#69:スイーツの力【現在編・夏樹視点】
またまた、お待たせしました。
今回は現在編の夏樹視点です。
前話の舞子からの電話を切ったところから始まります。
舞子、ありがとう。
私はもう一度心の中で呟くと、舞子からの電話を切った。
舞子と出会えた事は、一生の宝物だと思う。もしかしたら、祐樹さんと出会った事より、私にとっては大切な事かも知れない。彼女がいなかったら、祐樹さんと出会っていなかった。たとえ、違う形で出会ったとしても、お祖父様に反対されて、それっきりだっただろう。
舞子の存在の大きさを改めて実感し、私は只々心の中で手を合わせた。
その後、入浴を済ませ、寝るばかりとなりベッドへ座ると、私は先ほどの舞子との会話を思い返していた。
『今度こそ祐樹さんと幸せになるから』
本当にこれで良かったのだろうか?
祐樹さんの二度目のプロポーズに頷いたくせに、相変わらず心の片隅でずっとくすぶり続ける疑問。
私は祐樹さんの人生の邪魔者になりはしないのだろうか?
私は首を振った。
どんなに時を隔てても、どんなに距離を隔てても、お互い変わる事の無かったこの想い。もう信じるしかないじゃないか。二人の運命はここから一つだと……。
でも……、問題はまだ沢山あるのだ。
お祖父様の事もそうだけど、もっと大事な事……。私がずっと言えずに来た秘密を早く祐樹さんに打ち明けてしまわなければ……。
私はいつの日かその秘密が問題の火種になりかねないと不安になった。
でも、全て言ってしまってもいいのだろうか?
母の事は言える。……でも、父の事は……? どう、説明すればいい?
やはり、舞子の言うように、小さい頃に亡くなったって、そう言う事にした方がいいのだろうか?
そうして、秘密の上に嘘を重ねて……。バレやしないかと心のどこかで罪の意識を感じたまま過ごす事が出来るだろうか?
それに……と、私は心の奥にある不安を思い起こした。
祐樹さんのお父様は知っている。母の事も、恐らく父の事も……。
『僕と雅樹の共通の知り合いにそっくりだから……』
圭吾さんのお父様が言った言葉を思い返して、私は顔を歪ませた。
共通の知り合い……。それは圭吾さんの父親が、昔同期だったと言う私の母の事だ。だから、祐樹さんに実の母の名前を言えば、きっと父親にも伝わってしまう。
私が御堂夏子の娘だと知ったら……、お父様は、どうするだろう?
今日、私は祐樹さんと共に、二人の結婚の意志を報告するため彼の両親を訪ねた。
「間に合って、よかった」と喜んだ彼の両親の姿を見た時、私は改めて心から良かったと安堵の息を吐いた。
そして、報告を終えると、祐樹さんは昨日圭吾さんの父親に偶然出会って、私を結婚相手だと紹介した事を告げた。その時、圭吾さんの父親が夏樹を見てとても驚いていた事、祐樹さんの父親も驚くはずだと言った事を話した。
「父さん、夏樹と初めて会った時、昔の知人と似ている事に驚いたのか?」
圭吾さんの父親がまるで幽霊でも見たかのような驚き方をした所為か、自分の父親を探る様な眼差しで見つめながら質問する祐樹さんに、私はたじろぎ彼の顔を見上げる。
「……う~ん、そう言えば、誰かに似ているなぁとは思ったかな? でも、それだけだよ。三十年以上も昔の知り合いだから、もうそれほど覚えていないんだよ」
いつもの優しい微笑みを浮かべて、祐樹の父はその話をさらりとかわした。
でも、私は気付いてしまった。祐樹さんがこの話をしだした時、お父様の動揺した瞳の揺れに。
やっぱり、知っているんだ。母の事を……。
私は自分の中で疑惑が確信へと変わっていくのを感じていた。
だから、母が昔付き合っていた人の事を圭吾さんのお父様が知っているなら、その親友の祐樹さんのお父様だって知っているじゃないだろうか?
そして、二人がどうして別れたかと言う事まで知っているとしたら?
そして、二人が別れた時期(母が失踪した時期)の事も知っているとしたら?
祐樹さんと同じ誕生日の私を、母がいつごろ妊娠したかも検討つくはず。
だから、おのずと誰が父親かも、分かってしまうだろう。
考え過ぎだろうか?
今まで、母にそっくりな私を身近で見てきた祐樹さんのお父様は、何も思わずにいた筈は無い。母の恋人だった人に、元恋人によく似た娘がいると教えなかったのだろうか? それとも、逃げられた恋人に似ている娘なんて、教えるのが忍びないと思ったのか。
私はここまで考えて我に返ると、自分の考えに呆れてしまった。ちょっと妄想が入り過ぎだ。
舞子が言っていた実の父親に娘の存在を知られる事の危険性を思うと、やはり用心に越したことはないと、自分に言い聞かせる。
そして、さっきの電話の時、どうして舞子にこの事を言えなかったのかと、私は自分自身に問う。
祐樹さんの父親も私の母の事を知っていると。以前からもしかしたらとは思っていたのに。
私は、親友の舞子に話せない事がある事に罪悪感を覚えた。あんなに心配をかけて、お世話になっているのに……。
その上、祐樹さんと付き合う前から彼の父親である浅沼さんと、半年に一度の割合でスイーツを食べに行っていた事も、舞子には話せていなかった。
なんとなく、変に勘繰られるのが嫌で……。でも本当は、祐樹さんが浅沼さんの息子だと知る前、自分の父親像と浅沼さんを重ねていた事を、勘のいい舞子に気づかれるのが恥かしかったのだ。だから、祐樹さんの父親だと分かった後、余計に言えなくなってしまったんだと、私は誰にとも無く言い訳していた。
ふいに、私の中に再び今日の出来事が蘇った。
あの時、目の前にいた彼の両親を不思議な思いで見つめたのを思い出した。私にとって彼の両親は五年前の記憶より、トリップで見たもっと若い頃の彼らの姿の方が鮮明だった。
トリップ中の七年前の彼らと親しくしていた事を思い出し、思わず「雛子さん」「伯父様」と呼んでしまいそうになったのを寸での所で思い止まらせたのは、隣にいる祐樹さんの存在。
前日のトリップでは、まだ彼がこの二人の息子だとは知らない。四人が一緒にいるなんて、不思議な気がして、私は本当の過去を一生懸命思い返そうとしていた。
結婚の報告が終わり、四人はお喋りしながら、私達がお土産に持ってきたマカロンと紅茶を頂いていた。このマカロン、祐樹さんの父親である浅沼さんが美味しいと教えてくれたのを思い出し、来る途中で買ってきたものだった。浅沼さんは一口食べるなり、嬉しそうに私の方を見た。
「夏樹ちゃん、これルクサンブールのだろう?」
「あ、分かります? 以前に美味しいって教えていただいたから、これにしたんですよ」
私も嬉しくなって、明るい声で返した。
「ずいぶん前の話なのに、よく覚えていたね。久々だから嬉しいよ」
その言葉を聞き、私は心の中で苦笑いした。私にとってはまだ、ここ一ヶ月以内の記憶だ。
「スイーツの話なら、忘れませんから……」
私がニッコリと笑って答えると、浅沼さんも優しい笑顔を向けた。そんな二人を面白くなさそうに見つめる祐樹さんの視線に、私達は気づきもしなかった。
「夏樹ちゃん、また一緒にスイーツを食べに行きたいね」
その言葉を聞いて、私の心はパッと明るくなった。祐樹さんが浅沼さんの息子であると分かってから、スイーツの会はうやむやのまま解散となってしまっていたのだ。
「是非!」
明るい笑顔で身を乗り出すように答える私を、不機嫌そうな顔で一瞥した祐樹さんは、自分の父親に向かって、威嚇する様に低い声で釘を刺した。
「夏樹は俺の奥さんになるんだからな。スイーツが食べたい時は、俺が連れてくよ」
祐樹さんの言葉を聞いて、目を見開いたまま唖然とする浅沼さんの横で、母親の雛子さんが突然笑い出した。
「祐樹も夏樹ちゃんの事になると、全然成長していないわね」
雛子さんはクスクス笑いながら目を細めて祐樹さんを優しく見つめる。
実の父親にやきもち焼いてどうするの?
私が恨みがましい目で祐樹さんを見ると、そんな私達を微笑ましく見た浅沼さんはニヤリと笑いながら口を開いた。
「祐樹、おまえがそんなにやきもち焼きだとは知らなかったなぁ。五年も夏樹ちゃんを放って置いたくせになぁ。夏樹ちゃんはおまえの奥さんになるのは分かっているさ。でも、私達の娘になるって事も分かっているか? たまには四人で食事のついでにスイーツを食べるぐらいいいだろう?」
浅沼さんは息子の方に向かって話しながら、私にウインクして見せた。相変わらず浅沼さんの隣で雛子さんは笑い続けていた。
痛い所を突かれた祐樹さんは、しぶしぶ「たまにならな」と答えている。そんな彼の様子を見て、これではまだまだ父親に頭が上がらないな、と私は苦笑交じりの笑いを漏らした。
その後、浅沼さんと私が最新のスイーツの話に花を咲かせると、雛子さんは黙って新たな紅茶を入れるために席を立った。しかし、祐樹さんは口を挟めもせず、ブスリとしたまま二人の楽しそうなお喋りを、ソファーの背にもたれて見ているだけだった。祐樹さんの口も封じるスイーツの力、侮るべからず。
浅沼さんは相変わらずスイーツの情報収集は抜かり無いよね。
最近できた新しいパティスリーやそのお店一押しのお菓子、お取り寄せで人気のお菓子の事など、忙しい仕事の合間によくこれだけ情報を集められるものだと、私は嬉しそうに話していた浅沼さんの蕩けた様な顔を思い出し感嘆した。
いつの間にか私の頭の中は、実の母親と父親の事をどんな風に告白しようかと思案していた事など、すっかり消え、甘いスイーツが占領していた。
2018.1.31推敲、改稿済み。