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#97:祐樹の過去(12)サプライズな誕生日【指輪の過去編・祐樹視点】

またまた、お待たせしてしまい、すいませんでした。

指輪の見せる過去のお話の、祐樹視点です。

夏樹と祐樹の28歳の誕生日の頃のお話です。

夏樹視点の#49・#52の部分の祐樹視点になります。

 七月に入って、一週間ほど過ぎた頃、圭吾から電話があった。


「祐樹、そろそろ落ち着いたから、来週の土曜日、新居へ遊びに来ないか? ご馳走するからさ。同期の奴らも呼ぶつもりだし、そうそう、夏樹さん達も来てくれるらしいよ」

 俺は夏樹の名前にドキリとした。

 夏樹も来るのか……。

 また、夏樹の泣き顔が蘇る。

 謝るいいチャンスじゃないのか?

 でも、他にも人がいるし……。

 でも、このままじゃあ、謝るタイミングを逃してしまうんじゃないのか?

 

 自分の中で会話をしていると、圭吾が「祐樹?」と呼びかけたので、「ああ、喜んで行くよ」と答えた。


 来週の土曜日……って、俺の誕生日じゃないか。

 スケジュール帳へ書き込もうと日付を見て気付いた。

 まあ、別に誰も知らないだろうから、関係無いか……。


 その三日後の夜、珍しくお袋から電話があった。

「ねぇ、もうすぐ祐樹の誕生日だけど、予定あるの?」

 お袋は、毎年誕生日に俺の好きな料理を作って祝ってくれる。普段、実家に寄り付かない俺を、呼び寄せるいい口実にしているのか、せめて誕生日ぐらい母親らしい事をしたいのか。まあ、純粋に祝ってくれるつもりなんだろうけど、遠回しに予定なんか訊かずに、誕生日を祝いたいから帰って来なさいって言えばいいのに……。


「ああ、昼間は圭吾の新居へ、遊びに行く事になっている」


「じゃあ、夜は予定無いの?」


「今のところ……」


「やっぱり今年も美那子さんに祝ってもらわないの?」

 美那子さん? ああ、そうか……。お袋達は俺が白紙にしてくれって頼んだ事、知らないんだ。一応結婚予定の相手と誕生日に食事に行くぐらいは、普通するのかな? って、お見合いしてから、誕生日は今度で三回目だけど、きっと、美那子さん俺の誕生日を知らないか、覚えていないだろうな。


「俺の誕生日を知らないんじゃないの? 別に祝ってもらわなくてもいいし……」

 今のところ、俺はお袋達に美那子さんとの事を言うつもりは無い。下手に言って、またこの話がぶり返したら、堪らないからな。


「そう……。それで、他に誕生日のお祝いディナーをしてくれる女性はいないのね?」

 なんだよ? その確認は……。結婚予定の相手とも行かないのに、どうして他の女性と行くなんて発想ができるんだ? お袋まで、俺がいろんな女性と付き合っているなんて思っているのか?


「あたりまえだろ」


「じゃあ、誕生日の夜はご馳走作るから、いらっしゃいよ。待っているからね」

 嬉しそうにふふっと笑って、電話は切れた。

 まあ、たまにはお袋孝行しないとな……。


    ****


 誕生日の土曜日、圭吾の新居に先に着いた俺と同期の二人が圭吾を交えて談笑していると、リビングのドアが開き、舞子さんに続いて夏樹ともう一人女性が入って来た。夏樹を見てドキッとしたが、彼女はすぐに俯いてしまった。

 俺の顔なんか見たくなかったんだろうな。それでも、舞子さんのために来たのだろう。


 夏樹と一緒に来た同期らしい女性と俺の同期の奴らが、圭吾達の結婚式の二次会・三次会で一緒だったので、すぐに打ち解けて話し出した。そして、俺の同僚に今一番して欲しくない話題を持ち出されてしまった。


「そう言えば、佐藤さん大丈夫でしたか? 結構飲んでみえたようだったし……。帰り、杉本は送り狼になりませんでしたか?」

 おいおい、送り狼って……。完全否定できない事が辛い。

 夏樹にとっても触れて欲しくなかった話題だろうに、内心慌てているのか、俺に話を合わせて欲しいと懇願するような眼差しを向け「たたき起こされて無事に帰りました」と話している。

 本当の事は、言えないよな……。

 夏樹の焦った様子を見て、俺の方はやっと心の余裕が持てて、笑顔で夏樹に調子を合わせた。なかなかこの話題が終わらなくて、内心舌打ちしていると、舞子さんが唐突に、驚愕の事実で話題を変えた。驚愕だったのは俺だけだけど……。


「今日はね、夏樹の誕生日なの。だから、一緒に祝ってあげてね」

 え? 夏樹の誕生日? 俺と一緒だって事?

 俺は思わず夏樹の顔を見た。夏樹は気まずい表情をしている。すぐに皆はおめでとうと笑顔で言ったが、俺は驚きすぎて言うタイミングを逃してしまった。

 年も一緒のはずだから、まったく同じ日に生まれたと言う事か。これって……。

 頭の中に一瞬「運命の出会い」と言う言葉が浮かんだ……が、すぐに否定した。その時、能天気な圭吾が、言って欲しくない言葉を言った。


「そう言えば、祐樹も七月生まれじゃなかった?」

 バ、バカ。言うなよ。

 俺は圭吾を睨んだが、周りがそれだけで放って置いてくれず、結局、俺も今日が誕生日だと言う事がバレてしまった。圭吾と同じく幸せボケしている舞子さんも、俺の気持ちなんてお構いなしに、二人の誕生日を祝うわよと張り切っている。この年になって、お誕生会も無いだろう? 母親だけでも鬱陶しいのに……。もう、勝手にやってくれ。


 食事が済んで、夏樹がリビングから出て行くのを見た時、チャンスかもしれないと思った。誕生日騒ぎですっかり忘れていたが、今日彼女に謝らないと、もう謝れなくなる様な気がした。彼女がリビングへ戻ってくる前に、廊下で捕まえる事にした。

 廊下で夏樹と目があった時、彼女の泣き顔を思い出して、気まずい気分になった。しかし、今のこのチャンスを逃してはいけないと思い直し、彼女が俺を無視してすれ違おうとした時、俺は彼女の名前を呼んで腕を掴んだ。


「この間は悪かった」

 

「……もう済んだ事だから、いいです」


「良くない。夏樹を傷つけた事には間違いないから……。本当に悪かった」


「もういいんです。犬にでも舐められたって思っておきます」


「俺は犬かよ!」

 どんなに謝ってもそっけない夏樹が、俺の言葉にクスリと笑ってくれて、ホッとしてこちらも笑顔になった。だからか、少し気持ちに余裕ができて、思ってもいなかった言葉が自分の口から零れた。


「夏樹、お詫びと言ってはなんだけど、今晩食事に行かないか?」

 自分の口から出た言葉に内心驚きながらも、お詫びに食事ぐらいご馳走しないとな、と自分に言い聞かせていた。けれど、夏樹の返事はそっけない断り文句で……。俺は意地になったように「じゃあ、二人の誕生祝いのディナーはどう?」と重ねて誘った。


「誕生日ですから、誰かと約束しているんじゃないんですか?」

 夏樹の断り文句の問いかけに、お袋からの呼び出しを思い出した。

 ドタキャンしたら、うるさいだろうな……。俺は思わず舌打ちをしていた。けれど、お袋よりも今は、夏樹に何としてもウンと言わせたい。


「だいたい、婚約者のいる人が自分の誕生日に違う女を誘うってどうなんですか? きっと、婚約者の方はお祝いしようと待っていらっしゃると思うけど……」

 ああ、そうだった。夏樹は又居もしない婚約者の事を思って、正義感を振りかざすのか。

 面倒臭い奴だな……。

 

 それでも言葉を重ねて、こんなに一生懸命彼女を誘うのは、どうしてだ?

 ただ、彼女にしてしまった事を、食事でチャラにしようとしているだけなのか……。


 やっと夏樹の了解を得て、たまに行くカジュアルなフレンチのお店に案内した。

 それにしても、こんなに必死になって女性を食事に誘ったのは初めてだよ…と心の中で苦笑した。

 彼女にとってこんなお店は初めてだったのか、緊張しているようだったが、目の前に料理が並ぶと、目をキラキラ輝かせて興奮して饒舌になり、どんな料理も幸せそうな顔をして美味しそうに食べて行く。目が合うと頬をほんのり赤くして俯く彼女は、乾杯に飲んだシャンパンの所為なのか、それとも俺の事、意識している?

 そんな夏樹を見ていると、こちらまでなぜかほんのり幸せな気分になって、よけいに食欲が増して、彼女と一緒だと美味しく食べられる事を実感する。

 あまり女性と食事をする機会は無いが、博美や麗香や美那子さんと食事に行っても、こんな気持ちになる事は無かった。

 夏樹との楽しい食事の時間は、いつものように彼女を揶揄かいながら、いつの間にか過ぎてゆく。そして、お店に頼んでおいた誕生日のサプライズな演出は、彼女をたいそう驚かせ、喜ばせた。テーブルの真ん中に置かれたホールケーキに立てられたロウソクを二人で吹き消すと、周りの客からも拍手を貰い、まるで恋人同士の様じゃないかと、妙に照れてしまった。


「夏樹、おめでとう」


「祐樹さんも、おめでとう。それから、ありがとう。こんな嬉しい誕生日、初めてです」

 俺は照れを隠すように、お祝いの言葉を告げた。彼女もお祝いとお礼の言葉をいうと、感動のあまりに感極まって目を潤ませて、それでもとびきりの笑顔を俺に向けた。

 俺は、ドキリとした。

 あまりに夏樹の笑顔がキラキラ輝いて、綺麗に見えて……。ドキドキと早くなった鼓動を素知らぬフリして、余裕の笑顔を見せる。けれど内心、思わぬ自分の心臓の反応に、自分自身で戸惑ってしまった。

 

 切り分けられたケーキを、デザートは別腹と言う夏樹が、蕩けるような顔をして食べている。そんな彼女を「やっぱり夏樹だな」と楽しい気分で見つめながら、女性との食事をこんなに楽しんでいる自分の気持ちに、この頃はまだ気付こうともしなかった。

 甘いスイーツをゆっくりと堪能していた夏樹が、友人とスイーツの会を作って、半年ごとにちょっと高級なスイーツを食べに行くのだと、とても嬉しそうに今お一番の楽しみだと話した。その話を聞いて、なぜだか俺と食事をする事を一番の楽しみにして欲しくなった。


「じゃあ、俺とグルメの会でも作るか?」

 それは全くの思い付きで、スイーツの会に対抗して考え付いた事。

 俺、どうしてこんな事言っているんだ? と、心のどこかでチラリと思ったけれど、一度言い出したからには、夏樹にOKと言わせたい。


「私なんかと食事に行ったら、婚約者の方が嫌な思いをされるでしょう? 女性と二人で食事になんか行ったら……」

 ああ、また婚約者の話か……。たいがいにしろよ。どうして一緒に食事するくらいなのに、そんな事が問題になるんだよ。

 夏樹には関係ない話だろうと言っても、自分だったら嫌だから行けないと(かたく)なに拒否をする。仕方が無い、本当の事を少しだけ話すか……。


「その婚約話なら、断ったから……。祖父さんが勝手に決めた許嫁だから、俺は相手の事何とも思って無いよ。」


「ええ? もうすぐ結婚するんじゃなかったんですか? 舞子達の婚約パーティの時、圭吾さんのお父様が祐樹さんはもうすぐ結婚するって言っていたじゃないですか。そんな簡単に断れるものなんですか? ……あ、それはお付き合いしている彼女のために断ったとか?」

 夏樹……。婚約者とか彼女とか……。おまえの頭の中では、俺はどんな男だと思っているんだ? 相変わらず、女たらしのレッテルは貼られたままなのか。


 そんな事ばかり言う夏樹を、下世話な話で揶揄って、今度はこちらから攻めてやろうと、爆弾を落としてやった。


「俺だって、夏樹に付き合っている奴がいたら、こんな事誘わないけど、別れたんだろう?前に映画館で逢った奴とは……」


「ど、どうして、それを?!!」


「圭吾達の結婚式の二次会の時、夏樹が寝ている間に夏樹の同僚たちが話していたよ。お前アイツにプロポーズされていたんだって? 断ってよかったのか?」


「そんな事、あなたには関係ないでしょ!!!」


「ほら、俺と同じだろう? 俺たちの関係はお互いの結婚問題とか恋愛問題とか関係ないところで成り立っているんだよ。でももしも、お互いに特別な相手が出来たら、その時に止めればいいだけだろう? 夏樹だって、今日の誘いに乗ったのは、今は特別な相手が居ないからだろう? だから、いいんだよ。」

 俺は言い終わるとニッコリと笑った。夏樹は怪訝な顔をしたが、最後には頷いた。


 二十八歳を迎えた七月の誕生日から、俺達は毎月一回、グルメの会と称して一緒に食事をする事にした。最初は俺がいろんなお店に夏樹を連れて行ってやろうと思っていたが、彼女がどうしても譲らず、毎月交互に食事をするお店を決める事と、割り勘を約束させられた。

 本当は割り勘も想定外だ。一緒に食事に行って女に出させるなんて……。夏樹は俺に借りを作りたくないと言う事か。それでも、俺は彼女と毎月一緒に食事できるならと無理やり納得した。

 そこまでして、どうしてそんなに一緒に食事したいのだろうと、自分の中に問いかける。でも、その答えは知らない方がいいと、自分の中の何かが警告する。だから今は、夏樹との食事を楽しめたらそれでいいんだと、自分を納得させた。



2018.2.10推敲、改稿済み。

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