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#03:思いもよらない再会【現在編・夏樹視点】

今回は現在編です。

夏樹、35歳の誕生日の話。

「大丈夫ですか?」

 その言葉にはっと我に返ると、そこは西洋の古ぼけたアンティークに囲まれた先程のアンティークショップ。背の高い紳士が少し腰を曲げて、私の顔を覗き込んでいる。


 (さっきのは、何?)

 (ただ、思い出しただけ?)

 (それとも、白昼夢?)


 やけにリアルな出来事に、本当に目の前に母がいたような感じがする。


「その指輪は、あなたのだったのですね?」

 指にしっかりとはまった指輪を見て、店主は薄い笑顔を向けた。


「あの・・・」


「わかっていますよ。その指輪は不思議な力と人を引き付ける魅力がある。そして、身につける人を選ぶ。今まで、その指輪に魅せられて、いろいろな人が指にはめようとしましたが、みんなダメでした。無理をして怪我をされる方もいらっしゃるので、あなたが指にはめようとされた時、慌てました。でも、その指輪が指にはめられるのを目の前で見る日がくるなんて……」

 今まで冷静に話していた店主が、言葉に詰まっているのを見て、反対にこちらが驚いてしまう。


「あ、あの、この指輪を譲ってほしいのですが、おいくらですか?」

 いくら自分のものだと主張したところで、たとえ店主が私のものだと認めてくれたとしても、やはり、このお店に並べられていた商品には変わりない。


 (少しでも安くしてくれるといいんだけど……)


「あなたのですから、お代を頂く訳にはいきません。どうぞ、身に付けて行って下さい。この指輪が無くて、今までうまくいかない事が多かったのじゃないですか? この指輪を身に付けていれば、きっと幸せに導いてくれることでしょう」

 そう言って店主は今まで見た事のない優しい笑顔を見せた。


「ありがとうございます。引っ越しの時、失くしてしまったようで、ずっと気になっていたんです。その指輪は、母の形見です。それが、私の誕生日に見つかるなんて……」


 店主の優しさに、見つかった嬉しさに、胸がいっぱいになり、思わず感極まってしまった。

 店主はハンカチを差し出すと、私が泣きやむまで待っていてくれた。


「ありがとうございます。本当にお代の方は宜しいのでしょうか?」

 涙をそっと拭いて、店主の顔を見上げ、なんとか微笑んでもう一度聞いてみた。紳士な店主は、微笑み返しで「お気になさらずに」と言った。


 店主が指輪のケースを手提げ袋に入れようとしていたが、これからお得意先に行くのでそのまま鞄へ入れる事にした。指輪はもちろん指にはめたままだ。シンプルな指輪だから、邪魔にはならないだろう。左手を目の前にかざして、もう一度指輪をじっくりと見ていると、店主が遠慮がちに聞いて来た。


「あの、あなたは結婚されていらっしゃるのでしょうか?」


「え?」


「いえ、結婚されていらっしゃらない場合でしたら、左手の薬指以外におはめになった方がいいので。結婚されていらっしゃるのでしたら、もちろん左手の薬指がいいのですが……」


「そうなんですか?」


「この指輪は不思議なパワーがありますので、つける指を間違えますと、返って幸せを逃す事になりはしないかと思うのです。それと、お仕事に差し支えのあるような時は、チェーンに通してネックレスのように首にかけておくのがいいですね。指よりは効果が薄れるかもしれませんが、身につけないよりはいいですよ」


「わかりました。」

 私は静かに指輪を抜くと、右手の薬指に同じくそろりと通した。そして、店主を見上げて再び微笑んだ。


 店主に頭を下げ、ドアを開けて外に出ようとした時、道に迷っていた事を思い出した。振り返って、兼井商事までの道を聞く。どうして迷ったのか不思議なくらいすぐ近くにある事を教えてもらった。




 兼井商事は五階建てのビルで、そのビルの前に立った時、時間は十一時を過ぎていた。道に迷った事とさっきのアンティークショップでずいぶん時間をつぶしてしまった。それでもなんとか午前中には間に合ったとほっと息を吐くと、入口の自動ドアをくぐった。エントランスに入り、受付で仕入部への届け物を持ってきた事を告げると、二階の仕入部まで届けてほしいとの事。エレベーターホールの横に階段があったので、階段で上がる事にした。階段を上がったすぐの所に仕入部はあった。


「今回はたいへんご迷惑をおかけして、本当にすいませんでした。」

 担当者に代わり深々と頭を下げると、対応してくれた担当者が苦笑いして「急いで頂きありがとうございます」と返してくれた。その後、質問も何もなく、届けるだけで終わってしまったので拍子抜けしてしまった。やはり担当者じゃないとダメだと思われたのかも知れない。だけど、役目を果たし、肩の荷が下りた。



 仕入部を後にして階段を降りていると、後数段で一階フロアーに降りると言うところで、エレベーターが一階に到着した音がして、数人が降りて来たようだった。目の前をエレベーターから降りた人が通り過ぎる。後二、三段と言うところで、通り過ぎる人を見送っていると、その中に昨夜思い出していたあの懐かしい横顔を見て、小さく「あっ」と声を出してしまった。慌てて口を押さえたが、そこから動けなくなった。


 (どうか、気づきませんように)


 とっさに心の中で祈ったが、願いもむなしく、彼だけが目の前を通る時首をこちらに回した。

一瞬、切れ長の目が見開かれたが、何事も無かったように首は元に戻り周りの人と雑談しながらエントランスを出口に向かって歩いていった。

 私は張り詰めていた息を吐き出した。


 (気づいた? 気付いたよね。一瞬目があったよね?)

 (でも、私って分からなかったかな?)


 もう、五年も経っているのだ。

 とにかく出入口でかち合うのを避けるため、エレベーターホールの向こうにあるトイレに向かって歩き出した。


 祐樹と最後に逢ってから、もう五年が経つ。この五年間、彼はアメリカ支社へ行っていた。

 やっぱり、帰って来ていたんだ。

 ここも、彼の会社の得意先だったのね。


 洗面の鏡の中の情けない顔を見ながら、どうしてこんな日に逢ってしまうのだろうと考えていた。

 昨夜、あんな事考えていたせいだろうか?

 最後の最後に神様がお情けで彼の顔を見せてくれたのだろうか?

 元気そうだった。あまり変わっていなかったな。

 もう、これで諦めなさいと言う事なのかな。


 十分程経った頃、もう彼は帰ってしまっただろうとトイレから出ると、まるで待ち伏せするように彼が壁にもたれて立っていた。


2018.1.24推敲、改稿済み。

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