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召喚 3
ルゥと飛び立って数時間。

祖龍が以外にも飛行速度が速いことに驚きつつ、眼下に見える屋敷へとゆっくりと降下していく。

バサッ…バサッ…と、断続的に続く羽音が響き、その屋敷の使用人であるメイド数人が驚きと恐怖にただただ上を見上げる、目を見開いて固まっていた。

やがて大した衝撃も起こさそのドラゴンが着地したかと思うと、その巨体を屈める。


「あっ、お騒がせします」

「レ、レイン様!?」


白く輝くドラゴンに跨がった青年を認めると、金縛りが解けたように一人のメイドは声を上げる。


「おー、久し振りアリシア。リーブラいる?」


余りにも貴族から外れた軽い言葉。しかし、この屋敷の人間は馴れており、特に気にする素振りもない。


「…レイン様。もう少しですね、貴族としての自覚をですね…」


逆に咎められる始末である。
当のレインは「ナハハ」と後頭部を掻いて誤魔化し、アリシアに溜め息をつかせる始末だ。
元貴族であるアリシアが、このレインの砕けた態度を最初に見たときは驚いたものであった。しかし、それが多くの人々に好感を呼び、慕われている理由でもある。
勿論、レインを慕う者達は彼を尊敬しているし、敬意を払っている。まるでそれが当然であるかのようにだ。
恐らくこれが王政、貴族社会において最も最善であるはずなのだが、悲しいことに、此処ハルケギニアではそういった貴族は少なく、寧ろ同じ貴族達からは異端の目で見られ、邪魔者扱いされるのがオチだ。
現にレインの父親であるラ・キュベレー侯爵も上の階級の貴族、特に王城勤めの貴族達の評判は良くない。

しかしながらトリステインの流通の殆どを取り仕切っており、尚且つ領土内の政策も好調。領民の支持も高い。
メイジの実力としても一流であり、かのヴァリエール公爵とも交流がある。

更に言ってしまえば長男は魔法衛士隊所属の将来有望株。
次男は言わずもがな、かの“七帝”。

余りにも隙が無さ過ぎる為、国政に携わる極少数ではあるが、独立国としトリステインの属国にすべきという声も上がっているくらいだ。


はっきり言って現実味が無く、夢物語に過ぎないが、将来性を考えればあながち間違った意見だとは言えない。

ラ・キュベレーを属国とすれば次男であるレインが王位を継ぐ可能性は大いにある。
もし王にならなくても、大公としての椅子は決まったようなもの。
恐らくは自然と国民が集まることは目に見えている。

だが同時に、ただでさえ国力の弱いトリステインが更に弱体化するという可能性も大いにある、と言うよりもそれは避けられないだろう。


それを分かっているマザリーニは勿論それを認めることは出来ないし、ラ・キュベレー侯爵を認めている人間だ。
鳥の骨などと言われている彼ではあるが、何かと国の為に一番働いているのは彼なのかもしれない。


さて、話しは逸れたが親子揃って平民達から支持が高いのは納得であろう。何故ならそれはその殆どがレインが提案した領政策であるからだ。

それは此処、ド・アンハブレ領も同じで、その政策を真似ている。いまだ若い領主でありながら、活気のある領として人気が高いのもその為だ。

その事情をこの屋敷に勤めているその殆どの者は知っている。だからこそレインを尊敬しているのだが、当の本人からしてみれば「ただパクってるだけ」と、それだけで済ませてしまうのである。

そんな人の生活を180度変えてしまうような大層なことをやってのけながらも、随分と貴族としての威厳に欠けているレインに、アリシアは苦笑いをしながら「いま、使いの者が呼びに行ってます」と、口を開きかけたそのそのときであった。


二階の窓が勢いよく開き、そこから何かが飛び出して来たのは。




……………………………………………………………………………………………………………………………………。


「…ん?」


リーブラは走るように動かしていた羽ペンをピタリと止めて顔を上げる。

良く分からない大きな気配。

それに混じった知っている気配。

リーブラは眉を潜めて立ち上がると、そのまま廊下へと続く扉へと近付く。


―レ、レイン様!!


その一言でリーブラは書斎を飛び出す。

壊れるかと思うほどの轟音を鳴らして、開ききった扉は勢いそのままに跳ね返って閉じる。

そのまま窓まで一直線に突っ走る。

どこかで見た光景である。

光の差し込む窓を開け放ち、飛び出す。


「なっ!?」


レインが訪れればいつもの見慣れた光景。

いつもの見慣れた屋敷の景観。

その筈であった。


だが、リーブラは驚きに声を上げる。

眼前には白い何か。

その何かが顔であると認識するまでコンマ数秒。

それがドラゴンの顔であると認識したのに更にコンマ数秒。

合わせても一秒とかからない内に脳に警笛がなる。

その感覚を信じてリーブラは右腕を引き絞る。

その白いドラゴンへと渾身の右ストレートを叩き込もうという瞬間、体が妙な浮遊感を覚えた。


「む?…レイか」

「お前は人の使い魔に何をしようとした…」


咄嗟に黒羽を抜き、リーブラにレビテーションをかけたレイン。
なんの前触れもなく人の使い魔を殴り飛ばそうとするその有無を言わせぬ勢いに肩を竦める。


「いや、いきなりの事だったので流石に焦ってな」

「窓からダイブするのはいきなりじゃ…いや、いい」

「なんだ、気になるじゃないか」

「大したことじゃないさ。それよりも手紙、読んだよ」


レインは溜め息と共に言葉を吐く。
何故、この屋敷に訪れる度に自分は疲れるのだろうか。いくら問い掛けたところで答えは返ってこない。


「そうか……。立ち話もなんだ、中に入ろう」


そう言ってレインを促し、踵を返す。


「最初から裏口から出てこいよ……。ちょっと行ってくるな」


リーブラの行動に溜め息しつつ、ルゥに一時の別れを告げ、レインもリーブラの後に続いた。




「さて、話し…と言うほどのモノでもないが、内容は私が送ったそのままの通りだ」

「成る程ね。正直ここまで早いのは予想外だったわ」


リーブラの寝室にて、窓際のソファーに隣り合って座る二人。日も傾き始めた頃だ。

屋敷の厨房では夕食の準備が進められているのであろう。なんとも腹に悪い良い香りが漂ってくる。

そう言えば昼から何も食べてないなと思いつつ、思考は先に送られてきた手紙の内容をなぞっていた。


「確かにな。だが……それよりも先手を打っていたお前が言ってもなんの説得力もないな」


くつくつと愉快そうに言うリーブラにレインは実に冷静に返す。


「まぁ、知ってたからな。ガリア内でもそうは多くない施設だし、何よりも目立つし」


「まあそれもそうか。だが、彼女は随分と相手方に不信感を持っていたそうだ」


尚も愉快そうに口を持ち上げるリーブラに、何がそんなに楽しいのかと肩を竦める。「こっちとしては死活問題なのだが」と、内心ごちる。


「顔の造形は五分五分といったところだが、初対面で誘惑ともとれる甘い言葉を囁くとはな。くっくっくっ、レイ。誠実に向き合っていた賜物じゃないか?」


これで合点がいったとレインは溜め息を漏らす。
どちらかと言えば自分はそう言った歯の浮くような言葉を口に出すのが苦手なだけで、特に狙って会話をしているわけではない。多少の計算はあるが、此処の貴族の様に気障っぽい言葉の使い所を知らないのだ。


「別に狙ってたわけじゃないけどな。まっ、それで上手く事が運ぶならそれで構わないさ」


そう言って手をヒラヒラさせる。
基本、この世界の色男と言うものは甘い言葉を囁いて相手を落とす確率が高い。女性も満更ではなく、実際に『姫』というものが存在している世界、世のどの女性もがそうなりたいと一度は思うものだ。
それを甘いマスクと言葉でその頬を触れられでもすれば、靡くものは決して少なくない。

そういった男性が多い中、ある意味レインの日本人としての感性は非常に珍しく、時折零れ出る言葉にコロッといってしまう者は多い。

良い例がキュルケである。


「やはり色男の言う言葉は違うな」

「アホ」


そう言ってレインは立ち上がる。


「行くのか?」

「ああ。なるべく早い方が都合がいい」


リーブラは「そうか」と、締め括ると同じく立ち上がり、揃って歩きはじめる。


「戦艦だが、殆どの肯定を終了した。いまは地下の坑道を抜けて山岳部に隠してある。後は必要な物を積み込んでいくだけだな」

「そっか。実はちょっと面白い物が手に入ってな。見てもらい。そっちの技術者に量産を念頭にいれて解析して欲しいんだわ」

「面白い物?」


擦れ違う使用人達が頭を下げて道を譲るなか、レインとリーブラの会話は続いていく。

レインの言った面白い物、それはデルフ=ダオラだ。

この世界、魔法の使えない者が使う飛び道具と言えば、性能の悪い単発式のマスケット銃か、弓だ。

その中で多少大型だが、弾を装填出来るリボルバー式の飛び道具は画期的と言えた。


「そっ、面白い物。出来れば大型にして戦艦に積み込んで欲しい」

「?まあ、実物を見てみなければなんとも言えないが…」


外へと出てルゥの元へと向かう。
レインはフライで浮かび上がるとルゥの首で何やらゴソゴソとしていた。

それが済んでまたフライで降りてくると、布に包まれたそれをリーブラに手渡す。


「!?…これは…」


重圧な白銀のそれにリーブラは目を見開く。


「どうだ?」

「これは…すごいな。一度バラしてみないことには何とも言えないが、外身だけでもこれ程の物を造るのにいったい何年の月日と金が飛んでいくか…」


様々な角度からデルフ=ダオラを視界にいれてリーブラは感嘆の声を漏らす。
その反応にレインは満足したのかうんうんと、頷いた。


「まるで一つの美術品のようだ…。身震いするほどに美しいな………これはお前の世界の物か?」

「いや…まぁ、説明すると長くなるな。簡単に言えば俺の世界の架空の武器だ。武器としての価値なら、俺の世界ならば骨董品だろうな」

「…お前の世界は恐ろしいな。まあいい。これは回しておく」

「ああ。頼んだ」


言って再度ルゥに跨がる。


「そう言えばあの二人は?」

「ん?セシルとチェルシーか?」

「ああ」

「元気にしているさ。寧ろ張り切りすぎて逆にこっちがヒヤヒヤしているくらいだがな」


リーブラは苦笑い混じりに肩を竦める。


「お前の妹も元気にしているのか?」

「元気過ぎて困る」

「そうかそうか。それは結構なことじゃないか」


深い溜め息をついたレインに、リーブラは笑顔で応えた。
もう少しこのまま時間を共有したいところだが、時計の針が止まることはない。レインは「さて」と、呟いてリーブラを見下ろす。


「んじゃ、頼むな」

「わかっている。お前は…もう少し連絡というものを寄越せ」


片腕を腰に当てて軽く睨む様に言う。
レインは「はいはい」と、苦笑いを浮かべて応えた後、ルゥの首筋を軽く叩いた。



白い皮膜翼が大きく展開され、風を切っていく。

瞬く間に上昇した白き龍は、やがて青空を泳ぐようにその姿を小さくしていった。


リーブラはそれを見送り踵を返す。


軽々と片手でデルフ=ダオラを担いで。
………………………………………………………………………………………………………………………………。


現代社会で生きてきた才人には、初めてのハルケギニアの夜は余りにも暗かった。

コンクリートジャングルを彩る鮮やかなネオンは疎か、夜道を照らす20ワットの街灯すらなく、建ち並ぶ住宅街の灯もない隔離された世界。

あるのはぶら下がったランプと双月の月明かりのみ。


心細さ、というのもあるのかもしれない。


「うわっ!」


才人は道端にある何てこともない石ころに躓いた。


「ちょっとサイト。アンタ何回躓けば気が済むのよ…」


呆れに肩を竦ませて、数歩先を歩くルイズは溜め息を漏らす。


そう、心情的よりもなにより、正に物理的にハルケギニアの夜は才人には暗かった。


「しかたねーだろ。まさかこんなに暗いと思わなかったんだよ」

「?何言ってるのよ。今日は明るい方よ、ほら」


そう言ったルイズは双月を指差す。
夜空に浮かぶ妖しくも美しい双月は、あと二日もすれば満月であろうくらいまでの削れ具合だ。


「……やっぱ異世界だよな」


立ち止まって雲ひとつない漆黒の空を才人は見上げる。

赤と青。

地球には有るはずの無いもうひとつの月。

随分と遠くに来てしまったと、才人は思う。この空を眺めていても、自分の知る人間はこの空を知らない。
同じ様に月と呼称される、この天体は全く別の物なのだと。

家族はどうしているだろうか?心配しているだろうか。やはり捜索願いが出されるのだろうか。

才人はまるで人事の様にグルグルと頭の中に渦を巻く。


「どうしたの?二人して空なんか眺めて」


不意に背後からかけられた声に才人は思考の渦から浮上する。前を歩いていたルイズを視界の端に捉えてみれば、どうやら同じ様に双月を眺めていたようで、「なんでもないわ」と、素っ気なく応える。


「?そう。それより早く行きましょ。二人はもう来てると思うし」


赤みがかったブロンドを靡かせ、マナリアは才人を通り越しながら言う。


「なぁ、こんな夜に何するんだ?」

「ルイズに聞いてないの?」

「ああ。着いて来いとしか言われてないな」


なんのこっちゃと、才人は後頭部に腕を回して首を傾げる。


「そんな大したことじゃないけどね。ルイズも言ってあげればいいじゃない」

「そう言えばそうね」


顎に人差し指を当てるルイズは、特に気にしていなかった様だ。夜の訓練は既に日常と化しているし、使い魔は主人と一緒にいるものだと思っていたルイズは、なんの疑問も持っていなかった。

そんな呆気らかんとと言って除けるルイズにマナリアは苦笑いを零す。


「まっ、サイトも着いて来れば分かるわよ」


若干自慢げな顔をして、ルイズは二人に背を向けマントをはためかせて歩きだした。

才人は益々持ってわからないと首を傾け、頭頂部にクエスチョンマークが浮かぶ。
マナリアも苦笑いのまま才人に向き直って、「行きましょ」と促すと、二人して歩き始めた。



…………………………………………………………………………………………………………………………………………。




才人は茫然とその光景を眺めていた。


地面は抉れ、火炎は飛び交い、大鎌は風を切り、何も無い空間が爆ぜる。


見たことも無い美少女達の舞踏。


双月のスポットライトを浴びた美しくも鋭い舞に、才人はあんぐりと口を開ける。


―ヤバイ…マジでヤバイ。


才人の偽らざる素直な胸中である。



やがて少女達は今日のノルマは達したのか、それぞれが持参したタオルで汗の処理を行っていた。
当然、主人であるルイズのタオルを持ってきていた才人であったが、石の様に固まった彼を気にすることもなく、一向に動く気配すら見せないその手に持ったタオルをルイズは無言で取り去った。


「アンタ、いい加減そのアホ面なんとかしなさいよ…」


流石にこのままでは何にもならないと踏んだルイズは才人に溜め息混じりに言葉を投げかける。


「いきなりだったし、驚いちゃったんじゃない?」


マナリアは苦笑い混じりにフォローを入れる。


「あ、ああ。なんて言うか、想像と全然違ったっていうか…」

「あら、どう違ったのかしら?」


キュルケは髪を掻き上げて横目で才人を見る。その表情はどこか自慢げでもあり、誇らしくもあった。


「いや、なんて言うか…昼間のときの他の生徒達とは雰囲気が違うっていうか。もっと、優雅で雅な生活をだな…」

「まっ、なんとなく言いたいことはわかるわ」


しどろもどろになりながらも、才人の言わんとすることが理解出来たキュルケ。
それは他の面々も同じ様で、自分達がちょっと他とズレていることも自覚していた。

タバサとマナリアにはそれ相応の理由があるのだが、かと言って同年代の貴族、メイジとは掛け離れた場所にいる。

それは純粋に力を渇望する故だ。

それはルイズにも言える。ただ純粋に魔法が使える様になりたい。その一心でこの一年やってきた。

キュルケに到っても、レインを目的にするところはあるが、それは最初の頃だけで、ただいまは純粋にメイジとしての格、自身の向上の為でもある。


「私達は貴族なのよ?領地の平民は勿論のこと、この国に住まう人々を、延いては王を、姫を忠義の元に守らくちゃいけない義務があるのよ。力のある私達がそれを放棄して、のほほんと暮らすのは間違ってるわ」


ふんっと、鼻を鳴らしてルイズは腰に手を当てて言う。ささやかな胸を張る仕種はどこか愛らしくも、立派であった。


「あらあら。ルイズも言うようになったじゃないの。これもダーリンの教育の賜物かしら?」

「ふんっ!」


頬をピンクに染めて、ルイズはそっぽを向く。

素直じゃないと、キュルケ微笑んでその姿を見て才人に向き直る。


「こんなご主人様だけど、よろしく頼むわよサイト」

「なんでアンタにそんなこと言われなくちゃならいのよ!」

「あら、ダーリンがいないんだから私があなたを見張ってなくちゃ。彼にどんな無茶を言うのか分かったもんじゃないわ。例えば……夜枷とか?」


キュルケは才人に向けて顎をしゃくって見せたあと、両手で自分の胸を寄せて見せる。


「そっ!そそそそそんなことしないわよ!!」

「あら?それは分からないわよ。ルイズにその気がなくてもねぇ〜」


流し目の先には才人が写る。あからさまに動揺しているのが分かり、キュルケはクスリと笑みを零す。

唐突にそんなことを言われた才人は堪ったものではない。そんなこと考えも……まあ、美少女と同室なのだ。少しは期待したかもしれないが、まさかそんなことをしようなど微塵も考えていない。

あわあわを額に汗を滲ませながら言葉を探していると、射抜くようなルイズの視線と、まるでゴミ屑でも見るかのようなマナリアの視線とぶつかった。


「し、しねぇーよ!そんなことするわけないだろッ!!」


叫ぶ才人にキュルケは「あら残念」と、大してそうは思っていない口調で返す。


「サイト、もしそんなことしたら…わかってるわね?」

「ルイズ。そのときは私も手伝うわ。勿論、兄様にも手伝ってもらうから安心して」

「だからしねーって!!」


極道などよりもよっぽと恐ろしいと、才人はルイズとマナリアにこれでもかと言うくらいに才人は否定する。



が、



勘違いを起こした才人がルイズのベットに潜り込み、爆発魔法によってブラザーアフロになるのは数日先の、そう遠くない未来の話になる。





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