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#39:覚醒、そして35歳の私は(後編)【現在編・夏樹視点】

今回も現在編、夏樹視点。

35歳の誕生日の2日後の夏樹と祐樹。

 トゥルルルルルルルルル…………。

 

 遠くで電話が鳴る音が聞こえる。あれは私の携帯の音?

 まるで水底をさまよう様にまどろんでいた意識が、ふわりふわりと浮力に任せて水面に上がって行くように、ゆっくりと覚醒しだした。ぼんやりとした意識の奥で電話の音を認識する。


 トゥルルルルルルルルルルルル…………。


 あれは私の携帯の音。

 無意識に手を伸ばしてサイドテーブルの上を探る。しかし、探し物はそこには無かった。

 どのくらい鳴っていただろうか? いつの間にか途絶えた携帯の着信を告げる音。まどろむ意識の中で、呼び出し音が途絶えた事に気付いた。


 先程までの記憶を頭の中でリプレイする。断片的に蘇るそれは、動画ではなく、印象深いところだけの静止画。

 切り取られた画像は、フリーズした瞬間の二人の姿。和室の座敷机の向こう側に、お雛様のように座る彼と彼女。


 (あれは夢? それとも、トリップ? もしかして……、現実?)


 夢と現実、指環の見せる偽物の過去と本物の過去の境目が、だんだんと曖昧になって行く。どれが現実でどれが虚構?

 もしかしたら、私のこの想いさえもただの思い込みなのかも知れない。

 そう思ったら、少し気持ちが楽になった。ただ、過去の想いに囚われているだけ。


 頭の中の靄が晴れだし、窓の外を見ると太陽はもう西に傾いていた。


「やだ、私眠っていたんだ」

 そう呟いて、昼食も食べずに眠ってしまった事を思い出した。

 さっきのは、やっぱり夢? 指環ははめたままだから、トリップでは無い。それにあれは過去の事ではなかった。どちらかと言えば未来の事。

 もしかしたら、指環からの警告?

 期待するなと、勘違いするなと……。おまえの幸せは、祐樹にはつながっていないと教えてくれているの?


 ノロノロと体を起こし、キッチンでお湯を沸かす。紅茶でも飲んで落ち着こう。ここのところ、いろいろありすぎて何も考えられない。頭の中をきちんと整理して、これからの自分の身の振り方を考えなくては。

 それにしても、舞子に相談に行ったのに……。

 舞子の頭の中には、私と祐樹をもう一度寄りを戻すことしか考えてないみたい。祐樹の気持ちだって、あれから五年も経っているのに、この五年間一度も会って無いのに……。祐樹ほどの人が、この五年間何もない事の方がおかしい。


 (やっぱり無理だよ、舞子)


 たとえ私の気持ちは変わらなくても、祐樹もそうだとは考えられない。私からさよなら言ったのだから、恨まれていたとしても想われている筈は無い。

 そう、私が先に裏切ったのだから。


 トゥルルルルルルルルル…………。

 また不意に携帯が鳴りだし、さっきも着信があった事を思い出す。携帯は鞄の中にあった。取り出して、発信者を確認する。知らない番号だった。どうしよう、出るべきか。しばらく逡巡した後、受信ボタンを押した。


「はい」


「もしもし、俺」

 声を聞いた途端、さっきまで頭の中を支配していた彼の顔が蘇った。それは、さっきの夢の中で見た嫌味な笑顔。


 (俺って、俺でわかると思っているのかしら?)


「どちらの俺様ですか?」

 クッククと笑い声が返ってきた。


「やっぱり夏樹だな」


 (何がやっぱりだよ)


 私たちの間に流れた時間なんかまったく無視して、まるであの頃の延長のように話すあなたは誰?

なんだか、無性に腹が立つ!


「そう言うあなたは、祐樹さんじゃないですか? そう言えば、どうして私の番号を知っているの?」

私は祐樹と別れた後、携帯の番号を変えた。また、舞子だろうか? 絶対教えないでって頼んでいたのに。


「おまえ、もう忘れたのか? この間、華菱から電話してもらっただろ? あの時、おまえ非通知じゃ無かったから、しっかり発信者の履歴が残っているよ」

 あ……そうだった。もう私、どうして非通知にしない! もしかして、私の番号を調べるための手だったとか?


「そうだったね。非通知にしなかったのは失敗だったわ。それより、どういうご用件ですか?」


「夏樹、怒っているのか? この間の事。悪かったよ、ドタキャンで。その埋め合わせをしようと思って。今夜か明日はどう?」

 それで、私に婚約者を紹介する訳? 勘違いするなと、期待するなと、言いたい訳? 裏切ったのはおまえだと、意趣返しのためのお誘い?

 私はすっかり夢の中の感情に囚われていた。


「もう、誕生日は終わったの。だから、もういいわ。埋め合わせてもらわなくても」


「夏樹、つれない事言うなよ。五年ぶりの再会だろ? 誕生日じゃ無くても一緒に食事ぐらいいいだろ?」


「婚約者の方に悪いから、止めておく。もう、私とあなたは食事なんか行く仲じゃないのよ」


「夏樹、婚約者なんて関係ない。祖父さんが勝手に決めた婚約者だ。俺は認めていない」


「でも、婚約者と結婚するって了解して、日本に帰って来たんでしょ?」


「舞子さんに聞いたのか? あの時はああするしか仕方が無かったんだ。でも、帰ってきてから、まだ婚約者とは会っていない。舞子さんに聞いたのなら、俺の気持ちも聞いているだろ?」


「あなたの気持ちなんて、知らない。それに、お祖父さまに了解したという事は、もう、覆すことはできないでしょう? もう、私を振りまわさないで。私が裏切ったのだから、恨まれても仕方ないってわかっているから。じゃあ、忙しいからもう切るね」

 祐樹が何か言っていたようだったけれど、私は一方的に電話を切った。そして、電源を落とした。

 これでいいの。

 これでいいのよ。

 三十五歳の私は、もう振り返らない。


2018.1.29推敲、改稿済み。

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