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#63:追い詰められて【指輪の過去編・夏樹視点】

お待たせしました。

ちょっと今回は長いです。

途中で切る事が出来なくて、長くなってしまいました。

どうか、頑張って読んでくださいね。



指輪の見せる過去のお話で、夏樹視点です。

28歳の12月の夏樹と祐樹。

いよいよ、二人の関係が変わる時なのか?


 どうぞとドアを開けて先を促すと、祐樹さんは「お邪魔します」と中へ入って行った。

 部屋は1LDKで、玄関を入って短い廊下の両側にトイレと洗面のドアと引き戸があり、正面のガラスの入ったドアの向こうが約8帖のダイニングキッチン&リビングで、その横に約4.5帖の寝室にしている洋間がある。LDKと寝室を隔てる両開きの引き戸はしっかりと閉めている。


 玄関で彼の横をすり抜けて先に上がり、スリッパを出す。そして、立ったまま「いらっしゃいませ」と頭を下げた。


「へぇ、ここが隠れ家的なお店ねぇ」

 彼は周りを見回して、嫌味な笑顔でシレっと言った。


「男性を招待するのは祐樹さんが初めてだから、光栄に思ってくださいね」

 私もニッコリ笑って、いつか言われた言葉をそのまま返す。


「へぇ、それはとても名誉な事で……って、アイツは来た事無かったのか?」

 少し驚いた顔をした彼からまた「アイツ」って言葉が出た。

 彼の言う「アイツ」って誰の事?


「だから、祐樹さんが初めて来た男性だって言ったでしょう」


「ふ~ん。まあ、いいけどね……」


 LDKへ彼を通し、リビングスペースのソファーに座るよう勧め、日本茶を出した。彼がお茶を飲んでいる間にダイニングテーブルに食事の用意をする。テーブルの上には雛子さんに教えてもらったパッチワークキルトのランチョンマットを敷いて、お茶碗と箸置きにのせたお箸を並べた。

 急いで生姜焼き用の付け汁につけた豚肉を焼き始める。その間にも、お皿の用意をしたり、他のお料理を器に入れたりと、狭いキッチンスペースをくるくると動き回る。


「良い匂いがするなぁ」

 湯飲みを持ったままベランダにつながる掃き出し窓から、外を見ていた彼が振り返って言った。その声に彼の方を見れば、眼が合った。

 自分のプライベートスペースに彼が居る事に慣れない。

 恥ずかしさがこみ上げて眼を逸らそうとしたが、頭の中で「完璧なメシ友」と言う言葉が浮かび上がり、ぎこちない笑顔を貼り付け「もうすぐだから……」と返した。


 小さなテーブルに所狭しと並べたお料理の数々。二人掛けのダイニングテーブルについた彼は、眼を見開いて「凄いな」と呟いた。


「ありきたりの家庭料理ばかりでごめんなさい。お口に逢えばいいけど……」


「いや、こんな家庭料理が嬉しいよ」

 祐樹さんの言葉が素直に嬉しかった。

 彼が食べ出したのをしばらく見つめていると、私の視線に気づいたのか私を見て「予想以上に美味しいよ」と言った。


「どんな予想していたんですか?!」

 思わず突っ込むと、「俺のお袋より美味しいかもしれない」と答えにならない答えを言う。


「お母様って、お料理お上手なんですか?」


「お母様って柄じゃないけど、結構得意だと思うよ」

 もしかして、おふくろの味を超えたって事? と心の中で、一気に喜びが込み上げた。

 これはとんでもない褒め言葉じゃないのだろうかと、ひとり悦に入りながら、にやけそうになる顔を何とか我慢しながら、自分も食べだした。

 うん、今日はどれも美味しくできた。


 それから私達はたわいもない話をしながら、食事を続けた。結構たくさん作ったと思ったけれど、祐樹さんは綺麗に食べつくしてくれた。

 美味しいと褒められて、綺麗に食べてくれて、始終機嫌よくお話して……

 これ以上何を望むというのか。

 これで、思い残すことはない。

 この想いは告げられなくても……。


 食べ終わって、後片付けをするために立ち上がった。すると、「俺がするよ」と彼が私の手のお皿も取り上げて流しへ運ぶ。お客様にとんでもないと言うと、「どうせ夏樹は食材費なんか受け取らないだろう? だから、後片付けぐらい任せろって」と、袖を捲り上げた。仕方なく洗うのを彼に任せて、私は洗い終わった食器を布巾で拭いて食器棚へ戻した。


「夏樹は、貧乏性だな。ゆっくりしていればいいのに」

 そんな事言われても、人に働かせてゆっくりはできない。でも、おかげで片づけが早く済んで、食後のコーヒーと紅茶でゆっくりする事ができた。


「夏樹は良い奥さんになりそうだな」

 今日はやけに優しい雰囲気で微笑まれ、意地悪な突っ込みが無い。でも、この言葉は褒めているようで、暗に私はお嫁さん候補対象外だと言われている様なもの。

 そりゃあそうだ。婚約者が居るのだもの。

 誰かのものになる人相手に、一生懸命頑張ってお料理したって、どんなに褒められてもどこか虚しい。

 もう二度と私の手料理は食べて貰えないのだもの。


「それで、今後のグルメの会は夏樹の手料理を食べさせてもらえる訳?」

 え?

 何を言っているの?

 有りえないでしょ?


「今後のグルメの会って……、今回でお終いでしょう?」


「お終いって、なんだよ? もう辞めたいのか?」


「祐樹さん、もう隠さなくていいです。私知っているんですよ。祐樹さんは優しいから自分から言えないんでしょう?」


「何の話をしているのか知らないけど、俺は辞めたいとか思って無いよ」

 私は、はぁ~と溜息を吐いた。

 この人は、私の事を異性だと思って無いのだ。異性だと言う前にメシ友なのだ。それならそれで……と思わないでもないけれど、もう私のこの想いが限界だ。それに婚約者さんの事を思うと、やはり私が遠慮しなければ。


「あの……祐樹さん、婚約おめでとうございます」

 私は息を吸い込むと、一気に言った。何とか笑顔も張り付けて……。

 目の前の人は一瞬目を見開き、飲みかけたコーヒーの手を止めた。そして、ガシャンと音がするぐらいの勢いでコーヒーカップを置くと、「どう言う事だよ?」と見た事の無い鋭い眼差しで私を睨むと低い声で言った。


「あ、舞子から聞いたの。年内に正式に婚約されるって……」


「圭吾と舞子さんには、結婚も婚約もしないって言ったのに、あいつらどうしてそんな偽情報流すんだよ。夏樹もそんな偽情報に惑わされるなよ」


「で、でも……、祐樹さんのお父様からのお話だって舞子が言っていました」


「親父が何を言ったか知らないけど、夏樹は本人の言葉が信じられない訳?」


「いや、……そう言う訳じゃないですけど、……私、祐樹さんと婚約者さんがショッピングモールを歩いているのを見たんです。宝飾店から出てくるところを……。それって、そういうことでしょう?」

 目の前の彼は驚いた顔をして、チッと舌打ちをした。


「夏樹、あれは祖父さんの陰謀なんだ」


「陰謀?」

 何それ? お祖父さんが孫を陥れる訳?


「ああ、前に祖父さんの決めた許嫁の話を断ったって言っただろう? 俺は断ったつもりでいたんだ。でも祖父さんは、諦めてなかった。俺の知らないところで外堀を埋めて、婚約披露をするって言いだして……。勝手に許嫁の相手と食事に行くように仕向けて、断れないようにしやがった。それが、夏樹が見た時だよ。それで、その時、俺は相手に直接断ったんだよ。そうしたら、彼女もこちらのお願いも聞いて欲しいって言いだして、父親にねだるクリスマスプレゼントの下見に一緒に行って欲しいって言われて、仕方なく宝飾店へ行ったんだよ」

 なんだか言い訳じみて胡散臭い気もした。あの時見た二人は腕を組んで、本当にお似合いだった。でも、私なんかに嘘を吐く必要もないだろうに……。

 あんな綺麗な人との結婚を、どうして断るのだろうか?

 それに、その綺麗な彼女とは、お見合いしてからもう一年ぐらい経っているのではないだろうか?

 今年の一月の舞子の婚約パーティで祐樹さんが結婚するって聞いたのだから、その前に出会っている訳で……。そんなに長い間、結婚に向かって過ごしてきたのに、今頃突然断られたら、その相手の方は納得するのだろうか?

 その人は祐樹さんの事を好きになっているかもしれない。結婚に向かって幸せ一杯だったかもしれない。

 私は許嫁の人の気持ちを思って、ますます落ち込んだ。好きな人との結婚を一方的に断られたら、私だったら耐えられない。


 俯いたまま一人考え込んでいると、目の前に座る彼がしびれを切らして名前を呼んだ。


「夏樹、分かってくれた?」


「祐樹さんって、酷い人ですね」

 私は顔を上げて彼を睨んだ。


「はあ?」


「その許嫁の方とお見合いしてから、ずいぶん経つんでしょう?」


「そうだな……最初に紹介されたのは、五年ぐらい前かな?でも、正式にお見合いしたのは二年ぐらい前かな?」

 そんなに経っているの!


「そんなに長い間、結婚に向かってお付き合いしていたのに、今頃になって突然断るって、相手の気持ち考えた事あるんですか?」


「お付き合いって……、二年間の間に一緒に食事したのが五回ぐらいかな? それも、祖父さんが勝手に予約して無理やり行かされた様なものだったし……。付き合いをしていたつもりもないよ」

 なんですって!

 お見合いして断りもせず、キープしたまま余り会う事もしない。……それって、最低じゃない。

 なんだか沸々と怒りがこみ上げてくる。

 もう、目の前の彼が自分の好きな人と言うより、女性の敵の様な気さえしてくる。自分の好きになった人だから、よけいに許せなかった。


「お見合いして、断らなかったら、結婚に向けて付き合って行くものじゃないんですか?それで、断らないまま、たまにしか会わないって、どれだけ不誠実なんですか! 結婚する気が無いなら、すぐに断らないと、相手の次の出会いを奪っている様なものです。それに、相手の方が祐樹さんの事を好きで結婚を楽しみに待っていたのだとしたら、とても残酷な事していると思いませんか?」

 私の剣幕に祐樹さんは驚いた様な顔をした。そして、背もたれにもたれて腕組みすると何か考え込むように黙り込んでしまった。

 言い過ぎてしまっただろうか? 私には関係ない事なのに……。

 一応言い過ぎたと謝っておこうかなと口を開こうとした時、祐樹さんが体を起こすとこちらを見て話し出した。


「今まで、夏樹が言った様な事、考えもしなかった。お互いの祖父さん同士が勝手に決めた許嫁で、それこそ子供のころから言われていたんだ。お前には決まった相手があるからって。そして二年前に正式にお見合いしても、特に彼女と逢おうとか思わなかった。ただ、いつかは彼女と結婚するんだから、それまでは別に彼女と付き合わなくてもいいと思っていたし、自分は自分で遊んでいたらいいと思っていたよ。祖父さんが決めた事に逆らえなかったと言うか、従う事が当たり前だと思っていたから、結婚なんてそんなものだと思っていた。彼女も同じだと思っていたよ。一緒に食事しても、当たり障りのない会話しかしないし、彼女が何考えているかなんて考えもしなかった。夏樹に言われて初めて、彼女に対して誠実じゃ無かったって分かったよ。心のどこかで祖父さんの所為にしていた。それでも、結婚するならまだしも、今頃になって断っているんじゃ……、本当に酷い奴だよな、俺って……」

 そう言って、彼は自嘲気味に苦笑いした。


「今それに気づいたのなら、遅くないですよ。今からでも誠実にその相手の方と話し合いされたらいかがですか? お互いにもっと自分の気持ちを話して、真剣に結婚の事を考えてお付き合いされたらいいんじゃないですか?」

 自分でバカだなって思いながら、彼に許嫁と真面目に付き合えと薦めている。しかし、彼は大きく息を吐いて首を振った。


「彼女とは結婚する気が無いから断ったんだ」


「まだ、彼女と向き合っても居ないのに? 彼女の気持ちを聞きもしないで? こんな状態で断って、彼女は納得してくれるの? それとも、別に結婚したい人が居るの?」

 本当はこんなところまで聞きたくないのに……、止まらない。


「夏樹……、俺の結婚問題はもういいだろう? とにかく今の俺は結婚する予定も、婚約する予定も無いよ。だから、それを気にしてグルメの会を辞めると言うのなら、気にしなくていいから」

 祐樹さんはこれ以上話す気は無いと言わんばかりに、いきなり終息させた。

 私は自分の中に溢れかえる疑問や好奇心、そして女性として男性である彼の不誠実に対しての怒りを持て余し、モヤモヤとした気持ちのやり場を無くして、私の中の怒りは益々煽られた。


「グルメの会の事より、女性として、長く許嫁として過ごしてきた彼女に対して、誠実に向き合ってほしいんです」

 彼は、一向にこの話題を終わらせられない私を疲れたような眼差しで見つめると、徐に息を吐いた。


「夏樹、どうして俺の結婚問題に首を突っ込む訳?」


「え?」

 そんなつもりは無いけど……。首を突っ込んでいる事になるのかな?

 私は眼を見開いて彼を見上げた。


「そうだろう? 俺と許嫁の事なんか、夏樹には関係ない事だろう? それなのになんで説教されなきゃなんないんだ?!」


「説教って……」


「婚約者が居るくせに他の女性と会うなとか、さっきは許嫁と誠実に向き合えって怒るし……。いつだったかはさっさと結婚しろって言っていたよな」


「えっ?」

 そうだ、祐樹さんが結婚するって聞いてから、彼に逢う度イライラして、心とは反対の事を口走っていた。

 でも、さっさと結婚しろなんて言ったっけ?


「夏樹は覚えてないか? 圭吾たちの結婚式の二次会で俺に言った言葉。酔っ払っていたもんな」

 ええっ! 私あの時、そんなこと言っていたの?

 まさか……、この想いも告げてしまったのだろうか?

 サッサと結婚しろって、そんな事、願ってもいないのに。でも、心のどこかで、思い続けることが苦しくて、早く結婚してくれたら、諦めもつくって思ったのかも。

 私は彼の方を見る事が出来ず、行方の定まらない視線だけが部屋の中をさまよった。

 彼はそんな私の顔を見るとニヤリと笑った。さっきまでの怒りが、いつの間にか心の焦りへと変化していく。


「夏樹はそんなに俺の結婚が気になる訳?」


「なっ……」

 何を言っているのよ! と言おうとして、言葉にならなかった。

 これは彼の挑発だ。

 意地になって答えるのを面白がっているんだ。

 それなのに、彼はスルリと話題を変えた。

 いや、変えたのじゃ無くて、じわじわと追い詰め始めたのだ。


「ところでさ、夏樹はアイツにも手料理をご馳走したの?」


「ア、アイツって?」


「元カレ?今カレ?どちらも?」


「今カレなんて、いません! ……あっ、この前、舞子に会社の人とデートしていたって言ったでしょう? 舞子に責められて困ったんだから。勝手なこと言わないでください」

 私が睨むと、彼は「あはは」と笑って受け流す。


「元カレにはプロポーズまでされたのに、手料理も食べさせなかったのか?」


「彼は急な転勤話でプロポーズしただけで、私達は友達づきあいの域を脱してなかったから……」


「ふ~ん。だったら、こうして部屋へ入れてくれて手料理までご馳走してもらっている俺は、友達づきあいの域を脱しているのかな?」


 えっ……?

 私は、優しげに見える笑顔で私の顔を覗き込む彼に、巧みに追い詰められていた。




今回の長いお話を最後まで読んでくださってありがとうございます。

次回はいよいよ現在編へ戻ります。

ちょっと頭の中を現在の35歳の夏樹と祐樹に戻してくださいね。


2018.1.31推敲、改稿済み。

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