#67:高藤慎吾の思惑(後編)【現在編・慎吾視点】
お待たせしました。
やっと、何とか更新できます。
今回も引き続き現在編で、舞子さんの義父・高藤慎吾視点となります。
今回も妄想と想像で身もだえする慎吾おじさま。
でも、少しづつ真実を探るべく、反撃に出てきました。
舞子さんが帰った後、僕は書斎に籠り、今回の一連の事について考えていた。
三十五年前、いや三十六年前か。もうそんなに長い時間が経ったんだな。親友の雅樹と夏子さんが付き合っていたのは。二人の付き合いはそんなに長くは無かった。一年と数ヶ月ぐらいの間だった。雅樹の方の結婚問題が無ければ、恐らくもっと長くゆっくりと付き合っていただろうと思う。
そう、二人の恋は三十六年前に終わっているんだ。それなのに、なぜ今頃になって、二人の事をこんなに身近な人物から聞かされるんだ?
その上、聞いてきた本人の友人が、知っていますかと訊いた女性にそっくりとは、どういう事なんだ?
それも、その女性と付き合っていた男の息子が、そのそっくりさんと付き合っている?
親子そろって好みが一緒だね…なんていう問題じゃないだろう! そんな言葉で済まされない程、彼女はそっくりだった。娘だと思ったって不思議じゃない。
まさか、御堂夏子さんが昔を恨んで自分にそっくりな娘を使って復讐しようとしているとか?
はっ、それこそ、妄想だね。そんな事あるはずもない。それなら、【まさき】捜しをしなくてもいいはずだ。
それにしても、祐樹君はアメリカへ行く前から彼女と付き合っていたと言っていた。そんなに前から、雅樹は彼女の事を知っていたと言う事だ。彼女を見て、何も思わなかったのだろうか? それに……祐樹君達が付き合うより前から、雅樹と彼女は知り合いだったと言っていた。雅樹からそんな話は一言も聞いていない。僕には、話す必要もないって事か……。なんだか悔しいな。夏子さんと付き合う時にはあんなに協力してやったのに……。
僕は、居ても立ってもいられなくなって、雅樹のコールナンバーを押していた。
「もしもし、雅樹、慎吾だけど」
「また、おまえか……。今度は何だ?」
随分な言われようだ。
きっと先週電話した事でちょっと怒っているのかもしれない。彼にしたら忘れたい過去だっただろうに、僕が掘り起こしてしまったから……。
「今電話していてもいいか?」
「ああ、いいけど、もうお前の妄想には付き合わないぞ」
「妄想って酷いな。あれは僕の推理なのに……。今回はそんな話じゃない。雅樹、おまえ、僕に黙っていた事があるだろう?」
「はぁ? おまえに言わない事は山ほどあるが……。どんな事だ?」
「実は昨夜、祐樹君に会ったよ」
「そう言えば、祐樹が今日来た時にそんな事を言っていたなぁ」
「もう聞いたのか。祐樹君、もう帰ってきていたんだな。それで、その時、婚約者を紹介してくれたけど、おまえそんな話全然してなかったじゃないか。水臭い奴だな」
「水臭いも何も、僕だって今日二人から報告を受けただけなんだよ。でもな、親父が又いろいろ工作しているんだ。今、親父の動きを様子見しているんだけど……」
「またか……。祐樹君がアメリカへ行く前も親父さんが邪魔したって言って無かったか?それでも、二人が結婚するって事は、あの爺さんの鼻を明かして付き合い続けていたと言う事なのかい?」
「二人はこの五年間、連絡も会う事もせずに、本当に別れたままだったんだよ。約束もしていなかった。僕もいつになるか分からない約束で彼女を縛るなって言ったんだよ。それより、アメリカで実績を積んで、一日も早く彼女にもう一度プロポーズしに行けと言っていたんだ。だから、夏樹ちゃんがよく心変わりしなかったなぁと感謝しているんだ」
「そうか……、いろいろ大変だったんだな。ところで、その夏樹ちゃんだけど、昨夜初めて見たんだが、とても驚いたよ。お前はなぜ驚いたか分かっているよな。その夏樹ちゃんともう五年以上前から知り合っていた訳だ。なぜ、僕に話してくれなかったんだ? あんなにそっくりなのに……。彼女の関係者だとは思わなかったのか?」
「なぜ、おまえに話さなきゃならない? おまえには関係無いだろう? それに、夏樹ちゃんは彼女とは関係ない。他人の空似だよ」
他人の空似ね。舞子さんもそんな風に言っていたな。でも、僕は何か腑に落ちないんだよ。
「なぜそういい切れる? 僕は先週、あの話が出た時、昔の写真を出して彼女を改めて見たんだ。僕と彼女は同期だからね。彼女の写っている写真も残っているんだ。その写真の彼女にそっくりだった。雅樹は記憶の中の彼女しか覚えていないだろうから、だんだん薄れていくかもしれないけど、僕は一週間前に写真を見たばかりだったから、それこそそっくりだと思ったよ」
「……」
「おい、何とか言えよ。でも、母親の名前を聞いたら、夏子さんじゃ無かった。もしかしたら、姪とかじゃないのかな? それにしても、おまえたち親子の女性の好みが一緒だなんて、笑ってしまったよ」
「……確かに、夏樹ちゃんに初めて会った時は驚いたよ。でも、夏樹ちゃんと話をすると雰囲気が違うんだ。今では、夏樹ちゃんの顔は夏樹ちゃんにしか見えないし、夏樹ちゃんを見ても、彼女を重ねる事は無いよ。それに、彼女は一人っ子だったはずだから姪はいない。ましてや娘でもない。他人の空似以外に考えられないんだよ」
「そうか……。それでも、その夏樹ちゃんと、先週電話で話した誰かが御堂夏子と条件に合う【まさき】を調べている事と関係があるように思えてならないんだよ」
「何だ、またあの話か。あんな事、おまえの勝手な妄想だろう?」
「いや、そうじゃないんだよ。僕に御堂さんの事や【まさき】について聞いてきたのは、圭吾のお嫁さんの舞子さんなんだよ。それから、夏樹ちゃんは、その舞子さんの友達なんだ。不思議だと思わないかい? 舞子さんは誰かに頼まれて僕に聞いてきたらしいんだけど、舞子さんが訊ねる御堂夏子が、彼女の友達の夏樹さんとそっくりなんて……。偶然にしては出来過ぎていると思わないか?」
「えっ? 圭吾君の奥さんが? 祐樹と夏樹ちゃんが離れている間、その舞子さんがずっと夏樹ちゃんの様子を祐樹にメールで知らせてくれていたらしいんだ。彼女がいなかったら、今の祐樹と夏樹ちゃんは本当に別れたままになっていたかもしれない。とても感謝しているんだ。……だけど、その舞子さんが、なぜ僕の事を調べているんだろう?」
「おまえだってそう思うだろう? それでな、今日舞子さんが家に来た時に、御堂夏子さんの写真を見せたんだ。そうしたら、舞子さんは驚いてとても動揺したんだよ」
「おまえ……、また何か変なこと考えているだろう? 僕を巻き込んでくれるなよ」
「違うだろ! 三十六年前のおまえの恋に、僕が巻き込まれているんだろう? 全ておまえに関係することじゃないか!」
「……僕だって、意味が分からないんだよ。どうして今頃……。それも、夏樹ちゃんの友達の舞子さんが……」
雅樹の動揺しているような声を聞いて、いつも冷静でポーカーフェイスのアイツが、今電話の向こうでどんな表情をしているのか見てみたくなった。
「なあ、いつまでもこんな訳の分からない事で振り回されるのは嫌だと思わないか? それなら、こちらから仕掛けてやろうと思ってさ……。僕は御堂さんがウチの会社に勤めていた頃に付き合っていた【まさき】を知っているから、捜している理由を教えてくれたら、その【まさき】が誰か教えると、舞子さんに提案をしたんだよ」
「おまえ……、僕に相談も無く、勝手にそんな事提案するなんて……何考えているんだよ!」
「わかっているよ。こうでもしないと、理由が分からないだろう? それに、捜している理由によっては教えられないって言っておいたから。お前を傷つけるような事や迷惑をかけるような理由だったら、教えないつもりだ。でもその場合、仲介はするって言ってある。だから、おまえもある程度は協力して欲しい。それに、最終的におまえの名前を出すのはおまえの許可を得てからにするから」
「そんな事は当たり前の事だ。それにしても……どうして今頃……」
雅樹はまた同じ言葉を繰り返して、徐に溜息を吐いた。そして、現状を認めたのか諦めたのか、情けない様な声で考えながら「おまえを巻き込んで悪かった」と謝罪を口にした。
僕は、舞子さんからの返事が来次第連絡すると約束して電話を切った。雅樹の事を思うと、あいつの人生は親父さんに振り回されっぱなしだったと思う。いや、いまでも振り回されているのか。そして、息子までもが同じように振り回されて……。
あの爺さんは何だ? 独裁者か? 悪魔か?
それにしても、舞子さんの友達の夏樹ちゃん……アイツがちゃん付けで呼ぶから、つい夏樹ちゃんなんて呼んでしまうけど、舞子さんとはどの程度の友達なのだろう?
そう言えば、祐樹君と夏樹さんの仲をずっと舞子さんが繋いでいたような事を言っていたっけ?
じゃあ、先週子供を預かった時に泊まりに来ていたのは、夏樹さんだったのかな? きっと親友なのだろう。舞子さんは、その親友の頼みを聞いて、今回の事を始めたのか?
「さとうなつき」って言ったっけ?
なつきってどんな漢字を書くのだろう?
御堂夏子さんの夏と雅樹の樹……なんて事無いよな?
まさかな……。
僕は自分の想像にブルリと身を震わせた。
そんな事、あるはずがない。あっていいはず無いんだから……。
2018.1.31推敲、改稿済み。