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#31:同期会主催送別会【指輪の過去編・夏樹視点】

今回も指輪の見せる過去のお話で、夏樹視点。

夏樹、舞子、祐樹、圭吾、27歳の10月から12月。

今回は少し長いです。

どうぞ、最後までお付き合いください。

 あれから、一週間が過ぎた。そう、祐樹さんと最後のディナーをしてから。私の恋が終わってから。

 自分が思っていた以上に辛かったのか、いまだに舞子に話せていない。この一週間は、仕事で少しは気が紛れたけど、気付くと彼の事を考えている自分が嫌だった。なんとか、いつもと変わらない態度をしていられたと思うのだけど、時々舞子が怪訝な顔で見ていたのに気づいていた。


 そしてこの週末は、部屋に閉じこもって過ごした。舞子はお茶会があるとかで、二日間とも予定があるとの事だった。お笑い系のDVDを借りて、一気に見て大笑いした。でも、終わる度に溜息がこぼれる。

 祐樹さんと本当に付き合っていた訳じゃないのに、なぜこんなに落ち込まなきゃなんないんだ。いきなり現れて、かき乱して、嵐のように去って行った人。私の心を奪ったまま。


 もう、何度目になるか分からない溜息を吐きながら、もう寝てしまおうとベッドに横になった。でも、脳が興奮しているのか一向に眠気がやって来ない。そのまま天井を見つめて、また、彼の笑顔を頭の中に思い描いていた。

 その時、突然携帯が鳴りだし、枕元に置いていた携帯を取り上げて見ると、「舞子」の表示。すぐに通話ボタンを押した。


「夏樹、ありがとう」

 舞子のいきなりの感謝の言葉に面食らった。


「なに? ありがとうって」


「この前夏樹に会った時話した事、祐樹さんに話してくれたんだってね。それで、圭吾さんが祐樹さんから怒られたんだって。今夜、圭吾さんに会って、いろいろ話をしたの。君の気持ちを考えず、仕事に没頭してごめん、って謝ってくれたわ。彼ね、今の研究が最後のつもりだから、つい一生懸命になっちゃたんだって。それに、早く結婚したくて頑張っていたんだって」

 最後の方は恥ずかしそうに声が小さくなっていった。


「誤解が解けたんだ。良かったね」


「うん。本当にありがとう。夏樹のおかげで、彼と近づけたような気がする。彼の気持ちをいっぱい話してくれたの」


「この調子だと、結婚も早まりそうだね?」


「たぶん、来年中にはすると思う。できたら、二十八歳にになるまでにしたいなって思っている」


「そっか。おめでとう舞子」


「やだ、まだ決まった訳じゃないのよ」


「でも、お互いの気持ちは確かめあえた訳だ。そうでしょ?」


「うん。夏樹のおかげ……」


「私じゃないよ。祐樹さんが、圭吾さんにうまく話してくれたからでしょ?」


「二人は私たちのキューピッドだね」


「ハハハ、そんなにいいものじゃないよ。ただ、舞子には幸せになってほしいだけ」


「夏樹……、夏樹も幸せになってほしいよ。祐樹さんとは結婚とかの話はしないの?」


 (うっ、こんな会話になる事予測していたのに。なんて答えればいい?)


「いや、私たちはそんなのじゃないから……」


「どう言う事? 祐樹さんの事、好きなんでしょ? 付き合っているんでしょ?」


 (ああ、どうしよう。やっぱり言わなきゃ、話がおさまらないよね?)


「舞子、ごめん。祐樹さんと付き合ってないの」


「…………。私の方こそ、ごめん。辛い事聞いたね。また、夏樹が話せるようになったら、話して。ごめんね、へんな事聞いて」


 (ああ、勘違いしている。別れたと思っているんだ。今更、フリをしていたなんて言えないよ)


「ううん。いいの。こっちこそごめんね。なかなか言えなくて……」


 それからの舞子と圭吾さんは、今まであまり会えなかったのを取り返そうとするように、頻繁にデートをしていた。ただ、舞子が私に悪いと思うのか、圭吾さんとの事話してくれなくなった。


「舞子、私に気を遣わなくていいよ。祐樹さんと私って付き合いらしい付き合いってしてなかったの。それほどお互い好きだった訳でもなかったから、辛くとも何ともないんだよ。舞子が圭吾さんとの話をしてくれない方が、淋しいよ。惚気でもいいから聞かせてよ」

 私は心に鍵をかけ、その思いの存在を忘れることにした。自分に暗示をかけて。



 そして、十一月の初め、舞子が嬉しそうに報告した。

「夏樹、とうとう結婚が決まったの。来年一月に婚約して、六月に結婚って言う事になったの。それで、今年一杯で仕事を辞める事になって」


「舞子、おめでとう。良かったね。本当に良かった。仕事を辞めるのは淋しいけど、仕方ないものね」


「それでね、来年一月の第三日曜日に婚約披露パーティをする事になったの。夏樹も来てくれるでしょう?」


「もちろんよ。さすが、上条電機のお嬢様だ」

クスッと笑うと、舞子も幸せいっぱいの笑顔で返してきた。


 舞子が寿退社する事が社内に広まると、同期会のメンバーが是非送別会をしようと言う事になった。同期会と言うのは、入社してすぐにあった研修の時にグループを組んだメンバーで作っている会で、定期的に飲み会などをしていた。男六人、女四人のグループで、この五年の間に、その内の男性一人とその彼と結婚した女性一人が支社へ転勤になったため欠けたが、会は続いていた。今回はその二人も参加するとの事で、全員参加で盛り上がりそうだ。忘年会も兼ねようと云う事で、十二月半ばの金曜の夜に開催される事になった。


 その日は、午後六時半にいつもの居酒屋に集合という事で、会社から歩いて10分の距離を舞子ともう一人の女性メンバーと三人で歩いて行った。舞子がこの会に参加するのもこれが最後かもしれない。そう思うと、なお一層淋しさが心に染み込んだ。


「舞子が、上条電機のお嬢様だったなんてねぇ」

 もう一人の女性メンバーがニヤニヤしながら言う。


「何よ、お嬢様らしくないって言いたいんでしょ?」

 舞子は頬を膨らませて切り返すけれど、もうそれは何度目かの事で、彼女がお嬢様だと噂が広がると、普段仲の良かった同僚達が口々に驚きの言葉を発した。その度に舞子は同じように頬を膨らませて切り返していた。ずっとそばにいた私でさえ、彼女から告げられるまで、お嬢様だという事に気付かなかったぐらいだか、らみんなの戸惑いも分かる。しかし、皆そんな彼女を妬む訳でもなく、心から彼女の結婚を喜んで祝福してくれた。それは彼女の人徳というものなのだろう。


 久々にメンバー全員が集まり、殆どが同じ年と言う事もあり、気楽で賑やかな飲み会だった。こうしてみんなと楽しく飲んでいると、これが舞子の送別会だという事を忘れてしまう。しかし、お開きになる直前に皆が舞子に花束を贈ると、彼女は感極まって泣き出し、女性陣は皆もらい泣きで、最後は抱き合って大泣きしてしまった。そんな女性メンバー達を取り囲んでいる男性メンバー達は、温かいまなざしで舞子に拍手を送っていた。


 良い送別会だった。その後、皆は二次会へ行こうという事になったけれど、主役の舞子はこれで帰ると言うので、私も一緒に帰る事にした。皆が二次会に行くのを見送った後、舞子は高藤さんに迎えに来てもらうと言うので、来てくれるまで一緒に待ち、高藤さんの車が到着すると、送るから一緒にと言う二人の好意を、まだ時間が早いから電車で帰りますと硬く辞退したのだった。


 二人を見送った後、駅へ向かおうと歩き出した時、「佐藤」と名前を呼ばれた。振り返ると同期会のメンバーの高田君が笑顔で立っていた。


「どうしたの? 二次会に行かなかったの?」


「ああ、俺も帰ろうかと思って、電車だろ? 駅まで一緒に行こう」

 私はニッコリ笑って、頷いた。


 高田君はメンバーの中でも気さくでよく話をする方だ。誰にでも変わらない態度で、気軽に接するので、結構女性ファンが多いと聞いた事があった。私にとっては同期会のメンバー同士という意識しかなかったし、二人きりというこの状況は、いつもなら避けている事だったけど、先ほど高藤さんと一緒にいる舞子を見た時の羨ましさや淋しさが、高田君の笑顔の誘いを拒みきれなくしたのかもしれない。


「なあ、コーヒーの美味しい店がこの近くにあるんだけど、酔い冷ましに寄って行かないか?」


「コーヒー、ですか?」

 私は普段殆どコーヒーを飲まない。専ら紅茶党だ。


「コーヒー駄目だったっけ?」

 彼の問いかけに黙ってうなずくと、「あ~失敗!」と頭に手をやり悔しそうな顔をした。

 その様子がどうにも子供っぽくて、今まで知らなかった高田君を見たようで、クスッと笑ってしまった。

 それで気が緩んだと思う。なんだか悪戯に失敗した子供のようで、助けを出してやりたくなった。


「あの、紅茶なら、いいよ」

 そう言った途端、高田君は破顔一笑し、「ありがとう」と言った。

 自分でも思わぬ展開にドギマギしたが、入社してからずっと仲良くしている同期会のメンバーと言う事もあり、そんなに心配する事もないかと自分を納得させた。


 そんな訳で、駅近くの喫茶店、小さなテーブルを挟んで高田君と向かい合わせた。

 彼は180㎝ほどの長身で、痩せても太ってもいなくて、ちょうどいい感じの体格だった。綺麗な顔立ちではないが、爽やか青年と言う風貌で、嫌味がなく誰にでも好かれるタイプの人間だった。その事が功を奏しているのか、営業職でも成績は同期の中でトップグループにいる。将来を期待されたエリート候補とも言われている。

 仲よくしている同期会のメンバーとは言え、二人きりで飲食店へ入るのはメンバーの中では彼が初めてだった。


「それにしても上条にはやられたな」

 目の前の高田君が苦笑する。


「え? どう言う事?」


「今まで、上条も佐藤も男を寄せ付けないようなオーラがあって、皆近づけなかったんだ。それなのに、上条はいつの間にやら結婚すると言うし」


「舞子の場合は仕方ないよ。彼女は跡取りとしての自覚と責任が強いから、男の人にも恋愛ごとにも近づかないように線を引いていたところあるから。いずれは、家のために親の決めた人と結婚するんだって言っていたから。でもね、婚約者の高藤さんとは只今大恋愛中なの」

 舞子と高藤さんの事を思い出して、私はニッコリと高田君に笑いかけた。


「へぇ、そうなんだ。上条はいいやつと出会ったんだな。佐藤はどうなんだ? 上条みたいにお見合いで結婚相手を見つけようとか思っているのか?」


 (え?そんなこと考えたことなかったけど……)


「お見合いだったら、家同士の条件とか合う訳だから、後でもめなくてもいいからいいかもね」


「家同士の条件って何だよ? 佐藤も上条みたいにお嬢様なのか?」


「私の場合は舞子とは反対。お金持ちとは結婚してはいけないって言われているの」


「はぁ? 何だよそれ? 普通は玉の輿とか狙うんじゃないか?」


「釣り合わぬは不幸の元、なんだってさ。母の体験的教訓なの」

「ふ~ん。佐藤の母親は、痛い思いをしたって事か……」

痛い思い、というのだろうか? 確かに好きな人と離れるのは辛かっただろうな。でも、私の知っている母は、いつも幸せそうで楽しそうだった。


「高田君、どうしたの? 舞子の結婚がショックだったの? それとも、そろそろ彼女のために結婚しなきゃって思ったとか?」

 さっきからやけに結婚の話をするけど、高田君とこんな話をするのは初めてだった。


「彼女? 今はフリーだよ。でも、上条の結婚はちょっとショックだったかな?」


「え? 大学の時から付き合っている彼女がいるって聞いているけど……」


「ああ、三年も前に別れたよ。それからずっとフリーだよ。まあ、敢えて彼女いるっていう情報を否定はしてなかったけどな」

 そうなんだ。高田君って結構女子に人気があるけど、みんな彼女がいるからって諦めていたんじゃないかな? フリーだって言えば、女の子が寄ってくるのに。


「フリー宣言したら、モテモテなのに。高田君って、女子社員に結構人気あるんだよ」


「いいよ。別にモテモテにならなくても。好きな人ひとりに思われれば……」

 あ、もしかして、舞子の結婚がショックだったっていうのは、ずっと舞子の事思っていたから? あ……それは失恋のショックだったんだね。


「ごめん。高田君の気持ちも考えずに。今は辛いだろうけど、高田君はいい人だから、必ず素敵な彼女が現れるよ。……って、あんまり慰めにはならないけど。同期として応援しているからね」

 いきなり、ぷっと笑われた。


「佐藤、おまえ早とちりって言われないか?」

 そう言いながら、高田君はニヤニヤと笑っている。私は意味がわからず、ポカーンと呆けた顔をした。


「上条の結婚がショックと言ったのは、上条の事が好きだからじゃ無いんだよ。おまえ達二人って、男を迂闊に近寄らせない雰囲気があったんだ。同僚としては気軽に話せるのに、恋愛的要素が含まれるような話は拒絶に近いような雰囲気があったよ。おまえ達二人って、結構男子社員に人気あるんだよ。だけど、みんな近寄れないってボヤいていたし、同期の間では、お互いにけん制し合っていたんだ。抜け駆けするなって、な」

 え?何それ……そんな話、聞いたことない。入社してから五年経つけど、個人的に誘われたり、告白されたりした事ないのに。それって、私が悪かったの? 近づけない雰囲気ってどんなの?

 目の前の同僚の話に、頭の中グルグルと疑問符が回り出す。

 驚いたまま絶句している私の顔を見て、また彼はクッと笑いだす。


「だから、そんな男を寄せ付けなかったはずの上条がいきなり結婚退職するって聞いて、ショックだったんだよ。いつの間に男が近づいていたんだってな。これは、抜け駆けを牽制している場合じゃないって思い直した訳」

 やっぱり意味がわからない。どう聞いても、舞子が好きで結婚がショックだったとしか聞こえないよ。


「まだ分からないか? 上条がいきなり結婚するって事は佐藤もその可能性があるんじゃないかって思ってショックだった訳」


 (はぁ~?)


「私、結婚の予定は今のところないけど」

 そう言うと、高田君は嬉しそうに笑い、「間に合ったみたいだな」とボソリと呟いていた。


「佐藤は今、付き合っている奴がいるのか?」

 なに? さっきから高田君は何が言いたいの?


「いないけど……。それがどうしたの?」


「だったらさ、俺と付き合ってみない?」


2018.1.28推敲、改稿済み。

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