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七夕企画 ~星に願いを~

作者:鈴猫
「姫様、アルタイル社からの定時連絡です」
 私は出来るだけ無表情にそう告げる。
「もうそんな時間!?」
 壁一面に埋め込まれた複数のディスプレイに向かってしかめっつらの姫様はハッと顔を上げ、二コリと私にほほ笑みかけた。
 それはまるで固い蕾が一気に開いて柔らかな桃色の大輪の花が咲いたよう。
 一日に一度、私だけの微笑。
 この時だけを楽しみに、私はこの仕事をしているといってもいいぐらい。
 白いデスクに壁一面に埋め込まれたモニター、うず高く積まれた書類の山、無機質極まりないこの部屋には恐ろしく不似合いなその可憐な女性は、世界のベガグループの後継者、織姫様。
 本名はもちろん違うのだけれど、たいていはこの名前で通じる、それがベガグループ。 
「繋いで」
 先ほどまでの恐ろしいほど張りつめた真剣な表情はどこへいってしまたのか、今は期待に胸を弾ませるかわいらしい少女のような姫様。
「はい」
 私は言われるままに接続コードを入力し、端末に指輪をかざす。
 ディスプレイはロック解除を告げて、切り替わる。
「おりひめ~!!」
 いきなり画面いっぱいにアルタイル社の若社長が現れる。
「ひこちゃ~ん!!」
 姫様は今にも画面に飛びつきそうな勢いで手を振る。
 この二人は夫婦だ。
 しかしこの世紀の大企業同士の結婚生活はこのような定時通信という形でしかなされていない。
 それも「カササギ」という私たちお目付け役の厳重な監視下において。
 目の前でいちゃいちゃと新婚のようなやり取りをする姫様をみて、本当にお気の毒だと私は思う。
 しかし、十数年前の婚姻に伴ってお二人が新婚旅行をなさった時は、たった一ヶ月お休みなさっただけで、株価の大暴落とそれに伴う世界大恐慌がおこり、危うく世界大戦を招く寸前までいってしまった。
 後に「ハネムーンフォール」と呼ばれるようになったこの事件で、お二人の好きにさせるという事は世界の破滅を招きかねないのだと世に知らしめる結果となった。
 そしてこの事件が私たち「カササギ」を生むこととなる。
 おっといけない、時間を忘れるところだった。
 私は慌ててアルタイル社の若社長が映る画面右下のタイマーを確認する。
 残り時間あと10分。
「いよいよ明日会えるね」
 姫様の声は期待に甘く弾んでいた。
 聞いているこちらも嬉しくなってしまう。
 でも、表情を顔に出してはいけない。
 私は「カササギ」、姫様を見張り、護衛するお目付け役。
「そのことなんだけどね・・・」
 珍しくトーンダウンする若社長。
「明日、無理そうなんだ」
「ええっ!!」
 危うく私も叫んでしまいそうになった。
 姫様がみるみるしぼんでいくのが、その背中からでもよくわかった。
 ちょっと、どういうこと?
 私は若社長の背後に小さく映るアルタイル社のカササギを睨みつける。
 私と同じブラックスーツを着こなした長身の眼鏡男。
 ど真面目で超事務的な仕事ぶりは何度もやりとりしたメールから知れる。
 この少しも面白みのない男と我慢してなんとかやり遂げた仕事。
 それが明日の年に一度の逢瀬だったのに。
 一体どういうこと?
 なんとかお二人のスケジュールの都合をつけて、世界経済への影響も最小限に、かつプライバシーが守られるように、もちろんテロなどの標的にならぬようにと超・極秘裏に進めたこの計画を、今になって破棄するなどとは。
 私は、ここまで積み上げてきた成果を帳消しにされた事よりも、目の前の姫様の落胆ぶりにふつふつとはらわたが煮えくりかえるような怒りを感じた。
「・・・そっか。なら仕方ないよね。私たち、もうあの時みたいに、たくさんの人に迷惑をかけるわけにはいかないもんね」
 姫様の声はすでに涙ににごっていた。
 ずっと会いたいお気持ちを我慢して、明日というを楽しみに踏ん張ってこられた姫様はきっとけなげに笑っていらしゃっるに違いない。
 あいつ、ゆるさねぇ。
 私はそっと握りこぶしに力をこめた。


「どういうことですか!」
 よほどの緊急事態でない限り、アルタイル社とのやり取りは電子メールでする事、そんな暗黙のルールなどぶっとばして、私は殴りこみの直通電話をかけた。
「さっきの通信を聞いていなかったのか?」
 相手のカササギはいたって冷静に、そして高圧的にこたえる。
 そこがまたカチンとくる。
「聞いていましたよ。ただ、事前にこちらに連絡をするのが筋ではないかと、事前に知っていたならあんな風に姫様をーーー」
「私たちは単なるカササギだぞ」
「は?」
「織姫と彦星を繋ぐ役割をこなす、それ以上もそれ以下もない」
 だから何?
「まだ分からんようだな。お前は織姫に感情移入しすぎだ。それはカササギ業務規定違反だ」
「そんなの・・・。分かってます」
 ったくこの石頭。なら姫様の気持ちはどうなるのよ。私の苦労は。
「それに、この通話も規約違反だ。緊急時以外の使用は認められていないのは知っているな?」
「それも、分かってます!!」
「あの時のような大惨事の再来だけは防がなくてはならない、それが我々の使命だ」
「だから、分かってますって」
「ならば、切るぞ」
「え? ちょっと・・・」
 通信端末からは通話の切れたツーツーと虚しい音が聞こえるばかり。
 なに? 私、馬鹿にされてる?
 いかに相手のカササギの方がベテランの先輩だとしても、こっちもベガ社筆頭カササギなんだから立場は対等なはず。
「あんっの馬鹿!!」
 わかってる、アルタイルもベガも全世界を支える大企業だ。その重役ともなればちょっとやそっとの自由などきかないぐらい。
 だけど、あんなに明日を楽しみに心の支えに頑張ってきた姫様を間近に見てきて、「残念ですね、それじゃまた来年に」なんて簡単に言えるわけがない。

 その日の朝から、姫様は自室から出て来られなかった。
 もともとその日は完全にスケジュールを空けていたから業務的には支障はなかったが、事情を知る周りの人間の心配は尋常ではなかった。
 もちろん私もその一人だった。
「姫様、入りますよ」
 お昼前になっても姫様の応答はなく、生死の心配さえなされ始めたので仕方なく私の出番となった。
 可憐な花々が緻密に彫刻された大きな木製の扉の前で意識を集中する。
 手に触れる物質を原子レベルまで分解して、私の体内に取り込む。
 そして一気に背後に吐き出す。
 私は部屋の中にいた。
 これが「カササギ」の能力の一つ。
 要人警護の為にあらゆる能力を持つ者、それがカササギ。
 エントランスホールを抜け、応接室を抜け、リビングを抜け、前室ともなるギャラリーを抜け、やっと姫様の寝室の前に着く。
「姫様。皆が心配しておりますよ」
 またしても堅く閉じられた扉が行く手を塞いでいたが、こんな物は私には意味がない。
 しかし、姫様のお気持ちを最優先してそこで立ち止まる。
「だ、大丈夫だから・・・。ほっといて」
「お腹は減ってないですか?」
 お声が聞けてほっとしたのもつかの間、それきり姫様からの応答はなかった。
 これは相当参ってらっしゃる・・・。
 私はいったん退散して、待機していた関係者各位にとりあえずの無事を伝えてまわった。
 きっとお疲れが出たのだと、明日には元通りの元気な姫様になっていらっしゃるはずだと。
 そして、私は再び姫様のもとに舞い戻る。
 さっきのような時間のかかる作業を抜きに、空間を一息に飛び越えて。
「姫様、行きましょう、今すぐ」
 ベットですっぽりと布団をかぶり、うずくまる姫様に向かって私はささやいた。
 そう、会えなくとも一目その姿を眺めるだけでも、一瞬でも視線を交わすだけで、きっと姫様の一年の心労は癒されるはず。
「でも、それではあなたが・・・」
 姫様はそっと布団の隅からお顔をのぞかせる。
「構いません。それよりも姫様のお気持ちが大切ですから」
 たぶん、いや、間違いなく私は処分される。カササギの勝手な行動など許されるわけがない。
 でも構わない。
 私は姫様が大好きだから。
 姫様は私の顔を見て微笑まれた。
 まるで夜明けの朝日のように瞳を輝かせ、ベットから飛び起き、私に飛びついた。
「ありがとうカササギ」

「参ります」
 アルタイル社の若社長は今ごろ火星でニュータウン建設地の視察に出ている、はずだ。
 行けるか・・・。火星。
 月に行くのとは訳が違う。
 でも、もう決めた事。どうせ私に後はない、ならば・・・。
 繋いだ手から姫様の鼓動を感じて、私は意識を集中させる。
 とりあえず安全にお送りしなければ。
 昨夜徹夜で把握した火星への距離やら地理を思い浮かべる。
 そう、ここなら大丈夫。
 全くの準備不足で宇宙服など有るわけもないので、生身でいける範囲となるとおのずと転送先は決まってしまう。
 アルタイル社の火星オフィスの社長室を目標に決めて、トリップを開始する。
 空間がねじ曲がり、急速に体が圧迫される。
「くうっ!!」
「ったぁっい!!」
「す、すみません、ひ、姫様・・・」
 ぶっちゃけ私はトリップが苦手だ。
 トリップとは要人を安全な場所に一瞬で転送する能力で、カササギの重要な任務の一つなのだが。
 やっぱりちょっと無理だったかも・・・。
 私はいったん月に降りようと意識を切り替える。
 しかし、歪が大きすぎてなかなか抜けきれない。
 やばっ、このままじゃ・・・。
 私は接続先を変更しようとした時ーーーーーーー
 フッと全身にかかる圧が消えて、体が無重力に浮く。
 しまった!! 跳ばされる!!
 毎年、新人カササギによるトリップ失敗で亜空間の閉じ込め事故は後をたたない。
 あと、自信過剰なカササギによる無謀な転送行為もその中に含まれる。
 でも、まさか自分がそんなミスを犯すとは微塵も考えていなかった。  
 姫様・・・。
 すでに姫様は体中にかかる負荷に耐えきれず気絶していた。
 せめて、姫様だけでも・・・。
 残る全ての力を使って、姫様に意識を集中する。
 握った手の感覚がフッと消えて、転送が完了する。
 よし。
 私は目を閉じた。全ての神経回路が閉じていく。
 もう、いいや。姫様だけでも送れればそれで十分・・・。
 亜空間という所がどういう所かは知らないけれど、不思議と怖くはなかった。
 ただ、もう姫様のあの微笑みを見る事ができなくなるのはすごく寂しいなぁとぼんやりと思った。 
 その時、堕ちるように空間がねじ曲がり、持ち上げられるように内臓が跳ね上がる感覚に襲われた。
 なに?
「わっ!!」
 次に鈍い音と共に体が地面に叩きつけられる。
「ったぁ・・・」
 体中の激痛にうめきながら私は立ち上がった。
「え?」
 目の前には気絶した姫様を抱えたあいつが立っていた。
 アルタイル社のカササギ。
「よくもまぁ・・・」
 あきれたように冷たく私を見下ろすと、両腕に抱えていた姫様をより安全な場所に転送する。
「そんな貧相な能力でここまでこようなどと・・・」
「んなことより、姫様は?」
「安心しろ無事だ。今、医務室に送った」
「医務室ね」
「おいっ!!」
 もう転送出来る力など残ってはいないと思っていたけど、姫様の事を思うと無意識に体が動いていた。

 すぐにベットの中で姫様は気がつかれた。
「姫様・・・」
 姫様は私に気がつくとニコリと微笑まれた。
 そうそう。これ、この微笑みさえあれば、私はどうなってもいい。
 私も姫様に微笑み返す。
「おりひめぇぇー!!」
 その静かな空気を引き裂くようにアルタイル社の彦星若社長が医務室に飛び込んで来た。
「ひこちゃぁぁぁんっつ!!」
 ベットの中で二人は抱き合い。一年ぶりの再会を喜んでいた。
 よかった・・・。本当に良かった。
 私はほっと胸をなでおろす。
「ちょっと来い」
 いつからそこにいたのか、最後の仕事をやり遂げて満足感に浸る私の腕を掴んで、あいつは場所を移動する。
 そこはアルタイル社の最上階の部屋、さっき私が姫様を転送した場所だった。
「処分を受ける覚悟は出来ていますから」
 転送されるなり私は頭を下げた。
「そんな問題じゃないだろ!!」
 突然の大声で怒鳴りつけられて、ビクッと体が震える。
「この度は、大変も、もうしわけ・・・、あ、あり・・・」
 なんなのよ。あんたなんかに怒られる筋合いなんかないんだから。
 頬を大粒の涙が伝う。
 んな大声なんか怖くないんだから。
「ったく・・・」
 突然大きな腕と胸で抱きしめられる。
「自分がどうなるとこだったか、分かってんのか」
 そんなの分かってる。生きながらに死ぬことも出来ぬまま空腹や絶望と共に亜空間をさまよい閉じ込められる所だったってことぐらい。
「んなの・・・、分かって・・・」
 抑え込んでいたその恐怖を温かい胸の中で思い出して私は不覚にも号泣してしまった。

「それでは、失礼致します」
 織姫が深々と頭を下げる。
 たった数時間の逢瀬。
 なんて切ない・・・。
 私は毅然と立場をわきまえた振る舞いをする姫様の心中を察して、苦しくなる。
「体に気をつけて」
「はい」
 姫様の身を危険に晒したにも関わらず、若社長は私をとがめるような事は一切なさらなかった。
 どこまでもお優しい旦那様・・・。
 どうかこのままお幸せに・・・。
 私はこれが最後の任務になるだろう姫様の帰還に向けてトリップ準備に入った。
 その視界の隅にあいつがいた。
 あいつはまっすぐに私を見ていた。
 きっと私の能力に不安を抱いているに違いない。
 そんな、心配しなくても大丈夫だから。
 私はさっきのお礼も含めて小さく頭を下げた。
 すると、あいつは小さく敬礼して笑った。
 えっ? その笑いはどういう意味だ?
 皮肉か?それとも・・・?
「さ、帰りましょ」
「あ、は、はいっ!!」
 姫様の柔らかい手が私の手をとる。
「では、参ります」
 もう失敗なんかしない。
 私はあいつの笑みをあかんべぇで返してやった。



「ねぇ、あの二人、上手くいくと思う?」
 織姫は小声でモニターに話しかける。
「どうかな?」
 彦星があまり興味のなさそうに笑う。
「今年はどんなハプニングを用意しようかしら・・・」
 織姫はクスクスと笑い声をこらえる。
「しかし、あの時のあいつの慌てっぷりにはびっくりしたな・・・」
「ね? ぜったいあの子に気があると思うのよ私」
 織姫はずっと後ろに控えるカササギの方をちらりと見て笑う。
「わたしね、あの子のこと大好きだから、幸せになってほしいのよぜったい」
「ま、あいつは優秀なカササギだからな・・・」
「ね?」
 モニター越しに織姫と彦星は笑う。


 そうして、今夜もまた七夕がやってくるのでした。
 皆様に幸多からんことをお祈りしつつ。
                                    《終り》 

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