったけど、もうすこしカエルの話を聞こうと思ったわ。
 どんな楽しい、というか面白そうな試練を出すのか興味があったし。

「勇気ある姫君よ。では、試練を与えよう」
「ちょっと待って。試練をこなせなかったときはどうなるの?」
「聡明なる女よ。私が出す試練を乗り越えられなかった者は」
「者は?」

 カエルは勿体つけて、でも機敏に剣を抜いたわ。
「この剣がその胸元へと赴く」と、突きつけてくる。
「じゃ、やめときます」

 さすがに私は、ばかばかしくなって、一歩下がったわ。
「賢明なる太陽の子よ。試練は受けぬのか」
「やめときますって」
 急にカエルは気弱な声を出して、詰め寄ってきた。
「ねえ、娘さん。試練を聞くだけ、というのもありだけど」
「じゃ、聞くだけね」

 またカエルはふんぞり返って、ひとつ咳払いまでしたわ。
「うむ。では試練を授けよう。いいかな」
「どうぞ。でも、聞くだけよ。授かるんじゃなくて」
「うむ。コホン。ここから十三個目の席にいる者と、ホールに赴き、一曲丸ごとダンスをしてくるのだ」

 十三個め?
 覚えていない。
 でも、きっとろくな奴じゃない。

「ふうん。簡単な試練ね」
「おお! 受けるのか」
「するわけないじゃない。さよなら!」

 一目散に、もと来た道を戻ったわ。
 後ろから声が追いかけてきた。
「ちょっと待ってくれ! いや、誰とでもいい! 誰でもいいから一曲、踊ったらここへ戻ってきてくれ!」
「いやよ!」
「俺を上へ連れて行ってくれ! ひとりじゃ怖くて行けないんだ!」
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