#53:グルメの会【指輪の過去編・夏樹視点】
今回も指輪の見せる過去のお話で、夏樹視点です。
28歳の夏樹と祐樹のグルメの会はどうなる事やら……
「星一つだな」
四回目のグルメの会を終えて、祐樹さんの評価の言葉を思い出した。
星、一つ、だなんて……。悔しい!!!
今度こそ彼を驚かせたい! と、その思いで会社の同僚たちにもしっかりリサーチもしたし、自分でも食べに行って確かめた。たまたま、祐樹さんの口に合わなかっただけじゃないの? と思ってみたりするけど、彼のなぜ星一つなのかの説明に、心の中では納得している。でも、プライドが納得してくれない。
ミシュランガイドよろしく食事を終えた後、お互いに紹介されたお店を評価する。
たった一品もしくは数種の品を食べたぐらいで、評価されるお店もいい迷惑だとは思うが、あくまでも二人の間だけの事だから、迷惑はかけていないと思う。
それが今では、どちらの紹介したお店の評価が高いかで競い合っている。
評価する事になった始まりは、あの誕生日のディナーが一回目のグルメの会として、その翌月の二回目のグルメの会に、私が決めたお店に案内したことから。
実のところ、あまり外食はしない方なので、食べ物のお店を良く知らないのだ。それでも、今まで行った中で、自分では美味しいと思っている洋食のお店に彼を案内した。
そこはランチメニューが充実しているので、ランチを食べる事にした。と言っても、本当はそこのディナーを食べた事が無いからなのだけど。
そのお店の近くで待ち合わせ、二人でお店に入る。それだけで、デートみたいでドキドキしてしまう。横を見ればいたって普通の彼が居て、私のドキドキなんて気付きもしないのだろうなと、ちょっと淋しくなった。
土曜日だと言うのに、そのお店は結構混雑していた。やっぱり美味しいから人気があるのだと、心の中でニンマリしながら、その日のお勧めランチを注文する事にした。
テーブルとテーブルが近い所為か、全体にザワザワした感じは否めないが、ランチの時間帯はこんなものだと思っていたから、あまり気にならなかった。
お勧めランチのポークソテーの和風ソース仕立てはあっさりとしていて、お肉がとても柔らかくて、大満足だった。これなら自分でも作れそうだと、ソースの材料を考えたりしていた。
彼と一緒にいるドキドキを抑えるために、私は少しハイテンションになる。時々彼の毒舌的なからかいの言葉をもらいながら、幸せなひと時をかみしめていた。
割り勘で支払いを済ますと、通りを並んで歩きながら、彼がポツリと言った。
「味はまあまあだったけど、あのお店じゃ星一つもあげられないな」
え?なんですと?
私は彼の言葉に驚いて、彼の顔を見上げた。
「どうして? 美味しかったでしょう? ミシュランじゃないんだから、B級グルメとしては美味しいと思うけど?」
「あのぐらいの味のお店はほかにもたくさんあるよ。それより、テーブルへの案内も無いし、注文を聞きに来るのも遅かったし……。なにより、テーブルが近くてざわついて、ゆっくり味わえ無かったよ」
「ええっ、それは人気があるから混雑しているのだし、あのお店は元々テーブルへの案内をしていないお店だし、混雑しているから注文聞きに来るのも遅いのは仕方が無いですよ。あのお値段の割には美味しいから、お店の雰囲気は多少我慢しなくちゃいけないんです。ゆっくり味わいたい人は、もっと高いお金払ってそんなお店に行けばいいでしょう!」
何様よ!
もっと汚いお店でも、美味しいからと行列までできるお店だってあるのに!
あのお店は、美味しいと評判だから、いつ行っても混雑しているのは仕方ないのに。なんだか自分をけなされた様で、無性に腹が立った。
「だったら、同じぐらいの料金で、もっと美味しくて、ゆっくりと味わえるお店に連れて行ってやるよ」
「へぇ、それじゃあ、来月そんなお店に連れて行ってくださいね! 私が評価してあげましょう。楽しみにしているわ」
売り言葉に買い言葉である。私たちは足を止め、向かい合って言い合いをしていた。
こんな時に限って天邪鬼な私が目を覚まし、私は左手を腰に当て、右手で彼を指差して宣戦布告のように言い放ったのだった。
「わかった。受けて立つよ。その代わり夏樹も手を抜かずに美味しいお店を探せよ。俺に星三つをつけさせるぐらいのお店をなっ!」
「ええ、負けないから!」
彼はクックと笑った後、「楽しみにしているよ。じゃあ、来月なっ!」と言って、傍に合った交差点の信号が青のうちに道路を渡って行った。私は唖然としたまま、その後ろ姿を見送っていた。
本当に食事だけなのだと茫然と思ったけれど、あたりまえでしょ! と心に活を入れた。そして、大きく息を吐き出した。
三回目のグルメの会に彼に連れられて行った先は、こぢんまりとしたイタリアンのお店。カウンター席と四人掛けのテーブルが五つ程の小さなお店。中に入ると家庭的な雰囲気があって、ホッとさせる懐かしさを感じた。カウンターのそばに立っていた女性が振り返り「いらっしゃいませ」と大輪の花が開いたような笑顔で迎えられた。
「あら、祐樹君じゃないの? ご無沙汰ね。元気していたの?」
「はい、お久しぶりです。麻美さんこそ、お元気そうで……」
「ぷっ。何、かしこまって? あら、そちらは彼女かな?」
三十代ぐらいと思しき美しい女性は、噴き出しながら言い、後ろにいた私に気付くとニヤニヤとした。
私は小さく会釈しながら、彼はこのお店の常連なのかなと考えていた。
「友達だよ。それより、いつものやつ作ってほしいんだけど?」
友達……、それが彼にとっての今の私のポジション。そう、食事限定の。
片思いの相手と毎月一緒に食事できるなんて、とても幸せだと思う。でも、友達顔しながら心の中にこんな想いを隠している自分が、とてもあざとい気がして恥ずかしくなった。
「友達ねぇ。いつものって、ラザニア? パスタも? ピザも食べるの?」
「ああ、ラザニアとボンゴレ、カルボナーラとピザも……。それから、タコのカルパッチョも……」
ええ!? いったい誰が食べるんですか? そんなにたくさん!!
私が驚いた顔をして彼の顔を見上げると、彼も私の方を見てニヤッと笑った。
「夏樹なら食べられるだろう? 食い意地はっているから」
「食い意地なんか張っていません!!」
私は他の人の前でそんな事を言われたので恥ずかしくなって、思わず声を荒げて俯いた。
そんな私たちの様子を麻美さんは、ニヤニヤ笑いながら見ていた。そして、私達をテーブルに案内した。
次々に運ばれてくる料理に目を丸くして、本当に二人で食べきれるのだろうかと考えていると、麻美さんが「これは、私からのプレゼント」と言って、フルーツサラダを置いた。そして、ニッコリ笑うと「ごゆっくり」と去って行った。
私はそのいろいろなカットフルーツを生クリームであえたフルーツサラダから目が離せなかった。おもわず「おいしそ~」と呟いてしまった。
「デザートみたいだな」
ちょっと顔をしかめた彼が呟く。
「ねぇ、ちょっと食べてみてもいい?」
「ああ、これ全部食べないと帰れないぞ」
何許可を取っているのだと言わんばかりに彼が言ったけれど、今の私の眼にはフルーツサラダしか映っていなかった。スプーンでそおっとすくって、口へ放り込む。う~ん、おいし~。デザートみたいだけど甘すぎず、パスタやピザなんかの口休めにちょうどいい感じ。
そして、私はあらためてテーブルの上のお料理達を見回した。
どの料理も一人前の量じゃない。
す、すごい、種類も多いし、量も多い。本当に食べられるのか? と不安にもなったが、パーティのようで、なんだか興奮する。
そんな事を考えながら目の前の彼の方を見ると、ピザを食べているところだった。
「ここのピザは石釜で焼いているから、カリッとしていて美味しいんだ」
私の視線に気付いた彼は、そう説明して私にもピザを勧めた。
「それにしても、夏樹はこんなに料理が並んでいるのに、やっぱり甘い物の方へ眼が行くんだな」
「それは……女性の性と言うものでして……」
「何言い訳しているんだよ!」
彼は本当に楽しそうに笑って言った。なんだかいい雰囲気だなぁと祐樹さんとの食事会に酔いしれていた。
取り皿に取り分け、楽しくおしゃべりしている内に目の前のお料理達は無くなっていった。
本当に食べてしまえるなんて……。まあ、三分の二は目の前の彼が食べたのだけど。さすが男の人の胃袋は大きいよね。
「そう言えば、祐樹さんはこのお店によく来ているの?」
最初に思った疑問を食べている間にすっかり忘れ、ようやく思い出して訊いてみた。
「ああ、大学の頃が一番よく来ていたかな? サークルの仲間とよく集まっていたよ。社会人になってからも、こちらの方へ仕事で来たら寄っていたんだけど、最近担当が変わって、あまりこちらへ来る機会が無くて、しばらくご無沙汰だったんだ」
「大学って、この近くの? もしかして、K大なの?」
私はこの時まで、祐樹さんについての基本情報を何も知らなかった事に愕然とした。私、祐樹さんの何を知っていたのだろう?
何も知らない事にさえ、気付かずにいた。誕生日だってこの前偶然に知ったのだし……。
それなのに、彼は優しい人なのだと友達思いなのだと、自分だけが知っているかのように満足していた。ただ、彼の一面を見て、そこに惹かれていただけなのかも知れない。それって、彼の全てを知った時、この想いはまだここにあるのだろうか?
「ああ、そうだけど、それがどうかした?」
「いえ、今まで知らなかったなぁって思って……」
知らなかった。彼がそんなにレベルの高い大学を出ていたとは。
別に頭が悪いとか思っていた訳じゃないけど、そこまで考えた事も無かった。
「そりゃあ知らないだろう? 言った事無かったし……。あ、でも圭吾も一緒だったから、舞子さんを通じて聞くって事は有りか。そう言う夏樹はどこの大学だったんだい?」
「私? 私は田舎の大学だから……」
「ふ~ん」と言って彼はそれ以上追及をしてこなかった。私がどこの大学を出ていようが、彼にとっては興味の無い事なのだろう。
「ところでさ、このお店の評価は? 考えてくれた?」
あ……覚えていたんだ。
改めて小さなこのお店をゆっくりと見回してみた。お料理はとても美味しかった。ゆっくりと食事を楽しめた。テーブルがゆったりと置いてある所為か、周りも気にならなかった。
マイナス点がないじゃないの。
「星、三つかな?」
そう言った途端、彼はニヤリと笑った。
「だろ? 来月が楽しみだよ」
「任せておいてよ」
天邪鬼な私がそう答えるけれど、私の中ではもうすでに敗北感でいっぱいだった。
2018.1.30推敲、改稿済み。