EpilogueはPrologue
―俺がこの世界に生を受けてから丸10年の月日が過ぎた。
正直、最初はパニックになったさ。
意識はハッキリしてるのに体は動かないし、上手く舌が廻らないから喋ることさえ出来ない。それに外人さんが大勢いるんだ。
どこかの国に拉致されたのかとも思った。
でも、此処がどこなのか、俺は誰なのか。それは直ぐに…知ることになった。
姿見を見てみると、紅蓮色の前髪。それ以外は濃いブラウン。瞳の色も濃いブラウン。そして何よりも洗礼された顔立ち。
俺じゃない…。
これが正直な感想。日本人だったときもそこまで悪くはないと思うけど、これに比べればうんことケーキ程の差がある。
そこに写るのは黒羽仁ではなく、
レイン・カーン・ファ・ラ・キュベレー
これがいまの俺の名前。
ハルケギニアのトリステイン貴族、ラ・キュベレー侯爵家の4つ上に兄をもつ次男という立場で生まれた。
公爵の一つ下の爵位らしいから、家柄は結構上の位置になるみたいだ。
父上は火のスクウェアメイジ、母親は風のスクウェアメイジ。
スーパーエリート家系。正直それはどうでもいい。貴族だろうが、エリートだろうが、平民であろうが地球の日本という国の一般家庭よりちょっと格式のある家で育ったが、日本国民、一般市民しとして18年間育った俺の根本は変わりはない。
それよりも驚いたのは此処がハルケギニアのトリステインという地名。
原作知識は余りなくても、日本では話題になった『ゼロの使い魔』の世界だ。アニメや二次創作で見ていた俺は良く知ってる。
このとき受け入れられない自分と、さも当たり前のように受け入れている自分がいた。
これで解った。二次創作の転生だと…。
そして、日本での『黒羽仁』としての人格と、この世界での『レイン・カーン・ファ・ラ・キュベレー』となるべきだった人格が統合されてしまったことに。
だから素直に受け入れられた部分もあっただろうし、この世界の父上、母上そして兄上を他人として見ないで済んでいた。
本当の…といっても両方とも本当の両親なのだが、勿論悲観もしたし、どうしようもなく寂しくなった。
それでも形成された18年間プラス、始まりの10年間を穏やかに過ごせてきたのもこの世界の家族と、レイン・カーン・ファ・ラ・キュベレーとして生まれて来る筈だった人格のお陰だろう。
さて、そんな夢のような世界に来てしまった俺ではあったが、10年間全く苦労しなかったわけでもない。というか、苦労しないほうが可笑しい気もするが…。
18年間、日本という国での価値観とは丸っきり違うこの異世界で、俺の常識はほぼ通用しないと言って良いだろう。
それでも俺の中で譲れないもの、疑問に思うことがあった。
一つは貴族と平民の確固たる壁。
正直、これにはヘドが出そうになる。ラ・キュベレー家はどちらかと言えば平民に対して寛容な部分はあるが、人として見ていない部分も勿論ある。他の阿保貴族の理不尽極まりない行動で苦しむ平民がいたとしても眉をひそめ、若干の不快感を表わにするが、別に止めようともしないし、さも当然と見分けられる意識が見られる。
流石に生まれて間もないときや、幼少のころは何も言えなかった。
それでも10年の年月をハルケギニアのトリステインで知識と経験を培い、更にこのときで俺の精神年齢は28歳だ。
口でそうそう負けはしないさ。
両親、とくに領主である父上には何度も進言した。
人とはどういうものか。
貴族とはどうあるべきか。
そもそも俺達は貴族、平民の前に同じ地に生きる人間ではないか…と。
流石に始めのほうは子供の戯れ事と取られていたが、阿保で威張り散らすしか能がない無能貴族の起こす問題に俺が的確、かつ正当性を持って話していくうちに父上も徐々に耳を傾け始めた。
そして、決定的出来事になったのは俺が9歳になったときのこと。
「父上!何故、民たちはこのように虐げられなければいけないのでしょうか?」
俺は平民という言葉をあまり好かな為、口には出さない。というか、元々そんな概念がない。
「どうしたのだレイン?」
書斎で仕事をしている父上に俺は面と向かって嫌悪感を表にする。勿論父上にではない。
この日、俺は従者と共にラ・キュベレーにある小さな街に来ていた。まぁちょっとした買い物だ。
そのとき、どこかの下級貴族とその取り巻きの衛兵たちの怒声ともとれる声が聞こえてきた。
大体こんな街中で無闇やたらに喚き散らすのは実力の伴わない無能貴族ばかりだ。
「貴様!この私になんたる無礼を働いてくれた!この家畜無勢が!!」
そのすぐ後に何かを蹴り飛ばす動作と短いうめき声。
咄嗟に人混みを掻き分けてみれば、俺よりも小さな女の子を必死に胸で抱きしめ、庇っている母親がボロボロになって地面に伏していた。
回りの人間はテレビで災害報道を見ている茶の間のような、そんな目をしてことの成り行きを見るしかない。
これは仕方のないことだ。力を持つメイジと平民の圧倒的力の差がそうさせる。
下手に介入すれば首を飛ばされるのは自分自身なのだから。
簡単に人を殺せる力。それがメイジたる貴族のもつ魔法なのだ。やろうと思えばコモンマジックのレビテーションで人を殺せる。
「高貴なる私の御足を汚すなど…そこの餓鬼には教育が必要だ!母親から引きはがせ!」
そう言うと取り巻きの男二人が母親から娘を引きはがそうとする。
それでも必死に食い下がる母親に業を煮やした衛兵の一人が拳で顔を一発殴ると、「ぎゃっ」という声が漏れ、娘が引きはがされた。
しかし母親は娘に手を伸ばし、娘も顔をぐしゃぐしゃにしながら必死に母親へとその小さな手を伸ばす。
衛兵はそんな二人を嘲笑うよに娘を連れていこうとする。
「待ってください!」
俺は声を上げた。
その声えに振り向く衛兵と下級貴族。どこかで見たような顔だがこの際どうでもいい。
「そこの二人、その子を離してください。」
一目見て俺が貴族だと解ったのだろう。衛兵は雇い主である貴族の男に戸惑った顔を向ける。様子を察した貴族の男は、同じ貴族である俺が、いきなり出てきたことに驚いていたようだが、俺がまだ子供とみて余裕の表情だ。
「これはこれは、私と同じ貴族の坊ちゃんがいかがなさった?」
嫌らしい笑み浮かべる男に吐き気がする。顔を顰そうになるのを抑え、無表情に返す。
「その子を離して頂けないでしょうか?」
「ははは、ご冗談を!もしやこの平民を庇うのですかな?これはこれは寛大な御心だ!」
態とらしい言い方に、大袈裟な身振り手振りで続ける。
「そこの娘は私の高貴な足を汚したのだよ。だからその娘に罰を与えようとしたのだが、そこの下劣な母親が聞かなくてね。貴族に逆らった罰を与えたのだよ。」
舐めた口調。
それだけで嫌悪感が増し、俺は「そうですか」と呟くと脇差しを抜き去り、小さくルーンを唱える。
「エアハンマー」
一人の衛兵が空気の塊にぶつかり吹き飛び、下級貴族の足元まで転がり意識を失う。残された一人は小さく悲鳴を漏らし、うろたえている隙間に少女は母親の元へと泣きながら抱き着く。それを確認し、俺は安堵の息をもらす
唖然とした顔をしていた馬鹿貴族は俺に向き直ると顔を真っ赤にし、唾を飛ばす。
「こ、小僧!貴様なにをするか!私はラ・キュベレー家に代々仕える者…」
「貴方のことはいいです。」
俺は相手の言葉を切って捨てる。こんな奴が代々うちに仕えているという言葉が更に苛立たせ、恥ずかしくなる。
そしていまだその場から動くことの出来ない母親と娘の前に盾のように立ち、切っ先を向ける。
「レイン・カーン・ファ・ラ・キュベレー。ラ・キュベレー家の者として大切な領民を守るのも僕の使命ですので。」
相手は苦虫を噛み潰した顔をし、軽く会釈をするとマントを翻しその場から立ち去った。
こう言う無駄に貴族だなんだと喚き散らす奴には実力行使が一番手っ取り早いうえに、確実だ。
そのあと従者に持ってもらっていた荷物から、調合の為に使おうと思っていた水の秘薬を出してもらい、母親と一様娘にもかけ水魔法の治療を行う。
偉く感謝されたが、こっちとしては申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
そんなことがこんな小さな街以外にも頻繁に起きている。
トリステイン全体は無理でもせめて、ラ・キュベレーの領土だけでも、と思い父上に直談判したというわけだ。
俺が力説する正当性と、理屈責め、仕舞いには精神年齢28歳と言う大人でありながら、その心について来られない肉体が号泣を始めた事。
それがきっかけとなり俺は兄上に宥められ、父上は母上に睨まれて事の重要性に唸る。
これは余談だが、母上はかの高名な『烈風カリン』の部下だったらしい。普段はニコニコした良妻賢母なのだが、怒らせると本当…生きている心地がしない。逆に死を願ってしまう。
話が逸れたが、そんな母上の滅殺のオーラが父上を決定的に動かした。
それは貴族と平民とのトラブルの一切を受け持つということだ。基本的に平民が貴族に粗相をした場合、その場で咎められることが常だ。
しかも最悪なことに、殺されたとしても文句の一つも言えない。
何故ならそこに絶対の力の差と、権力の壁があるからだ。
しかし、領民を守るためにそういうトラブルが起こった場合、もしその場で貴族が平民を咎めた場合、貴族に罰が下る制度を敷いた。
まぁ効果は覿面。
元々争い事が少ない領地だが、この制定で父上の支持と、領民の士気は上がった。
そして何より、馬鹿貴族が大人しくなったのもここに付け加えておく。
そして二つ目が娯楽が殆どないことだ。まあ、お陰で知識を身につけることと、魔法と剣術の鍛練に時間を注ぎ込めたわけだが。
3歳にもなると、うちよりも身分の低い同じ年くらいの貴族の息子や、奉公人の子供達と顔合わせするようになるのだが、正直困る。
この時点で俺の心は成人してるわけだ。
同じ貴族の子息子女との遊びはそこそこに気を使う。ママゴトや騎士ごっこ。変に年長者としての気遣いか、つい貧乏くじを選んでしまう。
そうするとうちの両親の顔色を伺ってか、俺に華を持たせようとしてその、子息子女を親達が叱ったりするのだが、これをフォローするのにも精神を削る。子供のすることじゃないですか…。
奉公人の人達とはラ・キュベレー家は穏やかな関係を結んでいると思っている。が、子供のすることだ、無礼なこともあるし、粗相をすることもある。それに気を使っているのも中々に疲れるので、俺自身が家庭教師となって文字の読み書きの勉強をやったりしていた。
それに対して奉公人の人達はもっぱら恐縮していたが、両親もこれには賛成してくれた。
俺にとっても良い刺激になるし、子供たちもいずれ大きくなった時に役に立つからと。
そして先程も言ったが、うちよりも身分の低い子供たちとの顔合わせがあるように、その逆もしかりだ。
これで三つ目になるが、4歳のき、とある人物との遊び相手を務めさせて貰うことになった。
それはラ・ヴァリエール家が三女、『ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール』
ピンクブロンドの髪が美しい、まだあどけない顔の美少女。
しかし、その実態はじゃじゃ馬。
そしてツンデレ。
俺は此処で再認識する。
彼女がいるということは13年後には此処、トリステインは『レコン・キスタ』、『ガリア』、『ロマリア』との戦いが待っている。
この世界に生まれたときには徴兵される覚悟はあったが、こうもあっさりと先の戦争が見えているというのもなんとも言えない。
さて、ルイズとの遊び相手は大体月一程度で行われていたが、うちがラ・ヴァリエール公爵家に訪れることが大半だ。
あの馬鹿でかい城には始めの方はそりゃ驚きの連続だった。うちの屋敷もでかいが、規模が違う。流石に王家の血を薄いながらも引くことはある。
それ以外だと、たまたまうちの領に訪れたときに寄って行ったりなど、公爵家とはそれなりに親密な付き合いがあった。
そんな関係が1年程続き、俺が5歳、ルイズが4歳頃になると会う回数が月に二度から三度程になり、さらに親密度が増してくる。
ラ・ヴァリエール公爵家の上の姉妹に会ったのもこの時期だった。
カトレア様はやはり病弱ではあったが、素敵な笑顔を見せてくれる。
そしてエレオノール様。俺が知っている時期よりも多少は丸いとは思うが…あの威光はただものじゃない。
そして、公爵様とその奥様、カリーヌ様は一年経っても正直苦手だった。
はっきり言って怖い。威厳に充ちたその顔立ちと全身から溢れ出すオーラが足をすくませる。
これが純粋な子供だったらある程度は中和されてたであろうが、こちらは体は子供頭脳は大人の名探偵と同じ境遇だ。
しかも前世の家系的にそうゆう気配や雰囲気には敏感に反応する。大きくなったときのルイズの気持ちが痛いほどわかり、いまだ無邪気に笑う彼女に同情する。
しかも、多少の原作知識や二次創作の知識がある俺は、二人にとってかなりぎこちない態度をとっていたとも思う。
そんな俺の態度に気付かないカリーヌ様ではない。
「あなたは本当にただの子供なのかしら?」
心臓が口から飛び出すかと思った。
ルイズよりも一つ年が上といっても、礼儀作法や身の熟しかた、頭のキレ、そのどこを取っても5歳時の子供には見えないと。
それには俺の両親も、仕える使用人ですら思っていたことだ。流石に口には出さなかったが、それは何となくわかる。
しかし、カリーヌ様は躊躇することなく言って除けた。
俺の目線に合わせ、両手を優しく握る。
うん、とても綺麗な御婦人だ。
そんな場違いな事を思いつつもどうこの場を切り抜けようか、忙しなく思考を巡らせる。
ここで、「何を言っているのですか?僕は普通の子供です」など言ったら逆に疑われそうで、下手に口を開くことすらできず、嫌な汗が背を流れる。
それ程にカリーヌ様の目は全てを見透かす、鏡のようだった。
そのとき助け舟を出してくれたのが他でもないルイズだ。
「お母様、レイ兄様が困っていますわ!」
そう言って俺の首を背伸びして抱きしめる。
ルイズは俺によく懐いてくれてる。面倒見が良いからなのだろ。
学校生活で余り家にいないエレオノール様、菩薩のように優しいが病弱であまり無茶を出来ないカトレア様。二人の姉がいながらも彼女自身思うことがあるのか、年も近く、我が儘に付き合ってくれる良い兄貴分ができて嬉しいのだろう。
こちらとしては気が気ではないのだか…。
お願いです公爵様。そんな顔で見ないでください。
「あら、ごめんなさいねルイズ。貴女の大切なお兄様を困らせてしまって。」
微笑みながら立ち上がるカリーヌ様。
「さ、レイ兄様!あちらで王宮ごっこをしましょう!」
そう言って俺の手を引くルイズに、足が縺れそうになりながらもカリーヌ様に一礼すると、微笑みで返してくれた。
あとらもうルイズにされるがままだ。
俺は苦笑いを浮かべながら、ただただ彼女の気が済むまで着せ替え人形をさせられ、気が済めば、今度は姫様役であるルイズを守る騎士になる。
そんな様子を穏やかな顔で見守る両家の両親と使用人達。
普通なら俺も年相応に弾けて、じゃじゃ馬ルイズとのケンカのひとつでもするものだろうが、俺はこのとき精神年齢23歳。
20近く年の離れている子供とケンカなんかしませんよ。
それが俺の回りにいる人達から『不思議な子供』として扱われているのだと思うが…。
だが、それはまだ始まりに過ぎなかった。
この先、自分でもわかる程の異常性と、それを受け入れた俺自身の決意が『ゼロの使い魔』に変革をもたらしていく。
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