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#94:祐樹の過去(9)夏樹の恋人【指輪の過去編・祐樹視点】

昨日に引き続きの更新です。

相変わらず祐樹の過去ですが、もう少しお付き合いください。

指輪の見せる過去でのお話で、祐樹視点です。

祐樹、夏樹27歳の10月の始めから翌年の5月までのお話です。

#28・29・30・37・42・43・44の初め頃までの祐樹視点になります。

どうぞよろしくお願いします。

 二十七歳の十月の始めの金曜日、俺は夏樹との約束通り、仕事を終える圭吾を捕まえ、二人で居酒屋へ入り、早速に話し始めた。まずは今の圭吾の現状を訊いてみた。やはり研究に没頭しているらしい。しかしそれは、圭吾自身にとって最後の研究と言う事もあり、早くやり遂げて結婚したいと言う思いからだった。そんな思いを舞子さんには何も語らず、只々二十四時間研究に全てをつぎ込んでいたら、自分より研究の方が大事なんだと思ってもおかしくない。

 恋愛初心者の二人は、どこかまだ遠慮があって、自分の想いを素直に伝えきれていない所があった。それも、お互いを思う故の事だったりするのだが、多分に気持ちが行き違ってしまう。


 俺が夏樹から聞いた舞子さんの気持ちを伝えると、圭吾はうろたえた。それはそうだろう。自分は結婚に向け必死に研究をしていたのに、一方で相手は、その研究のために結婚を取り止めようかと思っているのだから。

 俺は、今すぐ舞子さんに自分の想いの全てを伝えるために会う約束をしろと、圭吾に電話をかけさせた。


 それにしても、二人は結婚すると言うのに、どこかまだ遠慮がちで、ある一線を超えていない感じがした。その事を指摘してやると、圭吾は舞子さんに対する自信の無さを暴露した。そして、どうしたらいいか分からないと途方に暮れるあいつに、名前を呼び捨てにしていない事や、敬語で話している事が、心の距離を感じさせているんじゃないのかと指摘した。圭吾にしたら、その事は目から鱗だったようで、改めて心の距離について考え始めているようだった。


 何とか二人が最悪の結果になるのは免れそうだと息を吐いた時、「祐樹達はどうなんだよ?」と少し心配顔の圭吾が訊いて来た。

 え? 舞子さんから聞いてないのか? おそらく夏樹は舞子さんに報告しているはずだ。でも、どんな風に言ったんだろう? その辺の話をしないまま別れてしまった。もしかして、フリをしていただけだと言うのだろうか? 

 それにしてもあれから一週間近く経っているのに、圭吾に伝わっていないと言う事は、圭吾達の会話する機会が無かったと言う事で、やはり、圭吾が研究に没頭していた所為なのか……。

 

 さて、どのように返事をするべきかと、しばし逡巡の後、とりあえず俺の所為で別れたと言う事にしようと決めた。

「愛想尽かされたんだ」と言うと、圭吾は呆れた顔をしたが、俺は夏樹とは友達の延長のような付き合いで、男女の付き合いでは無かった事を、現実と虚構を織り交ぜて面白おかしく報告する話の片隅に付け加えた。

 

 俺はイギリスで過ごした六年間、圭吾を俺の人生に巻き込んだと思っている。そして、俺の無様な初恋を一番傍で見ていたのも圭吾だった。彼は俺の初恋の顛末を知っても、特に何も言わなかった。ただ傍にいてくれた。そんな圭吾にどんなに救われたか。だから、圭吾には幸せになってもらいたいと、そのためにはどんな協力も惜しまないと決めていた。

 しかし、日本へ帰って来てからの俺は、まともな女性関係を築けていなかったから、圭吾に対しては少なからず恥じる気持ちがあった。圭吾も俺の噂を聞いていただろうし、女性と一緒の所も見かけたりしていたから、女性とどんな関係を築いていたかは、なんとなくわかっていただろう。そんな俺でも圭吾は何も言わずに受け入れていてくれた。


 そんな圭吾自身の想いが叶って、好きな人との結婚が現実となって来ている今、圭吾が俺の現状を心配してくれているのはよくわかっていた。


「祐樹、おまえ、真面目な恋愛する気はないのか?」

 もう身動きが取れない現実の中で、今更そんな事を問われても何と返していいのか分からない。結局、いつものように、俺は祖父さんの決めた人と結婚するから、恋愛なんて興味は無いとはねつける。


 いつの頃からだろう?

 たしかに結婚なんて目的達成のためのアイテムだとか、愛とか恋とかいう感情に振り回されたくないとか思っていたのに……。

 圭吾の幸せを願っていたのだから、今の圭吾は自分の願った通りなのに……。

 圭吾の話を聞く度に、惨めな自分を思い知らされる。そんな気持ちに気付きたくなかったのに……。


 そして、圭吾は俺の心の封印を解く呪文のように問いかける。

「祐樹、おまえはそれで幸せになれるのか? 愛せるかどうかも分からない人と結婚して、本当に幸せになれるのか?」


 なあ圭吾、もうこれ以上俺を惨めにさせないでくれ。

 今まで信じていた物を、間違っていたと思わせないでくれよ。

 俺は初恋や父親の二の舞は、もうできないのだから……。



     ******


 あれから圭吾は舞子さんと上手くいったようで、十一月の始めには結婚までのスケジュールが決まった。翌年の一月に婚約披露パーティをし、六月に結婚式だ。俺もこれでやっと肩の荷が下りた気がした。

 そして俺の方は、祖父さんに言われても、仕事が忙しいと美那子さんに会う事を断っていた。会えばストレスが溜まるだけだし、どうしようが結婚は決められているのだから。

 もうどこかやけくその様な、諦めにも似た感情を、仕事の忙しさで誤魔化していた。


 新しい年が明けて、圭吾の婚約が近づいた頃、俺は圭吾から思いもしなかった事を聞かされた。

「夏樹さん、会社の人と付き合い始めたらしい。舞子が言っていたよ。舞子も知っている人で、とてもいい奴らしい。よかったよな」

 夏樹が付き合い始めた? 警戒心が強い割に隙が多いから、変な奴につかまったのじゃないんだろうな? 

 え? 舞子さんも知っている人で、いい奴だって? 


 俺は、夏樹を揶揄(からか)う楽しさ、怒って顔を真っ赤にして言い返す彼女の表情を、そいつも知るのだと思うと、少しだけ嫉妬心が沸き起こった。

 しかしすぐに、あの時仮初の関係を解除しておいて良かったのだと思いなおした。

 夏樹が幸せになる事が、一番なのだから……。


 

 一月の第三日曜日、圭吾達の婚約披露パーティだった。ホテルのパーティ会場に着くと、圭吾の親父さんに挨拶に行く。始終上機嫌の親父さんと圭吾と三人で歓談している時、親父さんがニコニコと俺に話を振った。


「祐樹君、君もそろそろ結婚が決まるらしいな。君のお祖父さんが嬉しそうに話していたよ」

 ああ、祖父さんは言いふらしているのか。実際のところ、浅沼の御曹司の存在は明かされていないから、そんなに多くの人には言い広められないのだが……。

 その時、舞子さんと夏樹が近づき、皆で挨拶を交わすと、圭吾と舞子さんと圭吾の親父さんの三人は、始まるからと去って行った。残された俺と夏樹は、所在無げにその場に立ち、目と目が合うと、うろたえて俯く夏樹に、相変わらずだと笑ってしまった。そして、俺の方から会話を投げかけた。


「夏樹、彼氏ができたんだって?」

 こんな風に問いかけると、夏樹特有の跳ね返った言葉が帰ってくる。俺と違って女たらしじゃなく真面目な奴だと、俺の揶揄心をくすぐる様な言葉を返し、二人の会話はだんだんとエスカレートして行く。俺は久々に夏樹を揶揄いながら、やっぱり面白いなこいつと思っていた。


 そうしたら、さっき圭吾の親父さんに言われた言葉を聞いていたのか、「そう言えば、祐樹さんこそもうすぐご結婚されるそうですね?!」とこちらへ爆弾を投げかけてきた。その言葉に一瞬現実に引き戻されそうになったが、又夏樹を揶揄う事で踏みとどまった。

 夏樹とのこんな会話に懐かしさを感じながら、俺は温かい気持ちになっていた。



     ****


 そろそろ風に春を感じるようになった三月の始め、俺はまた腐れ縁の麗香から呼び出された。


「この前途中でキャンセルされて、今度埋め合わせるって言ったのに、まだなんだけど……」


「仕事がずっと忙しかったから仕方ないだろ? それよりまた振られたのかよ?」


「私が振ったの! つまらない男に引っかかったわ」


「何度同じ事繰り返すんだよ。もうお前に付き合うのは今日で最後だからな。俺、今年結婚する予定だから……」

 自分の認めたくない現実を、断り文句に使うなんて、俺も終わっているな。


「えっ? 結婚? 祐樹、彼女いたの?」


「彼女はいないけど、結婚相手はいた訳」


「ええっ? それって、政略結婚なの?」


「まあ、そんなとこかな?」

 麗香は俺の事、どこかの金持ちの息子だと思っているからな……。


「それで、今まで恋人を作って来なかったのね……」


「そう言う事。で、俺もいよいよ年貢の納め時って訳さ」


「もっと早く言ってくれればよかったのに……」


「まさか、玉の輿なんて狙っていたのか?」


「ばーか! じゃあ、今日は最後だから、豪華なディナーお願いします」


 麗香のためにも、これで良かったのだと自分に言い聞かせると、やっと麗香との腐れ縁を切る事が出来そうでホッとした。

 

 麗香に呼び出されるといつもまず映画を見に行く。見終わってシネコンのロビーまで出てくると、見覚えのある顔と目が合った。

 夏樹……。

 すぐ目を逸らした彼女に、また揶揄いたくなる気持ちが沸き起こる。麗香に待つよう言うと、一人ロビーの椅子に座る夏樹の傍へ近づいて行った。どんな言葉で揶揄ってやろうかとワクワクしながら近付いて声をかけると、一緒にいるのは婚約者なのかと訊いてくる。友達だと言うと、「結婚を控えた人が別の女性と腕を組んでいていいんですか?」と夏樹お得意の正義感が飛び出した。

 まったく、俺の揶揄い心を煽ってくれる。デートなのかと訊いてみれば、「楽しいデート中なのに、あなたなんかに会うなんて……」と返してくる夏樹は、まったく揶揄い甲斐のある奴だ。

 その時、こちらを睨むような視線に気付き顔を上げると、長身の爽やかな好青年と言った感じの男性と目が合った。

 アイツなのか……。

 確かに俺と違って真面目そうな奴だ。

 これで良かったんだと、また自分に言い聞かせる。

 俺の中に何とも言えない感情が沸き起こったが、深く考えない事にした。


「なかなか感じのよさそうな奴じゃないか。良かったな、夏樹」

 俺は夏樹に笑いかけると、じゃあなと傍を離れた。


 麗香のところへ戻ると、「あの人、この前会った人だね。結婚相手?」と訊いてくる。女はいつも一緒にいる女が気になるらしい。俺は「いや」と言ったきり、説明はしなかった。

 その後、麗香がいきたいと言っていたフレンチのレストランで夕食を食べ、ホテルのスカイラウンジでお酒を飲みたいと言う麗香の最後のわがままを聞くために、ホテルに向かった。


 ホテルのロビーに入ったところで、俯いたまま前から小走りにやって来る女性の姿に見覚えがあった。それが夏樹だと言う事が分かるまで一秒もかからなかった。

 夏樹? 

 もしかして、泣いている?

 そう思った途端に無意識に体が動いていた。


「夏樹」

 ホテルを出たところで夏樹に追いつき、名前を呼んで腕を掴んだ。振り返った彼女と目が合う。俺は、彼女の泣き顔に驚き、見た事の無い様子に慌てた。

 彼女は一瞬驚いた顔をした後、怯えた様な表情をしたが、すぐに俺だとわかると睨んで来た。


「どうしたんだ? 夏樹」


「どうして? どうしていつも現れるの?」


「どうしてって……、夏樹が泣いていたから……」


「あなたには関係ありません。私の心配より、彼女や婚約者の心配をされたらいかがですか?」

 いつもの揶揄った時に返ってくる反応じゃない。それは、完全なる拒絶。

 俺は返す言葉もなく、俺が掴んだ腕を振りほどくと、彼女はすぐさまタクシーに乗って、消えて行った。


 どうして、夏樹がホテルから泣いて飛び出してくるんだ?

 昼間一緒にいた彼はどうしたんだ?

 あいつに迫られて逃げてきたのか? でも、恋人同士なら、そんな事……。

 まさか……、別れ話を言われて、泣いたのか?


 俺は答えの出ない問を、頭の中で繰り返し続けた。

 それからの俺は胸に焼きついた夏樹の泣き顔を、時々思い出した。しかし、所詮人の彼女である夏樹は、俺の心配なんて無用だろうし、相談できる友達だっているだろう。俺はそんな思いを振り払うように、仕事に没頭して行った。そうして、二ヶ月が過ぎた頃、祖父さんに呼び出された。


「祐樹、おまえの結婚式の日取りが決まったぞ。去年の約束から一年と言うとちょうど夏だったから、九月の終わりにした。その二ヶ月前の七月に結納と婚約披露パーティ、そして、おまえの浅沼の跡取りとしてのお披露目をする」

 わかっていた事とは言え、改めて日程を決められると、現実だったと今更ながら自覚している自分に、心の中で苦笑した。


「わかりました」

 

「それで、仕事の方はどうなんだ?」


「去年抱えていた仕事は何とか上手くいきましたが……、まだ実績と言う程には、遠いと思います」

 謙遜でも何でもない。所詮今の俺に出来る範囲は知れている。もっと時間があれば……。


「そうか……、それでも、もう日程は変えられない。そろそろ高藤を辞める準備に入る様に。七月には浅沼へ来てもらうからな」

 

 「はい」と素直に返事をする。今更何を言ったって、この祖父さんの決めた事は覆らない。俺も腹をくくるしかないのか……。


「そう言えば、高藤の息子も結婚するらしいな? なんだか上手くやったんだって? 上条電機の次期社長の椅子付きだと聞いたが……」

 

「圭吾は社長の椅子に目が眩んだんじゃありません。相手の舞子さんを本当に好きになったから、結婚を決めたんです」

 なんだか圭吾の事をバカにされた様な気がして、思わず言い返していた。しかし、俺の言葉を聞いた祖父さんは、笑いだした。


「祐樹、おまえはあんな目に合ったのに、まだ恋とか愛とか信じているのか? 恋とか愛とかほざいている奴だって、心の中は打算だらけさ。そんな風では、後継者としてはまだまだだな」

 祖父さんの言葉に、今の俺は何も言い返せなかった。だけど、心のどこかで、それは違うと感じている。

 それは祖父さんの洗脳から、初めて目覚める兆しを感じた瞬間だった。


 俺は今まで目の前にいるこの祖父さんの考え、言う言葉を人生の道標としていた。小さい頃からその考えを刷り込まれ、ただ祖父さんが指し示す先に向かって突き進む事が、俺の人生だと信じていた。

 

 だけど、本当にこれでいいのか?


 自分の中に芽生えた疑問にうろたえる。

 何を考えているんだ。祖父さんの言うとおりにしてれば、間違いないのだから……。


 でも、それが本当におまえの人生だと言えるか?

 祖父さんの操り人形のように、人が決めた人生を歩む事が、おまえの望んだ未来なのか?


 そのとき不意に博美に言われた言葉を思い出した。


『私は、自分の結婚相手ぐらい自分で見つけるわよ。自分の人生ですもの。周りに決められた結婚をしたって、結局だれも責任なんかとってくれないのよ。祐樹は自分の人生も諦めてしまうのね』


 俺は自分の人生を諦めたくない。

 人の所為にもしたくない。

 もう一度よく考えなくては、全てが手遅れになる前に……。

 


 

 

 


2018.2.8推敲、改稿済み。

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