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#61:浅沼家の事情【指輪の過去編・夏樹視点】

指輪の見せる過去のお話で、夏樹視点です。

夏樹、祐樹、28歳の12月。

指輪の過去ばかりが長くなってしまってすいません。

現在編がなかなか進まない(-_-;)

 師走は本当に駆け足の様にやってきた。

 気付けば街はクリスマスで彩られ、寒さなんてものともしない恋人達で溢れかえる季節。

 雛子さんのクリスマス用の作成のため、しばらく手芸の会はお休みとなった。でも、クリスマスまでに一回は必ずお邪魔すると約束した。私自身も毎年恒例のシュトーレン作りや玲子おばさん達へのクリスマスプレゼント捜しに忙しい週末をおくっていた。


 十二月第一週の日曜日、また半年ぶりのスイーツの会。浅沼さんとはご自宅でお会いしていたので、半年ぶりではないけれど。


「夏樹ちゃん、急に予定を変えて悪かったね」

 本当なら土曜日に約束していたのを、前夜になってから一日ずらせて欲しいとの浅沼さんからの申し出に、特に予定の無かった私はすぐに了解したのだった。


「いえいえ、特に予定もなかったので、かまいません」


「息子がね、初めて私を頼ってきてくれたんだよ」

 某ホテルのラウンジにて開催されていたケーキバイキングに来ていた私達は、何種類ものプチケーキをお皿に乗せると、テーブルで向かい合って話し出した。


「息子さんが?」

 私は、嬉しそうに話しだした浅沼さんの顔を見て、相槌代わりに訊き返した。


「ああ、息子はね、今まで私の事をあまりよく思っていなくてね、思春期以降、必要な話以外した事が無かったんだ」


「ええっ? 浅沼さんと息子さんって、喧嘩とかされていたんですか?」


「いやいや、そういう訳じゃないんだが、私の父がね、私の事を悪く吹き込んだ様で、それを信じ込んでいてね。会社を大きくした父にしたら、私は物足りないんだと思うよ。それで、孫である私の息子に期待をかけて、小さい頃からいろいろ洗脳したんだよ。息子の方も、カリスマ的オーラの有る祖父に憧れて、小さい頃から祖父の元へよく行っていてね、一流の経営者になるにはどうすればいいか、教え続けていたんだよ。だから、息子も私の言う事より、祖父の言う事を信じていたから、私とはあまり口もきいてくれなくてね」


「えー! こんな素敵なお父様なのに、何が気に入らないんでしょう? お祖父様にしても息子さんにしても!!」


「ありがとう、夏樹ちゃんだけだよ、そんなこと言ってくれるの」


「でも、そんな息子さんが初めて頼ってきてくれて、良かったですね」


「そうなんだよ。息子も年をとって、私と父の関係や現実が見えてきて、少しずつ洗脳が解けて来たような気がするんだよ。あのままだと、私の父の様な冷血な経営者になっていただろうと思うよ」


 私は始めて聞く浅沼さんとお父様と息子さんの三代にわたる関係について、頭の中で考えてみた。そこには大会社の経営者一族の軋轢や思惑が渦巻いているようで、小説やドラマによくあるドロドロした人間模様しか想像できなかった。

 私と同じ誕生日の息子さんはどんな人なんだろう?

 冷血な経営者のお祖父様に憧れ洗脳されていたと言う事は、きっと冷たい俺様男に違いない。

 どうして、穏やかで温かいお父様を悪く思うかな?

 でも、どんな事でお父様である浅沼さんに頼ってきたのだろう?

 気になるけれど、これ以上訊いていいものかどうか迷ってしまう。


「経営者一族と言うのも大変ですね」


「そうだね。いろいろな責任が付きまとうし、周りの期待もあるからね。でもね、息子がやっと現実の自分に向き合いだしたようで嬉しいんだよ。今までは私の父の言いなりの様なところがあったからね」


「良かったですね。これから親子関係が上手くいくといいですね」


「そうだね。息子にとったらこれからが試練になると思うけれど、間に合ったと思うよ。自分で手さぐりしながら自分で掴み取って行かない事には、先には進めないからね。私の父のお仕着せの考えばかりでは、そのうちに潰れていただろうからね」


「息子さん、私と同い年なのに、求められる能力や責任が大きくて大変ですね」


「そう言われたらそうだけど、どんな仕事をしていてもそれは同じだと思うよ。夏樹ちゃんだって、会社では責任と期待を背負って頑張っている訳だろう?」


「私なんか責任も期待も小さいから、そんなに大変ではないですよ」


「それは、自分が何を求めるかに因るんだと思うよ。夏樹ちゃんももっとステップアップを望めば、自ずと求められる責任も期待も大きくなるから。私の息子だと言ってもね、すんなり社長になれる訳ではないんだよ。でも、小さい時から祖父にいずれ社長になるのだからと言い聞かされて、それなりの勉強をさせられてきた息子は、今まで何の疑いも無く祖父の敷いたレールを走ってきたんだよ。確かに知識も能力もそれなりに身につけて来たけれど、それは自分で選んだ人生じゃないんだ。そんな事に最近やっと気付いて、あらためて自分で社長になる自覚をもったみたいなんだよ」


 浅沼さんは真面目な顔をして息子さんの事を話していらっしゃるけれど、こんな話を私が聞いてしまってもいいのだろうかと、不安になった。これって、浅沼コーポーレーション社長一家の内情だ。あまり公にしない方がいいのではないのか? もちろん誰にも話はしないけれど……。


「あの、浅沼さんのご家庭の事情を私なんかに話していいんですか?」


「ははは、今更だよ。それに、私と父親が対立している事も大勢の人が知っている事実だしね。まあ、私は対立しているつもりは無いんだけれどね。ただ、考え方が違うだけで。それより、夏樹ちゃんは誰も知らない秘密を知ってしまったじゃないのかい? 私と妻の秘密をね。息子さえ知らない事だよ。これはもう浅沼家の一員になってもらうしかないかな? どうだろう?」


「ええ!! そんなぁ~。この前お断りしたじゃないですか。そんな重大な秘密、私になんか話さないでくださいよ」

 驚いた。聞いてしまった秘密を盾にお嫁に来いなんて言われるとは思わなかった。

 浅沼さんにそんな風に言ってもらうのは嬉しいけれど、とても社長一族の仲間にはなれない。

 さっき聞いていただけでも、ドロドロした人間関係が複雑そうだ。


「ははは、そんなにおっかない顔しなくていいよ。冗談だから。君に気持ちは前に聞いているからね。私も雛子も夏樹ちゃんが幸せになってくれるのが一番嬉しい事なんだから。今回、息子はね、結婚の事で私を頼ってきたんだよ」


「息子さん、結婚されるんですか?」


「いや、そういう事じゃなくてね。息子はね、私の父に洗脳されている頃は、結婚は目標達成のためのアイテムだと本気で思っていたんだよ。恋とか愛とかいう感情で惑わされず、タイミングと相手を充分考慮して、一番いい時期に使う切り札の様に結婚を捉えていてね、政略結婚が当たり前だと思っていたんだ。だから、私の父が決めた取引先のお嬢さんとすんなり結婚すると決めていたんだよ。私もね、息子が相手の女性を愛せるならそれでも構わないとは思っていたんだ。息子は私に何も話さないから、そのお嬢さんとは、最初のお見合いの時に同席しただけで、その後どんな付き合いをしていたか知らなかったんだよ。それが、一年以上経っても結婚のけの字も聞こえてこないし、父に聞くのも癪だしね。ましてや息子は私なんかに話もしないからね。そうしたら、とうとう正式に婚約すると父が言いだして、今月の二十三日に婚約披露パーティをする事になって、招待状を発送するところまで来て、やっと息子が動き出したんだよ」

 ここで浅沼さんは一息ついてケーキと紅茶を口にした。

 今日の浅沼さんはよく喋る。よほど息子さんが頼ってきてくれた事が嬉しかったのだろう。

 それにしても、御曹司ともなるとやはり家の事を考えて、政略結婚をすんなり受け入れるんだな。舞子だってそうだったもの。でも、舞子の場合は素敵な人に巡り合えたのだからよかったのだけど、浅沼さんの息子さんはどうなのかな?


「息子さんの婚約が決まったのですか? おめでとうございます」

 そう言った途端、自分の想い人の婚約について思い出してしまった。

 こんな風におめでとうと本当に言えるのかな?


「いやいや、おめでたくないんだよ。息子が私を頼ってきたのは、この婚約を白紙にしてほしいと言う事だったんだ」


「ええ?! 白紙ですか? 今更白紙に出来るのですか?」


「まだ結婚した訳ではないから、何とかなると思ってね。昨日は息子と二人で相手のお家へ行って正式に断りに言って来たよ。これで仕事上の付き合いが切れたとしても、仕方ないと思ってね。息子が初めて私の父に逆らったんだから、それだけでも嬉しかったよ。やっと自分で自分の人生を考え出したってね」


「でも、相手の方は納得してくださったのですか?」


「いや、そうすんなり納得はしてくれなかったよ。断る理由がハッキリしないから向こうも納得できないしね。それなら婚約を延期してもう少しお付き合いしてみては? と譲歩案を出されてね。私もそれならいいのじゃないかと思ったけれど、息子がどうしても今回は白紙にして欲しいと、あのプライドの高い息子が相手のお嬢さんの前で土下座をして謝ったんだよ。それには私も驚いたよ」


「土下座ですか? そこまでされると言うのは、他に結婚したい人がいるからじゃないんですか?」

 私はいつの間にか浅沼さんの息子さんと祐樹さんを重ね合わせていた。彼もお祖父様の決めた許嫁を断ったって言っていたけれど、やはりほかに結婚したい人が居たからなのか?

 これ以上浅沼家の秘密を聞いてはいけないと思いながらも、ついつい深く訊ねていた。


「そこなんだよ、私も思ったのは。でも、息子は今結婚したい人が居る訳じゃないって言うんだよ。ただ、愛の無い結婚はしたくないって言いだして、驚いたよ。あれほど、結婚は愛とか恋とかと言う感情で流されたくないって言っていた奴が……。どうやら今年結婚した幼馴染を見ていてそう思ったらしい。私はホッとしたよ。やっと息子が人間らしくなったと、父の洗脳から解き放たれたんだと確信したよ」


「良かったですね。でも、それで相手の方は納得されたんですか?」


「いや、結局、正式な婚約の話は白紙になったんだけれどね。向こうのご両親にしたらもっとハッキリした理由じゃないと納得できないと言うことで、話し合いはまた年明けにと言うことになったんだよ。せめてね、別な人と結婚したいからと言う方が相手には失礼だけれど、納得してもらえる理由なんだが……。あんまり長引かせると相手のお嬢さんも気の毒だし、息子の気持ちもわかるからね」

 浅沼さんは困った顔をしながらも、どこか嬉しそうだった。目の前で紅茶を飲んでいる浅沼さんを優しい気持ちで見つめた。

 そして、私も最後の紅茶を一気に飲み込みこみ、新たなケーキを取りに行くべく立ち上がった。


「夏樹ちゃん、私の分もケーキを頼めないかな? 紅茶のお替りを用意しておくから」

 浅沼さんは少し恥ずかしそうにそう言いながら、立ち上がった。飲み物もお代わり自由だった。

 今度はタルトとかパイとかをお皿に二個ずつのせていった。全種類制覇は無理かな……って考えながら、お皿にいくつかのせて席に戻った。

 テーブルには湯気の上がった紅茶が置かれ、浅沼さんの前にはコーヒーが置いてあった。 それぞれのお皿にケーキを分けて、また食べだした。

 浅沼さんはスイーツを食べる時のいつもの幸せそうな顔を、今日はいっそうほころばせている。

 今まで息子さんの話はほとんどしなかったのに、息子さんと腹を割って男どうしで話せた事がよほど嬉しかったんだろうな。

 それにしても、お祖父様の話だけで自分の父親の事を嫌ってしまうって、よほど悪く言われたのだろうか? お祖父様もどうしてそこまで浅沼さんを嫌うのかな?

 目の前で嬉しそうにタルトを食べる浅沼さんの顔を見つめた。私の視線に気付いたのか顔を上げてニッコリ笑うと「これ美味しいね」と優しく言った。

 同じようにタルトを食べてニッコリと笑い返す。

 こんな風に穏やかな親子関係になるといいね、浅沼さんと息子さんも。


 愛のある結婚をしたいと言った息子さんと、一生一度の愛を諦めて結婚した浅沼さんと雛子さん。

 両親の秘密を知った時、息子さんはどう思うのだろうか?









2018.1.31推敲、改稿済み。

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