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パリサイド 作者:奈備 光

2章

12/82

11 ペアルーム

 マスカレードの夜の出来事を思い出しながら、イコマはオペラ座の中を歩き回った。
 誰でも自由に立ち入ることができる通路は、あの日と違って今朝はがらんとしている。
 四層に分かれていて、一、二階はシングルルームが並んでいる。
 三階は二人ペア用で、四階は多人数用だ。
 それぞれの階の中央部に、ちょっとした待合があり、軽食なども売られている。
 どこもかしこも、一階のエントランスと同様、全く無機的で演出的要素も癒しの要素もない。

 二六六六という番号の書かれた部屋の前まで行った。
 あの夜、チョットマと一緒に入った部屋。
 他の部屋と同様、ここも空室だった。

 覗いたところで仕方はないが、部屋の構成を頭に入れておこうという気で、イコマはドアを開けた。
 軽く開くが、人が中に入って一旦閉めてしまうと、自動的にロックがかかる。
 と同時に、壁と同化してしまう。
 扉のあった位置には、開けるための小さなハンドルがあるだけだ。

 完全な立方体。
 床も壁も天井もメタリックな質感を持った灰色の素材でできている。ほんのりと光を放っているようで、暗くはない。
 中央には、パウダー状の素材でできたベンチ。
 腰を下ろすと自動的に変形し、体に合わせて頭部からつま先までホールドしてくれる。
 と同時に、空間は立方体から球形に変わり、コントローラーがベンチの前に浮かび上がる。
 この時点で既に、仮想空間へと移行しているというわけだ。


 というのがイコマの認識である。
 改めて部屋を覗いて、記憶に漏れがないかどうか、と見渡してみた。

 たちまち扉は閉まり、消え失せた。
 気密性がよいため、鼓膜に少し圧力がかかる。
 やはり何もない。
 ふむ。ベンチは既に空に浮かんでいるのか。

 座ってみても、新たな発見はない。
 うむ、背後を見ることはできないな。
 それほど、みっちりと座面にホールドされている。

 コントローラの中止ボタンを押して、ホールドが解けるのを待って立ち上がった。
 もう一度、球体の中を見回してみるが、先ほどと変わったところはない。
 ドアハンドルに触れて、部屋が元の立方体に戻るのを見届けただけだった。


 無駄なことをしているな。
 我ながらそう感じていたが、イコマはなおも他の部屋で同じことをしてみた。
 三階にも行き、一階でも。

 今日の日には珍しく、使用中の部屋があった。
 いや、使用中なのだろう。
 ドアは外側も壁と同化していて、そこにドアがあることは、部屋番号が飛んでいるということだけ。
 ドアがあろうと思われる壁に触れ、なぞっていったが、硬く冷たい感覚が続くだけだった。

 一般人が使う部屋と、VIP用の部屋は別にあるのだろうか。
 例えばヴィーナスのような議員が使うような部屋は。
 通路に掲げられている案内図に、そのような記載はもちろんない。

 曜日や時間帯によって、このオペラ座の空間に、利用方法に、何か変化はあるだろうか。
 あるいは、ヴィーナスが殺されたという日だけ、特殊な日だったのだろうか。
 そもそも、あのマスカレードの饗宴の中に、何かヒントが……。

 ふうっ、とイコマは息を吐き出した。
 ばかばかしい。
 こんなところを徘徊して、何になるというのだ。
 ヴィーナスの殺人事件に、プリブが関係するかどうかもわからないのに。
 もうひとつ溜息をついて、イコマはオペラ座を後にした。


 あの夜のオペラ座の利用者を調べれば……。
 いや、仮想空間を楽しんだかどうかはどうでもいい。
 誰でも部屋の前までは、見咎められることなく行けるのだから。

 イコマは三度、溜息をついた。
 チョットマのために一肌脱ぎたいとは思うが、社会のルールさえ知らない一市民にできることは、何もない。
 しかも、まだ右も左もわからない巨大な宇宙船の中で。
 やはり、ユウに頼るしかないのか。
 うむ、スゥに聞いてみる手もあるかもしれない。
 そんなことを思いながら、イコマは自分の部屋に向かった。


 ん?
 あれは、スゥ、じゃないか。

 と、見えたが、相手は忽然と消えた。
 あれ?

 様々な商店が雑然と積み重なっているような地域だ。
 地球人類が用のあるような店は少ない。
 そもそも、ものを買うのに、わざわざこのようなところにまで足を伸ばす必要はない。

 人違いか、と思ったが、その相手が消え失せた辺りまで来ると、小さな発見をした。
 何の店だかわからないが、夢殿と書かれたドアと芭眉堂と書かれたドアの間に、目立たない入り口があった。
 まるで掃除道具かゴミ箱を収納してあるかのような風情の開き戸。

 ふうん。
 スゥがこんなところに用があるはずがない。

 いや、待てよ。
 そろそろ商売を始めるからって、空室を探していると言ってたな。
 でも、まさかこんな、隙間みたいな所に。


 イコマは立ち止まって、しげしげと辺りの空気を嗅いだ。
 どうせ、急ぐ散歩ではない。
 今日も、特段の用事というものはない。

 無機的な母船内ではあるが、地域によって空気感というものはある。
 宇宙船なのだから機能一辺倒かというと、そうでもない。
 街を構成する素材は、金属的で同一のパネル状建材ばかりだったが、手垢ひとつついていないかというとそうでもない。
 埃も積もっているし、湿っていたりもする。
 船が古いからかもしれないし、パリサイドが人肌感を大切にしているからともいえた。
 いずれにしろ、地球らしさというべきなにかがここにはあった。

 この地域に特別な臭いが立ち込めているということはなかったが、それでもこの街がダークサイドであることは感じられた。
 いかがわしい店が建ち並んでいる、と表現すればいいのだろうか。
 果たしてそのような店の存在が、宇宙船の中に許されているのかどうか、わからないが。
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