#37:婚約披露パーティ【指輪の過去編・夏樹視点】
今回も指輪の見せる過去のお話で、夏樹視点です。
27歳の舞子と圭吾の婚約。
27歳の夏樹と祐樹の再会。
一月の第三日曜日、舞子達はとうとう婚約する。舞子の傍でずっと見てきた私は、やっとという思いだ。最近の二人のラブラブぶりは今の私には眩しすぎる。特に高藤さんの溺愛ぶりには、舞子自身が参ると愚痴りながらも、蕩けそうな笑顔だ。
でも、良かった。本当に良かった。
あの時、高藤さんの研究を取り上げたくないから、結婚を止めると言い出した時、どうしようかと途方に暮れた。私一人ではどうしようもなくて、祐樹さんにその事を言うと、うまく高藤さんに話してくれたみたいで、舞子の誤解が解けて、それから二人の仲は親密になったと言えるだろう。この時は、祐樹さんと話ができるぐらいの仲になっていて良かったと思った。
今日は午後から舞子達は結納を交わし、夜に婚約披露パーティを行う。
夜のパーティに間に合うように、昼間に美容院へ行き、ドレスに着替えて化粧をして、家を出たら、丁度いい時間になっていた。
出かける前に、思い出してチェストの小さな引出しからビロードの布張りの小さな箱を出し、蓋を開けて数か月ぶりに指環を取りだした。
祐樹さんと最後に会ってから、外したまま仕舞い込んだ指環。
幸せに導いてくれるなんて、まやかしよ、と毒づいて外した指環。
でも、辛い失恋も幸せになるためのステップだよと、言ってくれた浅沼さん。
もう一度、この指輪をしてみよう。父から母へ、母から娘へとまるで愛のリレーのように繋がれた指環。そう言えば、代々伝わるという指環。父の家庭はこの愛のバトンの指環を無くして、大丈夫なのだろうか?
ううん。私の指にこの指輪があるという事は、私が持っていていいという事。
もう、考えないでおこう。
婚約披露パーティの会場であるホテルに着くと、受付のところで舞子が待っていてくれた。招待客は会社関係の人が多く、事実上の上条電機の後継者のお披露目と言ったところだ。舞子の友人として招かれたのは私だけだったので、舞子も気を使ってくれたのだろう。
舞子に案内されて、舞子のご両親に「おめでとうございます」と挨拶し、続いて婚約者である高藤さんのところまで案内してくれた。高藤さんは父親らしい良く似た顔の五十代ぐらいの紳士と祐樹さんと三人で話していた。
三人に近づくと、高藤さんの父親らしい人の声が聞こえた。
「祐樹君、君もそろそろ結婚が決まるらしいな。君のお祖父さんが嬉しそうに話していたよ」
近づく私たちに背を向けて立っていた祐樹さんの「そうですね」と答える声が聞こえる。
一瞬、聞こえた言葉の意味がすんなり理解できなかった。
(結婚って言ったよね。誰が? 祐樹さんが?)
足が止まった。近づくのを拒むように。そんな私に気付いたのか、舞子が私の顔を覗き込む。舞子にも聞こえたに違いない。いいえ、高藤さんからもう既に聞かされていたのかもしれない。
震える足に活を入れて、平常心と言い聞かせる。
夏樹、高田君と付き合って、あんな奴忘れたんじゃなかったの?
自分の受けたショックに、動揺している場合じゃないの!
自分自身を叱咤し、何とか気持ちを落ち着かせた。
私たちが近づくのに気づいた高藤さんが、父親に向かって「親父」と諌めるように呼んだ。その様子を見た祐樹さんが私たちの方を振り返る。
彼の顔はいつものポーカーフェイス。営業用の素敵な笑顔で私と舞子を迎えた。高藤さんの父親も私たちに気付き、こちらを見る。その途端、驚いた顔をした。
「き、君は?」
驚いた顔のまま、高藤さんの父親は私に尋ねてきた。
(何に驚いているのだろう?)
舞子が慌てて私を紹介した。
「私の友人の、佐藤さんです。こちら、圭吾さんのお父様なの」
「私、佐藤夏樹と言います。この度は御婚約おめでとうございます」
そう言って頭を下げると、まだ、どこか動揺したような声で、父親は再び問いかけてきた。
「佐藤さん、君のお母さんの名前は何と言うのかね?」
「え? 母ですか?」
これで2度目だ。母の名前を聞かれるのは。もしかして、この人も母や父の知り合いなのだろうか?
まさか、高藤さんの父親が私の父親の筈は無いだろう。高藤さんには確かお兄さんもいたはずだから。
「母は、佐藤玲子と言います」
私はマニュアル通りに答えた。それを聞いていた舞子が怪訝な顔を私に向けた。
「そ、そうか。君が昔よく知っていた女性に似ていたから、その人の娘さんかと思ったんだが、違ったようだね」
高藤さんの父親は少しほっとした顔をした。やっぱり、母を知っているのかもしれない。
それから私は高藤さんに向き直り、「御婚約おめでとうございます」と頭を下げた。そんな私の様子を見ている視線に気づきそちらを見ると、祐樹さんがニッコリと笑った。
「夏樹さん、お久しぶりですね」
彼のよそよそしい挨拶に驚いたが、こちらも動揺をかくして「御無沙汰しています」と頭を下げた。
「君たちは知り合いなのかね?」
私たちの様子を見ていた高藤さんの父親が、驚いて聞いてきた。
「ええ、以前に舞子さんに友達だと紹介してもらった事があるんですよ」
「そうか……。さあ、そろそろ始まるから、圭吾と舞子さん、行こうか」
高藤さんの父親は、何か考え込んだ後、三人で去って行った。
残されたのは、私と祐樹さん。何となく気まずい雰囲気だけれど、ここから動く事も戸惑われた。他に知った人もいない私は、どこにも行けない。
彼はどうしているのかと顔を向ければ、向うもこちらを見ていたようで、バッチリと目が合ってしまった。
慌てて眼をそらしてうろたえる私を見て、クックと笑う又いつもの彼のからかいの笑い声が聞こえてきた。
「夏樹は、相変わらずだな」
片方の口の端をクッと上げて、からかいモードの眼差しでそんな事を言うあなたの方が、相変わらずです。
なんだか悔しいのに、何も言えなくて俯いて唇を噛む。
「夏樹、彼氏ができたんだって?」
彼の思わぬ発言に、思い切り驚いて顔を上げ彼の顔を見た。
(その馬鹿にしたようなニヤつきはなんですか!)
「そうよ。あなたみたいな女たらしじゃない、真面目な人よ」
余裕なんか無いけど、精一杯彼に吠えつく。
「へぇ、良かったな、心配していたんだよ、悪い男に騙されていないかなって」
「お生憎様。あなたでしっかり勉強させてもらいましたから」
憎まれ口なら、どうしてこんなにスラスラと出るのだろう。
「それは良かった。俺との恋人ごっこも無駄にならなかったんだな」
「恋人ごっこって……。一度も恋人らしい事してもらった事ないでしょ」
「ふ~ん。夏樹は恋人らしい事してほしかったんだ?」
「そんな事、言っていません」
私は頬を熱くして、思わず顔をそむけた。隣にいる彼は、またクツクツと笑っている。
「夏樹は本当に面白いな」
(まだ言うか!!)
「そう言えば、祐樹さんこそもうすぐご結婚されるそうですね?」
一瞬眉を上げた彼は、目を細めて私を見た。
「さっき、話を聞いていたんだ」
「たまたま聞こえてきただけです」
「ふ~ん。気になる? 俺の結婚」
「気になりません。ただ、沢山いた彼女の中からどの女性を選んだのかと思っただけです」
(気にするもんですか! サッサと結婚すればいいのよ)
もうこれ以上、冷たくあしらわれる女性はいない方がいい。もうこれ以上、想っても無駄だと、思い知らせてくれればいい。
「ははは、夏樹も言うなぁ。参ったよ。降参」
そう言って笑った彼のこちらに向ける眼差は、妙に温かかった。
2018.1.29推敲、改稿済み。