七色の勇者 9
普段よりずっと静かな廊下を二人並んで歩きながら、メルメルはトンフィーにそう言えば、と言って話しかけた。
「スリッフィーナを見かけなかった?」
「スリッフィーナ? 見てないけれども……スリッフィーナがきたの?」
トンフィーはかなり驚いたようだ。
「そうなの……実は――」
経緯をざっと説明するとトンフィーは何とも言えない表情を浮かべ、うんうんと納得したように頷いた。
「……確かにメルメルの言う通り、スリッフィーナはラインさんに導かれてメルメルのもとへ来たのかもしれないね……」
「ワタシ、スリッフィーナの首輪を外してあげてないの……。すっかり忘れちゃってて」
「大丈夫さ。きっとまた現れてくれるよ」トンフィーが慰めるように言った。
「でも、どうやって外せばいいのかしら? 他人のペットの首輪は外せないんでしょ?」
メルメルが言うと、トンフィーは少し言いにくそうに答えた。
「それは……大丈夫なんだ。飼い主が死んでしまったペットの首輪は誰にでも簡単に外せるから……」
「そう……なの……」
メルメルがしょんぼりしてしまったので、トンフィーは元気づけるように明るい声を出した。
「そうだメルメル! スリッフィーナの好物って何かな? もしかしたら――バナナとか?」
「うふふ、バナナはないでしょ。やっぱりお肉じゃないかしら? どうして?」
「次にスリッフィーナが現れたら、お肉を用意しといて素早く食べさせるんだよ! その隙にこっそり首輪を外すのさ」
トンフィーが真面目ぶって言うので、メルメルは思わず声を出して笑ってしまった。
「そんな事しなくたってスリッフィーナは逃げないわよ。……でも、そんなに首輪を外す事は重要な事かしら?」
メルメルが首を傾げると、トンフィーは少し真面目な顔に戻った。
「飼い主が死んでしまったのにペットが首輪を着けたままでいると、そのペットは飼い主を探し続けて迷子になってしまうなんて言われているんだ」
「ほ、本当に?」
「言い伝えみたいなものだけどもね。……でも、母さんも自分がいつ死ぬか分からないからペットは飼わないとか言ってたな」
「そっか……」
それが本当なら、スリッフィーナにはとても可哀想な事をしたとメルメルは思った。もしも、もう一度スリッフィーナが現れなかったら相当後悔する事になりそうだ。
「大丈夫だよ。スリッフィーナは必ずメルメルにまた会いに来るよ!」
少し落ち込んでいるメルメルの肩を、トンフィーはポンと叩いた。
「ダイジョウブ! ダイジョウブ!」
突然かん高い大きな声が静かな廊下に響き渡って、メルメルとトンフィーはぎょっとして前を向いた。
「ダイジョウブダトオモッテキヲユルメタラ、サイキンスコシフトリスギチャッタミタイ!」
「アララ! アマイモノノタベスギジャナイノ!」
「ヤッパリソウカシラ! アナタハヤセテテイイワネ!」
「ヨクナイワヨ! サケトタバコデ、ナイゾウボロボロヨ!」
「アララ~! ダメヨ、ホドホドニシナクチャ!」
「デモ、スキナモノハナカナカヤメラレナイワネ!」
「ホントホント! アハハハハ!」
「ギャハハハハハ!」
廊下の止まり木に仲良くとまってお喋りしているのは、ペッコリーナ先生のペットでオウムの「ピッピー」と、マーヴェラ園長のペットでカナリアの「トリンケトラ」だ。
メルメルとトンフィーはにっこり笑って顔を見合わせる。そうして両手で耳を塞ぎながら二匹の横を駆け抜けた。
しばらく走りつづけ、ようやく止まったところでトンフィーは、「アハハ~。相変わらずあの二匹はお喋りだな~」と笑った。メルメルはいつもと変わらない廊下の風景と、トンフィーの笑い声と、遠く後ろの方から聞こえてくる二匹の鳥の話し声を聞きながら、少し前にグッターハイムが話していた事を思い出していた。
――女王様がいる当たり前の幸せ。ずっと続くと思っていた平和で幸せな日々。みんな、それを失う事がとても恐ろしかった……。
「メルメル……?」
呼びかけられてメルメルははっと我に返った。トンフィーが不思議そうに首を傾げている。どうやらかなりの時間ぼんやりしていたようだ。
「何でもないわ。行きましょ」
「うん」
「そう言えば、一体ワタシ達ったらどこへ向かってるのかしら?」
「体育館だよ。そこに大人達はみんな集まって、今後についての事を話し合ってるんだよ。僕達もその話し合いに参加した方が良いと思ってさ」
大人達だけの話し合いに、子供なのに自分達だけは参加する。それは、何だか少しだけ寂しい事のようにメルメルには感じられるのだった。
「……今後についての話し合いって、どんな事?」
「闇の王国への対応についてどうしようかと話してるんだ。今までほとんど闇の王国の支配とは関係ないような田舎町だったからね……。みんなすっかり戸惑ってるみたいだ」
メルメルは自分もそうだった事を思い出して、「なるほど……」と頷いた。
「あいつらは西の森からこの町へ入ってそのまま真っ直ぐ東の草原へ抜けた。そして町からおよそ二キロほどの所に陣を張って、今もどっしりとそこに構えているんだ。町を通り抜ける間には、家に火を点けたり畑を荒らしたり……。逆らう者がいれば、こ、殺したりもした。そうやって町の人々に軍隊の――国の脅威を十分に与えておいて、それでいて完全に町を破壊するまではやらないで猶予を与えている。……実に上手いやり方だよ。あんまり追い詰めてしまうと、窮鼠猫を噛むじゃないけれど死ぬ気で向かってこられれば、ただの田舎町相手だって軍は思いもよらない被害を被る事もある」
「じゃあ……軍隊はまだすぐそばにいるんだ……」メルメルは不安げに窓の外の暗闇を見つめた。
「大丈夫さ。しばらく襲っては来ないだろうから。奴らの目的はこの町を潰す事じゃなくて、レジスタンスに自分達の要求を飲ませて降伏させる事なんだ」
「要求って?」
「実はさっき、軍隊からの使者が手紙を持ってやってきたんだ。みんなの話によると手紙には降伏の条件が幾つか書いてあるみたいだった」
「降伏の条件……」メルメルは何だか嫌な予感がして眉をひそめた。
「僕は中を読んだ訳じゃないから詳しくは分からないんだけども、どうやら一つにはレジスタンスを解散しろと書かれているみたいなんだ。軍は、スパイをしていたブラッドさんからの報告で、それこそかなり詳しくこの町のレジスタンスの内情を知っていた筈だ。当然、暗黒王に逆らう連中を許す訳にはいかないと考えただろうね。そうは言っても、もともとここは闇の軍隊もいない様な田舎町だったから、レジスタンスも大した活動はしていなかったという事だって知ってた筈なんだ。若い戦士や活動的で力のある者なんかは、大体隠れ家に集まっていたようだからね。だから、町に潜伏していたのはほとんど力のない者や老人ばかりだったんだ。そのおかげというか、解散だけで済むならそれほど厳しくはない処分が下ったと言える。……本来なら、町を殲滅させられてもおかしくないんだからね」
「殲滅……。全員殺されなかっただけ……ましって事かしら?」
「そうだね。他の町や村の例をみるとそう思うよ。でも、完全に許してくれた訳じゃあ勿論ないよ。解散だけで済ます変わりに、いくつか条件を出してきたんだ」
「また条件? 条件ばっかりじゃない……」
降伏するのにも条件。解散するだけで許すのにも条件。条件を飲まなければ……殲滅させられるというわけだ。
「まず、軍の人間を数人見張りとして町に置く事。それから町の者同士で見張り合う事。これが結構厳しくて、もしも誰かが武器の所持や不審な動きを見せた場合は、見張役の人間も一緒に処分するんだって……。処分っていうのはつまり……こ、殺されちゃうって事さ……」
「ひ、ひどい……」
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