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#57:浅沼家のお茶の時間【指輪の過去編・夏樹視点】

今回も指輪の見せる過去のお話で、夏樹視点です。

夏樹、28歳の10月。

浅沼家にご訪問中の夏樹です。

『あの……、さっき話していた君のお母さんの親友と言う人は、今どうされているのかな?』


 浅沼さんのこの質問を聞いた時、私は驚いた顔をしただろう。同じように雛子さんも驚いて浅沼さんの顔を見ていた。

 浅沼さんは私の母の事を知っている。おそらく……たぶん。

 私の名前を知って母の名前を訊いたのは、きっと私が母に似ているからだと思う。もしかしたら私が、御堂夏子の子供ではないかと疑ったのだろう。

 でもあの時、母の名前を玲子おばさんの名前で答えたから、その疑惑は晴れたはずだ。


 今回、私がした母の親友についての話に反応した浅沼さん。

 ……と言う事は、浅沼さんは母と父の関係とその結末を知っていると言う事だ。そして、今度は私の話を訊いて、母の親友と言う人が、御堂夏子ではないかと疑ったに違いない。

 いったい浅沼さんは母とどういう関係だったのだろう?

 父の友達で母を恋人だと紹介されたとか……?

 それとも、母の知り合いで、母からいろいろと相談されていたとか? 

 だから、御曹司との恋に反対されて、逃げるように身を引いた母の事を三十年近く経った今も、心配してくださっているのだろうか?

 何にしても、そんな浅沼さんの優しさに、心の中でありがとうと手を合わせた。


 しかし、気をつけなければ浅沼さんにばれてしまう可能性がある。気付かれたら、きっと父に連絡されてしまうだろう。私の存在を知らない父は、私と言う存在をどう思うのだろう?

 今更…今更なのだ。もう、母は居ないのだから……。

 父には奥様もお子様も居るかもしれない。そうだったら余計に、私の存在は隠し通さなければ……。

 なのに……、さっきの母の親友の話は失言だったかもしれない。浅沼さんが母の事を知っているかもしれないと言う事をすっかり忘れていた。


「あ、あの、どうして? そんな事を聞かれるのですか?」


「いや、あの知り合いでよく似た話を聞いた事があるから……。いや、もういいんだ。忘れてくれ」

 雛子さんが辛そうな顔をして「あなた」と呼びかけたのに気付いた浅沼さんは、質問を取り消した。

何となく気まずい空気が漂った。


「さあ、お食事が済んだら、後で夏樹ちゃんのお土産を頂きましょうね」

 雛子さんはなんとか凍りついた雰囲気を打ち破ろうと明るく話した。私は今日もって来たお土産を思い出して、少し笑顔になった。


「今日はスイートポテトを持ってきたんですよ。雛子さんのために甘さ控えめですから、一口くらい食べてくださいね」


「夏樹ちゃんが作ってくれたスイーツなら、絶対食べられるわよ。楽しみ」

 雛子さんも力を入れて答えてくれた。


「スイートポテトか。懐かしいな」

 浅沼さんもポツリと言った。


「今日のは紫イモと安納芋を使っているから、自然の甘さが多いので、砂糖は本当に控えているんですよ」

 私は嬉しくなって、本日のスイートポテトの特徴について話した。


 私達は食事の後、少し腹ごなしのために庭を散策しようと言う事になった。三人でゆっくり庭を歩き、薔薇の名前を教えて貰いながら、見て歩く。秋の午後は過ごしやすい気候で気持ちが良かった。

 いろいろな事が心を悩ませるけれど、秋の高い空を見上げると、ちっぽけな自分の悩みなんか大した事は無いように思えてくる。母の人生を想う時、私は片想いでも好きな人と逢う事が出来る幸せを噛みしめた。思わず首にぶら下げた指輪を服の上から握る。


 お母さん、あなたの事を忘れずにいてくれる人が居ますよ。

 確かにこの街で母が生きていたと言う記憶が残っている。


 名前を呼ばれて振り返ると、「庭でお茶にしましょう」といつの間にか紅茶のセットとスイートポテトが外のテーブルに用意されていた。随分一人でぼんやりとしていたようだ。


「夏樹ちゃん、そう言えばさっき、あなたの恋物語の途中だったような気がするの。お誕生日に一緒に食事をして、その後上手くいったの?」

 テーブルに着くと暖められたティーカップに紅茶を入れて目の前に置かれた。スイートポテトもお皿に入れてフォークが添えられていた。

 それだけ用意をすると雛子さんは、わくわくしたような顔をして訊いてきた。

 ……恋物語って、そんなにいいものじゃないけれど……。

 浅沼さんは黙ったまま、静かに紅茶を飲んでいた。


「はい。その誕生日に一緒に食事をした時、スイーツの会の話をしたんです。もちろん誰と一緒に行っているかなんて事は話していませんけれど。そうしたら、俺達もグルメの会をしようかって言われて……」


「きゃー、夏樹ちゃん。それって、彼も夏樹ちゃんの事が好きなんじゃないの?」


「いいえ、そんな事無いんです。ただのメシ友です。毎月一緒に食事をする事になったのですけど、本当に食事だけで……。それに、毎月交互に自分のお勧めのお店へ案内するのですけど、なぜかお店の評価をする事になって……。私の案内するお店は最高で星一つだって言われて……。きっと私を虐めて楽しんでいるんですよ、彼は」

 私はいつも意地悪を言う祐樹さんを思い出して、かたき討ちの様にスイートポテトを手でつかむとガブリと噛みついた。


「ふふふ、それこそ小学生の悪戯みたいなものじゃないの。好きな子ほど悪戯する、みたいな……」

 雛子さんは嬉しげに私の話に相槌を打つ。そして、上品にフォークで一口大に切り分けたスイートポテトを口に運ぶと、途端に嬉しそうな顔をして、「美味しいわ」とこちらを見て笑ってくれた。

 浅沼さんも同じように上品にスイートポテトを口に入れると、一瞬驚いたような顔をした後、眼を細めて遠くを見た。それはまるで何かを懐かしむように……。そして、私の方を見ると、「とても美味しいよ。懐かしい味がする」と優しく笑って言った。


「私、あまり外食をしないから、本当に悩んでいるんです。今度はどんなお店に行けば、彼の満足できるお店なのか。……どこか良いお店を知っていますか?」


「夏樹ちゃん、それじゃあ本末転倒だね。彼はどうしてグルメの会なんてしようと言ったのかな?」

 そんな事……、わからない。きっと彼の気まぐれなのだから。


「わかりません。私がスイーツの会が一番の楽しみだって言ったから、対抗意識を燃やしたのじゃないかしら……」


「じゃあ、どうして対抗意識をもやしたのかな?」

 そんな……、私は彼じゃないんだから、分からないよ。

 私は黙ったまま左右に首を振った。


「僕が思うにはね。彼は夏樹ちゃんが自分と一緒に食事している事が、一番楽しいと思ってほしかったんじゃないのかな? 彼自身もきっと、夏樹ちゃんと食事するのが一番楽しいんだよ。だから君にもそう思ってほしかったんだと思うよ」

 そんな事、ない。

 そんな事、絶対ない、はず。

 もしもそうなら嬉しいけれど、……やっぱり、そんなはず無い。


 私が黙っていると、浅沼さんは続けて話し出した。


「夏樹ちゃんが、お店の評価をつけるのが嫌だと思うなら、評価するのは止めたいと言えばいいんじゃないかな? それに、あまり外食をした事が無くてお店を知らないのなら、お店を決めるのは彼にお願いしたらどうかな? グルメの会をしようと言うぐらいだから、きっといろんなお店を知っているんだと思うよ」


「そうですよね。私、案内するお店を探すのが辛くなってきて、もうグルメの会を止めようと言おうかと思っていたんです。それだと、もう逢う口実が無くなってしまうと思うとちょっと辛いなって……。でも、彼にお店の選択を任せればいい訳なんですよね」


「ねぇ、ねぇ、夏樹ちゃん。夏樹ちゃんはあまり外食した事が無くて、基本自炊なんだから、思い切って彼に手作り料理をごちそうしたらどう? 男の人のハートを掴むには胃袋からって言うじゃない」

 雛子さんは少し興奮気味に自分のアイデアを話す。でも、それはあまりにも大胆じゃないでしょうか? それだと自分の家へ招待しないといけないし……。


「それは良い考えだね。夏樹ちゃんもそんな風に、一歩進んだ行動に出る時期なのかもしれないよ。彼がせっかくグルメの会なんて言い出してくれたのだから……」

 そうなのかな? でも、自宅で手作り料理を……なんて誘って、拒否されたらどうしよう?


「あの……男の人は、いきなり自宅で手作り料理をごちそうしたいって言ったら、引きませんか?」


「大丈夫だよ。夏樹ちゃんの手作りの料理を拒否する奴なんていないから……」

 浅沼さん、そう言い切る自信はどこから?

 でも、浅沼さんの言うようにこちらから一歩進めてみたら、何かが変わるかもしれない。


「ところで夏樹ちゃん、彼の結婚話はどうなったの?」

 浅沼さんは、まじめな顔で訊いてきた。雛子さんも思い出したように「そうだった」と呟いて、私の顔を覗き込んだ。

 私はと言えば、自分の中で解決済だった所為か、すっかり忘れていた。


「あ、あの、私もグルメの会に誘われた時、婚約者さんに悪いから、これ以上二人で食事には行けないって言ったら、その話は断ったと。もともとお祖父さんが勝手に決めた許婚だから、その人の事は何とも思っていないから、気にするなと。それに、私達の関係はお互いの結婚問題とか恋愛問題とかと関係無いところで成り立っているからと……。お互いに特別な人が出来たら辞めればいいって言われたんです」

 私の話を聞いて、浅沼さんと雛子さんは顔を見合わせた。二人はなにやらアイコンタクトをとっている。


「なんにしても、彼の結婚は今のところ問題無いと言う事なのね。それにしても二人の関係はお互いの結婚問題とか恋愛問題とかと関係無いところで成り立っているって、どういう事なのかしら?」

 雛子さんは首を傾げて、夫である浅沼さんに問いかけた。


「彼がどういうつもりでそう言ったのかはわからないが、とにかく今の彼には特別な人がいないと言うことだね。そんな彼の方からグルメの会を提案してきたと言う事は、夏樹ちゃんの事をどんな風に想っているかにしても、気に入っていると言う事なんじゃないのかな?」


「もう~伯父様、そんな期待させるような事言わないでください。後が辛いですから……」

 私は嬉しい事を言ってくれる浅沼さんを少し(にら)んだ。期待して暴走しそうになるこの想いを、必死に押さえているというのに……。


「夏樹ちゃん、そんなにネガティブにならなくても、前向きに考えようよ。話聞いているだけでも、可能性があるように思うのだけど……。とにかく、もう少し積極的に自分の気持ちに正直に行動してみたらどうかしら? 彼は夏樹ちゃんの事が気になるけれど、自分の気持ちにまだ気づいていないのかもしれないし。何もせずにいて諦めるのは難しいけど、ぶつかって駄目なら、諦めもつくわよ」

 雛子さんのポジティブ発言に、そんなに簡単にはいかないよ…と思いながらも、雛子さんの言葉は心にすんなりと収まった。そして私は、カップに残った紅茶を一気に飲み干したのだった。





    


2018.1.31推敲、改稿済み。

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