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#32:お試しの恋【指輪の過去編・夏樹視点】

今回も指輪の見せる過去のお話で、夏樹視点。

高田君、夏樹、27歳の12月

「俺と付き合ってみない?」


 (え? なんだって? 付き合う? それって……)


 高田君の言葉に驚いて、しばらくマジマジと彼の顔を見ていた。


 (なんだか高田君、余裕の笑顔なんですけど……)


「あの……冗談? で言っている?」


「え? まさか。本気だよ。すごーく本気。これ言うのに凄い勇気要ったんだぞ」


 (そんな風には見えませんけど……)


 彼の真意を見極めるべく観察を続けていると、彼は徐に息を吐いた。


「俺って営業のせいかいつも笑う癖がついていて、軽く見られるのかな? 本当に真剣な申込みです。考えてくれませんか?」

 いつもタメ口の彼が、急に真面目な顔をして丁寧な言葉で言い直した。私をまっすぐ見る彼の眼差しが、真剣さを表していた。それなら私も真面目に返事しなきゃ。


「ごめんね。高田君の事、同期としてしか意識した事なくて……」


「そんな事はわかっているよ。だから、これから付き合いながら俺の事知ってくれればいいと思っている。お試しでもいいから。……どう? 俺って結構お買い得だと思うんだけど」


「お買い得?」


「そう、佐藤の言う家同士の条件って奴も、親父は中小企業のサラリーマンを定年退職して今は嘱託で元の職場で働いているし、お袋はパートで働いている。財産は自宅のみ。まったくの庶民だよ。それに、俺は次男だし、仕事もそこそこできる方だと思っている。って言うか、営業職が俺に合っているせいかもしれない。それから、一人暮らしが長かったから、家事全般できるし、料理もできる。彼女を大事にするし、絶対浮気はしない」

 次から次へと、まるで商品の長所を説明するかのように自分自身の営業トークが続く。そして、私の目を見た彼の瞳が「どう?」と問い返していた。


「分かったから。……でも、突然の事で、まだよく考えられない」


「今までも、それとなくアプローチしていたんだけど、佐藤は鈍いからなぁ~」


「ご、ごめん。気付かなかった……」

 なんで私が誤っているのかな?

 それにしても、お買い得って。確かに彼は外見的にも性格的にもいい奴だと思う。自分と関係無かったら、お薦め物件だと思う。でも、気持ちがまだついて行かない。

 しばらく俯いて逡巡していると、彼が何かに気付いたのか、私の顔を覗き込んできた。


「佐藤、もしかして、好きな人がいるのか?」

 私はハッとして顔を上げた。それが、その問いの答えになってしまった。


「そうか……、そうだよな。その人は会社の人? 付き合ってないという事はまだ片想いと言う事か?」

 彼の落胆した表情を見た時、変に誤魔化してはいけない気がした。


「うん。会社の人じゃない。でも、その人、別に彼女がいる」


「そっか。それでも、諦めきれないんだ……」

 私は首を振った。


「ううん。もう忘れようと思っているの」

 そう言うと、彼は私の目をまっすぐ見た。


「それなら、俺の事、利用してよ。俺と付き合っているうちに、忘れさせてやるから……」

 高田君。本当に忘れさせてくれるの? あなたの事好きじゃ無くても、ほかの人好きなままでも、付き合っていいの?


「いいの? 私なんかで。高田君の事、好きになれるかどうかわからないよ。それでも、いいの?」

 祐樹さんへの想いに縛り付けられて辛いこの心を、高田君は癒してくれるの? すがっていいの? こんな気持ち抱えたままで。

 目の前で優しく笑う同期の高田君は、「そのままの佐藤がいいんだ」と言ってくれた。


「本当? だったら、とりあえずお試しって事でもいい?」

 それでも、何もかも引きずったまま、彼の胸に飛び込む勇気が無くて、お試しからお願いすることにした。


「大歓迎さ。お試しでも、好きな人を忘れるためでも、佐藤が笑顔でいてくれるなら、それでいい」

 ああ、なんていい人なんだろう。この人の優しさに付け込んでいるんじゃないだろうか?


「俺に悪いなんて考えるなよ。俺はずっと好きだった人と、どんな形であれ付き合えるなんて、本望だから」

 高田君、そんな恥ずかしい事さらりと言わないで。私はその言葉を聞いて頬が熱くなるのを感じていた。


 その後、高田君は私のマンションまで送ってくれた。

「佐藤、あんまり意識する事ないぞ。友達付き合いの続きのような感じでいてくれたらいいから。この土日、時間あったら映画でも見にいかないか?」


「うん。どちらも予定ないから、いいよ」


「じゃあ、明日。どんな映画が見たい?」


「よくわからないから、高田君の見たいものでいいよ」


「じゃあ、調べてまたメールするよ」


 そして、彼は嬉しそうに「じゃあ、明日」と言って、帰って行った。彼の背中を見送って部屋へ戻ると、私は大きな溜息を吐いた。

 余りに予想外の展開に、少し緊張していた事に気付いた。


 私、高田君と付き合う事になったんだ。それは、社会人になってから初めての事。彼氏いない歴が長くて、男の人とどんなふうに付き合えばいいのか、戸惑ってしまう。大学の頃、2人の人と付き合った事があったけど、長続きはしなかった。どちらも告白されて付き合っていたけれど、やはり気持ちがついて行けずに数ヶ月で別れてしまった。

 もしかして、今回も同じ事になってしまう? まだ始まったばかりなのに、嫌なこと思い出してしまった。

 ううん。今度こそ、幸せになりたいから、彼を好きになれますように。


 そうだ、舞子に連絡しておかないと。他の人から舞子の耳に入る前に、きちんと話しておこう。一番私の事心配してくれている友達だから。


「もしもし、舞子? 今電話いいかな?」


「え? あの……」

 いつもと違って戸惑っている舞子の様子に、ハッと気がついた。


「もしかして、高藤さんと一緒にいるの?」


「え、ええ。そうなの。まだ家に帰って無いの」


「ごめん。又にするよ。悪かったね」


「あ、夏樹、待って。ちょっと驚いただけだから、こんな時間に夏樹が電話くれるのは、大事な話があるんでしょ? 大丈夫だから。圭吾さんもいいって言っているから……」


「本当? でも、今外にいるんじゃないの?」


「大丈夫。圭吾さんのマンションだから……」

 え? 圭吾さんのマンション? 舞子と高藤さんはずいぶん近づいた訳だ。そうだよね、結婚するんだもの。


「そう、じゃあ、ちょっとだけ時間くれる?」


「いいよ、何だった?」


「あのね。今日の送別会から舞子たちが帰った後、高田君に声かけられてね。駅まで一緒に帰ろうって。それで、酔い冷ましに喫茶店に寄る事になって話をしていたら、高田君に付き合わないかって言われたの」


「え? 何、その展開?」


「舞子もそう思うでしょ? 私もびっくり。なんでもね、舞子の結婚がショックだったんだって。私と舞子って男を寄せ付けないオーラが出ているんだって。それなのに、知らないうちに舞子が結婚するって聞いて、私も同じように知らないうちに結婚してしまうかもって思って、あわてて告白してくれたんだって。舞子、気付いていた? 私達男を寄せ付けないオーラが出ているって……」


「私の場合、ワザとそんな雰囲気を作っていると思う。でも、夏樹まで巻き込んでいたんだ。夏樹に今まで恋人ができなかったのは、もしかしたら私のせいかも……」

 そう言って舞子はクスクス笑った。

 自分のせいだと言いながら、笑っているってどうよ?


「え? そうなの? 舞子がそんなオーラ出していたんだ。私何にも気付かなかった」


「それで、なんて返事したの?」


「高田君、俺はお買い得だって営業トークで自分を売り込んでくるから、ついお試しでって答えてしまったの」

 本当はちょっと違うけれど、好きな人がいる事は舞子には言えない。このまま、この想いを高田君に消してもらったら、舞子には言わずに済むから。


「ええっ! 高田君と付き合うんだ? 彼、結構いい奴だよね。あれ、ちょっと待って、彼は付き合っている人がいるんじゃなかった?」


「私もそう聞いたら、三年前に別れているんだって。なんだか、ずっと私の事想ってくれていたらしい。それならそうと、早く言えって感じよね」


「ふふふ、まだ時期が来てなかったのよ、今までは。やっと機が熟したってところなんじゃないの?」


「そう言うものなのかな? でも、今まで同期の仲間としか意識してなかったから、ちょっと戸惑っているの」


「高田君なら、安心だよ。良い人に想われたね。夏樹には幸せになってほしいから、これから応援するね」


「うん。まだ、一応お試し期間中だけどね」


「夏樹も慎重だね。でも、祐樹さんの時はそんなこと言って無かったじゃないの?」

 突然出てきた名前に、ドキンと心臓がとび跳ねた。


「祐樹さんとは、お友達みたいなもんだったから……」


「そっか、何にしても夏樹の新しい恋が本物になる事を祈っているわ」


「うん。ありがとう。それから、ごめんね。二人の時間を取ってしまって」


「ううん。こんな嬉しい報告なら、いつでもどうぞ……」


「じゃあ、また月曜日にね」



 電話を切った後で、まだドキドキしている心臓が落ち着くのを待った。

 名前を聞いただけでこんなになっていたら、忘れる事できるのだろうか? ちょっと不安になった。少しずつ、少しずつだよ、夏樹。高田君の方へ少しずつ重心を移していくの。

 それは断崖絶壁の岩場から向うの岩場まで張られたロープの上に一歩一歩踏み出していくような感じがした。


2018.1.28推敲、改稿済み。

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