#50:上条舞子の憂鬱【現在編・舞子視点】
今回は現代編。舞子視点です。
時間軸的には「#40:迷探偵?舞子」の続きになります。
指輪の過去と現在が入り乱れて、読みにくいと思います。
(実は私自身も勘違いしそうになります)
どうぞ、気をつけて読んでくださいね。
ああ、失敗だ。
絶対お義父様は、私が肯定したと確信しているはず。
『もしかして、【まさき】と言う名前の人と、御堂夏子さんとは関係あるの?』
お義父様のあの質問は反則だよ。
私は、自分の方がどんなに理不尽な事をお願いしているかは棚に上げ、心の中で義父を責めた。
それでも、義父のあの質問の後、肯定と取られてもしかたの無い表情をしてしまったのは、咄嗟の事とは言え、失敗だった。あの後、すぐに否定の言葉を言ったが、義父の耳に届いていたのかどうか。
私は大きくため息を吐いた。
たぶん、義父は知っている。御堂夏子と付き合っていた【まさき】を。そして、おそらく、教えてくれた条件に合う【まさき】は、探している【まさき】とは別人なのだろう。
どうしよう?
どうすればいい?
もうストレートに聞いちゃう?
いやいや、そんな事をしたら、理由を追求されてしまう。
これはトッブシークレットだ。
もしも、その【まさき】さんが、大会社の社長さんで、家庭のある人だったら、お家騒動になる。スキャンダルだ。そんな渦中に夏樹を放り込む訳にはいかない。
やはり、秘密裏に事を進めなければいけない。本人が誰か分かれば、直接話をしよう。だけど、本人に知らないと言われたら? 御堂夏子なんて知らないと……。
その上、子供なんて話になったら、財産目当ての話だと思われるのがオチだろう。
でも! 指輪が有るじゃない! あの指輪は動かぬ証拠のはず。
何だか、それさえも三十年以上経った今、決め手になるのか不安になってきた。指輪の不思議な力を何処まで信じていいのか分からない。
やっぱり夏樹の言うように、探さない方がいいのかな?
祐樹さんとの事を考えて、夏樹が社長令嬢だと言う事になったら、結婚も上手く行くのじゃないかって、安易に提案してしまった事を、私は少し後悔した。
圭吾さんの実家で昼食を食べていた時、お義父様が拗ねたような目で恨みがましい視線をこちらに向け、何か言いたげにしているのに気づいていたが、あえて知らないフリをした。
食事を終えて帰る時、子供達を預かってもらっていたお礼を義両親に、食事のお礼を芳江さんに言うと、見送りに出てきたお義父様が意味深な笑顔を向けた。
「舞子さん、何か困った事があったら、いつでも言っておいで。出来る限り力になるから」
「あ、ありがとうございます。又お願いします」
お義父様の真意を図りかねて、私は曖昧な笑顔を返した。
*****
夫の実家からの帰り、子供達を公園で遊ばせ、買い物をして急いで帰ると、午後五時になっていた。玄関を開けると一足の靴。
「ワーイ、パパだ!」
子供達が靴を脱ぐと、リビングへ駆けて行くその後ろ姿を、私はやれやれと見送った。
「パパ、お帰りなさい。」
私はリビングに入るとソファーに座る圭吾さんに笑顔を向けた。
「ただいま。帰って来た方がお帰りって言うのも変だね。君達もお帰り」
圭吾さんが笑いながら言う傍で、子供達は公園での話を一生懸命している。時折、子供たちの話に相槌を打ちながら、圭吾さんは優しい笑顔で子供たちを見つめる。
「急いで食事の用意をするから待っていてね」
そう言うと、私はキッチンへ向かった。背後では、子供達の賑やかな声が響いていた。
*******
「舞子、祐樹から電話があったんだけど……」
私がキッチンで忙しくしていると、圭吾さんが戸惑ったような顔をしてやって来た。
「え? 私に? 待ってもらっているの?」
「あ、いや、又かけるって。夏樹さんの事で聞きたい事があるらしいよ」
ん? なんだろう? 疑問に思いながらも、忙しいので思いついた事を言った。
「夏樹の携帯電話の番号でも教えて欲しいのかな?」
「え? 祐樹は夏樹さんの電話番号を知らないの?」
「ほら、夏樹たちが別れた時、夏樹は想いを断ち切るために携帯番号を変えたのよ」
確か、圭吾さんにも話したはずだと思ったが、人の恋路に無頓着な夫の顔を料理の手を止めずにチラリと見た。
「へえ、そうだったんだ。夏樹さんって潔いね。それにしても、祐樹の奴、お祖父さんに対抗できるようになるまで、夏樹さんには連絡しないって言っていたけど、五年間よく我慢したよな」
それでも、祐樹さんの事となると、どこか他人事じゃない対応をしている夫を、やっぱりこの人は友達思いなのねと満足げにほくそ笑む。
「ホント! 夏樹にも待っていてくれとも言わずにね」
私は料理を続けながら、なかなか対面式キッチンのカウンターの前から動こうとしない圭吾さんに軽く言葉を返す。
「そうだよな。でも、あの頃二人とも三十歳目前で、女性にいつになるか分からないのに待っていてって言える年じゃないからって、祐樹は言っていたよ」
私の恨みがましい言い方に、圭吾さんは思わずここにはいない男の代わりに言い訳をした。
「女性としては待っていてくれって、言ってほしかったと思うけどね。優しそうだけど責任逃れのような気もする。そのくせ、夏樹の近況を五年間ずっと私にメールさせていたんだよ」
「メールさせていたって、舞子も二人のために喜んでしていたんだろう?」
「まあね。夏樹は何も言わなかったけど、祐樹さんの事を忘れきれないのがわかったしね」
「それにしても、祐樹はお祖父さんに婚約者との結婚をきちんと断れたのかな? 携帯番号を聞いてくるって言う事は、いよいよ夏樹さんにプロポーズをするのかな?」
圭吾さんがさっきの祐樹の電話からここまで想像していた事に、私は思わず笑いそうになった。
そんなに簡単なら良いけれど……。
夏樹にとっては五年前に別れた人、祐樹さんはもう心変わりをしているのじゃないか、もう諦めた方が良いのじゃないかと、不安のまま五年間を過ごしてきたのだから、そんなに簡単にはいかない。それに、お祖父さんに婚約者と結婚する事を承諾して帰ってきているんだから、夏樹にとってはもう無理な事と思っているようなところもあるしね。ドタキャンされたから……余計か。
「そんなに簡単じゃないよ。お祖父さんは強敵だものね」
「まあな。あのお祖父さん、もういい年なのに元気だよな。でも、祐樹のお父さんがいろいろ画策しているらしい。祐樹が夏樹さんに何も言わずにアメリカに行ったのも、お父さんの勧めらしい。あのお父さん優しそうで、結構策士なんだ」
夫の言葉に私は思わず手を止めて、夫の顔を見た。「へえ~」と答えつつ、もっと聞きたいと思ったけれど、これ以上は料理が疎かになると判断し、会話を切り上げるための言葉を夫に返した。
「パパ、悪いけど、もう少しかかりそうだから、今のうちに子供たちをお風呂に入れてくれないかな?」
*****
子供たちは公園で思いっきり遊んできた所為か、午後八時には寝てしまった。夕食の後片づけの後、私がお風呂から出てくると、圭吾さんはリビングのソファーでお酒を飲みながらくつろいでいた。
「ねぇ、祐樹さんにこちらから電話をした方がいいかしら?」
冷蔵庫で冷えたウーロン茶をコップに入れて、私は圭吾さんの横に座った。
「アイツも忙しい奴だから、都合の付く時間に電話してくるだろう。ほっておけばいいよ」
私は頷きながら、夕食前の会話を思い出した。
「ねえ、祐樹さんのお父様って、夏樹と結婚する事、反対していないの?」
「ああ、祐樹が心から愛せる人なら、どこの誰でも良いって言っているらしい」
「へぇ、婚約者を押しつけているのはお祖父様だけなんだ」
「お祖父さんにしたら、その事も息子が気に入らない理由らしいけどな。会社の事を考えてないって……」
「それでも、親がそれだけ理解あるなら、さっさと結婚したらよかったのに……」
「舞子、事はそんなに単純じゃないんだ。お祖父さんとお父さんは会社を巻き込んで対立している上に、期待している孫まで自分に背いたら、あのお祖父さんはどんな事を仕掛けてくるか分からないんだ。祐樹のお父さんも、お祖父さんに逆らおうとしている訳じゃない。ただ、時代と共に柔軟に対応していかなくては生き残れないんだよ。どんなに大きな会社でも。僕も、今ならそれが分かる。でも、お祖父さんは自分のカリスマ性と昔の栄光をいつまでも効力があると思っているし、重役達の中にはまだお祖父さんである会長に心酔している人も多いらしい。だから、創業家の親族同士が大きな摩擦を起こさないよう、お祖父さんの命令を聞けるところは聞いて、出来るだけ政略結婚を延期させるよう、お父さんと祐樹で頑張っているんだよ。祐樹がアメリカへ行ったのも、お祖父さんが夏樹さんと引き離すために命令した事だったんだ。だけど、それをチャンスに変えて、お祖父さんが何も言えないぐらい成果を出して帰ってくれば、誰と結婚しようが文句は言えないからとお父さんに説得されたらしい……」
「そうだったんだ。祐樹さんが夏樹と結婚するためにアメリカで実績を積もうと頑張っているのは知っていたけど、それはお父様の作戦だったんだ。それで、実績を積んで帰って来られたんだよね。それなのに、お祖父様は帰ってくる条件にどうして、政略結婚なんて言い出すんだろう?」
「お祖父さんにとっては、自分も息子の時もそうやって会社を大きくしてきた経緯があるから、孫もって思うんだろうけど、もうそんな時代じゃないのにな。あ、俺たちもそうか」
圭吾さんは自嘲気味に笑った。
そうか、私たちも言わば政略結婚なのだ。
でも、出会いはそうであっても、自分の中では恋愛結婚だと思っている。ただ、圭吾さんに次期社長と言う大変な役を押し付けているのが心苦しいけれど。
その時、ふいに家の固定電話が鳴りだした。
祐樹さんかもしれない。そう思って慌てて電話を取りに行く。
「はい、上条でございます。」
コードレスの子機を片手に、しゃべりながらソファーまで戻って、また座った。
「あ、舞子さん。祐樹です。ご無沙汰しています。夜分すいませんが、今いいですか?」
「はい、大丈夫です。私でよかったんですか?」
「はい、舞子さんに聞きたい事があって……。あの、僕が夏樹と再会した事は聞いていますか?」
「昨日、聞きましたよ。ドタキャンしたらしいですね」
「そう、それで、今日帰ってきて、すぐに夏樹に電話したんだ。だけど、夏樹の態度が一変していて、食事の約束はもういいから、これ以上振り回してくれるなと言われて……」
「え? 夏樹が? ……あ、祐樹さん、夏樹の携帯番号知っていたんだ?」
「はい、ドタキャンした時、お店に僕の番号へ電話してくれるよう伝言したので……。それより、舞子さんは夏樹に僕の事、どんな話をしたんです?」
祐樹さんのさっきまでと違う冷たく低い声に、私はブルリと震えた。
祐樹さん、怒っている? 私、何か夏樹に変な事言ったかな?
「どんなって……、祐樹さんが夏樹と結婚するためにアメリカで頑張っていた事や、日本へ帰る条件が婚約者との結婚だったって言う事かな?」
「俺の、俺の気持ちは変わっていない事は、話した?」
さっきまで自分の事、「僕」と丁寧な言葉使いで話していた祐樹さんが、「俺」と言いだしたのは、それだけ余裕がなくなってきた所為だろうか?
「もちろん、言ったわよ。夏樹も最初は強がってもう忘れたなんて言っていたんだけど、問い詰めたら諦めきれないって……」
「本当に? 本当に俺の気持ちも言ってくれたのか? 夏樹もまだ俺の事、想っていてくれるって言っていたのか?」
「だから、そう言ったわよ。だけど、どうして夏樹は拒否しているのかな? 夏樹はすぐに悪い方へ考えるから……。わかった。祐樹さんと夏樹が直接会えるように考える。やっぱり、自分の口から自分の気持ちは言わないと伝わらないのかもしれないから。祐樹さんの都合はどう? いつなら会えそうなの?」
「舞子さん、ごめん。ちょっとイライラしてしまった。夏樹の反応が予想外だったから……。夏樹に逢えるようにしてもらえると助かる。スケジュールを確認してまた連絡するよ」
「わかった。大丈夫だから、夏樹は祐樹さんだけをずっと思い続けているんだから。でも、今度は絶対ドタキャンは止めてね」
「わかっている。じゃあ、よろしく頼むよ」
電話を切ると私はため息を吐いた。
夏樹はどうしたのだろう?
時計を見上げるともう十時を過ぎていた。夏樹に電話してみるが、しばらく呼び出すと留守電に切り替わる。何時でもいいから電話を下さいとメッセージを入れて電話を切った。
私はまた、ため息を吐いた。すると、横からの視線に気付き、そちらを見ると、拗ねたような眼をした圭吾さんがいた。
「僕、何も聞いていないんだけど?」
あ---、祐樹さんが帰ってきてからの夏樹と祐樹さんの事、話していなかった。
私は拗ねた圭吾さんの機嫌を取るように、一から夏樹と祐樹さんの事の顛末を話して聞かせた。
2018.1.30推敲、改稿済み。