レインと夏休み4
―コンコン
規則正しいノック音のあと、すぐに室内から入室するようにと声がかかる。
カトレアの部屋から逃げるように退室してきたレインは、本日二度目となる謁見の間に足を運んでいた。
「失礼します」
扉を開け、入室してみれば椅子に座ったヴァリエール公爵とそのすぐ隣に立っていたカリーヌが目に入る。
娘が一先ずと言える回復を見せてからの動揺が、いまは嘘のように鎮静化し、どこか神妙な、重い空気が室内を覆っていた。しかし、息苦しさは感じない。
「ふむ。して、話すことがあるようだが?」
モノクルの瞳を向けて問うヴァリエール公爵の声は、それだけで威厳に満ち、いとも簡単に相手を萎縮させてしまう。
いまでこそ慣れたレインではあるが、言葉一つでヴァリエール公爵の、その公爵足る所以を見せ付けられていた。
「ええ。ですが、その前に僕に聞きたい事があるみたいでしたから」
言って苦笑いを浮かべながらカリーヌを見るレイン。
自分が見られていたことも、疑念を抱かれていることも分かっていて、それでもその姿勢を変えない彼もまた、ただの貴族ではないのであろう。
カリーヌ自身、無表情にレインの表情を流し、決して内側を見せない。レインに対する疑念や疑問はあるが、それが害有るものでないと分かっているからこそ、この謁見を受け入れ、直に話を聞こうとしているのだ。
要するにここにある重い空気は、その殆どをカリーヌの雰囲気からのもので、これが一種のロールプレイングであり、いわば形式の様なものである。
当然レインも理解しているし、カリーヌもそのことは分かっている。貴族というものは実に面倒で、その場に合った空気を作り出すことが必要であった。
あの場でレインの言葉に注意を払っていなかったヴァリエール公爵ではあるが、素であれなのだ。空気で悟り、その演技など必要もない。
当のカリーヌは若干の間を持って口を開く。
「そうですわね。聞きたいことが沢山あります」
それは精神の干渉、同調について。
何故カトレアの病の元が分かったのか。
それと、絶対ではないにしろカトレアの病を治す方法である。
無論、このことを問われるとわかっていたレインだが、改まって言われてみると自然と神妙な面持ちになるとともに、自分自身の特異性が際立っていると実感する。
ふっ、と自嘲的な笑みを零すレインに訝しげな視線を送るカリーヌ。レインはその視線に構わずにゆっくりと口を開く。
「お二方には知ってもらいことが山ほどあります」
真摯な眼差しで二人を見つめるレインは、まるで第三者からのような言で繋いでいく。
謁見の間は静粛ながらも確かに大きく、そして激しく揺れ動いていた。
未来への小さな石ころ。しかし大きな波紋を呼び起こすその石ころは、レインの手によって投げられた。
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―ゲルマニア、アンハブレ領
リーブラ・ド・アンハブレ子爵
元は商人であり、数多くの商人や各国に様々なパイプラインを持つ優秀な商人であるが、人嫌いと言う噂であり、確実に信頼のできる者にしか商談を持ち込まず、商談の際も直接出向くことは少なく、リーブラの右腕と思われる部下にその殆どを一任している。
リーブラ商会自体も謎が多く、ド・アンハブレ領に商会本店があるとされているが、取引先の中でも更に絞られた者にしかその場所は明かされていない。
しかも、不定期に構える場所を変えているために、流れる噂も信憑性にかけるのだ
そんなリーブラだが、流石に領地を買う際に、現ゲルマニアの皇帝であるアルブレヒト三世にその姿を現したことがあるのだが、全身を覆う白いフードに隠れている上に、顔には包帯が巻かれていたという話だ。
その姿を見た者は口々に人嫌いになった噂を囁き合ったが、真相は分からないのが現状である。
不審人物としては大一級であるが、それでも金さえあれば領地を購入出来るのが、実力主義であるゲルマニアであり、国にとっても大金を払い、これからも国に財をもたらす雀なのだ。
実のところ、子爵領よりも上の爵位を貰ってもおかしくはない程の財力とコネクションを持っており、アルブレヒト三世はその事を伝えたのだが、子爵以外の爵位に首を縦に振ることはなかった。
そういった面から商人としては些か問題視され、奇異の目を向けられているが、リーブラの持ってくる商材は確かなものであり、取引相手が納得するまで根気よく、誠実にこなす姿勢、そして先を見据えた商品戦略が多くの成功を呼び、リーブラの名を高めていった。
胡散臭いことこの上ないのだが、相手は商人。見てくれうんぬんよりも建設的にその功績を評価し、自身の利益に繋がることであるならば手を出さない訳がない。
現にリーブラは成功を収め、ゲルマニアにて子爵の爵位を買っているのだ。
さて、そのド・アンハブレの領地は子爵ということもあり、決して広い訳ではないが、中々に立派な屋敷が建っており、商人の町ということで領民達は活気に溢れている。
しかし、真のド・アンハブレ領の姿はそこではない。
そしてリーブラの屋敷に黒いフードを被った五人組が馬から降り立った。
正面玄関まで真っ直ぐに進み、先頭に立ったフードの男が獅子の紋様をしたドアノッカーを数度叩く。
ゴン、ゴンゴン、ゴン
無骨な音を鳴らして数秒、丁度目の高さに位置する覗き窓が開き、黒いフードの者達を確認すると僅かに扉が開き、滑るようにフードの男達が屋敷の中へと消えて行く。
この屋敷の執事であろう、覗き窓から外を伺った背中の曲がった老人がフードの男達に背を向けながら口を開く。
「主様は自室でございます」
しわがれた声で簡潔に述べると、先頭に立ったフードの男は一つ頷き、無言のまま執事の横を通り過ぎ二階へと続く階段を昇っていく。
それに続く残りの四人を執事は横目で確認すると、音も無く屋敷の奥へと消えていった。
―リーブラ、自室
中々に立派な外観を持つ屋敷と比べて、室内は派手な装飾品が余りにも少ない簡素な一室である。広さも申し分なく、廊下と繋がるこの部屋の奥に扉があり、寝室があるという、言わば書斎と寝室が一体化した造りになっている。
人二人ほどが余裕を持って職務が行えるほどの机があり、多くはないが、決して少ないとも言えない書類の山があり、『済み』『未』『保留』と、机のうえで綺麗に整頓されていた。そのすぐ後ろに本棚が三つあり、ソファーも何もなく、味気無さが際立つ。
元よりここでは主な仕事は書類関係であり、人を招くことは無く、精々この屋敷の執事や使用人が用件を伝える為に訪れるくらいである。
よって必要最低限の物しか此処には無く、特に増やす予定もない。
そんな何処か一般的な貴族とは異なる趣向を持つ領主は、机に向かい筆を走らせていた。
商人としては勿論、領主として責任ある者で有る限り、必ず書類との戦いがある。
専ら部下に商談を任せていて、元々会見の機会は少ないが、稀に懇意にしている商談相手との対面はある。しかし、今日はそんな稀なことも無く、ほぼいつも通りに書類へと没頭していた。
一つ一つに目を通し、訂正があれば書き込み、領主として通せるものがあれは判を押す。
勿論、その仕事を補佐する秘書も存在し、領主ではなくとも問題のない書類を確認してはいるが、商人の領として発展を遂げようとしている土地であるからして、やることは多い。
また、ド・アンハブレ領はまだ若く、現領主であるリーブラがこの土地を治めるようになって2年ほどしか経っておらず、『新しい領』として、『商業の領』としてまだまだ未開拓なのだ。
今だ新しき領主であるリーブラ。
流石に室内でだけあって全身を覆うローブは着ていないが、包帯で隠された顔からは大きな黒曜石の様な瞳と、小麦色の肌が少しだけ覗く、赤いルージュを塗った唇だけが見えていた。
服装に至っては貴族のようなゴタゴタとした造りの服ではなく、上品ながらも機能美を生かした造りになっており、商人らしさは消えていない。
筆の走る音だけが聞こえる一室。
ふと、リーブラは筆を置く。
唯一のBGMであった筆の音が止み、静まり返った室内に軽く息を吐く音が漏れる。続けて凝り固まった肩と首を解すように動かすと、なんとも言えないスッキリする音が鳴る。
顔に巻かれた包帯の所為でその疲労の色は伺えないが、書類仕事というものは中々に疲労が蓄積されるものだ。
もう一度息を軽く吐くと、今日の分の仕事を終わらせる為に再度筆を握り直す。
―コン、コンコン、コン
そんなリーブラの部屋に軽い音とは裏腹に、重い意志を伴ったノック音が鳴る。
「どうぞ」
ハスキーながらも女性特有の透き通るリーブラの声。
今日は商談相手との取引はなく、そもそもそのような日を忘れる訳もない。人の目に出ることは少ないがそれはそれ。仕事はきっちりとこなすのがリーブラなのだ。
しかし、そんな突然の訪問にも訝しがる風もなく当然のように入室を促す。
現れたのは黒いローブ三人。残りの二人は扉の向こう側、こちらに背を向けて扉を守るように立っている。
カチャリと静に扉が閉められ、中には顔も体格も分からないローブの人間が三人と顔を包帯で覆った女性とおもしき人物、リーブラ。
三人のローブの内、真ん中のローブから一歩下がった左右の、左側のローブが徐に杖を抜きルーンを唱え終え3秒、特に部屋に変化は無く、杖を抜いたローブは何も無かった様に直ぐ杖をローブの中へと引っ込める。
誰が見てもはっきりと物々しい異様な光景であり、外界から遮断された密室で穏やかなビジネスではないと一様に理解できる。
しかしリーブラは杖を抜かれたことにも意に介さず、自然に椅子から立ち上がるとローブ達に背を向け、後ろにある真ん中の本棚へと歩みを進める。
ギッシリと詰められた天井まで届くのではないかと思われる高さ5メートル、幅3メートルほどの本棚の前で、丁度目線の高さより少し高い位置にある綺麗に並べられた本を、人差し指で撫でるように滑らせていく。
不意に止まる指はどこにでもある有り触れた一冊の本。
軽く倒す様に引き抜くと、ギミックの微かに聞こえる作動音と共に右手にある本棚が、一つの本棚の分だけ引っ込み、真ん中の本棚がそちらへとスライドする。
その奥には人が石壁に覆われた小部屋があり、天井から鎖の伸びた鉄で作られた人が5、6人程が乗れる柵に覆われた箱の様なものがあり、中にはレバーの様なものが存在した。
かなり昔のエレベーターと言うよりは運搬用の立派な昇降機のようだ。
リーブラは柵を持ち上げると、フードの三人は黙って箱の中に入る。リーブラも続いて中に入り、柵を降ろし、レバーに手をかけると下に向いた矢印の方へとレバーを下げ、他の二人よりも一歩前に出た中央の男と並ぶように立つリーブラ。
―ガコン…
歯車が噛み合わさったとばかりに上下に揺れる様な弱い振動を起こして、箱はゆっくりと降下していく。
階を表示するものもなく、どれほど降下したかわからない。
時間にして数分だが、若干耳障りな稼動音をバックに、箱の天井にぶら下がっているランプ。それさえ無ければ顔すらも見えないが、それ以外に光源が無く、辺りは暗い。その為余計に時間が経つのが遅く感じられる。
揺らめくランプがシルエットをよく映しだし、沈黙を際立たせる。
しかし、中央のフードがその沈黙を終わらせる。
「…アイツは、一端ガリアに行くらしい。こっちに来るのは遅れるそうだ」
どこか事務的にではあるが、感情の見える精悍な声から男だと言うことが分かる。
その男の台詞にリーブラは勢いよく顔を向ける。
声に反応したのではなく、その内容に対して。
巻かれた包帯から完璧にはその表情は読み取れないが、射竦める、責める様な視線と何かを心配するような瞳が中央の男に刺さる。
「ふっ…心配するな。最近のガリアの動きは伝えてある。それに野暮用だそうだ」
そう言ってフードの男は肩を竦める。
「全く…。奴のこととなると見境がないな」
「当然だ。あの人は私に光を与えてくれた。ただでさえ人に忌み嫌われる存在であり、同族からも“忌み子”として迫害されていたのだ。そんな私を受け入れ、温もりを教えてくれた。感謝こそすれ、その身を案ずるのは当然であろう」
リーブラは言うと、並んでいる男の後方へと視線を移す。
「そこの二人も同じではないのか?」
中央の男から一歩下がり、控えていた黒いローブは若干見上げるようにしてリーブラを見る。やはりフードからその表情は伺うことは出来ないが、揃って頷き、顔を伏せた。
その様子にリーブラは満足そうにルージュの塗られた口の端を持ち上げる。巻かれた包帯が神秘さを醸しだし、揺れるランプが妖しさを際立たせていた。
「だそうだ、ハンツ副団長殿」
リーブラの悪意の無い皮肉を言われると、男はフードを取り去る。
鷹のような鋭い瞳、彫りの深い整った目鼻立ち、顎髭。獅子の爪副団長、ハンツその人であった。
「わかった、わかった。流石、俺達よりも長い付き合いなだけはあるな」
やれやれと言うようにハンツは肩を竦める。
「だが…盲信的にレイに依存するのはどうかと思うがな。あいつだって完璧でも絶対でも無い」
軽い口調だが、有無を言わせぬものがハンツにはあった。
しかしそれをリーブラは一蹴する。
「それこそ愚問だな。だからこそ私は彼に惹かれるんだよ。共に戦いの場に立ったことがあるんだ、刹那的な強さだが確かに輝いている。しかし、あの笑みは…」
そこまで言うと、後半リーブラはどこか悲痛な面持ちのように見えた。
「だからこそ、護り、守られたくなる」
それを拭うかのように静だが、確固たる強さを滲ませるリーブラの口調に、ハンツはふっと笑みを零す。
「確かにお前には愚問だったな。あー、勘違いするなよ?俺はレイを信頼しているし、頼られることを嬉しいとさ感じている。あいつは一人で背負い込むことにかけては天才的だからな。それに頭は良いくせに、ときたま馬鹿なこともする。冷静に対処したかと思えば、猪突猛進なところとかな」
ハンツは「数えればキリがない」と締め括り、少し昔を思い出したのか、学園の者が聞いたら驚愕するであろう事実を、まるで困った子供や旦那に対して近所に愚痴を漏らす主婦のように、疲れたような溜め息を吐き出しながら零す。
揺れるランプが更に哀愁を漂わせている様にも見え、リーブラはくすりと口の端を持ち上げる。
「それよりも、商売は順調らしじゃないか。なんでも女性用の下着…『ぶらじゃあ』とか言ったか?」
「ああ。これもレイが発案した商材なのだが、平民、貴族問わず中々に売れ行きは好調だ。いまだ出回っているのはゲルマニアとトリステインの小数の貴族だけだが、近い内にそちらにもピンからキリまでの物を出す算段だ」
「流石と言うか何と言うか…。着眼点が違うな、うちの団長は」
事もなげに答えるリーブラに、自身の上司である男に呆れ半分、感心半分で返事をする。と言うよりもレイン自身が考えた代物ではなく、元の世界で当然の如く普及しているものであり、レイン自身二次創作で読んで知ってはいたのだが、本当にハルケギニアにブラジャーが無いとは思っていなかったのである。
その他にも生理用品などがあるのだが、こういったものはほぼ全てリーブラの管轄であった。
まずそれは疑いの目を逸らすことにあるが、ただでさえレインの立ち上げたブランドは一定の新製品を生産してきた。しかし、いつまでもその様なことが出来るはずもなく、その生産技術を盗もうと国外は元より、国内にも密偵は出てくるのだ。そういった目を逸らすために独占的に作るのではなく、リーブラの名を使い製品を出していく。
深く調べれば、レインとリーブラの繋がりがあることは分かるだろうが、商売としての繋がりがあるのは当然なので、始めから繋がりを調べるものなど皆無であった。
「そうだな。レイには驚かされることばかりだ。しかも生み出す物その殆どが生活に根付くようなものばかり」
そこまで言うと、昇降機が音を立てて止まる。
どうやら目的地に着いたらしく、リーブラは鉄柵に手をかけると上へと押し上げた。
金属の擦れる音を聞きながら、ハンツは険しい表情でその先を見据える。
「もっとも、“これ”に至っては例外だがな」
その先には巨大な空洞に鎮座する“モノ”。
木造と鉄製で造られたケイジの様な場所から様々な声が飛び交い、設計図らしき物を両手に広げて走る者、鎚を打つ音や錬金、固定化による補強及び強化する作業が行われている。
ハンツの後ろに控えていた女性と思わしいフードの二人は、その光景にただただ圧倒されていた。
「建造は3%も遅れていない。レイの言う“その刻”までには充分間に合うだろう」
リーブラに至っては実に淡々と無感動に“それ”を見上げながらハンツに報告をしていた。
「そうか。まっ、これで此処での俺の仕事も終いだな。後はレイ次第…か」
「随分とあっさりしたものだな」
「本当なら俺はあいつの付き添いみたいなもんだ。レイの様な知識もなければ、魔法も使えんからな。あいつが遅れるとなると、平民出身のただの傭兵の俺が責任者代理として先行しなきゃならん」
言いながらハンツは後頭部をかく。
しかし、ハンツは獅子の爪副団長の一人として、その個人での武芸は一流でもあるが、何より冷静沈着な判断力と統率力、学力に置いては字の読み書きもままならない平民出身者の多い傭兵の中で、両方ともそれなりに習得している稀有な存在でもあった。
獅子の爪にとって大切な頭脳の一部であり、レインを止められる数少ない一人でもある。
因みに名前を挙げるとすれば、ハンツ、ボルド、リーブラ、次点でカトレアと言ったところであろう。
内に平民が二人と商人上がりの貴族が一人であることから、世間的にはあまりよろしくはないが、それだけこの三人を信頼し、逆に言えばレインの人柄が伺えるというものだ。そして何よりハンツ、ボルド、リーブラは実績と経験があると言える。
それだけにハンツにはレインに厄介事を頼まれることも多く、気苦労が絶えない。
「流石、獅子の爪の女房役と言った次第か?」
軽い調子で言うリーブラにハンツは溜め息と共に肩を竦める。頼られることは光栄なことではあるのだが、何分仕事量が多いのは事実で、リーブラの言う女房役としては頭の痛いことではあるだろう。
「まっ、ボルドには無理だろうからな。あいつも頭は悪くないが、少々繊細さに欠ける、と言うよりも現場の方が似合っているからな」
ボルドも読み書きは得意な方ではないが、元は傭兵団を纏めていた者であるからそれなりには出来る。だが、見た目からして野戦向きである彼の戦闘スタイルと戦略眼、その武には目を見張るものがあり、ボルドの真価は戦いの場にあると誰もが頷くであろう。
そのハンツの言葉にボルドの人となりを知るリーブラは、「それもそうだ」と、くつくつと笑う。
「あっ、あの…宜しいでしょうか?」
唐突にかけられた声に振り向くハンツ。そして視線だけを動かし確認するリーブラ。
そこにはリーブラの室内で杖を振るった方と思われるフードを外した女性、というにはまだ幼く、少女というにはその造形は整っている、茶髪のポニーテールと、少し垂れ目の優しい雰囲気の娘。メイジであることからなんらかの理由でこの団に属しているのであろう。
「どうした、ソフィーナ?」
「はい。あの、“これ”は…と言うよりも此処も団長が?」
若干萎縮しながらも、ハッキリと問い掛けるソフィーナ。その様にリーブラはどこか満足げに微笑み、再び視線を建造物に向ける。
忙しなく動き続ける人々と喧騒がどこか遠くに聞こえるような気さえしてくる。
「そうだ。まあ、此処が俺達と“裏の”関わりを持っていることを知っているのも団員の中でも一握りだがな」
そう言ったハンツは「いってみれば此処は獅子の爪のもう一つの顔だ」と付け加える。
「そして、獅子の爪のスポンサーでもあり、お前達は我々商会のスポンサーとも言える。言わばレイの、延いては獅子の爪の隠し玉だ」
そうリーブラが補足する。
「それではミス・アンハブレは…」
「リーブラでいい」
「あっ、はい。リーブラ様は我々と、その…“同じ”なのですか?」
どこか恐る恐るではあるが、しっかりとソフィーナは疑問をぶつける。
ソフィーナの言葉に同じく疑問を持っていたであろう隣のフードも、ゆっくりとその素顔を晒す。金髪に近い赤み掛かったロングヘアーをアップにし、バレッタでとめている。ソフィーナよりも大人びている風貌から、年上だということが分かる。
「大人しいそっちの娘も気になっているようだな」
そう言うと、同性でもドキリとしてしまうほど妖艶に口元を歪めるリーブラ。
素顔を隠すその容姿も相俟って、余りにも謎の多い女性であるリーブラ。レインは元より、獅子の爪の要であるハンツとボルドとも面識があり、何より大きな信頼を置かれている。
そして何よりこの建造物にそれを収容する巨大な施設。
ド・アンハブレ領、これがその真の姿であった。
ソフィーナはリーブラの笑みに当てられたかのように硬直してしまう。その様子をあたかも楽しそうに見詰めるリーブラ。助け舟とばかりにもう一人の女性が口を開ける。
「…貴女はいったい?」
どこか抑揚の無い声色だが、その内側にある意志は鋭く研ぎ澄まされている。
リーブラはそれを読み取り、尚も楽しそうに艶めかしく口元を歪める。
「ハンツ、良い部下を持ったな」
リーブラの言葉にハンツは「まあな」と苦笑いをする。
「何を持って“同じ”かは敢えて聞かないが、志すものはお前達が敬愛してやまない男と同じと答えておこう」
そう言って二人から視線を外すと、建造物に向き直る。
その顔を見れば恍惚としてしまいそうなほど、貴族ご用達の娼婦の中でも飛び切りとも言える娼姫のそれよりも艶やかなるものだった。
「そうだろ…レイ?」
余りにも小さな呟きは忙しなく動く空間に掻き消えていった。
それを見ていたのは、いまにも食いつき、獰猛な牙を曝している白銀に輝く巨大な獅子の顔。半ばまで建造が進められているそれは巨大な戦艦の船首であった。
同じ頃、ラ・ヴァリエールの屋敷から一匹の風竜が飛び立った。
徐々に遠ざかっていくそのシルエットを、日も傾こうかという窓際から、ヴァリエール公爵とカリーヌが見送る。
「俄かには信じがたい話ではあるが…」
「嘘を言っているとは思えません?」
「…うむ。何よりカトレアの恩人でもあるし、こうして骨を折ってくれているのも事実だからな」
既に見えなくなった姿を追うように、先へ先へと真っ直ぐに見据える。カリーヌも公爵に寄り添う様にその姿を追った。
「虚無…か」
ヴァリエール公爵の言葉は深く、瞳の光は強い。
しかし、その心中は決して穏やかなものではなく、カリーヌも又、それは同じであった。
「親がしてやれることは、思ったよりも少ないのかもしれんな」
静かに頷くカリーヌ。
ヴァリエール公爵は踵を帰すとどっかりと椅子に腰掛ける。
「ルイズ…」
その一言を最後に、謁見の間は沈黙が支配した。
一角の冑を纏った風竜に跨がるレインは一路、ラグドリアン湖を目指す。
それはカトレアの病を治すため、水の精霊に直に会うため。
そしてガリアでの真意を確かめる為に。
「いよいよ切羽詰まってきたか、クロムウェル?」
召喚の儀までもう少し時間かかりそうです
すいません
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