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それぞれの空
―黙っていても月日は勝手に流れていく。
春が過ぎ去り、夏の陽気に変わろうとしている、此処ハルケギニア、トリステイン王国。
俺がレイン・カーン・ファ・ラ・キュベレーになってから14年の歳月が経とうとしていた。
俺の中身は32歳。
いいおっさんだ。
日本にいたのならいまごろ実家の道場を継いで、師範としてやっていたかな?
毎年、この時期になると思い出す。
そう、転生したあの時を。
此処とは時間軸がズレていて、俺があっちで死んだのは、秋が終わろうとしてるころだったか?
助けた子供、元気にしているかな?
向こうは相も変わらず平和なのだろうか。
広すぎる自室の窓際に置いたソファーの上で、愛刀の日本刀『水鏡』を手の平で弄びながら窓の外の風景を眺める。
此処、ハルケギニアでは『刀』というものがない。そこで俺は錬金で日本刀の形状を作り、細かい注意点を書き、トリステインでも指折りの匠にお願いし、約1年の歳月をかけて完成させた。
形状も重さも申し分なく、俺の世界に存在していたものと寸分変わりない。
それに加え、前の世界では存在しない貴重な鉱石や、ファンタジーならではの魔法で『固定化』をかけ、強度、切れ味共に日本で振っていた物よりも性能は上だ。正に良業物。
そして杖。俺も貴族、メイジであるからして魔法の行使もする。というかそれが本業だ。
これは脇差し『黒羽』を杖にしている。漆黒の刀で、切れ味も保証済み。魔力を混めて鍛えて貰った為、杖としての契約も滞りなく行えた。
要するに二刀流で魔法を使うってことだ。
最初、流石に剣を振るうことに父上は反対だった。
これはまぁ、貴族のメイジとしての威厳とかそうゆことなんだけど、そこは説き伏せた。必死に剣術の必要性を説きに説いて、了承してもらったが、それ以上に魔法の修練を約束させられた。
実はその前から隠れて剣術の鍛練と基礎体力のトレーニングをしていたのだが
それが11歳のときだ。
本当のことを言うと、今現在、俺の魔法のランクはスクウェア。しかも規格外らしい。
何故なら、俺は四系統すべてを四つ足せるから。
確かにアニメや原作でもそんなメイジは存在しなかったと記憶している。
実はこれには理由があるのだが、俺だけしか知らない。
かい摘まんで説明すると、取り敢えず余りの娯楽の無さに勉強することしか無かったから。
文字を覚えるところまでは良かったのだが、覚えてしまってからはひたすら本を読み漁っていた。
だってやることないんだもん…。
それに体は子供でも精神は大人なわけだから、多少難しい書物もすんなりと頭に入って来たし、なによりも異世界の文化に触れるのが楽しかった。
家庭教師もいたから解らないところは聞けば良かったし、多分、元のレイン・カーン・ファ・ラ・キュベレーとなる人格も一緒に成長してると仮定するなら、ハルケギニアの知識をなんのバリケードもなく吸収できたことが大きいと思うし、両親が超エリートだ。その息子がエリートじゃないわけがない。
そして俺の世界でも常識、科学的に解明されている法則を知っていれば、イメージを具現化する魔法に置いて、過程と結果の順を追って行けば成り立つ事柄が事細かにわかる。
そこに精神力を集中させ、魔力へと変換する。
これは元となったレイン・カーン・ファ・ラ・キュベレーの元々のセンスと、黒羽仁の知識と精神力で成り立ったものだと思ってる。
そして今度はそれを如何に早く、正確に詠唱を完了させるか…によるのだが、ここで来ましたチート性能。
これは本当に理解不能なのだが、俺は体内に流れる精神力が見える。
これに気が付いたのは6歳のとき。家庭教師と系統魔法の鍛練を行っているとき、突然吹いた風が俺の右目にゴミを入れた。それでも必死に左目だけを開けて、教師の実技に目を光らせたとき、それは起こった。
体内を流れる精神力が血液の様に体中を循環し、徐々に色を赤く変えていく。それが精神力から変換された魔力の色なのだろう。
何故それが理解できたか、簡単だ。それが杖を媒介にしてイメージが具現化されたからだ。
そしてそれが系統ごとに色分けされていた。
火なら赤く、水なら水色、土なら茶、風なら緑だ。
そして精神力はほぼ透明。色としての識別は難しいが、確かに流れているのを確認することができる。
尚且つ解りやすいことに、系統によって体に最初に流れる精神力の位置が異なる。
火は心臓の辺りから全身に組まなく巡り色を変え、杖に魔力を集める。
水は手、足、頭の頂点から心臓に向かって流れる、そこで色を変え、杖に向かう。
土は足元から上がり、体中を巡って色を変え杖に。
風はまるで体中を覆うかのように渦を巻きながら色を変え、杖に。
最初はそれを制御することが出来ず、赤と緑の二色が限界だったが、まぁそこは剣術をやっていた精神修業の賜物なのか、一年半程で精神力の流れを意識的に起こすことができ、自然と色も着いてきた。
そしてほとほとチートだと思うが、元々ある俺の精神力がトライアングルクラスなのだが、このとき詠唱のルーンを唱えることにひどく違和感を覚えた。
どこか精神力の流れがぎこちないのだ。
そう、詠唱とは所謂鍵。その鍵で精霊界の門を開け、力を貸してもらう。それが結構無理矢理なのだ。エルフの様にその土地の精霊と契約していない系統魔法はピッキングで門を開けている様なもの。
しかし俺もただの人間だから精霊と契約なんて出来ない。
それは精神力と魔力の流れがこの問題を解決してくれた。
実に簡単なことだ。精神力を流し、違和感を覚えた箇所の流れを少し変えてやればいい。先住魔法のようにはいかなかったが、流れをスムーズにさせるように働き掛けることで確かに在ったシコリを最小限に抑え、無駄な精神力を使わずに済む。
早い話が手作業のピッキングをハイテク機器で行うようなものだ。
そしてトライアングルクラスの精神力の底上げを行うために、先程のハイテクピッキングは行わず、手作業でバンバン魔法を使っていく。
あまりやり過ぎて昏倒しそうになったこともあり、母上に物凄く叱られたことがある。
だから昏倒しそうなギリギリで止めているが。それでも心配なのか時折覗いていたりしていた。
まぁそんな恩恵もあってか、短縮詠唱と一部は詠唱破棄出来るようにはなったが、言葉は『生き物』だと染々思ったのもこのときだ。
詠唱は精神力を練って魔力に変えると言うこと。
それは俺にも適用されるわけで、精神力の流れをコントロールし、無詠唱で練り上げ魔力に変換していく。更にそこに詠唱を付け加えていけばどうなるか?
答えは簡単だ。更に練り上げられていく。まるで水飴だ。練れば練るほどその威力は増す。しかしそれには適切な『言葉』と『イメージ』が絶対不可欠になっていく。
そこで考えたのが日本語での詠唱だ。正直、ハルケギニア語の詠唱はイメージしにくい。
過程と結果が大切だ。
そこで俺は某炎の使いの言葉をパクることにした。
「炎の嵐よ、全てを飲み込め!」
ファイアーストーム!!
緑豊かな広大な庭を取り返しの着かない、荒野に変えた。
覗き見ていた父上はあまりの息子の成長に感激し、もっと見せてくれとせがむ。
調子に乗った俺は次の詠唱に入るが、父上共々空気の塊に吹き飛ばされた。
そこには鬼がいた。
凍り付いた笑顔を張り付けた母上が、鉄製の杖をしならせていた。
俺が見たのは荒れ果てた庭や、怒りの母上ではなかった。
そう、地獄だ…。
少し話がそれたが、つまり殆どこのチート能力のお陰で特に苦労もなくスクウェアになってしまった。
両親兄弟、家庭教師共々喜んでくれたが、俺はあまり素直に喜べなかった。
だから尚更剣術に力を入れた。前の世界での鍛練よりも遥かに過酷なことをした。
精神的にも肉体的にも、だ。
そして、それだけには飽き足らず俺はマジックアイテムの作成にも手を付けていた。
ラ・キュベレーは流通業、貿易関連でのし上がったようだ。
だからこそ愛刀『水鏡』や脇差し『黒羽』の様に貴重な鉱石や素材を手に入れ、それを活用した。
要するに俺は娯楽がないのを良いことに、様々な物に手を出していた。
そして面白くも、自分の能力に恐怖した。
何もフィルターが掛からない状態でバンバン知識が入ってくるのだ。恐くない筈はない。
自分の異常性に吐き気を覚えたこともある。それでもひたすらに知識を溜め込み、己の体を行使した。
いつの日かそれは慣れに変わり、ただただ来るべき日の為に筆を走らせ、汗を流し、血に汚れていった。
寝て起きたら“ただの明日”という“未来”がそこにある。
しかし、未来を知っている俺には“ただの明日”ではなく、来るべき日へのカウントダウン。
その日の為に俺は1年程前から傭兵家業を行っていた。
ラ・キュベレーの領土にも小さいながらも街があり、緑溢れる村がある。そのどこも活気に溢れている。
そういう場所には厄介事は付き物だ。そして、ギルドが設けられる。
ラ・キュベレーの領地は侯爵家ということもあり広大だ。そのため盗賊や山賊、稀だがオーク鬼やトロル鬼、吸血鬼などの討伐依頼がキュベレー家に申請されてくる。
しかしそれ等をいちいち王国に申請し、衛士隊の派遣を待っていては被害が増えるばかりである。その為ギルドを設け、領地で雇っている傭兵や流れの傭兵に斡旋し、処理を早めている。
そして俺はそのギルドに自ら足を踏み入れた。
それは慣れる為。
まだ見ぬ教師は言った。「殺すことに慣れるな」と。「慣れたとき、なにかが壊れる」と。
俺は一人、窓際で呟く。暖かな陽気に反比例した冷たい眼差しで。
「綺麗事や理想論だけじゃ、守れるモノも護れない」
綺麗なままじゃ誰も救えない。だったら俺が手を汚そう。血まみれの道を背負って行こう。
先を知る俺が彼等を守ろう。
例え偽善者と言われようとも、卑怯者と言われても。
解っている。これは只単に逃げているだけだということ、自分の見たくない現実から背を向け、俺が単に気持ち良くなる為の自己満足だとも。
だけど決めたんだ。
それが未来を知る俺の義務だと。
例え世界に変革が訪れても、それでも俺は救ってみせる。
深い思考の底に沈んだ脳を、数回のノックが現実に引き戻す。
「はい」
短い応答を確認し、扉が開かれると、メイドが深く礼をし、顔を上げる。
「レイン様、御昼食の用意ができました。食堂へお出でくださいませ。」
「わかりました、すぐに行きます。」
メイドは「失礼します」と言うともう一度頭を下げ、静かに扉を閉める。
僅かな閉まる音を聞き、ソファーから立ち上がると、五芒星が背に描いてあるコートに袖を通し、水鏡と黒羽を帯刀する。
大きく溜め息を吐いて、俺は自室を後にした。
静かに大食堂の扉を開け、「お待たせしました」と笑顔を向ける。その先には父上と母上が笑顔で迎え入れる姿があった。
先程袖を通したばかりのコートを脱ぐと、傍に控えていたメイドが丁寧にそれを受け取る。「ありがと」と短く礼をすると、メイドは一礼して扉の前に控えた。
椅子を引かれ、着席すると、それに合わせるように料理が目の前に置かれていく。
口では始祖に形だけの祈りを捧げ、心中では慣れ親しんだ「いただきます」の言葉でナイフとフォークを手に取る。
鶏肉のソテーを一切り、一口大にし、頬張る。
静かに鳴る最低限の食器の擦れる音だけが食堂に広がる。
そんな中で一度中断された俺の思考はまた巡りだす。
―何故そこまで固執してしまうのか。
その答えは実に簡単だ。
何度か遊び相手を務めている内に少女は「レイ兄様」と俺を呼ぶようになった。
初めて呼ばれたときはそれは驚いたものだ。
俺の記憶の中では彼女が幼少の砌、付き合いが在ったのはトリステインの花と呼ばれるアンリエッタ姫と、ワルドのみ。他にも色々と顔合わせはしていると思うが、ここまで親密な呼び方をしている相手はアニメや原作では居なかった筈だ。
そして、そう少女に呼ばれたときに見た、顔を赤らめ、はにかんだその顔とクリクリとした大きな瞳が俺の中に何かを起こした。肉体的には歳は一つしか離れていないが、何度も言ったように中身は成人した一人の男だ。
ここまで慕ってくれている少女の未来は、血に汚れ、人間の醜悪さに触れ、それでも懸命に真っ直ぐに戦い抜いていく姿。
そして彼女を命をかけて守り抜く望郷の少年。
自分に何が出来るだろうか?
そのように想い出したのはいつの日からだろうか。
彼女に兄様と呼ばれたその日に強く感じた罪悪感と焦燥感。
刻一刻と迫るカウントダウンは一つの想いを固め、意志にしていく。それをいつか義務と感じ、自己満足だと結論付けた。
幼い顔は開き直る様に口の端を歪め、牙を研ぎ、未来を否定し、可能性を見出だした。研ぐ牙の量を増やし、質を上げ、己すらも矛に、盾に変えようとする。
時間はまだ足りない。
そこで一つの思惑。
「レインよ、どうだ?勉学の方は?」
不意に掛けられた問いに、レインは焦った風もなく口元を拭うと笑みを見せながら答える。
「順調です、父上。毎日新しいことの発見に胸躍ります。」
「そうかそうか。それは素晴らしいことだ。」
普通の親子の会話。普段仕事で忙しい父とは食事で顔を合わせる位しかない。
家に居ないことも親子揃って暫しある。
父親は仕事の流通業で現場に出向くこともあるし、取引先となる先方へ品定めに行くこともある。侯爵という地位の為、王都に出向く事も多々ある。
レインに関しては傭兵業だ。長いときには1ヶ月程留守にすることもある。机上の中だけでは来るべき日に備える事も出来ない。
実践経験も積み重ねつつ、彼の計画はちゃくちゃくと整えられつつあった。
男であり、似通った思考の二人の会話を聞いていた婦人が口を開く。
「レイン。確かに勉学に励むのも、実践を積む為にその身を戦いの場に投じるのも大切なことです。」
黙して聞くレインに母は視線を下に下ろし、「しかし」と繋げた。
「少し無理をし過ぎじゃないかしら?貴方はこの人と同じで集中しだすとそれこそ、倒れるまで止めようとしない所があります。まだ時間はあるのですから…」
「母上に心配をおかけしていることは十分に承知しています。」
「それならば…」
「確かに僕の時間はまだまだ有ります。それでも時間は待ってはくれないのです。」
母の言葉を遮るその言葉に乗せられた表情はどこか申し訳なくも、確固たる決意を思わせる。「全く」と溜め息を吐く母の肩に手を置くと、父は豪快に笑った。
「エレナ、諦めろ。レインも私の血を継いでいるのだ。」
心底嬉しそうな父にまた溜め息を吐き眉間を抑える母にレインは微笑んだ。
「しかしだ、レイン。」
先程とは打って変わり、真剣な眼差しでレインを見る。その瞳には厳しさと優しさが綺麗にブレンドされている。
レインはその瞳が好きだった。だから真摯に、真っ直ぐ受け止める。
「お前が成そうとしていることを私は知らぬ。それに聞かない。しかし、無茶はするな。無茶をしてお前が倒れればそれこそ本末転倒というものではないか?」
レインはしっかりと頷く。
「それに親に迷惑をかけるなとは言わぬ。心配かけるなとも言わぬ。だが…」
そこで区切ると父は表情を緩ませる。
「親は心配し、過剰に子を知りたくなるものだ。察しておくれ。」
「はい」
その返事を聞くと満足そうに椅子の背にもたれ掛かる。
レインが何故それほどまでに力を求めて、知恵を蓄えているのか。始め侯爵は子供ながらの好奇心と、ただ単に勉学が好きだからだと思っていた。
違うと感じたのは何時からか。
恐らく公爵家の三女との出会いからではないだろうか?
昔から幼子のように駄々をこねるわけでもなく、物をねだったり、親を不安がらせるような行動を全くと言って良いほど起こさなかった。
それどころか人知れず鍛練に取り組み、初めてレイン自信が望んだことは剣術の教えを請うこと。と言ってもそれは組み手の相手であり、見たことも無いような華麗な舞でその剣を振るっていた。
しかし何を渇望しているかは解らない。
そして時が経つのを怯えているようにも、決意するようにも見て取れた。
しかし、父は見守ることを心に決める。
いつか話してくれる。その想いを握りしめて。
「そうだ、レインよ!聞いたか?兄であるベルはトライアングルのメイジなったそうだ!」
「はい!聞き及んでおります。兄上ならスクウェアになる日もきっと遠くない将来だと思っています。」
「うむ。何もメイジのランクが全てではないが、自分に自信が持てるということはそれが後の宝になる。」
―自信をもつこと。彼女はいまごろ奥歯を噛み締めているだろう。泣かない強さを不器用に歪ませて、必死に足を着き、杖を振るっているだろう。
彼女と会わなくなって1年と半月以上が過ぎた。
もし会っていたとして、彼女は素直に迎えてくれただろうか?スクウェアのメイジになった俺を、自分と照らし合わせず、血が滲むほど唇を噛み締めなかっただろうか。
「レインも来年には学院の一員となり、更に勉学に励むことになるだろう。お前も兄のように精進しなさい。」
そういう父に待ったをかける
「実はそのことで相談がございます。」
レインは真っ直ぐ父を母を見詰める。
―そして、一年が過ぎた。
ラ・ヴァリエール公爵家
青空の下、小鳥の囀る中庭に一人の少女が立っている。
透き通る様な少しウェーブのかかったピンクブロンドが風に揺れる。口元に掛かった髪を優しく払い除ける。太陽に照らされた肌は白くきめ細やかで、気の強そうな大きな瞳は、無作為に転がった小石を見詰めていた。
小さく息を吐き、右手に持った杖で小石を指す。
一呼吸置き、少女は唱えた。
「レビテーション!」
―爆発
地面は多少焼け焦げ、小石も黒く煤けてはいるが爆発の規模に比べれば変化が少ない。
それよりもコモン・マジックである『レビテーション』が爆発したことの方が余程の問題であろう。
「ケホケホ」と可愛く咳込みながら黒く煤けた小石を凝視する。
肩を竦め溜め息を吐くと、力無く右手を垂らした。
此処には五月蝿く騒ぎ立てる様な無粋な輩はいない。その為顔を赤く染めて怒鳴ることはないが、代わりに耳に入るのは使用人達の陰口と、困った表情をする両親と、手に負えないとあからさまな態度をとる家庭教師達。
最初の内は良かった。「初めてだから」と「両親や姉二人は優秀なのだから」と、きっと自分にも近い内に魔法が使えるものだと思っていた。
しかしそれが叶うことはなく、何年経っても、どんなに練習しようとも、どんなに書物を読みあさろうとも、その先にあるのは爆発、爆発、爆発。
次第に少女に手を差し延べるものは一人、また一人と消えていった。
仕舞いには平民である使用人に同情すらされ、最近では「ヴァリエールの落ちこぼれ」の烙印を陰で押されている。
両親の困ったような顔も、小さな少女の胸を締め付けた。
それでも少女は諦めない。
小さな体に大きなプライド、公爵家令嬢の意地と貴族たる誇り。
その全てが少女を支え、強くも脆い心を作り上げていく。
少女は空を見上げて思い出す。ニ年と六ヶ月とちょっと前に会った少年の事を。
彼は今年、学院に入学せずにいた。恐らく実力を付けてそのまま軍に所属するのであろう。せめてその前に一目会いたかった、と少女は願う。軍に入ってしまえば厳しい訓練や仕事が時間の大半を占める。
だが少女は会うことが出来ずにいた。
―住む世界が違い過ぎる。きっと彼は私のことなど覚えてはいないだろう。覚えていたとしてもきっとそれは『公爵家の三女』もしかしたら『魔法の使えない公爵家の三女』になっているかもしれない。
それを知っているからこその彼の想いを少女は勿論知らない。
両親の話しによると、彼はスクウェアのメイジになったらしい。それも大分前に。
更には秀でた剣術やマジックアイテムの運用能力や開発、傭兵としてギルドや王都からの数々の依頼を遂行し、成功させてきたとして、実力もさることながら、指揮官としての能力も持ち合わせているとして称賛されていた。
だからこそ軍からのスカウトがあるに決まっている。
国の魔法衛士隊は貴族の憧れ。
竜騎士隊、グリフォン隊、マンティコア隊。
一度は夢を思い浮かべ、青空に想いを馳せる、エリート中のエリート。彼はその中にいる。
そしてその上に立てる存在だ。
そんな彼の二つ名は“七帝”
火・水・風・土の四系統をほぼ完璧に操り、剣術も一流、マジックアイテムの的確な運用と開発、そして最後は定かではないが、キレる頭脳とも、素晴らしい人格とも言われている。
―いっそのこと八帝にでもすればいいじゃない
尖らせた唇に膨らむ頬。
そっと見上げた青空は眩しく、思わず目を細める。
「レイ兄様…」
呟く言葉は懐かしさよりも寂しさが増し、そよ風に流され青空へと溶け込んだ。
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