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#60:この想いにさよならする時【指輪の過去編/夏樹視点】

指輪の見せる過去のお話・夏樹視点です。

28歳の11月中旬の頃のお話。

 なんだか疲れたな。

 心が疲れた時、もう食べ物で癒せないなら、どうすればいい?



 あの日、十一月のグルメの会の日、祐樹さんはいつもとどこか違っていた。でも、怒らせたのは私の所為だ。彼は誤解している。私があの料亭に、他の人と来た事があるのに、嘘を吐いていると……。その事を女将にまで口止めしたと……。そして、彼はどんな言い訳も聞く耳を持ってくれなかった。



 あの日、食事の後、評価の話が出た。彼がニッコリと「どうだった?」と訊いてきた。

 食事の前までの不機嫌さが無くなり、ニッコリ笑っている彼を見て、私は思い切ってお願いしてみる事にした。こんなバカげた評価ごっこは止めにしようと。いや、そんな直接的な言い方はしていないけれど、評価を意識してお店を選ぶ事に疲れたと、あまり外食しないからお店を知らないのだと……。

 私が遠慮がちに辞めたい理由を言うと彼の表情はゆっくりと無表情へと変わった。そして、「そっか、わかった」と言うと、お店を出るため立ち上がったのだった。


 私、失敗した?

 墓穴掘った?

 言ってはいけない事、いってしまったのだろうか?


 いつもならもっと弾む会話も、途切れがちの帰りの車の中、私は窓の外の流れる景色を見ながら、また考えていた。雛子さんの恋と結婚について……。隣の彼の不機嫌さについてはもう考えたくなかったから。

 一生一度と言える恋に巡り合い、その恋が突然終わってしまった事は身を切る程の辛さだとは思うけれど、その後にこんな温かで穏やかな結婚が待っているなんて、羨ましいと思う。

 雛子さんにしたらとても辛い思いをしたのに、浅沼さんと雛子さんを見ていると、一番好きな人との結婚だけが幸せな結婚でもないのだと、結婚に対する見方が変わった。

 高田君のプロポーズを受け入れていたら、きっとこんな穏やかな結婚生活があったんじゃないかなって、今更ながら思ってしまった。早まったかな……なんて考えている私は、片思いの相手の助手席に居るくせに、想い続ける事に疲れ果ててしまったのかもしれない。

 彼の表情、言葉、行動に一喜一憂して、心を翻弄され、それでも私は彼にとって、ただの友達以上にはなれないんだと自分に言い聞かせて、余計な期待しないように、自分の気持ちを抑えて……。




 次の週末はいろいろと理由をつけて雛子さんの家へ行くのを断った。行けばグルメの会の事を訊かれそうで、今回の状況をどんなふうに言えばいいのか分からなくて、もう少し考える時間が欲しかった。

 そんな週末、珍しく舞子から電話があった。そう言えば、悪阻でしんどいと電話を貰ってから、連絡をしていなかった。


「夏樹、久しぶりだね」


「うん。悪阻はもういいの?」


「もう落ち着いてきたよ。その代わり食欲が出て困っちゃう。……って、そんな話じゃないの。夏樹、最近連絡もくれないけど、私に何か報告する事あるんじゃないの?」

 え?

 何の事だろう?

 思い当たる事があり過ぎて……って、それだけ親友の舞子に言っていない事が多い自分に呆れた。


「え? 何の事?」


「もう~、私は夏樹の親友じゃ無くなった訳? もう私には何も話してくれないの?」

 なんだろう?

 舞子に話していないことと言えば、一番に思い出すのは祐樹さんの事。

 まさか……、祐樹さんが何か舞子夫婦に話したのだろうか?

 ありえない話ではない。祐樹さんは舞子の旦那の圭吾さんの親友だもの。


「も、もしかして……、祐樹さんが何か話したの?」


「そうよ! 今日、祐樹さんが家へ寄ってくれて、教えてくれたわよ」

 祐樹さん、何を話したんだろうか?

 グルメの会の事?

 他に……まさか舞子達の結婚式の二次会の後、泊まらせてもらった事とか……。

 送ってもらった事を舞子に言っていなかった事でさえ、舞子は怒っていたものね。

 でも、どうしてそんな事、今頃話したんだろうか?


「いや、あれは、不可抗力で……、たまたま……仕方なく……」


「そうよね、偶然だったらしいから。でも、私は何も聞いていないんだけど……」

 偶然?

 まあ、偶然と言えば偶然だけど……。


「だって、私も驚いて、恥ずかしいし……。でも、何も無かったんだよ」


「何も無かったって……、どうして過去形? 今は? 現在進行形じゃないの?」

 現在進行形?

 そう言われると、まあ、今でも月一に食事をしている訳だし……って、舞子はもしかして私と祐樹さんの仲をうたがっている?

 祐樹さん、何を話したの?


「え? ……あの、祐樹さんはどんな話をしたの?」


「はぁ? 夏樹、何の話だと思ったの?」

 いや、それ私が訊きたいから……。


「何の話って……、祐樹さんの事でしょう?」


「祐樹さんの事って何よ? 私は夏樹の話をしているんだけど……」

 へ?

 祐樹さんの事じゃないの?

 私の事?

 祐樹さんに関係ない私の事で話していない事って……?

 浅沼さんの事?

 でも、それをなぜ祐樹さんが?


「舞子~、お手上げだよ。何の話か教えて?」


「う~ん。それより、夏樹が何の話だと思ったのか気になるな。でも、とりあえずこちらの話から……。夏樹、今付き合っている人が居るの?」


「ええっ?? 居ないよ。居たら舞子に一番に話すから……。でも、どうしてそんな話になったの?」


「祐樹さんがね、夏樹が会社の人とデートしているのに出会って、紹介してもらったって……」


「え? ……あっ、もしかして……舞子、前に美味しいお店を知らないかって聞いた時、同期の山地君が詳しいからって教えてくれたでしょう。それで山地君にいろいろなお店を案内してもらっていたら祐樹さんに逢って二人を紹介したの。でも、山地君とはデートでもないし、そんな関係じゃないからね。本当は深雪も一緒に行くはずだったんだけど、風邪をひいて当日の朝ドタキャンされたの。最初から山地君と二人だったら、行かなかったよ」


「なんだ……、私に言ってくれない事は腹が立ったけど、夏樹に恋人が出来たのならよかったって思ったのに……。でも、祐樹さんが勘違いする程、仲良くしていたとか?」

 勘違い?

 私と山地君の何を見て勘違いしたのだろう?


「山地君は同期以上の気持ちは無いよ。それに、もう同じ会社の人は疲れるから……」


「そっか……高田君の時、いろいろ周りの噂が大変だったものね。ねぇ、夏樹は結婚願望はないの? 高田君のプロポーズもあっさり断っちゃうし……」


「そんな事無いけど……。一生一緒にいたいって思えるほどの気持ちにならなかったから……。でもね、最近一番好きな人とじゃ無くても、そこに穏やかで温かい関係を築けるなら、結婚してもいいかなって思えるようになったの。一番好きな人が自分の事を思ってくれるとも限らないし、燃えるような恋をしてみたいけど、そんなのを待っていたらいつまでたっても結婚できないし。お見合いでもいいかなって思えるようになった。舞子たちみたいにお見合いの後、恋愛するのも有りだしね」


「どうしたの? 夏樹。何かあったの? 寂しくなっちゃったの?」


「うん。そうかもしれない。舞子達を見ていると、結婚したくなったかな? ふふふ」

 私は自嘲気味に笑った。


「そっか……結婚と言えば、祐樹さんも年内に正式に婚約するらしいよ。私達の婚約パーティの時はもうすぐ結婚って言っていたのに、伸びていたのかな? でも、今日その事を訊いたら、変に誤魔化すんだよ。婚約も結婚もしないって……。圭吾さんのお父様が祐樹さんのお父様から聞いた話だから本当だと思うんだけど……。祐樹さん、恥ずかしかったのかな? 正直に言えばいいのにねぇ。おめでたい事なのに……」

 能天気な舞子の声がだんだんと遠くなっていく気がした。

 祐樹さんが婚約?

 何をうろたえているのよ! さっきまで想い続ける事に疲れたと、お見合いをする気満々だったくせに……。

 分かっていた事でしょう?

 これで、諦められるでしょう?


「夏樹? 聞こえている? どうかした?」


「あっ、ごめんね。そっか……祐樹さんも結婚するんだね。みんな幸せで羨ましいな……」


「夏樹、だからと言って焦っちゃだめだよ。夏樹にも必ずいい人が現れるから……」

 舞子……、何を根拠に言っているのだか。


「そうだね。それを楽しみに待つ事にする。じゃあ、また近いうちに遊びに行くよ」


 電話を切った後、大きなため息を吐いた。

 こうして幸せは溜息の度に逃げていくのかも知れない。

 どこかで覚悟はしていた。

 こんな終りが来る事を……。

 だからかな、思ったよりもショックは小さかった。

 この間、祐樹さんがいつもと違ったのは、この所為だったのかも。

 グルメの会を始める時約束したっけ。特別な人が出来たら辞めると。

 彼はもう辞めようと言おうとしていたのかも知れない。

 優しい人だから、言えなかったのかな。

 以前にお祖父さんの決めた許嫁との結婚を断ったって言っていたけど、今度婚約する人のために断ったのかも知れない。だけど、あの時、特別な人は居ないって言ったのは嘘だったのかな? それともその後で特別な人になったとか?

 何にしてもグルメの会はお終いだよね。



 祐樹さんを初めて見た時の事を思い出していた。

 あのセレブパーティで、数人で談笑していた男性達はみんなスーツをピシッと決めて、今までに見た事の無いセレブな雰囲気を醸し出していた。

 その中にいた祐樹さんは、髪の色や髪形はいたって普通だったけれど、無表情だと冷たい感じのする整った顔立ちは常に優しい表情で、人好きのする雰囲気があった。

 だからと言って周りの男性達もそこそこのレベルのイケメン達で、彼だけが特別目立つ訳でもなかった。ただ、私の目を引いたのは彼の笑顔だった。

 祐樹さんのあの目じりに皺をよせてクシャッと笑う笑顔は、自分の中で理想の様に思い描いていた笑顔と同じだった。

 そう言えばそんな笑顔さえ、この間は見せてくれなかった。

 もう見る事も無いのかもしれない。

 頬に冷たさを感じて手をやると、いつの間にか涙が流れていた。

 今度こそ諦めなくちゃ……。

 今こそこの想いにさよならを告げなければ……。

 もう、この想いは伝えられないけれど、もう一回だけグルメの会をしてもいいだろうか。

 最後に手料理を食べて貰いたい。

 それでお終いにしよう。

「おめでとう」と笑顔で言えるといいな。

 二十八歳の誕生日から五ヶ月間、祐樹さんと一緒に食事をするのは楽しかった。

「ありがとう」とその一言も笑顔で言いたい。



2018.1.31推敲、改稿済み。

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