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#93:祐樹の過去(8)恋人設定解除【指輪の過去編・祐樹視点】

お待たせしました。

今回も指輪の見せる過去のお話の祐樹視点です。

#24話から#27話までの祐樹視点になります。


 圭吾の初恋は実った。だから、すぐにでも結婚するのだと思っていた。それなのにどうだ? あの圭吾が恋愛宣言をしたんだ。


『私と舞子さんはまだお互いの事をよく知りません。このまま、婚約、結婚へと流されるように進んで行くのには抵抗があります。私は舞子さんと恋愛をして、お互いが結婚したいと思ってから、結婚しようと思います』


 そろそろ結婚をと思っていた舞子さんのお父さんは、二人の真剣ぶりに承諾せざるを得なかった。そんな圭吾達だったから、ずっと上手くいっているものと思っていた。

 その頃俺は、祖父さんに期限を切られたものあって、精力的に仕事をしていたため、しばらく圭吾と会う事も話をする事もなかった。一方圭吾の方も、大きなプロジェクトが動き出したようで、研究室にこもりきりという状態だった。

 だから、圭吾と舞子さんがそんな事になっているなんて、思いもしなかったんだ。


 それは、二十七歳の九月の終わり頃、久々に腐れ縁の麗香に呼び出された日だった。

「なんだよ、また男と別れたのか? 俺もいつまでもおまえの慰め役ばかりしていられないんだからな」


「なによ。友達が辛い思いしているのに、慰めてくれたっていいでしょ」


「おまえ、そんな事言って、この前からまだ半年しか経っていないぞ。来るもの拒まずで付き合っているから、すぐに別れる事になるんだよ。もっとじっくり付き合えるような相手を選べよ。もういい年なんだからさ」

 俺はうんざりしながらも、突き放せない自分の甘さに辟易としていた。それにしても、麗香に大きな顔して説教できる程、立派な過去を持っている訳じゃない自分自身に苦笑してしまう。


「あー、女性に向かっていい年なんて言う? ちょっと位気を使いなさいよ。こっちは落ち込んでいるんだから」


「おまえ……、落ち込んでいる奴が、映画連れて行けとか、フランス料理が食べたいとか言うか?」

 俺は呆れ果てた。まあ、いつもの事なんだけど……、目の前で舌を出して笑っている彼女を見て、大きく溜息を吐いた。こいつはどうせ俺の懐目当てで、俺にたかってくるだけだ。


 その日は特に予定が無かったから、仕方なく付き合った。ただ、急用が入ったらそちらを優先するとだけ、釘をさしておいた。仕事の関係で、何か連絡が入るかも知れないと思っていたからだ。

 麗香と映画を見て、お手洗いへ行くと言う麗香を待つ間、シネコンの入っている商業施設のエントランスで、壁に貼られた今上映中の映画のポスターを見ている時だった。「こんにちは」と声をかけられ振り向くと、夏樹が立っていた。


「さっきまで舞子の家へ行っていたの。ちょっと舞子の様子が変だったから、祐樹さんに相談しようと思っていたら、ちょうど祐樹さんを見かけて、声掛けたんだけど……。今は無理だよね?」

 ここのところ仕事が忙しくて、もう三ヶ月近く夏樹に会っていなかった。久々に見た彼女は、戸惑いがちな笑顔で問いかけてきた。その時、麗香が戻って来たので、俺はいつもの調子で「急用ができたから帰れ」と言い、夏樹に待つよう言うと、なかなか納得しない麗香を外へ連れ出した。


「最初から言ってあるだろ? 急用ができたらそちらを優先するって……」


「でも、それは仕事の場合でしょう? 他の女に会うのが急用なの?」

 他の女って……。おまえ、俺の彼女のつもりか? 

 ちょっといい顔すると調子に乗る様な女になったのか? 


「俺は仕事の事だなんて一言も言って無い。今は彼女と話す事が優先すべき事なんだよ。それに、俺が誰と会おうがおまえには関係ないだろ?」

 俺は怒りを抑えた声で言ったけれど、彼女にはそれが伝わったようで、ぐっと言葉に詰まったように、何も言い返えして来なかった。すぐさま俺は、彼女をタクシーで帰らせた。


 夏樹のところへ戻ると、彼女は麗香を帰した事に腹を立てていた。俺がアイツは友達でいつもあんな調子なんだからと言っても、俺の態度が冷た過ぎると言い返してくる。俺は少し驚いたが、彼女の正義感の強さを思い出した。いつもは遠慮しながら話すくせに、俺が間違っていると思うと、真っ直ぐに怯まず意見を言ってくる。夏樹のそんなところも、俺は気に入っていた。

 夏樹は最後に溜息をついて怒りを納めてくれたが、まだ心の中に燻っていたのか、話をするために食事に誘っても、俺を睨んで「ちょっと話をするだけだから、そこのハンバーガーショップでいいよ」とそっけない。


 しかし、夏樹から聞いた舞子さんの話には驚いた。圭吾から研究を取り上げたくないから、結婚を止めようかと悩んでいるらしい。

 どうしてそんな事になっているんだ? 確かに圭吾は今大きなプロジェクトの研究で忙しい。舞子さんに会う時間も取れない程、研究に打ち込んでいるのか? ……そうだよな、圭吾だものな。圭吾は一度没頭すると周りが見えなくなる。あんなに想っている舞子さんの事まで意識の外へ追いやるなんて……。

 俺は圭吾に話をすると約束して、夏樹と一緒に店の外へ出て駅に向かって歩き出した。そして、何かを逡巡していた彼女が、心を決めたように口を開いた。


「私たちの恋人設定、解除しませんか?」

 え? 恋人設定? 解除?

 それって、付き合っているフリを止めたいって事か?

 嫌だったのか? 

 どうして?

 夏樹に嫌われていないと、いや、もしかしたら俺の事を意識しているんじゃないのかと、どこか自惚れていた。俺は、彼女の言葉に戸惑った。しかし、俺のひねくれた自意識が、そんな戸惑いを飲み込んで、一言「わかった」と返した。


 夏樹が何を考え、そんな事を言い出したのか分からないけれど、俺はポーカーフェイスでいつものように彼女を揶揄(からか)い、いつものように真剣に怒って言い返してくる彼女を楽しい気分で満喫した。

 もう、こんな風に揶揄(からか)う事もできないのかと思うと、少し寂しくなったが、自分の現実を考えたら、ここらが潮時かと納得した。

 最後だからと食事に誘っても、家まで送ると言っても反発してくる夏樹を、強引に腕を掴んで車まで引っ張って行くと、急に素直になって送ってくれと言う。まったく女心は分からない。でも、素直になった今ならと、恋人のフリを止めたい理由を訊いてみた。


「恋人のフリを止めたいのは、舞子にこれ以上嘘を吐きたくないから」

 そんな事最初から分かっていても、正義感の強い彼女には嘘を吐き続ける事に抵抗があるのだろう。だけど、彼女が続けて言った言葉に俺はカチンと来た。


「あなたみたいに恋愛経験が豊富な人ならどうってことないのかも知れないけど、あまり恋愛経験のない私にはハードルが高いの」

 へぇ、俺の恋愛経験を知っているわけ?

 俺が女性と二人でいるところを見たって?

 それだけで恋愛経験が豊富だって決め付けるんだ?

 そんな目で俺を見ていたのかと思うと、無性に腹が立ち、苛めてやりたくなった。

 俺は夏樹の凝り固まった恋愛感を、揶揄(からか)うように責めていった。ドンドン追い込むと、彼女はいつものように顔を真っ赤にして、俺を指差し叫んだ。


「いつも自信満々で、女性は全て自分を振り向くって思っているんじゃないんですか? 次から次へといろんな女の人とデートして、あんな冷たい態度で突き放して。あなたみたいな人を女たらしって言うんです。その内女性に呪い殺されますよ!」


 一瞬俺は、彼女の言葉を全部消化しきれずポカンとしてしまったが、その言葉を理解した途端、押さえきれない笑いが込み上げてきて、最後には大笑いしてしまった。

 なんだって? 女たらし? 女性に呪い殺される?

 ここまで言う女は初めてだ。夏樹、おまえ面白すぎるよ。


 俺に笑われた所為なのか、悪態吐いた負い目なのか、何も言えずに黙り込んだ夏樹に、俺は益々悪戯心をそそられる。それにしても、夏樹の恋愛経験値の低さはどうだ? 俺がいろいろな女性と二人きりでいるのを見たからって、女たらしだと断定しているし、恋愛経験が無い事は無いみたいなのに、男友達と二人きりにならないようにしていたと言いながら、まるで隙だらけだし……。押しには弱そうだし……。

 今、俺達車の中で二人きりだと、自覚の無い夏樹に言ってやると、急に現状を理解したのか、怯えたように後ろに身を引いた。その姿さえ可笑しくて、俺は笑ってしまった。


 本当にこんな隙だらけで、よく今まで何も無く来られたな。

 反対にそんな夏樹の事が心配になり、俺は親か兄のような感覚で、男の前では油断するなと忠告した。そうしたら、どうだ? さっきまで怯えていた子犬が、急に吠えたてるように、「わかった。祐樹さんみたいな人には気を付けろって事だね」と、言い返して来るからたまらない。

 俺は夏樹の反応が面白くて、揶揄(からか)う事を止められない。そして、最後のディナーとばかりに、少し強引に食事に誘い、行きつけの中華のお店に連れて行った。このお店に女性を連れてきたのは初めてだった。博美や麗香もそうだけど、女性と食事に行く時は、高級なお店に連れて行く。それが女達を満足させるとわかっているからと言う事もあるけれど、女性と食事に行く事は、俺にとって非日常だからだ。俺の日常のテリトリーには、できる限り女性は入れたくないと思っている。

 それなのに、今回はなぜか行きつけのお店に連れて来ていた。思えば夏樹と二人きりで食事をするのも初めてだった。自分のそんな行動を不可解と思いながらも、こんなに気持ち良く食事ができる女性は初めてだから、まあ、いいかと納得した。

 夏樹は本当に美味しそうに食べる。そして、出されたものは遠慮なく平らげる。体形からして、もっと小食かと思っていたが、残すのは嫌だからと、ぺろりと完食したのには驚いた。あまりに美味しそうに食べるので、普段食べないデザートを少し味見させてもらった。最近のデザートは甘さ控えめで結構美味しい。味見する際、彼女がスプーンを持つ手をそのまま掴みデザートの杏仁豆腐をすくって自分の口に放り込んだ。俺は何も考えずにしてしまった事だったが、男慣れしていない夏樹は真っ赤になって俯いてしまった。そんな夏樹が可笑しくて、笑顔が止まらない。そんな俺を見て夏樹は笑われていると思ったのか、「この女たらし!」と呟いている。

 これ以上笑わすなよ。俺は込み上げる笑いを止められず爆笑してしまった。


 食事の後、夏樹を自宅マンションまで送った。別れ際「男にだまされるんじゃないぞ」と言うと、「祐樹さんみたいな人には気をつけるから、大丈夫」と返って来た。相変わらずのはねっ返り。どこまで俺を楽しませれば気が済むのか……。

でも、これが最後、もうこんな事を続けていられる関係じゃない。少し寂しさも感じたが、圭吾達が結婚すれば、俺たちの関係は細々と繋がって行くだろう。いつか圭吾経由で、夏樹の幸せな未来の話を、耳にする日が来るのかもしれない。まさかそれが、三ヶ月後に聞かされるとは、この時は夢にも思っていなかったんだ。




2018.2.8推敲、改稿済み。

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