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#38:覚醒、そして35歳の私は(前編)【現在編・夏樹視点】

更新が遅れてすいません。

なかなか思うように書けなくて・・・・・・情けないです。


今回は現在編、夏樹視点。

夏樹と祐樹の35歳の誕生日の2日後。

「夏樹」

 

 (ん? 誰かが呼んでいる?)


「夏樹」

 

 (だれ? 私を呼ぶのは?)


「夏樹、起きて」

 

 (う~ん、もう朝なの?)


「夏樹、起きてったら」

 体をゆすられ、だんだんと意識が覚醒してゆく。


「う~ん、舞子?」

 白い靄の向こうに見えるのは、舞子だろうか。


 (なんだか舞子、髪型が違うよ?)


「舞子、髪切ったの?」

 寝ぼけ眼でそう聞くと、「夏樹、しっかりして」という言葉が返ってきた。


 (なんでここに舞子がいるかな?)


 だんだんとクリアになって行く視界。


「え? ここはどこ?」


「夏樹、何寝ぼけているの? ここは私の家でしょ?」


「舞子、なんか雰囲気違うんだけど。あれ、舞子、婚約パーティはどうなったの?」


「はぁ? 婚約パーティ? 何年前の話をしているの? 夏樹、寝ぼけているんでしょう。婚約したのは私たちが二十七歳の時、夏樹は一昨日三十五歳になったところでしょう?」


 (え? 三十五歳? さっきまで、二十七歳だったような……)


 だんだんと頭の中の靄が晴れてゆく。


 (あ……、トリップしていたんだ)


 ゆっくりと体を起して、舞子を見る。

 ようやく、彼女は子供が出来てからずっと髪は短くしていた事を思い出した。


「舞子、おはよう」

 少し照れながら言うと、舞子はやれやれという感じでホッとしながら「おはよう」と答えた。


「もう、何回起しても起きなくて、死んだように眠っていたんだよ。とても心配したんだから。トリップから戻って来られないんじゃないかって……」


「馬鹿ね、そんなはず無いじゃない? ところで今何時なの?」

 舞子は大げさだなと思いながら、時計を探して周りを見回した。


「ん……もう九時過ぎているのよ」


「え? そんなに寝ていたの?」


「そうなの、だから心配したのよ。全然起きる様子無かったもの。それより、トリップで何かわかった? 父親がだれかとか?」

 急に好奇心で眼がランランと輝きだした舞子を見て、大きく溜息を吐いた。


 余りに長いトリップだったので、さっきまで感じていたトリップの世界……指環の見せる過去と実際の過去が記憶の中でごちゃ混ぜになっている。

 どれが実際あった事で、どれが虚構なのか。


「トリップはとても長かったの。数か月にわたっていたと思う。こんなに長いのは初めてだった。舞子の傍で安心したせいかな?」


「へぇ、数カ月? 寝ている時間も長かったし、夏樹も起きた時、まだ混乱していたものね。で、何か覚えている?」


「ん……、最後が舞子の婚約披露パーティだった。あっ、そう言えば! 圭吾さんのお父さん。今まで紹介された事ないよね。見かけたのも結婚式の時ぐらいだったし……」


「圭吾さんのお義父さまがどうかしたの?」


「うん。私の顔を見て驚いて、母の名を聞いたの」


「え? それって……。夏樹のお母さんを知っているって事? それで、どうなったの?」


「私はもちろん玲子小母さんの名前を言ったんだけど、その時、昔の知り合いに良く似ているから娘さんかと思ったって言っていた。これ、本当だと思う? ただ、トリップが作り出した偽物の情報って事無い?」


「お義父さまが父親だって事は無いと思うけど。もう結婚していただろうし……。まさか……不倫って事無いよね」

 舞子の顔に動揺が走る。

 ええっ、不倫?

 父と母がそんな関係にあったとは思いたくない。

 あ、そうだ、父の家の執事さんに婚約者がいるって言われたんだ、だから、まだ結婚はしてなかった事になるよね。それに、父の名前は……。


「大丈夫だよ、舞子。父はその頃、婚約者はいたみたいだけど、結婚はしていなかったらしいから。それに、父の名前は【まさき】って言うのよ」


「そうだよね。名前も違うし。あーびっくりした。まさか、お義父さままで関係あるなんて思わなかった。よし、お義父さまに聞いてみる。夏樹のお母さんを知っているか」


「えー! お母さんの名前を出すの? 私の事も言うの?」


「まだ、夏樹の事は言わない。知り合いに頼まれたからって、夏樹のお母さんの名前を出してみる。夏樹のお母さんの名前、なんて言うの?」


「本当に私の事は言わないでね。お母さんの名前は、御堂夏子(みどうなつこ)って言うの」


「わかった。この件は私に任せておいて。後は祐樹さんと夏樹次第なんだからね」


「私と祐樹次第って……」

 やっぱり、駄目だよ。もう一度、あの嵐の中に飛び込む勇気が無い。飛び込むには年を取りすぎたかもしれない。


「私もう年だし、やっぱり祐樹には相応しくないよ。彼なら、まだまだ若いお嫁さん、それもお金持ちのお嬢様と結婚できるはずだから」

 自分では無理だとグチグチ言っていると、舞子が鬼のように睨んでいる。


「夏樹、何度言わせたら気が済むの?」

 こ、怖いです。舞子。


「ごめん……」

 でも、舞子。私、彼のお祖父様と約束したんだよ。彼の未来の邪魔はしないと。

 私には何にも無いんだもの。あるのは、彼を想う気持ちだけ。そんなものでは、会社のトップとしてやっていかなければならない彼に何のプラスにもならないって、バッサリと切られてしまったのよ。

 でも、この事は誰にも言えない。言っちゃいけない。

 舞子、ごめんね。私なんかのために一生懸命になってくれて。


 父親の事も、まだ迷いがある。本当に探してもいいのかと。迷惑をかけるんじゃないのかとか、財産狙いと思われるんじゃないかとか。でも、会いたい気持ちもあるの。

 母は裏切ったのじゃ無くて、あなたの未来のために身を引いたのだと言う事、亡くなる最後まで、あなたの事を思い続けていたと言う事を伝えたい。

 娘だって認めてもらえなくていいの。舞子が言うようなお金持ちのお嬢様なら、なんて事は考えていない。できたら、母が別の人と結婚してできた子供として会う方がずっと気が楽だ。ただ、最後に父の名を呼んでいた母の気持ちを思うと不憫で……。その気持ちだけでも伝えられたらいいのに。

 本当は指環の事も、きちんと父に了解をもらってから、自分が持っていたいと思う。本来なら返すべきなのだろう。代々引き継がれてきた指輪と言うのなら。でも、私を所有者として認めてくれているこの指輪を返しても、引き継ぐ人が途絶えてしまっては、意味が無いのかもしれない。

 なぜ私なんかが指環の所有者なのだろうかという疑問は、無意識に考えないようにしていた。



 しばらくぼんやりと考え事をしていたら、「大丈夫?」と声をかけられた。舞子の顔を見て、「大丈夫だよ」と笑うと、安心したような顔をした。


「長かったから、まだ混乱しているみたいだね。又何か思い出したら、教えてね」

 そう言うと舞子は、「朝食の用意ができているから」と部屋を出て行った。



 着替えてリビングへ行くと、舞子が申し訳なさそうに、「午前中に子供たちを迎えに行かなくちゃならなくなった」と言った。圭吾さんも急な仕事で実家からそのまま会社へ行ったらしい。私は、舞子が出かける時に一緒に出る事にした。


 舞子の家を出たのは午前十時半頃、このまままっすぐ家に帰るかどうか悩んだけれど、頭の中で溢れそうになるトリップの記憶で脳が疲れ切っていた。長時間寝たはずなのに、ひどく疲れている。体よりも神経が。

 先程まで自分が体感していた指輪が見せたトリップの世界は、現実じゃないと認識はできるのに、その時の感情が今もまだ支配して抜け出せない。


 舞子の婚約パーティで祐樹が結婚すると聞いてショックを受けたこの気持ちは、三十五歳の今の私も同じだ。

 もう二度と手の届かない人になる。

 自分の気持ちに素直になる事に、二十七歳の私も三十五歳の私も違う意味で躊躇する。



 自宅に戻ると、何もする気になれなくてベッドに寝転んだ。しかし、脳が興奮しているのか、疲れているのに眠気は訪れない。 

 私はもう一度、今回のトリップを最初からゆっくりと思い返していた。


   ***


 私は焦っていた。

 タクシーが渋滞につかまり、ノロノロと進む車の列を見て、焦った。

 祐樹からもう一度「華菱」で会おうと連絡があり、今まさに向かっている最中だった。それなのに渋滞で約束の時間に遅れそうになり、タクシーの後部座席で一人焦っていた。

 どうにか交差点で左折したら車が流れ出し、数分の遅刻で済んで、ホッと息を吐く。お店のなかへ入って名前を告げると、「お連れ様がお待ちです」と部屋へ案内された。その部屋はこの間と同じ部屋だった。


「失礼します」と襖を開ければ、そこにいた人がこちらを見た。それは、祐樹一人では無かった。

 驚く間もなく、体がフリーズした。


「中へ入れよ」

 祐樹の言葉で我に帰り、二人を見たまま中へ入ろうと思うのだけど、足が動かない。


 (その人は誰?)


 入り口に突っ立ったまま、茫然と並んで座る二人を見つめていると、私の疑問に祐樹が気付いたのか、ボソリと隣の彼女を紹介した。


「俺の婚約者の中条沙希さん」

 隣に座る若くて綺麗な彼女が恥ずかしそうに笑って「初めまして」と頭を下げた。


 (何? 婚約者を紹介するために呼んだの?)


「おまえが誤解するといけないから、紹介しておこうと思って、さ」

 何を誤解すると言うのだろう? 婚約者がいる事は知っている。

 もう、期待なんかするな、という意味で?


「私、何も誤解なんかしてないけど……」


「そっか、それならいいんだ。俺が誕生日ディナーなんか誘ったから、変に期待させていたら悪いと思って……」


「私、期待なんかしてない! 分かっているわよ、それぐらい」

 でも、祐樹の呼び出しにこうしてやって来たこと自体、何かを期待していたのかもしれない。


「そうだよな。先に裏切ったのは夏樹の方だものな」

 そう言って口の端を少し上げて嫌味な笑いをこちらに投げてよこした。


 (何? 何が言いたいの? これは仕返し?)


「お二人のお邪魔をしたら悪いので、帰ります。」

 そう言って踵を返して、駆け出した。

 心の中で誰かが笑う。

 だから言ったでしょ。舞子の言葉を真に受けて、祐樹と又やり直せるなんてバカなこと考えるなって。


 (やり直せるなんて考えてない!)


 考えてなかった? 本当に? だったら、何を期待してのこのこやって来たの?


『先に裏切ったのは夏樹の方だものな』


 私は祐樹の言葉に追い立てられるように、夜の街を駆けていった。



2018.1.29推敲、改稿済み。

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