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パリサイド 作者:奈備 光

2章

11/82

10 仮面の群れ

 イコマとチョットマがようやく座る場所にありついたのは、かれこれ一時間も経ってからだった。
 仮装衣装選びに時間がかかったということもあるが、会場が大混雑だった。
「どうだよ、これ」
 真っ青なローブに太くて赤いベルトを締め、こってりした装飾のある長剣を挟んでいる。
 頭には特大の羽飾りの付いたカウボーイハットを被り、顔面を覆う銀色の仮面。
 ブーツやグローブで、パリサイドの体を覆い隠している。
「ハハハ、似合うともなんとも……」
 チョットマはさっきからニヤニヤし通しだ。

「チョットマは似合ってるよ」
「そう?」
「かわいいアラビアのお姫様、そのものだ」
「うふ」
「今日は、ラクダに乗ってお出ましかい?」
「ラクダ! そだ、今度、動物園に行かない?」

 楽団がワルツを奏でている。
 マーブルの巨大な円柱が天使画の描かれた壮大な天井を支え、吊り下げられた馬車ほどもあるシャンデリアが音楽に震えていた。
 壁にはメモリアルなシーンが描かれた絵や、誰かの肖像画がすまし顔だ。
「ほら、あれ。梁の上」
 高さ十メートルはあろうかという人形。
「ふうん。悪魔だね」
 痩せた黒い体を折り曲げている。やけに長い腕は銛を握り締め、今にも広間に打ち落とそうとするかのように構えている。
「動くんだね」
 目は煌々と煌き、耳まで裂けた口からは赤い舌が覗いている。
 ギクシャクした動きだが、首から上がギリギリと回り、人々を見下ろしている。

「仮面舞踏会用の飾り付けか。手が込んでるね」
「わ! 泡吹いているよ」
「泡じゃないだろ。きっと煙か炎のつもりだよ」
 時々、咆哮も上げているようだ。
 ホールの喧騒にかき消されてはいるが。


「さ、レモネード飲んだら、ひと回りしておいで」
「えっ、ひとりで?」
「踊りに来たんだろ」
 こんなところで踊るなんて、気が引ける。しかもこんな格好で。
「パパは、ワルツなんて踊れないよ」
「なんだ」
 舞台がどうあれ、どんな格好でいようが、尻込みしてしまうのは己の性分である。
「こんな隅っこで座ってちゃ、だれも声掛けてくれないぞ」

 そんならちょっくら誘われてやるか、とチョットマはカーテンをたくし上げて出て行った。
 姿が見えなると、急に寂しさが募ってきた。
 腰を落ち着けたのは、ホールをはるか下に望む三階廊下の小部屋。ホールに突き出した特等の貴賓席。
 さすが、バーチャルだけのことはある。
 何もかもが、至れり尽くせりだ。
 チョットマにも、きっとすぐに素敵な男性が声を掛けてくれるのだろう。


 ボーイが先ほどから何やかやとご馳走を運んできてくれる。
 ケーキや珍しい果物。クッキーやチョコレート。そしてなぜか卵料理。
 どこの国の青年か、抜群の美形。ボーイである印、トレーをいつも抱えている以外は、騎士の格好が板についている。

 目が合った。
 と、イコマのグラスにシャンパンを注ごうとする。
「いや、別のものを」
「かしこまりました」
 ボーイは、たくさんの酒の名を上げたが、それがワインなのかウィスキーなのかも分からない。
「ビールは?」

 はっ、とボーイは出て行ったが、中世のこんな豪華な舞踏会にビールなどあるはずもない。
 追い出してやったのだ。
 常にかしずかれていては、肩が凝る。
 ふうっ、と息をついて、イコマは心置きなくフロアに身を乗り出し、ごった返す人々を眺めた。
「チョットマはどこにいるかな」


 三百人はいるだろうか。
 思い思いの格好で踊っている。
 仮面をつけている者。被り物をしている者。
 異国の格好をしている者。動物や怪獣の格好をしている者。

 ホールの周囲でも、グラス片手に多くの人が行き交い、いたるところに人だかりができている。
 ホール係が忙しく歩き回り、あちこちでゲストとぶつかっては飲み物やお菓子を床にぶちまけていた。
 おかげで掃除係も忙しい。飛び切り華やかで、ふわりと広がったスカートに真っ白なエプロン姿でモップを振り回している。

 誰もが、顔を見られることのない開放感に支配されていた。
 音楽は大になり小になり、テンポを変えては場を盛り上げていた。
 花の香りが立ち込めている。
 スポットライトこそないが、ろうそくの明かりが揺らめいて、幸せなひと時を演出していた。
 稀に怒声も聞こえるが、人々は笑いさざめき、歌う者、踊る者、演説する者、抱擁する者、おどけてみせる者、とんぼ返りをしてみせる者と、渾然一体として宮殿を揺るがしていた。

 二階も三階も事情は同じ。
 娘達がかわいい声を上げて走り回り、恋の予感に笑い転げていた。
 貴賓席から身を乗り出している狼男がいるかと思えば、遠く日本の武将の甲冑で身を固めた御仁も見受けられた。


 チョットマは……。
 おっ。
 やってるな。

 自分の娘は、こんな人ごみの中でも不思議と見つけられる。
 そこだけひときわ輝いているかのように。
 いいぞ!
 うまい!
 習ったこともない、いやほとんど見たこともないダンスなのに、それなりに回っている。

 イコマはチョットマを連れて来てよかった、と胸に熱いものが押し寄せてくるのを感じた。
 パパだ、娘だといいながら、こんな風に楽しむことは今までなかった。
 あのコンフェッションボックスの偽物の部屋で、少しだけ話をするだけが二人の関係だった。

 フライングアイ姿でチョットマに連れて行ってもらったピクニック。
 東部方面攻撃隊の作戦に紛れ込んで。
 あれだけが、唯一の遊びだったのではないだろうか。

 何もしてやっていない。父親らしいことを。楽しいことを。
 そんな思いが拭えなかった。

 今、若者と踊っているチョットマを見て、仮面の中の目が潤んでくるのは仕方のないことだった。
 昔、アヤちゃんと始めて会った頃、娘を持つ父親の気持ちが少しだけ分かったような気がしたものだったが、今も、その喜びを少しだけ感じているのだ、と。

 本当の喜びはきっともっと大きいはず。 
 それをいつかチョットマと、そしてアヤちゃんと分かち合える日が来る。
 そう思うと、胸に押し寄せた熱いものは、さらにその濃さを増すのだった。


 あっ。
 隣の貴賓席の女性と目があった。
 会釈でもするべきか、と思う間もなく、相手はさっと顔を引っ込めてしまった。
 赤頭巾ちゃんの残像を残して。
 我々と同じようにバーチャルを楽しんでいる人だろうか。
 それとも、仮想の中の演出キャスト?

 どちらでもいい。
 イコマは、フロアでくるくる回っているアラビアのお姫様だけを見つめた。

 貴人、蛮人、美人、獣人、麗人、妖人の群れに混じって踊っているチョットマ。
 はじけるような楽しさがここまで伝わってくる。
 と、そこに白いバレリーナ達がなだれ込んできた。
 大粒の真珠をぶちまけたように。

 転がる真珠に道を開けるように、人々が引いていく。
 レストタイムというわけだ。
 パートナーを変えるチャンスだよ、と。
 チョットマも戻ってくるだろう。
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