#66:高藤慎吾の思惑(前編)【現在編・慎吾視点】
お待たせしました。
今回は現在編で、舞子さんの義父、高藤慎吾さん視点になります。
高藤慎吾さん視点で書いていると、とても長くなってしまい(まだ書ききっていない)、とりあえず途中で切ってアップする事にしました。
いよいよ謎の核心に迫ってきましたが(読者様にはバレバレの謎ですが……)
慎吾おじ様はどこまでこの謎に迫る事ができるでしょうか?
お楽しみくださいね。
僕は何か運命が大きく動いて行くのを感じたんだ。
こんな偶然は絶対にない……と思う。
これは偶然という名の運命なのか?
それとも、起こるべくして起こった必然と言う名の運命なのか?
日曜日の午後四時過ぎ、預かっていた孫を迎えに来た舞子さんが、僕の書斎のドアをノックした。
今日の彼女はお茶会だったらしい。圭吾も付き合いのゴルフがあったらしく、孫の子守りを頼んでいた舞子さんのご両親に急な予定が入ってしまい、急遽子守りは我が家へと回ってきた。
先週の金曜から土曜にかけても孫達を預かったので、舞子さんは心苦しそうだったが、僕達は二人で寂しいからいつでも大歓迎だと言うと、安心して出かけていった。
若い頃は僕達夫婦も仕事で忙しく、自分の子供の面倒さえ人任せにしている様な所があったが、今は長男家族も近くのマンションで暮らしているし、婿養子に行った次男家族も同様で、その上、仕事の方も息子に任せつつあるので、時間はいくらでもある。それなのに、この広い屋敷に少々くたびれた夫婦二人きりで、お手伝いさんはいてくれるが、子供の声が響かない家と言うのは、何とも寂しいものなんだな。それは妻も感じているらしく、孫達がやって来ると、この家に若いエネルギーが充満するのが嬉しいらしい。そして、僕たちはそのエネルギーを充電すると言う訳なんだ。
でも、孫達は少々元気過ぎて、帰ってしまうと夫婦そろってぐったりする事もあるのだが……。
「お義父様、今週も又お世話になってしまって、本当にありがとうございます。私に話があると聞いたのですが……」
「ああ、そうなんだよ。話と言うのはね、先週、舞子さんが僕に訊ねてきた事に関する事なんだけど……。あの時、条件に該当する【まさき】と言う事で、トーエイの社長を紹介しただろう? 彼の若い頃の事が少しわかったから、舞子さんに言っておいた方がいいかなと思って……」
「えっ? そうなんですか? ありがとうございます。それで、若い頃の事と言うと?」
「ああ、彼はね、大学卒業と同時にお付き合いしていた人と結婚したらしいんだ。でも、子供には恵まれず、その奥さんは三十代半ばで病死したらしい。それからずっと結婚はしていないらしいんだよ。よほど、その奥さんを愛していたんだろうなぁ。どう? 舞子さんが捜していた【まさき】と一致しそうかい?」
舞子さんの捜している【まさき】は、トーエイの社長のはずがないけど、舞子さんはどう思っていたのかな?
僕は舞子さんの表情がどう変わるか観察しながら話していた。僕も結構腹黒いな。
「やっぱり……」
舞子さんはポツリと思わずこぼしたように呟いた。
やっぱり、違うと思ったのかな? やっぱり、そうだと思ったのかな?
「ん? 何がやっぱりなの?」
「いえ、その事も依頼者に伝えておきます。いろいろ気にかけて頂いて、本当にありがとうございます」
おいおい、舞子さん、ここで終わりじゃないんだよ。これからが本番なんだよ。
「ところで、舞子さん。この前君が訊いてきた【御堂夏子さん】の事だけど……。君は彼女を見た事があるのかい?」
「えっ? 直接は知りませんが……」
「写真を見たとか?」
「いえ……」
「写真があるのだけど、見てみるかい?」
「えっ? 本当ですか?」
「ああ、君に聞かれてからいろいろ思い出していたら、同期で写した写真があった事を思い出したんだよ。正直、僕も彼女の顔をぼんやりとしか覚えていなかったから、三十年以上ぶりに写真を見て、彼女の顔をはっきりと思い出したよ」
僕はデスクの引き出しを開けて、ポケットアルバムを出して、舞子さんの前にその写真があるページを広げ、「この人だよ」と目的の彼女を指差した。それは、入社一年目の夏、同期会でバーベキューをした時の写真だった。いろいろなスナップ写真と全員で並んで撮った集合写真。彼女が友達と二人で笑っている写真もあった。
あらためて見ると、やはりよく似ている。昨夜、帝都ホテルで会った祐樹君の恋人に。
写真を見ていなかったら、どこかで見た事がある様な……ぐらいにしか思わなかったかっただろう。
その写真を見た舞子さんは、驚きの表情を隠しきれなかった。
それは、その写真の御堂夏子さんが自分の友達に似ていて驚いたのか。それとも、自分の友達が御堂夏子さんに想像以上に似ていて驚いたのか。同じようで全然違う視点。
黙ったまま穴があくほど見つめ続けている舞子さんに、僕はさりげなく話しかけた。
「ねぇ、舞子さん。昨夜、帝都ホテルで祐樹君に会ったんだよ。彼は女性と一緒だった。その女性がこの写真の御堂夏子さんにそっくりなんだけど、君は何か知っているのかな?」
「えっ? それは……」
舞子さんは可哀そうなくらい動揺して、眼を泳がせている。
「祐樹君は、その女性の事、奥さんになる予定の人だって紹介してくれたんだ。舞子さんの友達だって言っていたけど、君は知っているのかい?」
「あ、あ……そうです。私の友達の佐藤さんです。祐樹さんとは、祐樹さんがアメリカへ行く前からお付き合いしていた人です。驚きました。御堂夏子さんに、よく似ていたから……」
本当に?
御堂夏子さんと似ている事は知っていたんじゃないの?
でも、御堂夏子さんの顔は初めて見たみたいだな、その驚き方だと……。想像以上に似ていて驚いたと言うところか……。
そのお友達の佐藤さんは、御堂夏子さんの関係者じゃないのかい?
僕は心の中で質問を繰り返しながら、舞子さんの表情を見つめていた。
舞子さんは、僕がその女性が舞子さんの友達だと知っている事を知って、ちょっとホッとしたのか、表情が和らいだ。
「ねぇ、彼女は御堂夏子さんの子供とか姪とか親族じゃないの? あんまりそっくりだから、思わずお母さんの名前を聞いてしまったよ。でも、違う名前を言っていたから、御堂さんの子供って言う訳じゃないんだよね。だったら、姪とかじゃないのかな? ……もしかして、今回の依頼は彼女からって事は無いの?」
僕は、舞子さんの表情が和らいだので、思わず心の中の疑問を舞子さんにぶつけてしまった。言った途端舞子さんの表情が変わったので、失敗だった事に気付いた。
「お義父様、依頼者の詮索はしない約束です。それに、佐藤さんには全然関係ない事です。他人の空似じゃないんですか?」
そう、他人の空似と言う事も考えられるよね。でもさ、舞子さんの友達が御堂夏子さんにそっくりで、その上、舞子さんの口から御堂夏子さんの名前が出てくるなんて……、関係あると思う方が普通じゃないのかな?
「そうか……、そうだったね。他人の空似ね……。この世にはよく似た人が三人は居るって言うから、それもあるのかもしれないね。ところで、これは詮索と言うのじゃないのだけど、僕は御堂夏子さんがウチの会社に勤めていた頃に付き合っていた【まさき】と言う名の人を知っているんだよ。舞子さんが捜している【まさき】は、その人じゃないのかな? ねぇ、舞子さん、なぜその人を探しているか教えてくれたら、その人の事話すけど……、どうかな?」
「お義父様、それが詮索です。でも……、お義父様の仰っている【まさき】さんは、この前私が言った条件に合うのですか?」
おっ、食いついたか。やはり、舞子さんもどうしても見つけたいに違いない。でも、捜している理由や依頼者については、トップシークレットか?
「一つを除いて、後は全て合うんだ。その一つも違う見方をすれば、クリアできる条件だと思う。依頼者が捜している【まさき】が御堂夏子さんと関係あるのなら、彼以外には考えられないと思う」
「お義父様、……合わないたった一つの条件って何ですか?」
「それは、今は言えない。でも、さっきも言ったように、その条件は事情を知ればクリアできるんだ。それも、捜している理由を教えてくれれば、話そうと思う。そうじゃないと、その人にも迷惑をかけるといけないからね」
「そうですか……一応、依頼者と相談してみます。お義父様も、この事は他言無用でお願いします。お義母様にも」
「ああ、それは分かっているよ。僕も舞子さんの力になりたいと思っているんだよ。でも、いろいろとデリケートな問題もあってね。すんなりその人の事を言う訳にはいかないんだ。捜している理由如何によると言うか……。その理由がその人を傷つけたり、苦しめたりするものだったら、教えられないかもしれない。でも、その時は仲介役を喜んで引き受けようと思っているよ。だから、よく依頼者と相談して決めてくれるかな?」
舞子さん、僕は訳の分からない事で振り回されるより、きちんと事実を把握したいんだよ。自分の関係ない事に巻き込まれるなら、特にね。
2018.1.31推敲、改稿済み。