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#54:下見ツアー【指輪の過去編・夏樹視点】

今回も指輪の見せる過去のお話で、夏樹視点です。

夏樹と祐樹、28歳の10月の始め。

 どうしよう……。

 私は大きく溜息を吐くと、途方に暮れた。次回のグルメの会に案内するお店が決まらないのだ。決まらないと言うより、見つからないと言う方がいいのか。

 一応、会社の同僚たちにも訊き回った。みんなに「どうしたの? デート?」とからかわれながら、リサーチを続けた。

 なんでこんなに苦労しなくちゃいけないの! と腹も立った。

 祐樹さんは、女性の喜びそうなお店なんて、山ほど知っているのだろう。場数が違う、経験値が違う。これじゃあ、戦う前から負けが決まっている様なもの。

 もう、グルメの会なんて止めようかな。

 そんな、情けない事まで考えてしまう始末で……。


 そんな事をグルグル毎日考えていた九月の終わり、久々に舞子から電話があった。


「もぉ、夏樹ったら、私が結婚した途端、全然連絡してこないじゃないの! 遠慮しているの?」


「ううっ、そう言う訳じゃないけど……、独り身の私は、新婚さんの熱にやられそうで……」


「何? 本気で言っているの?」

 途端に凄みのある声で返ってきた。


「ごめん。冗談です」とすぐさま謝ったけれど、舞子は笑ってはくれなかった。

 本当のところ、祐樹さんと私の関係をどんなふうに話せばいいのか分からず、舞子には連絡しづらかった。

 親友なのに、自分の想いも、今の状況も話せずにいる自分が不甲斐無くて、その事も頭を悩ませている一つだった。舞子に話せば、私のために何とかしてやろうと、圭吾さん共々動きそうで、それも怖かった。


「舞子、ごめんね。あまり邪魔したく無くて、遠慮していたんだ」

 私はもっともらしい言い訳をした。そう思ってくれるのが一番いいから。


「夏樹は……、いつもそうなんだから。馬鹿ね」

 舞子の柔らかい声色に、やっとホッとした。


「それより、何か用事があって電話をくれたんじゃないの?」


「うん……あのね。私……赤ちゃんができたの……」

 舞子の声は恥ずかしさの所為か最後消え入りそうだった。


「ええっ!! 本当に? わぁ~おめでとう。それで出産予定はいつなの?」


「ありがとう。五月なの」


「わぁーいい季節ね。圭吾さんも喜んでいらっしゃるでしょう。きっと圭吾さんの事だから、めちゃくちゃ子供を可愛がるお父さんになりそうな気がする」


「そうなの、もうすでに大変なんだから。妊娠が分かった途端、何も持つな、何もするな、寝ていろ、ですもの。妊娠は病気じゃないって言っているのに。つわりが少し酷くて、私より彼の方がパニックになっているの」

 おやおや、これは随分ストレスが溜まっていたんですね、舞子さん。

 私は心の中で呟いて苦笑いした。


「つわりは大丈夫なの? 酷い人は入院するって聞いているけど……」


「こんな風におしゃべりしていると気がまぎれるんだけど、何を食べても戻してしまうし、かといって空腹だと気持ち悪いし…。今は実家の方からお手伝いさんに来てもらっているのよ」


「そっか……、大変だね。でも、お手伝いさんが来てくれているのなら、安心した。つわりの間は無理せずにゆっくり休むと良いよ」


「うん、そうする。ところで、夏樹の方はその後どう?」


「え? 私? ……ん…変わり無しかな? ……仕事は相変わらずだし。……あ、そう言えば、舞子は美味しくてゆっくり食べられるお店を知らないかな? 料金はリーズナブルなところが良いけれど……」


「ごめん。今食べ物の事考えるだけで、気持ち悪くなるの。でも、どうして? 誰かと行く予定でもあるの?」


「あ、ごめんね。ちょっとね、友達とお食事会する事になって、良い所が無いかなって捜しているところなんだ。本当にごめんね、変な事聞いちゃって」


「こっちこそごめんね。食べ物のお店なら、同期会の山地君が詳しかったから訊いてみたら?」

 山地君……同期会の中では明るくて盛り上げ役で、同期で集まる時のお店の選定も彼がしていた。食べる事が大好きで、美味しいと言う噂を聞くと、食べに行かずにいられ無いらしい。その上、食べに行ったお店を彼の中でランク付けしていると聞いた事がある。


「山地君? そうだね、彼なら詳しいよね。早速訊いてみる」


 その後、会社での近況などを話して、また遊びに行くと約束して電話を切った。

 時計を見るとまだ九時前だったので、山地君に電話してみる事にした。こんなにすぐ行動に移したのも、あと約二週間しかないと言う焦りからだったのだろう。


「もしもし、山地君? 佐藤だけど……」


「ええ? 本当に佐藤か?」

 驚くのも無理はない。同期として入社してから早六年、こちらから電話するのは初めてだった。私は彼の驚き方が可笑しくてクスクス笑いながら、「そうですよ~」とのんびり言った。


「今、電話していていいかな?」


「もちろん、もちろん。ぜんぜんOK!」

 山地君、まだ慌てているよ。そんなに私が電話するのが珍しいかな?


「あのね、来月友達と久々に会うので、美味しいお店を教えて欲しいんだけど……。山地君美味しいお店に詳しかったでしょう?」

 電話をかける前に、教えて欲しい理由は久々に会う友達との食事会と言う事に決めておいた。


「美味しいお店か……。どんな料理の店がいいんだ? 洋食? 和食? 中華? イタリアン?」


「とりあえず、いろいろ教えて欲しい。山地君が各料理で一番美味しいと思ったお店を教えてくれると嬉しいんだけど……。でも、お店の雰囲気がいいところが良い。味が良くてもザワザワして汚い感じのところだと、ゆっくり食事できないから……」


「そうか……。でも、本当はそんなザワザワして汚い店の方が美味かったりするんだけどな。まあ、女性だったら、雰囲気も大事だよな」

 彼の女性だったらという言葉に、ちょっと胸が痛んだ。女友達だと普通は思うよね。


「ごめんね、いろいろ条件付けて。出来たら下見もしたいから、今週中くらいに教えてもらえると嬉しいのだけど……」


「だったらさ、電話ではなんだから、今週の金曜日の夜、臨時の同期会を開催しよう。佐藤が中野に声かけて、男はこっちで誘っておくから、場所はまたメールする。じゃあ、いろいろ調べておくよ」


「ええ? 山地君、臨時の同期会って……」


「お酒でも飲みながらゆっくり教えてやるよ。まあ、任せとけって!」


「本当にごめんね。みんなを巻き込んでいいのかな?」


「いいの、いいの。皆飲みたいんだから、いい口実さ」


「わかった。じゃあ、深雪に声かけるから、後は宜しくね」

 なんだか山地君のペースに巻き込まれてしまったけど、私のグルメ会の話が同期会まで発展して、少なからず皆を騙している事が心苦しかった。


         ****


「カンパーイ」

 臨時の同期会だと言うのに、今本社に残っている六人全員が参加した。場所はもちろん、山地君チョイスの創作料理のダイニングバー。ここもお勧めのお店らしい。


「結局みんな、飲みたかったのね」

 皆の嬉しそうな顔を見て、そんなに気に病む事無いのかもしれないと思った。


「いやいや、佐藤や中野と飲めるから、金曜の夜を空けるために今週は頑張って仕事したんだよ」


「そうそう、最近同期会もご無沙汰だったしな」


「みんなうまい事言って、私達は女の数に入っていないんでしょう。飲めればいいと思っているんでしょう」

 深雪が皆に拗ねたように頬をふくらませる。もう、酔っているのか?


「深雪ちゃん、つれない事言うなよ」


「それより佐藤、山地になんか頼み事して借りを作ったら、後が怖いぞ!」

 男性陣がそうだそうだと繰り返す。


「お前達、誰のお陰で臨時の同期会が開催されたと思っているんだ。俺は別に佐藤と二人で飲みに行ってもよかったんだ」

 山地君も強気で反論する。


「何を言うか、佐藤が二人きりなら絶対断るとわかっていたから、同期会の名目で佐藤達を飲み会に誘いだしたんだろう?」

 山地君は言い当てられたかのように気まずい顔をして顔を逸らせた。そして、話を変えるように、鞄の中からA4のプリントされた紙を数枚出して私の前に置いた。


「佐藤、これ、この前言っていたお勧めのお店の候補の写真と地図。見ながら説明するよ」

 山地君は、和食ならこのお店、洋食ならこのお店、中華ならこのお店と言う具合に、それぞれのお店の特徴や雰囲気を、プリントを見せながら説明していった。一緒に聞いていた深雪が、プリントを見て「このお店行った事がある」といくつか口を挟んで、自分なりの感想を付け加えてくれた。


「佐藤、友達と会うのは来週の土曜日だろう? だったら、下見はこの土日に行くのか?」

 もう一度プリントを最初から見直していた私に、山地君はさりげなく聞いてきた。


「ん……、そのつもりなんだけど、これだけ全部回るのは無理かな?」


「佐藤一人だと無理だと思うよ。行った事無い場所だろう? なんなら俺が案内してやろうか?」


「えっ? そんなの悪いよ。これだけ教えて貰っただけで充分です。本当にありがとうね」


「遠慮しなくていいよ。佐藤一人だと道に迷いそうだし。そうだ、中野も一緒ならいいだろう? おい、中野、お前も行くだろう? 飲食店下見ツアーに」

 飲食店下見ツアー?

 山地君はなんでもイベントに仕立て上げるのが上手いなって感心している場合じゃないけれど、山地君の言う事は当たっている。知らないお店を地図だけを頼りに行くのは少し不安があった。


「いいよぉ、山地君のおごりなら」

 お酒を飲んで機嫌の良い深雪は、ニヘラと笑って答えているが、押さえる点は忘れていない。さすが深雪……って、私の用事なのに、私が奢らねば。


「費用は私が持つから……」

 言ってしまってから、目の前の山地君のニッコリ笑顔を見て、飲食店下見ツアーが開催決定になった事に気づいた。


      ****


「ごめん、夏樹」

 出かける直前になって深雪から電話がかかってきた。

 昨夜、同期会で気持ちよく酔った深雪は、家に帰ってから服も着替えないままソファーでうたた寝してしまい、今朝起きたら喉と頭が痛くて熱っぽいと言うのだ。

 十月の始めで、まだ昼間は暑いぐらいの日もあるが、さすがに夜は秋の空気になってきて、少し冷える様になってきた。

 それでも、なぜ今日に限って! と思ったが、自分の用事に付き合ってもらう予定だったため、病気になった彼女を怒るわけにもいかず、「お大事に」と電話を切った。


 はぁ~と大きく息を吐いて、どうしようかと考える。この時間だとおそらく山地君は家を出ているだろう。

 今日一日、彼と二人で……と思うと、ちょっと気が重いが、私の用事に付き合ってもらう手前、断り辛いし、下見はしておきたいと言う気持ちが勝って、重い腰を上げ、約束通り出掛ける事にした。


 一番目の目的地の最寄り駅で待ち合わせ、山地君の一番お勧めのお店に向かう。深雪が病気で来られなくなったと告げると、驚いた顔をした後、彼はニヤリと笑った。


「これは、病気になった中野に感謝だな。佐藤との初デートが実現するなんて」


「もぉ、山地君変な事言うと帰るからね!」


「あ、ウソウソ、本日はこのツアーを担当させて頂きます山地です。お客様を必ずご満足させて頂きますので、最後までどうぞよろしくお願いします」

 山地君はまるでツアーコンダクターの様に挨拶すると、大げさに頭を下げた。

 私は一瞬呆れて、もう笑うしかなかった。やっぱり、山地君には丸めこまれてしまう。


 彼の食べ物に関するウンチクを聞きながら、いつの間にかお店に着いていた。まったく、人を楽しませる事や、退屈させない事は流石と感心してしまう。

 着いたのは十二時過ぎで、さすがにお昼時なので賑わっていた。このお店で昼食を済ませて、後のお店は軽く回ろうと言う事になっている。


 店内の座席の半分は壁や衝立で一席ずつ半個室の様になっており、半分は明るい窓際の方にゆったりとテーブルが置かれていた。お昼時で入れ替わりが多いのか入り口付近は入ってきた人と出て行く人で少し混雑していた。そんな時、食べ終わって出口に向かって歩いてくる人と眼が合った。


 ……どうして、こんなところで逢うかな?

 眼が合った途端、その人はニヤリと笑った。


「珍しいところで逢ったね、夏樹さん」

 白々しく声をかけて来た彼の営業用の笑顔に、心の中で溜息を吐きながら、こちらもニッコリと笑い返した。


「こんにちは、杉本さん。今日はお仕事ですか?」

 珍しくスーツ姿の祐樹さんに、社交辞令のように尋ねてみた。


「忙しくてね、土曜日も休めないんだよ。そちらはデートかな?」

 彼は苦笑いしながら、斜め後ろに立っていた山地君をちらりと見た。


「ち、違います」と私が慌てて答えていると、彼の視線を感じた山地君は小さな声で「誰?」と聞いてきた。


「あ、こちらは、舞子のご主人の友達の杉本さん。こちらは、会社の同僚の山地さんです」

 私は二人を簡単に紹介した。そして、「杉本です」「山地です」と互いに名乗って会釈する。 


「これから食事?」と当たり前の事を話の締めの代わりに彼が口にする。「ええ」と頷くと、「ごゆっくり」と意味深な笑顔と共に返えされ、スマートな所作ですれ違って行く。

 ああ、このお店には、もう案内できないな。山地君一押しのお店だったのに……。せっかくの優良物件を諦めなくちゃいけない事にがっかりした。

 それにしても、山地君とどんな関係だと思ったのだろう? デートだなんて……。

 その時、後ろから名前を呼ばれた。振り返ると、アイツがニッコリと笑った。


「夏樹さん、このお店は候補から外した方がいいよ」

 そして、彼は踵を返すと、静かに店から出て行った。

 私は山地君に声をかけられるまで、唖然として去って行った後ろ姿を見つめていた。



2018.1.30推敲、改稿済み。

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