挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
パリサイド 作者:奈備 光

2章

しおりの位置情報を変更しました
エラーが発生しました

ブックマークしました。

設定

更新通知 0/400

設定を保存しました
エラーが発生しました

カテゴリ

ブックマークへ

以下のブックマークを解除します。
よろしければ[解除]を押してください。

ブックマークを解除しました。

10/82

9 ご来着!

 イコマは軽い運動のつもりで街に出ていた。散歩しながらのタウンウィッチングは日々の日課である。
 今朝は、プリブのことを考えながら。
 かなり歩いて、ブロードウェイと呼ばれる地域。
 さすがに人通りは少ない。
 まだ朝だということもあるが、双戯感謝祭だからでもあるのだろう。

 オペラ座を見上げた。
 バーチャルで遊ぶ娯楽施設である。
 遊べる幻影は、百数十万種。
 そのほとんどは地球上でのシーン。
 ありとあらゆる仮想空間が用意されている。

 ユウが話してくれた。
 中央議会議員がこの中の幻影装置のひとつ、マスカレードの中で殺されたという。
 名は、ヴィーナス。二十歳そこそこの女性。

 どのようにして殺されたのか。
 そして、誰に。
 なぜ?

 漠然とした関心があった。
 なんとなく、プリブの一件に関係しているのではないかと。
 人殺しなど、パリサイドの社会で、しかも宇宙船の中で、めったにあることではない。
 その翌日にプリブが連行されたとなれば、考えられることはただひとつ。
 容疑者とされたに違いない。
 しかし、なぜプリブが。


 イコマは館のインフォメーションに向かった。
 飾り気のない窮屈なホールに、小さなカウンターがひとつ。
 この先で繰り広げられるアトラクションの多彩さと鮮やかさに比べて、入り口やホールや廊下は無機的で極めて質素だ。
 今日は客を誰も見かけない。受付のパリサイドも目を瞑っていた。

「ちょっとお聞きしたいことがあるのですが」
 たいしたことが聞けるとは思っていなかった。
 インフォメーションのパリサイドは、目は開けたものの、にやりともしない。
「先日、ここでヴィーナスという女性が殺されたそうですが」
 と、切り出したものの、何をどう聞けばこのパリサイドの男性を話題に引き込めるのだろう。
「私もそのとき、あのマスカレードに入っていましてね」


 ユウによれば、十二月二十二日の宵の口だったという。
 ちょうどその頃、イコマはチョットマと仮面舞踏会の幻影に入り込み、楽しんだのだった。
 バーチャル装置は、それぞれの小さなブースごとに幻影を見せる。
 しかし、その中に登場する人物はNPC、つまりノンプレイヤーキャラクターだけではない。
 装置を楽しむ人々もそこには存在すのだ。

 特に、マスカレードのように開始時刻が決まっているメニューの場合は、多くの人が同時にその舞踏会を楽しむことになる。
 殺されたヴィーナスという女性と、イコマ達は仮面を被って踊っていた人々の渦の中で出会っていたかもしれないのだ。

 しかし、インフォメーションのパリサイドは表情を変えず、鼻を小さく鳴らしただけだ。
 殺人事件のことなど、彼の仕事にこれっぽっちも関係しないのだから当然のことだろう。
「殺されていたという、そのときの状況を知りたいと思いましてね」
 イコマはなおも食い下がったが、ついに声さえも聞くことはできなかった。


 思い出す。あの日、チョットマは朝から興奮しきりだった。
 迫力のダンスや音楽を見てみたいというチョットマのたっての希望で、それなら少々時代がかっているけれど、仮面舞踏会なんかが楽しいんじゃないか、とチョイスしたのだった。
 普通のコンサートやミュージカルは、もうそれなりに体験している。
 それはそれでチョットマにとって眠れないほどの刺激になったのだが、自分も踊ってみたいし、などと言い出したのだ。
 クラブで踊るという選択も考えにはあったが、それはプリブやスミソと行けばいい、と考え直したのだ。
 なにも、パパと行く必要はない。
 いつもチョットマは何を体験してきたのか、詳しく彼らに話しているのだから。

 あの晩も、このインフォメーションカウンターに同じパリサイドが座っていたかどうか、記憶にない。
 この施設の中の構造や、ブースに入ってからの仕組みについてはもう既に知っていた。
 もう説明を聞くまでもないからだ。


 仮面舞踏会開会の十九時三十分までにはイコマとチョットマは手近なブースに入り、狭い部屋のベンチに並んで腰掛けたのだった。
「後、三分だね」
 と、チョットマは待ちきれない様子だった。
 それから、開会までの間、何を話しただろう。
 アギであった頃と比べて、記憶は人並みに薄れがちだ。
「うーん! 興奮してきた!」と、チョットマが顔を高潮させていたことは覚えているが。
 仮面や衣装類は、もちろん持ち込んでもいいが、会場でもレンタルできるし、メイクだってしてもらえるということだった。


 時刻きっかりにイコマは、開始ボタンを押した。
 それまでいた狭いブースは、たちまち消えうせ、二人は夜の街に立っていた。
「おう! ここか!」
 チョットマが喜びの雄たけびを上げている。

 街頭には着飾った人々が行きかい、賑やかな音楽が聞こえる。
「うわ! あれ!」
 二頭立ての立派な馬車が、何台も通り過ぎていく。
 どこか中世のヨーロッパの街の目抜き通りだ。

「ここだな」
 背の高い鉄製のフェンスがびっしり取り巻いた広い敷地があった。
 中は青い芝生が敷き詰められてあり、普段ならきっと衛兵などが歩き回っているのだろう。
 今夜は舞踏会ということで、門は大きく開け放たれ、いたるところにかがり火が盛大に炎を上げていた。


「イコマ様、チョットマ様、ご来着!」
 と、大声で呼ばわれて、ふたりはすんでのところで石畳に躓きそうになった。
「こちらの馬車をご使用ください!」
 と、きらびやかな衣装を着た案内人が恭しく礼をしてくれる。
 漆黒の衣装を身に纏った御者が、ぴたりとふたりの脇に馬車をつけてくれた。

「すごい……」
 馬車に揺られて、チョットマの口から出てきた言葉はただそれだけ。
 おのぼりさんよろしく、目を見開いてきょろきょろしているだけだった。
 しかし、そんあ言葉では言い表せない光景が、宮殿の中に待ち受けていたのだった。
cont_access.php?citi_cont_id=936031928&s
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ