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#78:決心【指輪の過去編・夏樹視点】

今回も指輪の見せる過去のお話で、夏樹視点です。

29歳の誕生日まであと一週間の夏樹。

浅沼さんとのスイーツの会。

「また半年ぶりになってしまったね。元気にしていたかい?」

 いつもの待ち合わせの公園前の道路で浅沼さんの車に乗ると、優しい笑顔で浅沼さんは言った。

 七月最初の土曜日、半年に一度のスイーツの会が開催される。今日はスイーツだけじゃ無くランチもと言う事で、午前十一時半に待ち合わせた。


「スイーツの会は半年ぶりだけど、三月にご自宅でお会いしていますから、そんなに久しぶりでも無いですよ? 私の方は相変わらずです。でも、伯父様はお仕事がお忙しいって雛子さんから聞いていますよ」


 そう、三月頃までは月に二回程開催される手芸の会で浅沼邸を訪れると、そのうち一回は浅沼さんもご自宅にいらして、一緒にランチや午後のお茶を楽しんだ。三人で過ごす週末は穏やかで、もしも両親が揃っていたら、こんな風な週末を過ごせたのかも知れないと人知れず感傷に耽ったりした。

 浅沼さん達の息子さんは、こんな風に穏やかな週末を両親と過ごしたいとは思っていないかもしれないけど、なんだか息子さんの座るべき椅子を奪っている様で、少し心苦しさも感じた。

 でも、私にとって二人は、私の中の負の感情を浄化してくれる大切な存在として、何物にも代えがたい存在になりつつあった。なにより、私の恋を真剣に応援してくれるサポーターとして、二人の存在は私の心の拠り所でもあった。


 四月以降、浅沼邸へお邪魔しても、いつも浅沼さんはお留守で、何でも息子さんが後を継ぐために浅沼さんの会社の専務として働くようになったそうだ。

 今まで浅沼さんは経済界に対して、息子の存在を明らかにしていなかったらしい。それがここにきての息子の経済界デビューは、浅沼コーポレーションだけでなく浅沼グループに関係する取引先等の注目を浴びているらしい。お陰でそれらの関係先との会食やパーティで、ほとんどの夜や週末がつぶれていると、浅沼さんはぼやいた。でもね、ぼやくその顔はとても嬉しそうなの。前回のスイーツの会の時、息子が頼ってくれて嬉しいと話してくれた時の浅沼さんと同じで、やはり息子が自分の後を継いでくれると言うのは嬉しいものなのだなと、今日の浅沼さんを見てしみじみと思った。


「夏樹ちゃん、雛子から伝言と、いろいろ夏樹ちゃんに訊いてくるようにと頼まれていてね」

 浅沼さんは少し困ったような顔をして、運転しながらも私の方をチラチラと伺うようにして言った。

 ここのところ雛子さんとの手芸の会が開催されておらず、雛子さんに最後に会ったのはゴールデンウィーク最終日だったから、雛子さんとももう二ヶ月ほどお会いしていない。また展示会があるとかで、雛子さん自身も忙しくなってしまい、手芸の会は休会状態が続いている。


「雛子さんからの伝言?」


「そう、今日私は雛子のメッセンジャーボーイなんだよ」

 浅沼さんは自虐的にそう言って苦笑した。

 ボーイって……、思わず私も笑ってしまった。


「なんだか怖いですね。その伝言を聞いたら余計に逃げられなくなりそうで……」


「おやおや夏樹ちゃん。君は雛子から逃げたいのかい? もしかして、伝言内容が想像つくとか?」

 そう言う浅沼さんの声は、何処かワクワクしている様な楽しげなものだ。浅沼さんまで私を追い詰める気ですか?


「だいたい想像つくから、怖いです。でも、ご期待に添えるかどうか……」

 私が神妙に答えると、浅沼さんはクスリと笑った。

 きっと雛子さんは、あの後の私の恋の報告をしていないから、気になっているのだろう。

もしも、まだ告白していないのなら、早くするようにと言う伝言か。


「まあとにかく、食事をしながら話をする事にしよう」と浅沼さんが言うと同時に、車はホテルの駐車場へと入って行った。

 ホテルの中の創作フレンチレストランの半個室の様な席に通され向かい合う。ここのコースの最後に出されるデザートが美味しいんだと嬉しそうに告げる浅沼さんは、いつもの甘いもの好きの伯父様だ。順番に出てくる料理を堪能しながら、雛子さんからの伝言とやらを聞く事になった。


「雛子はね、最初に君に謝って欲しいって言っていたんだよ」


「え? 謝る? 私、雛子さんに謝ってもらうような事、何もありませんよ」


「雛子が言うにはね、君がこの前きてくれた時、随分ひどい事を言ってしまったって、ずっと気にしていてね」

 この前と言うとゴールデンウィークの最終日に伺った時の事だ。あっ、私の恋は見込みないって言ったことかな。その通りなんだから、気にする事無いのに……。


「雛子さんは事実を言ったまでで、気にする事無いんです。それよりも、私の事を真剣に考えてくださって、本当に嬉しかったんですよ」

 私は精一杯、雛子さんへの感謝が伝わるように話した。


「そうか……。そう言ってくれると、雛子も救われると思うよ。ところで、彼とはその後会えたのかい?」


「ええ、ゴールデンウィーク明けの金曜日の夜に……」


「また、君の手料理を食べに来たのかい? その時彼は、長く連絡もしなかった事や来なかった事の理由を言ったかい?」

 浅沼さんは雛子さんからすべて聞いているのだろう、いきなり核心を突く質問をしてきた。


「いいえ、来なかった一ヶ月半なんて無かったかのように、いきなりメールで今夜食べに行くって連絡が来て、今までの様に食べに来ました。来なかった間の事や何の連絡も無かった事については何も言わなかったです。ただ、四月に転職したって……。だから忙しくて来られなかったのかなって、こちらが勝手に思っただけで……」

 私は出来るだけ淡々と話した。思い出すと涙がこぼれそうで……。


「転職?」

 浅沼さんは怪訝な顔をして訊き返す。


「ええ、一ヶ月半も前に転職していたらしいの。ヘッドハンティングだって……」


「へぇ、ヘッドハンティング? なかなか優秀みたいだな、彼は。どこの会社へ転職したか聞いた?」

 えっ?! 浅沼さんの会社だなんて言えない。

 私は首を左右に振った。聞かなかった。聞かなかった事にしておこう。


「彼の事は、あまり突っ込んで訊けなくて……。でも、転職なんて大きな事、友達とかだったらもっと早く言いますよね? 三月頃まではよく食べに来ていたから、その時にはもう転職すること分かっていただろうと思います。でも、何も言ってくれなかった。それって私は、彼にとっては大事な事を話せる相手じゃないって事ですよね?」

 ダメだ……。話し出したら、一気にあの時の気持ちが蘇って、浅沼さんに縋るようにまくし立ててしまった。浅沼さんは私の様子が変わったので驚いた表情をした後、辛そうな表情になった。

 あ……、又心配をかけてしまった。


「夏樹ちゃんを安心させてあげるような事を言ってあげたいけど、話を聞く限りでは私も雛子と同じ考えだよ。それで、自分の気持ちは伝えたのかい?」


「いいえ、伝える前に転職の話さえしてもらえない関係なのだと思ったら、本当に見込みの無い恋だと自覚しました。もう、本当に潮時だなって、今度こそ決断しようと思っています」

 私は泣き出しそうな心を諫めながら、自分の決心を浅沼さんに伝えた。


「そうか……。それでその後、彼からは何も連絡無いの?」


「はい、また約二ヶ月音沙汰なしです。この二ヶ月間で随分諦めがつきました。これからも会わずにいたら、伯父様が言うようにこの想いを昇華できるような気がします」

 私の言葉を聞いて浅沼さんは少し考えるように目を閉じた。そして、ゆっくり目を開けて私を真っ直ぐに見つめると、真面目な顔で話し出した。


「夏樹ちゃん、確かに君の話を聞く限りでは、彼を想い続けても望みが無いのかもしれない。でも、いつも夏樹ちゃんは自分一人で勝手に思い込んで自己完結しようとしているだろう? だから、中途半端で諦めきれないんだよ。やっぱり、自分の想いは告げた方がいいと思う。結果はどう転ぶか分からないけど、想いを告げると言う事は、自分の想いにもけじめをつけると言う事だよ。そうしないと本当の意味での昇華はできないよ」

 浅沼さん……。見込みの無い恋だと思っていても、けじめをつけるために彼に思いを告げろと言う事なんですね。それがこの長い片思いに終止符を打つための儀式になるのかも知れない。


「そうですね、片想いを終わらせるための儀式は必要ですものね」

 私は遠い目をしてそう答えていた。


「伯父様、先日私の一番の親友が赤ちゃんを産んだんです」

 私はしばらく考えた後、舞子の初めての赤ちゃんを見に行った時の事を思い出して話し出した。浅沼さんは急に変わった話に面食らったようだけど、静かに頷きながら聞いてくれた。


「赤ちゃんはとても可愛くて、友達は聖母の様に慈愛溢れた笑顔で赤ちゃんを抱いていました。愛する人と結婚して、愛する人の子供を産んだ彼女がとても羨ましかった。それで、その時、自分にはそんな日が来るのかなって、思ってしまったんです。それこそ雛子さんが言うように、自分の年齢を考えたら結婚も出産も真剣に考えなきゃいけない年なんだなって思うし、私自身もやはり結婚して子供を産むのは夢でもあるんです。だから、見込みの無い片思いしている場合じゃないなって、やっと自覚しました」


「そうだね、私も雛子も、夏樹ちゃんはもうそろそろ幸せになってもいいんじゃないかって、思っていたんだよ。何も結婚だけが幸せだなんて言うつもりは無いけど、君と彼の関係は、どこかおかしい気がするんだよ。付き合っているのならまだしも、友達だとしても彼は自分勝手過ぎるよね? 彼は夏樹ちゃんの気持ちに気付いていて、その気持ちに甘えているんだと思うよ。夏樹ちゃんは自分の事が好きなんだから、いつでも受け入れてくれると思っているんじゃないかな?」

 浅沼さんの指摘は自分自身感じていた事だった。彼はきっと私の想いを知っている。だけど、彼は自分の気持ちは絶対言わないし、誘いかけるような事もしない。私の部屋へ来ても友達以上の態度はとらない。本当なら、その辺で彼の気持ちを察しなきゃいけないのに、何処かで期待してた自分が情けない。


「そうだと思います。私もバカみたいに、どこかで期待していたんだと思います」


「そりゃあ、何度も手料理を食べに来てくれたら、期待するなって言う方がおかしいと思うよ。だから、二人の関係をはっきりさせるためにも、自分の想いを告げて、彼の気持ちを聞かなきゃね」

 私はもう、それ以上何もいわずに頷いた。いつかはこんな日が来る事はわかっていた。時間は止まらないし、確実に年齢を重ねて行くのだから……。


「それから、もう一つ雛子からのメッセージがあるんだが……」

 浅沼さんはそう言いかけて、コホンと咳払いした。そして、少し困ったような顔をして話し出した。


「夏樹ちゃん来週の日曜日は誕生日だろう? 雛子がね、夏樹ちゃんの誕生日を自宅で祝いたいって言っているんだよ。来てくれるかな?」


「えっ? 私なんかの誕生日のために、ご自宅でお祝いをしてくださるんですか? あっ、その日は息子さんの誕生日でもあるんじゃないですか? 私より息子さんを祝ってあげてください」

 そう言えば以前、はじめて雛子さんにお会いした時、誕生日の話になって息子さんにドタキャンされたから、今度は夏樹ちゃんだけ呼ぶわって言っていたっけ? そんな事、雛子さん覚えていたんだ。


「だから、息子と夏樹ちゃんの二人の誕生日を祝いたいんだよ。夏樹ちゃんはまだ息子には会った事無いだろう? 一度紹介しようと思って……」

 息子さんを紹介? まさか……、お嫁に来いって話はもう無くなっているよね?


「紹介って……」


「ああ、そんなに堅苦しく考えなくていいんだよ。夏樹ちゃんって彼に一途だから、他の男性に目が行く事無いだろう? うちの息子では役不足かもしれないけど、他の男性と話をしたりするのもいいんじゃないかって思うんだ。どうかな?」


「そうですね。……どんな方か少しは興味があるので、ご紹介して頂けるのなら……」

 何もお見合いってわけじゃないんだから、同い年の男性と話をするぐらいなら……。それに浅沼さんと雛子さんの息子さんだし……。


「よかったよ。断られたら雛子に怒られるところだったよ」

 明らからにホッとした顔をした浅沼さんに、思わず笑ってしまった。よほど雛子さんの尻に敷かれているみたい。


 今日浅沼さんに会えてよかったと思った。いろいろな気持ちでゆらゆらと揺れている心が、浅沼さんと話す事で落ち着き、決心する事が出来た。

 この気持ちが揺れださないうちに、実行に移さなきゃ……。タイムリミットは二十九歳の誕生日。

 でも、明日の日曜日か来週の土曜日ぐらいしか日が無いな……今夜にでも電話してみなきゃな。

 


 帰りは浅沼さんに自宅まで送ってもらうと、車から降りる時、食事のお礼にと持ってきた手作りのクッキーを渡した。最近無性に食べたくなっていたので、昨夜から仕込みをし、今朝から焼いたクッキーをお土産として持ってきていた。浅沼さんはクッキーと聞いて嬉しそうな顔をし、私も自慢のクッキーなんだと笑った。

私も浅沼さんも、そのクッキーが思いもよらない運命へと導いて行くとは、その時は思いもしなかった。



2018.2.1推敲、改稿済み。

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