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#34:初デート【指輪の過去編・夏樹視点】

引き続き指輪の見せる過去のお話で、夏樹視点。

夏樹、高田、共に27歳の12月。

 今日は高田君と初めてのデートの日だ。デートなんて何年振りだろう? と考えて、祐樹さんとは全てデートでは無く、会合だったんだよねっと自嘲気味に心の中でつぶやく。

 そして、また祐樹さんの事を思い出している自分に嫌気がさすのだ。


 (はぁ~、これから初デートだって言うのに、どうして思い出すかなぁ)


 新しい恋に身も心も捧げられる日は遠そうだと小さく息を吐いた。



 寒くなってからはパンツが多かったけれど、今日はデートだからとワンピースを着る事にした。ウールのコートとブーツ。マフラーに手袋も忘れずに持って、約束の場所へ向かった。

 商業施設の多い大きな駅の構内で午前十一時に待ち合わせた。彼とは普段使っている路線が同じなので、同じ電車に乗っていたのか改札を出たところで、後ろから名前を呼ばれた。


「佐藤」

 立ち止まって振り返ると、初めて見る私服姿の高田君。スーツの時よりずっと爽やかさがアップしていて、年齢より若く見えた。彼の私服は、チノパンにボタンダウンのシャツ、その上にシンプルなセーターを着て、上からダウンジャケットを羽織っていた。いたって普通の格好だったが、とても彼に似合っていた。


 改札から吐き出される人の流れに逆らうように立ち止っていたので、私をよける人たちが怪訝な顔で睨んでいく。高田君は私のそばまで来ると、慌てて私の腕を掴んで構内の端の壁際の方へ引っ張って行った。


「ごめん、名前呼んだから、みんなの邪魔になってしまって……」

 謝ってくれる彼に、私はブンブンと首を振った。だって、さっき振り返った時、高田君の姿に見惚れて動けなくなっていたのだもの。

 好きとか嫌いとか関係なく、素敵な人には見惚れてしまうものだ。それは仕方が無いと自分に言い訳をして、「こっちこそ、ごめん」と謝った。


 映画は十二時半からだと言う事で、シネマコンプレックスの入っているビルにあるレストランで、軽めの昼食を済ませた。映画はお楽しみにと言う事で何を見るのか知らされていなかったのでワクワクしていたら、なんと、今話題のファンタジー超大作だった。ファンタジー映画なんて初めてだった上に三時間もあると聞いて、ちょっと戸惑ってしまった。

 その気持ちが表情に出てしまっていたのか、高田君は少し困ったような顔をして、私を見ていた。


「佐藤、違う映画にしようか?」


「え? 高田君、この映画見たいんでしょう?」


「佐藤が他に見たいのがあるのなら、合わせるよ。別にどうしても見たい訳じゃないから」

 それでも、さっきこの映画の話をしている時の嬉しそうな高田君の顔を見てしまっている。


「ううん、いいの。他に見たいのもないし、高田君がこの映画見たいなら……」

 高田君の表情にだんだんと暗い影が差していった。


「なぁ、佐藤」

 真面目な視線でまっすぐに見つめる高田君の顔は、いつもの爽やかな笑顔の高田君と同じ人とは思えない硬い表情で、初めて見る顔だった。


「なに? 高田君」

 私は恐る恐る返事をすると、あまりに視線が痛くて目をそらした。


「なぁ、お互いに気を遣っていたら、長続きしないと思うんだ。いつもの佐藤のままでいいんだ。付き合っているって事、忘れてくれていい。友達づきあいだと思ってくれていい。君の負担になりたくないんだ。思った事、正直に言ってくれたらいいから。この映画が嫌だったら、嫌だって言ってくれたらいいから」


「そう言う高田君の方が気を使っているじゃない。そんなこと言うのなら、まず高田君が気を使うのを止めて。でもね、お互いに想いやりは忘れてはいけないと思うの。それは気を使っているんじゃ無くて、相手を大切に思う心だと思うんだけど……」

 そこまで言うと、彼は驚いた顔をした。「まいったな」と言いながら、頭を掻いている。頬が少し赤くなっているように見えた。


「どうしたの?」


「俺の方が緊張して、気を遣いすぎたのかもしれない。念願がかなって、君が隣にいるのが夢みたいで。ちょっと気負っていたみたいだ」

 高田君ってこんなこと言う人だったの?

 昨日から、普段の高田君らしくない姿ばかり見せられて、ますます戸惑ってしまう。高田君の言った言葉の意味を深く考えないようにして、笑顔を見せた。


「私ね、ファンタジーの映画も小説も見た事がないの。ファンタジーと言うとゲームをイメージしてしまって、何となく抵抗があったの。でも、食わず嫌いは駄目だよね。いいチャンスだと思うから、見てみる。この映画」


「佐藤、やっぱり君は俺の思っていた通りの人だ。君のそんなところが好きだよ」


「やだ、高田君、何言っているのよ」

 どうしてそんなにさらりと「好き」って言葉をいうかな?

 頬が熱くなるのを感じながら、この人を好きになったら、きっと凄く大切にしてくれて、とても幸せだろうな、と素直に思えるのに、それが自分の事だとまだまだ考えられない。

 ゆっくり、ゆっくりだよ、夏樹。そう自分自身に言い聞かせた。


 映画を観終わった私は、ちょっと興奮状態だった。ファンタジーファンの人に謝りたいほどだ。ファンタジーに偏見持っていてごめんと。

 そんな私を、嬉しそうに見つめる高田君の表情に、恥じらいを感じてしまう。


「ごめんね。ファンタジー映画がこんなにスケールが大きくて壮大なテーマがあって、感動するものだとは思って無かった。この原作の小説読んでみたいな」


「よかったら、貸そうか?」


「え? 持っているの?」


「ああ、ファンタジー小説が好きだから、いろいろ揃えている」


「本当? わぁ~いろいろ読んでみたい。又、今度貸してくれる?」


「何なら今から俺んちへ来るか? どんなのがあるか見せられるし……」

 俺んちって高田君の家ってことだよね。まだ、そこまで勇気が出ない。


「あ、ありがとう。でも、今日のところはこのパンフレットを見たいからいいわ。また今度貸してくれる?」

 私は映画が終わった後、すぐにパンフレットを購入していた。めったに映画のパンフレットなんか買わないのに。

 その時、高田が小さく溜息を吐いたのを、私は気付かなかった。


 その後、一階のカフェで、おやつタイムを取る事にした。高田君がチーズケーキを注文したのを見て、明日スイーツを食べに行く事を思い出した。


「私、明日、友人とスイーツを食べに行くんだった。だから、ケーキは止めておくね」

 明日はきっと、クリスマスにちなんだスイーツだろうだから、ケーキ系だろう。そう思って、プリンを頼んだ。


「明日、予定無かったんじゃないのか?」


「うん。あの後、お誘いの電話があって。何か予定していた?」


「いや、いいんだ。こっちも約束していたわけじゃないし……」

 そう言いながらも、少し落胆気味の高田君に何か申し訳ない事をしたような気になってしまった。交際するって言う事は、土日は彼のために予定を入れずに空けておくべきなのか。余り恋愛経験値の無い自分には、恋愛のルールがよくわからない。


 暗く重い空気に覆われそうになって、話を変えようと、今日高田君に渡そうと思っていた物を思い出した。鞄の中からラッピングされた歪な形の一固まりの物をテーブルに出した。


「これ、シュトーレンと言って、ドイツのクリスマス用のお菓子と言うかケーキみたいな物なんだけど、毎年友人やお世話になった人に贈るために十二月の初めにたくさん作るの。食べごろはクリスマスの頃だから、クリスマスまで置いておいてね」

 目の前の高田君は驚いた顔をした。


「俺にくれるのか? 佐藤が作ったのか?」

 私が笑顔で頷くと、一瞬嬉しそうな顔をした高田君が、またがっかりした顔をしている。高田君って、結構気分が表情に出るんだ。今まで気づかなかったけど。


「どうかした?」


「佐藤、それって、クリスマスに食べる奴だよね」


「そう、リキュールに漬けたドライフルーツを沢山入れているから、日持ちするし、そのフルーツとお酒の風味がまわりの生地に染み込んで食べごろになるのがクリスマスの頃なの」

 すると高田君は、溜息をひとつ吐いた。


「なぁ、佐藤。クリスマスってどんな日だ?」


「え? キリストの誕生日? ってそういう意味じゃ無くて?」


「俺たちにとってだよ。普通、クリスマスって恋人達にとって大事なイベントじゃないのか?」


「あ……、ごめん。そう言う事聞いていたの? でも、それが今関係あるの?」


「だから、クリスマスに食べるお菓子を今頃渡すって事は、クリスマスに会う気が無いって事だろ?」

 え? そんな事、考えもしなかった。

 私は思わずマジマジと高田君の顔を見た。なんだか拗ねたような顔をしているのを、可愛いと思ってしまった。


「ごめん。そんな事、考えもしなかった。今まで、クリスマスに男の人と過ごした事無かったから」

 そう言えば、同僚達から恋人と過ごすクリスマスの話を聞いた事があった。レストランでディナーを食べた後、おしゃれなシティホテルに泊まるのだと。そこまで考えて、頬が熱くなった。


「クリスマスイブの日、レストランに予約を入れているんだ。予定空けておいて欲しいんだ」

 うっ、その後、まさか……、ホテルまで予約しているなんて事、無いよね。


「その日は平日だけど、いいの?」


「クリスマスは曜日に関係なく来るだろ?」


「そうだけど……」


「何か予定でもあるの?」

 私はブンブンと首を振った。


 なんだかんだと言いながら、結局クリスマスイブの夜のディナーの約束をした。それにしても、昨日からの高田君にはカルチャーショックの連続だ。


「昨日から、今まで見たことも無い高田君の連続で、驚きっぱなしなんだけど」

 別れ際にそう言うと、彼は情けない顔をしてボソリと言った。


「俺もびっくりだよ。自分がこんなに情けない奴だったなんて」

 その言葉を聞いて、私は思わず笑ってしまった。彼も私の笑った顔に緊張が解けたのか、恥ずかしそうに笑い返した。そして、その笑顔に私自身の緊張もほどけていったのだった。


2018.1.28推敲、改稿済み。

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