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#76:私と彼の不可解な関係(前編)【指輪の過去編・夏樹視点】

お待たせしました。又遅くなってすいません。


今回からまた指輪の見せる過去へ飛びます。

夏樹視点です。

前回の指輪の過去編の最後「#63:追い詰められて」の続きです。


 去年の十二月の第二土曜日、最後だと思っていたグルメの会で、祐樹さんに手料理をご馳走した。あの日は、祐樹さんがもうすぐ正式に婚約すると聞いたから、いつにない勇気を出して、自分の想いを告げる代わりに手料理をご馳走しようと、自宅へと案内したのだった。

あの日、彼は私に言った。


『だったら、こうして部屋へ入れてくれて手料理までご馳走してもらっている俺は、友達づきあいの域を脱しているのかな?』


 彼のこの言葉は私を追い詰めた。今までの自分の言動や考えには、矛盾がある事を思い知らされた。友達付き合いのような振りをして接していたつもりだったのに、もしかして私の想いなんて、バレバレだったのだろうか?

 あの時、しどろもどろで祐樹さんは親友のご主人の友達だから……と、苦しい言い訳をしたけれど、彼はそれ以上突っ込まず、「じゃあ、これからも夏樹の手料理を食べさせてくれる?」とニッコリ笑顔で訊いたのだった。

 その言葉に、彼のどんな気持ちがあるのか、見当もつかないまま、現在に至っている。


 あれ以来、彼の結婚問題にも触れられなくなってしまった。あまりに首を突っ込むと、どうしてそんなに気にするんだと突っ込まれるだろう。

 でも、わかっているんでしょ? 私の気持ちなんて。

 そして、彼はそんな事には慣れっこなのだろう。彼の周りには、彼の事を想う女性が沢山いるのだろうから。そんな女性たちの気持ちを知らない振りして、自分の都合のいいように扱うのなんて、お手のものなのだろうから。


 そんな訳で、彼の口に私の料理が合ったのか、いつの間にか時々手料理を食べに来るようになった。

平日の夜、その日の終業時間までに食べに行くとメールがあれば、いつも私が食べている夕食を二人分作るだけの事。

 そしていつの間にか多い時は週に三回も食べにくる彼。もしかして私は、飯炊き女かも知れない。



「夏樹ちゃん、あなた、それじゃあ、すっかり飯炊き女じゃない? 夏樹ちゃんの気持ち分かっていてしているのなら、あまりに酷いわよ。それで、その男は食事だけして帰って行く訳? 夏樹ちゃんに手も出さず? 女性の一人住まいの部屋に上がり込んでいる癖に?」

 雛子さんは、最近の私の片思いの相手の話をする度、彼の評価を下げて行く。分かっているのだけど、改めて言われると、やっぱり誰が聞いてもそう思うよねと、落ち込んでしまう。


「ひ、雛子さん。手を出すって……。彼はそんな人じゃありません。誠実なんです」

 別に手を出して欲しい訳じゃないけど……。気持ちがあって出される手なら嬉しいけど、女って言うだけで手を出す方が、信頼できないと思う。だから、手も出さないのは誠実の表れかもしれない。

 そこまで考えて、ハタと気付いた。誠実だから手を出さないと言う事は、私の事を何とも思っていないと言う事で、やっぱり私の作る食事だけが目当てなのだ。

 それでも、彼が食べに来るのを拒否できないのは、美味しそうに食べてくれるのが嬉しいから。単純だよね、私って……。健気とも言うよね。


「夏樹ちゃん……、今更彼を庇っても遅いわよ。主人から聞いているわよ、彼は彼女が沢山いるような女たらしだって」

 あ……そうだ、浅沼さんには初めて恋の相談をした時、彼の事をそんな風に言ったのだった。

 そう、彼はいろんな女性と付き合いがあるみたい……だし、女友達もいるし……。

 私はきっと彼の周りにいる女性の中の最低ランクにいるのだろう。メシ友ならまだ対等な感じだけど、飯炊き女って……。ランク下げてどうするの!


 夕食を食べに来ても、食事中には会話はするけど、食後のコーヒーを飲むと、さっさと帰って行く。ちょっと位ゆっくりしてもいいのにって思うけど、口に出しては言えない。

 でもね、彼は一方的に食べに来るだけじゃないの。夕食のお礼だと、時々週末に食事に連れて行ってくれる。私だったらとても入れそうにない高級レストランとか料亭とか……。

 だから余計に、変に期待とかしてしまうのかもしれない。


*****


 ゴールデンウィークの最終日、いつものように雛子さんのお宅にお邪魔して、昼食を一緒作って食べ、午後からはお喋りしながらの手芸の会が開催された。今作っているパッチワークキルトはベッドカバー。最初は小さなものばかりだったけれど、慣れてきたので、大作にチャレンジ中なのだ。

 浅沼さんはゴールデンウィークだと言うのに相変わらず仕事で、最近息子さんが後を継ぐために浅沼さんの会社へ入ったため、このお休み中も息子さんを連れてアメリカへ行っているらしい。アメリカはゴールデンウィークなんて関係ないから、海外相手に仕事をしている会社は、お休みなんて言っていられないのだろう。


 雛子さんに聞かれるまま、つい一ヶ月以上何の音沙汰も無いと想い人の話をすると、雛子さんは又怒りだした。


「夏樹ちゃん。夏樹ちゃんの話を聞いていると、その彼は誠実とは思えないわよ。あんなに何度も手料理を食べに来ていたくせに、こんなに長い間、音沙汰も無いなんて。たとえ来られなくても、何らかの連絡ぐらいあってもいいんじゃない? 友達でもそのくらいの誠意は見せるでしょう?」

 わかっている。わかっているの、そんな事は。当事者の私が一番身に沁みているんだから……。

「うん。わかっているの。もう潮時なのかな? たとえこれで終わりだとしても、手料理も食べてもらえたし、良かったと思っているの」


「何言っているの、夏樹ちゃん。そのままじゃあ、あなたはいつまでもその想いを引きずるでしょう? もうこの辺でドーンとぶつかって、すっきりと諦めがつくくらい砕け散ってしまいなさい。そうしたら、新しい出会いに向かう事が出来るから。なんなら私がお世話してあげるわよ。花の命は短いんだから、花盛りの内に幸せを掴まなくちゃ!」

 雛子さん、ドーンとぶつかって、砕け散るって……。やっぱり駄目なの前提なんですか?


「雛子さん、もう私は、花盛りなんて過ぎちゃっていると思います」

 そう、もうすぐ二十九歳なのだ。何歳までが花盛りか知らないけど、大台はもう目の前。


「何言っているの! 夏樹ちゃんはまだまだ若いわよ。見た目なんか二十代前半に見えるわよ」

 二十代前半って……。


「雛子さん、……私、息子さんと同い年ですよ」


「あっ、そう言えばそうだったわね。それなら、急がなきゃ。彼はあなたの気持ちも、年齢もわかっていて、そんな中途半端な関係を続けているのなら、はっきり言って見込みないと思うわよ。女性にとったら本気で結婚を考えなきゃいけない年になって来ているんだから。出産年齢を考えてもね」

 雛子さん、きつい事をはっきりと言う。そこが雛子さんらしいんだけど……。

 見込みないか……、無いよね。


「なんだかね、私が諦めようとすると彼が近づく様な気がするの。そして、近づいたと思ったら、全然相手の気持ちが見えなくて……。分かっているのよ、彼にとっては私は都合のいい女なんだって事。友達レベルにもなれない事ぐらい。本当に雛子さんの言うように見込みないよね……」


「ごめんね、夏樹ちゃん。私ったら、気を許した相手だと思った事ズケズケ言っちゃうから……」

 私は首を振った。雛子さんは真剣に私の事を想っての言葉だから……。


「はっきり言ってもらった方がいいの。私は優柔不断だから……。二十九歳の誕生日までに決断実行する。ぶつかって砕け散るか、何も言わずにすっぱりと諦めるか……」

 私がそう言うと、雛子さんはクスリと笑った。私何かおかしなこと言ったかな?


「夏樹ちゃんはやっぱり、逃げ道作っているね。何も言わずにって……、ここまでその想いを引きずってきたのは、何も言わなかったからでしょう? あなたの長年のその想いを相手に投げつけてやりなさい。そして、この想いに答える気が無いのなら、二度とご飯を食べに来るなって、私の前に姿を現すなって言ってやりなさい!」

 ひ、雛子さん……。

 私は雛子さんの剣幕に怯んでしまった。私の性格も私の取るであろう道も全てわかってしまっている雛子さんは、優柔不断な私がじれったくてしょうがないのだろう。私の中途半端な決断は、すぐにバッサリと切り捨てられてしまった。

 そう、決断しなくちゃ。もう、タイムリミットなのだから。

 タイムリミットは二十九歳の誕生日。

 そう決めて、ぶつかって砕け散って、そして……きれいさっぱり諦めてやる!

 そう思っていた。そう思っていたはずなのに……。

 

       *****


 ゴールデンウィーク後の火曜日に、舞子が初めての子供を出産した。翌日、本人から電話を貰って驚いた。昨日出産したばかりの人が、元気な声で電話をかけてくるなんて、思ってもいなかったから……。

でも、出産後は割合早くから動くように言われるらしい。その方が子宮の戻りがいいんだって。

 2900gの女の子で、名前は妃奈(ひな)ちゃん。お腹にいる時から女の子と分かっていて、早々と決めていたらしい。初めての割には分娩時間が短かくて、安産だったと笑っていた。

 出産の疲れがあるだろうに、やたらとハイテンションな彼女は、やはり初めての大仕事をやり遂げて興奮しているせいなのだろう。嬉々として出産の様子を、未婚のそれも相手さえいない私に、話して聞かせてくれた。出産の様子が妙にリアルで、少し怖くなった事は黙っておいた。週末には赤ちゃんを見に病院へ行くと約束して、電話を切った。


 良かった。本当に良かった。出産は時には死のリスクを伴う大仕事だから、舞子の元気な声を聞けて、本当に安心した。子供もとても元気らしい。きっと今頃、ご主人の圭吾さんは娘にデレデレになっているのだろう。幸せそうな二人を想像して、嬉しさと羨ましさがごちゃ混ぜになった。

 私にもそんな日が来るのだろうか?

 いつまでも叶いそうに無い恋にすがって、その相手とよく分からない関係を続けていたって未来は見えない。もう、一ヶ月半も何の音沙汰も無いと言う事は、きっとこのままフェードアウトしてしまうような関係なのかもしれない。


2018.2.1推敲、改稿済み。

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